快楽の在り処
「オマケだ!」
燃え盛る檻の中心に設置した地雷。確かにこれは踏むことで起動する魔術だが、決してそれだけが起動の条件ではない。
飛鳥の意思一つでその地雷を爆発させることができる。
飛鳥の掛け声とともに地雷が爆発し、それによる爆風と響渡る爆発音でただでさえ荒れた大地がその一角だけを死の大地へと変えた。
シェリアがすぐに駆け寄り、飛んでくる岩や、土槍の破片を『土壁』で防ぐ。
「ふぅ」
飛鳥は軽く息を吐くとどっと疲れが押し寄せ片膝をついた。魔核を持たぬ人間は聖術気を失っても死ぬことはないが体内にあるものが無くなるその感覚に倦怠感を覚えるのだ。
「戦闘経験皆無なのに、よくやったくね……?」
「ん……。見直した」
飛鳥の呟きにシェリアが安心した様子を見せる。破片が飛ぶのが止み、何も害はないことを確認するとシェリアの作り出した土の壁が崩れる。
「……生きてる、よね?」
シェリアは不安そうに飛鳥の裾を掴みながら問う。安否の対象はもちろんシートンだ。
「正直、分からん。火連槍を四発耐えたし、それを考慮して、まだ上の防御ができると仮定しても、あの魔術を無傷で乗り切れるとは思えないかな」
まぁ、と飛鳥は付け加えると。
「死んではいない、と思うかな」
シェリアは何か考えるようにな顔つきになるとそこから何も喋らなくなった。
やがて爆炎、土煙が少し晴れてきたので確認に移る。
「シェリアはあの子の様子見てきて。一応魔術の影響を受けないように気をつけてはいたけど、その後の檻の破片とかに関しては流石に予測できん。怪我しちゃってたら治してあげて」
「ん」
シェリアは頷くとカウが寝ていたであろう場所に向かっていった。
シェリアがその場を離れると飛鳥はすぐに土槍の檻があった場所に目を向ける。地面は『大火槍』や地雷の熱により一度ドロドロに溶けたのか歪な形をしており、その周りに伸びているはずの土の槍は全て吹き飛んでいた。
飛鳥は改めてその威力を実感し『魔女の神杖』による記憶、そして知識の譲渡が常軌を逸していることを確認する。
それだけの魔術を正面から受けたのだとしたら、やはり死んでしまってもおかしくはないのかもしれない。
だが、飛鳥が確認したそこには人がいた形跡が全くなかったのだ。
「——何だ、どうなってるんだ……」
地面が表面だけ溶けたのをみると、瞬間的にそれ相応の温度が出ていたことがわかる。
だが、そこに骨すら残っていないのは妙な話だ。本来骨の主成分であるリン酸カルシウムの融点は1600度を超える。
土を溶かしたと言っても地面の表面しか影響が出ていないことを考えると、骨を溶かすほどの温度が出ていないのは確実である。
なら、必然的に考えることは一つ。
「どこだ、……どこへ逃げた? どうやって逃げた!?」
飛鳥はシートンのとった行動を模索した。
(土の中? ……はそもそも地雷の影響を一番受ける。それなら見えないところで死んでいるのか?)
だが、魔術師の仕掛けた地雷式設置魔術がただ踏むしか起動するすべがないわけがないことをシートンは知っているはずだ。
なら、
(空に、か? いや、それを一番恐れたから上からも大火槍を降るように土の槍を組んだんだ……)
一番ありえない方法。だが、もし檻を上から逃げたのだとしたらそれはもう生きていることの証明である。
そんなことを考えていると突然、突風が起こる。僅かに残っていた土煙がそれに飛ばされ、飛鳥は思わず腕で目を覆う。そして、次の瞬間、
「キャァッ!」
少し離れた位置でシェリアの悲鳴と共に吹き飛ばされるの姿が目に入った。
「シェリア!」
飛鳥はすぐに駆け寄ると、シェリアはすでに受け身を取っており飛んできた方向を睨む。気丈に振る舞うシェリアだが、その金の髪の隙間から覗く白い肌が、赤く腫れあがっていた。
それを見た飛鳥は血が上りそうになるが、一度「ふぅ」と息を吐くと冷静にシェリアの視線の先を見る。
「いやぁ、流石に危なかったよ。やるなぁ……」
飄々とした声が飛鳥の耳に入る。本当に不愉快な声だ。
だが、その声とは裏腹にシートンの風貌は随分見窄らしいものになっていた。
緩く結んで肩から垂らしていた髪は髪紐が千切れたのかボサボサになり、身体中に数カ所擦り傷や火傷のような跡がある。
そう、飛鳥が知略の限りを尽くし仕掛け、誘導したにもかかわらずたった数カ所傷を付けることしかできなかったのだ。
「どうやって……、逃げのびた?」
飛鳥は率直に聞いた。
シートンはニヤニヤと不快な笑みを浮かべながら首をぽりぽりと掻く。
