繋がる想い
背後から激しい戦闘音が聞こえてくる。その音だけで分かる戦闘の過酷さに飛鳥は振り返る事すら出来ず、その場を離れるその思いだけで走り続けた。
完全に舐めていた。強者と強者の戦いと言うものを。
飛鳥は魔女の神杖に目を向ける。この世の最強の魔術師の証。だが、自分はその立場に、その杖に全く相応しくない。飛鳥は魔族を見てひしひしと感じた。ただ火力のある魔術を放つだけでは勝てるわけがないと。一つ一つの魔術を理解し、組み合わせ、応用することことが本来の魔女単体での戦い方だ。
「はぁっはぁっ。……ちょっと、待ちなさい、よ!」
シェリアと手を繋ぐ少女、『レイ』が声を上げる。
「流石に、ずっと全力で、走るのは……無理よ! ペース配分ってものを、しらないの!?」
そう言われ、飛鳥は初めて無意識のうちに走る速度を上げ、自分もまた体力の限界が近いことに気付いた。
急に息が荒くなり疲憊する。うまく息を吸うことができない。思わず手を膝につき、体全体で呼吸する。
「どれだけビビってたのよ。今まで、何して生きてきたわけ?」
すでに呼吸の落ち着きだしたレイは右前腕に巻かれた包帯を巻き直しながら、未だに呼吸の荒い飛鳥にダメ出しをした。そして、飛鳥はそれに言い返すことができなかった。
シェリアは当然のことながら少し汗を掻いているものの、呼吸の乱れは見られない。
本当に改めて突きつけられた気分だ。自分が如何に甘ちゃんであることを。
「ごめん、ね。もう大丈夫。……じゃあ行こうか」
その場所はナウラの街とシートンが戦っているであろう森との大体中間地点。
だいぶ離れたがそれでもまだ爆発音などの音が聞こえてくる。
「すごいな……。子供一人を守りながら戦うとか……」
飛鳥はそこで初めて森の方を向きそう呟いた。肌で感じ取った魔族の恐ろしさを前に逃げ出すことしか出来なかった飛鳥は子供を庇いながら戦うシートンとの差を改めて突きつけられる。
「パパはナウラ一の冒険者なのよ。当たり前でしょ」
包帯を巻きなおしたレイが答える。しかし、その眼はどこか虚ろで何か心に引っかかっているのか何とも言えない表情をしていた。
そんなレイを見かねてネオが何も言わずレイの頭に優しく手を乗せるが、問答無用で払いのけられてしまう。ネオはやれやれと肩を落とす。
「まぁそれでも、魔族に勝てるかは分からないけどな……」
意外にもそう言ったのはネオだ。シートンの子供たちは誰もが父親であるシートンの強さを知っているはずだ。しかもまだ十かそこらの年齢の子供がそんな父の敗北を可能性の一つに加えている事実に飛鳥は驚いた。
そんな飛鳥の視線に気づいたのかネオがニカっと笑う。
「なんだよ。流石の俺でも魔族がどれだけやばいか分かってるつもりだぞ――」
ネオが呆れた表情でそう言った。
「――まぁ、残ったのがカウの時点であんまり心配はしてないけどな」
「? それってどういう……」
「バカッ!」
飛鳥の言葉がレイの怒号でかき消される。ネオも早計だったと口を押える。
どういう事かと追及しようとした矢先……、
ドガァァァァァン!
