歪んだ愛情の果てに
シートンは倒れ、右手の『炎帝の拳』は徐々にその熱と光を失い元の肌色に戻っていった。
飛鳥は暴発の可能性も考えたがそれは杞憂に終わりほっと胸をなでおろす。
「おと、う……ん、お父……さんっ!」
だが、目の前でシートンにすがりつくカウの姿に胸が痛む。こうなる覚悟はしていたが、実際この光景を目の当たりにすると自分のとった行動が間違いだったのではないか、と精神的に追い詰められる気分だ。
「アスカは間違って、ないよ……多分……」
シェリアが飛鳥に声をかける。しかし、間違っていないと言いながらもシェリア自身、どうすればいいのか分からないという懐疑の顔がうかがえる。
飛鳥はシートンの傷口を必死に抑え、回復法術を施そうとするカウの姿を見る。だが、元々回復法術を極めていないのか、それともシートンに聖術気を吸い尽くされ術の発動自体が意のままにならないのかは分からないが、シートンの腹に空いた穴は一向に塞がる気配がない。
シートン自体、未だにピクピクと動いていることからまだ死んではいないのだろうが、傷を治さない限りもう長くはない事は明らかだ。
飛鳥はシェリアを見ると、その視線に、そして意図に気付いたのか首を横に振る。
「回復法術の基本は、怪我を治す『治癒』と痛みを和らげる『無痛』の二つからなの」
「治癒だけじゃダメなのか ?傷を塞げば痛みは和らぐと思うんだけど……」
飛鳥はパッと思いついた疑問をシェリアにぶつける。だが、シェリアは再度首を横に振って言った。
「それはだめ。…………んーん、だめじゃないけどものすごく痛いの」
「……傷を治すのが、痛い……?」
「ん、擦り傷とか足を捻ったとかなら、それほどじゃないけど、あの人みたいに体の一部がなくなってる場合、その部分を補うために周りの肉や骨を引っ張ってくるの……」
シェリアが言うには無理やりその肉を持ってくる時に内臓を抉り取られるような激痛が伴うとのことだ。
だが、言われてみればそうだ。失った部位が何のリスクもなく元通りになるなど、それはもはや神の領域である。
シートンもシェリアが飛鳥の肩に開いた傷を治した時にシェリアを優秀だと言っていたことを思い出す。
回復法術を用いる場合、どれだけその痛みを和らげることができるかでその人の能力が分かる。
「……私なら、あの人の傷を痛みなく治せると思う。……でもその聖術気がもうない」
シェリアは未だに自分の右腕や右太ももの傷を治そうとしないのはそう言うことだ。シートンの風穴よりずっと小さい傷でさえ治すことが叶わないのだ。
「でも、『無痛』を使わなかったら、まだ何とか使える」
魔法は単体使用と同時使用で消費する聖術気が天と地ほどの差がある。シェリアの残りの聖術気量から考えると、どうやっても『治癒』の単体使用が限界なのだ。
そのシェリアの言葉をきき、真っ先に反応したのはカウである。自分では治すことが叶わない傷をシェリアなら治せる。
カウはもう、シェリアに縋るしかなかった。地に座るシェリアの元に必死に駆け寄ろうとするがうまく足が回らない。聖術気を完全に抜かれたことで倦怠感に襲われているのだろう。
かく言うシェリアもカウと同じように聖術気不足による倦怠感と頭痛がその意思を刈り取ろうとしてくる。
カウはシェリアまでの短い距離を何度も転びながら何とかたどり着き、倒れたままシェリアを見上げ懇願する。
「……お、……おね、がい……。お……と……さん、た……助け、て……」
涙を流しながら懸命に訴える。
飛鳥はシートンの歪んだ愛情に追いすがるカウの姿に絶句した。ちがう、そうじゃない、と声を大にして言いたい。だが、それを口にすることはない。何故なら、その全てを投げ出してでも愛する父の命を懸命に救おうとする少年の儚い願望は、決して歪んではいないからだ。
シェリアはそんなカウに向かって言う。