「君も予想したんじゃないの?」
そう言いながらシートンは空を指差す。確かに考えた。檻を上から抜けることを。だが、それは全く現実味のない事だということも仕掛けた飛鳥本人が一番わかっている。
「嘘だ! あの量の大火槍に耐えられる法術もましてや……」
シートンの止まぬ笑みが飛鳥の怒りに拍車をかける。
「……チッ! 人が通る隙間なんてないはずだっ! ……はぁ、はぁ」
最後は叫ぶようにシートンに問う。らしくもない。こんなことでイライラして、ペースを乱され、この男の掌の上で転がされている気がしてならない。
「へはぁ、何そんなカリカリしてんのぉ?」
シートンが畳み掛ける。
「君の大切な人と俺を重ねるようなことをしたから?」
シートンは乱れた髪を手櫛で整え、飛鳥に問いかける。
「人の肉を食べていたから? ……君の攻撃を何事もなくやり過ごしたから?」
――この男は何を言っているんだ。
そんな思いが飛鳥の頭の中をぐるぐると駆け巡った。
「なぁ……」
シートンの人をなめたような声が急に引き締まった。
「……君、いったい何に対して怒ってんの?」
―――――
『何その眼の色? 気持ち悪!』
『お母さん言ってたよ。あんた、親に捨てられたんでしょ?』
『いっつも何下向いてんだよ! この根暗!』
『あんたの居場所なんてどこにもないのよ』
『あいつ、見た目だけはめっちゃ良いじゃん? 女がわんさか寄ってくんだよ』
今でも時々夢を見る。あの時の事を……。
忘れたいのに中々忘れさせてくれない……。
やめろ、頼むから……。黙れよ、お願いだから……。
—— 一人にさせてくれ ――
「アスカ!」
シェリアに背中を思い切り叩かれ我に返る。
「し、シェリア……」
だが、シートンの言った言葉は頭の中で何度も、何度も繰り返し反復される。
『何に怒ってんの』
首を激しく横に振りその言葉を消し去る。
飛鳥はいつの間にか両膝を地面に付きシェリアに支えられようやく体制を保っていたことに気付いた。
シートンはしゃがみこみ横たわるカウの頭に触れている。
「聖術気、変な感じがしたやつ。多分あれ」
飛鳥にはシェリアの言う『変』を感じる事が出来ないがシートンの手元でカウから薄っすらと靄のようなものが流れているのが何とか確認できた。おそらくあれが聖術気を取り入れるという事なんだろう。
「治癒」
シートンがそう呟くとやっとの思いで付けた擦り傷が、火傷跡が消えていく。そして、
「どうだった? 今まで、気持ちよかったでしょ?」
飛鳥もシェリアもシートンの言っている意味が全く分からなかった。
「何を言っているんだ……」
「何って、君は俺と同じだろ?」
――同じ。
そう言われ飛鳥は体がドクンと跳ねるのを感じた。
「アスカと、あなたを一緒にしないで……」
「いやいや、一緒だよ……。どうだった? 教会に金貨を二十枚も納めたと時……」
教会? 何でこの男がそのことを知っているんだ。
「それともその子を拾った時、どう思った……?」
シートンはシェリアを指差し言う。
「…………はぁっ、……はぁっ、はぁっ! はぁっ!」
「アスカ!」
――何だ、何を言っているんだ。何を言っているんだこいつは。
飛鳥の呼吸がさらに荒くなる。それは自分でも知らぬうちに心の奥底に封じ込めた革新に迫るものだと本能的に感じ取ったから。
「どうだった? 人の上を取った時、君はどう思った……!?」
シートンが声を荒らげながら飛鳥に問う。そしてすっと声が収まると、
「俺はね、人に感謝されるのが、こう見えて好きでね」
突然語りだすシートン。
「人にお礼を言われると、その瞬間は相手の完全に上に立っていられるんだよ。頭を下げ、涙を流しながら俺に感謝の意を述べる。……はあぁぁぁあ」
――最高だよ。
「……ふざ、けるなよ。そんな……」
「そんなことないって、言いきれる?」
シートンは飛鳥の言葉に被せるように言う。
「……お、お前に、何が分かるって言うんだ!」
「分かるよ、君は俺と一緒」
シートンは一度飛鳥から視線を逸らし、数秒後、もう一度合わせる。
「虐げられてきた人間は、一度人の上に立つと……」
――その感覚が忘れられなくなっちゃうんだよ。
快感に震えるシートンは自分の体を抱きしめながらそう言った。頬を赤く染めながら言うシートンの姿は、飛鳥にはおぞましくも人間の本質そのものに見えたのだった。
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