「……今の状況でも、傷は防げると思う。……でもそれによる痛みに、今のあの人が耐えることができるとは思わない」
そしてシェリアは最悪の場合、と付け加える。
「その痛みが止めになるかもしれない」
シェリアはシートンに目を向けながらそう答えた。
その目はどこか憐れみを感じさせ、どんなに嫌な奴だとしても、子の前でくらい名誉ある死を演じさせることも止む無しと思っているようだった。
カウは飛鳥がシートンを撃ち抜いたことを見ていないのだろうか。確かにその瞬間カウは遠く離れた位置にいたし、今の様子からするとろくに体も起こせないようだ。だとしたら飛鳥が『火葬一閃』でシートンを貫いたことを知らなくても無理もない。
だが、それを知った時この少年はどうなるのだろうか。飛鳥はそれが恐ろしくてたまらない。希望に追い縋った相手がまさか父と敵対した張本人だと判明する。それはカウにとって最大級の絶望になるのは確実だ。
きっと飛鳥もそれに耐えることができないだろう。それはシェリアもきっと同じだ。
「……うっ、ひっく……い、いや、だ……。死んじゃ、うぅ……、やだ……よ……」
飛鳥もシェリアもこの少年が泣く姿を見て何も思わないわけがない。だが、シートンはその歪んだ愛情で子供の肉片を平気で胃に納める。それをおかしな事と思わないこの少年を変えるのは、今ここで父との決別を受け入れることなのかもしれない。
「……おねぇ、ちゃん……。『治癒』、お願……い」
一頻り泣いた後、カウはそう言った。
「……いいの?」
シェリアがそう聞くとカウは地に頬を擦り付けながら頷いた。
その弱々しい姿からは想像もできぬほどの強い目にシェリアも決心をした。
ゆっくりと立ち上がろうとするシェリアだが、撃ち抜かれた右足が痛み、崩れそうになるのを飛鳥が支える。
「大丈夫か?」
「……ありがと」
安否を確認した飛鳥だが、肯定の言葉が無かったあたり彼女本人もかなり限界が近いのだろう。
「……死にはしないから、安心して」
シェリアを心配する飛鳥の気持ちが通じたのかシェリアはそう答えた。
飛鳥に支えられたシェリアはシートンの側にゆっくりと腰を下ろす。
そして、『無痛』を使用しない、激痛を伴う『治癒』をかけようとしたその時、
「それは、こちらに任せてもらおう」
背後から、そんな声が聞こえてきた。
飛鳥とシェリアは振り向くと多数の兵士、そして冒険者を連れた冒険者ギルドのギルドマスタージザル。そして、その横には冒険者ギルドでシェリアを気にかけてくれ女性、ルーラの姿も見受けられる。
「もう『無痛』すら使えないほど限界なんでしょ? なら、こちらに任せてもらうよ」
ジザルはシートンに掲げるシェリアの手にその法術が施されていないのを見抜き、この状況を瞬時に判断した。ナウラ一の冒険者であるシートンをこんな所で失うわけにはいかないのだ。
きっとジザルはシートンの傷は魔族によるものだと判断しているのだろうが飛鳥はここで何が起こったのかは今は言うつもりはなかった。
それは、彼らの後ろにシートンの子供達の姿が見えたからだ。
カウと同じような年頃の男女が二人。そしてネオとレイ。その四人を抱きしめる少し背の高い、十四歳ほどの少年。
その少年の腕の中にいた四人は一斉に走り出しシートンに駆け寄ろうとするが、シートンの横で膝をついたルーラに静止させられる。
ルーラがシートンの傷口に手を当て、
「再生」
と、唱えると拳ほどの穴が見る見るうちに塞がっていき、辺りに歓声が湧く。シートンが街の兵士達からも厚い信頼を得ていたのだと改めて実感する。
飛鳥とシェリアはシートンの傷が塞がるのを見届けると、緊張の糸が切れたのか同時に意識を手放した。
そして、丸二日死んだように眠っていたと後から教えられたのであった。
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