凄まじい爆音が四人の鼓膜を突き破る勢いで鳴り響く。大地が揺れ後から届く熱風は下手をすれば身を滅ぼすほどの高温だった。
既の所でシェリアが水の防御法術である『水大壁』を四人の前方へ広げることで何とか熱風をやり過ごす。
少しして音が収まり、空気の熱も引いていく。そして、その後戦闘音は先ほどの轟音が嘘のように一切しなくなった。
「確認、しなきゃ……」
無意識のうちに飛鳥はそう言った。
結果を見なければならない。シートンが勝っているのならそれでいい。だが、もしシートンが既にやられているのであれば誰が戦うのか。
魔術の使えない賢者であるシェリア。そして膨大な聖術気のためコントロールが未だ未完成なネオとレイ。答えは明白であった。
自分しかいない。
このまま街に帰るとどうなる? 魔族はきっと街に来てそこが戦場となる。
飛鳥は森に向ける視線を他の三人に移す。
「俺、様子見てくるよ……」
飛鳥は静かに、そして冷静に言った。少しでも三人に動揺を与えないために。
「あんた、何言っ……」
「ふざけないで……!」
レイの発言をシェリアの大きな声が搔き消した。
「ふざけてないよ。戦闘音が収まったのは気づいているだろ? 誰かが見に行かないと……」
「もし、お父さんじゃなくて魔族が生きてたら?」
今度はネオがそう言った。年齢が若いがもしもの——シートンが死んだ場合のことも考えている。
「俺が、戦うしかないだろうな」
それしかない。もうこの選択肢しかないのだ。街に魔族を惹きつけるわけにも、このまま立ち尽くすわけにもいかない。飛鳥の言葉に誰も反応できずにいた。ネオ、レイは自分ではどうしようもないないことを理解している。
そしてシェリアも自分では生き延びることは出来ても魔族を倒す手立てがないことを理解している。
そして、
「私、絶対にアスカを死なせないよ」
シェリアは唐突にそう言った。いや、シェリアはいつもそう思っている。
暗闇にいる自分を見つけ出してくれた。暗い森の中から連れ出してくれた。外に出て戸惑う自分の背を押してくれた。
掛け替えのない、たった一人の私の相棒。
シェリアはいつもそう思っていることをただ口にしただけだった。
「アスカが戻るなら……私も、戻る」
当たり前、と言わんばかりのシェリアの気持ちが伝わってくる。
以前から度々あった。シェリアの感情が流れ込んでくるようなことが……。
それは決して飛鳥の読心術が優れているわけでも、シェリアが感情を極端に出しているわけでもない。
『巡る、繋がる、連動する』
魔女と賢者の関係はただの相棒というわけではない。
『巡る』記憶は新たな世代に受け継がれ……
『連動する』力はお互いを抑止力とし……
そして、
『繋がる』想いはお互いにより強い絆を……
流れ込んでくる。シェリアの感情が……。この追い詰められた状況でさえ感謝の気持ちが伝わってくる。そして、その一方で再び一人に戻る恐怖に苛まれている。
——いやだ、一人は……いやだ。
ひしひしと伝わるその想い。そして飛鳥の目を捉え、決して逸らそうとはしない。
「シェリアまできたら誰が魔族のことを話すんだ。誰がこの子達を街まで送るんだ。……この子達を逃がすためにシートンさんは残ったんだぞ」
そんな飛鳥の言葉を遮ったのはまたもネオだった。
「おいおい、にいちゃん! 俺たちをただの子供だと侮るなよ! 俺たちはナウラ一の冒険者シートンの子供だぜ?」
「そうよ! 間違ってもあんたたちのお荷物にはならないわ。私たちだけで街に帰るなんて造作もないわよ!」
レイもそれに続き、その高圧的な態度が逆に頼もしく感じてくる。
「だから、安心して一緒に居なさい」
「あぁ、俺たちだって一人じゃないんだ。家族がいるからな」
子供というのはその見た目からは考えられぬほど強い。飛鳥も知っていたではないか。飛鳥にも血の繋がらない弟や妹たちがいる。その誰もが強く、そして毎日を笑顔で過ごしている。
この子達も同じなのだ。例えシートンが居なくてもきっと強く生き続けるだろう。
「……アスカ」
シェリアが不安そうな顔でじっと見つめてくる。金色の髪の隙間から覗く金色の目には軽く水滴が溜まっている。そんな顔を向けられたら無下にすることはできない。
「わかった、一緒に行こう……」
飛鳥はそう優しく言い、シェリアの顔に笑顔が戻る。これから危地に向かうことを理解しているのだろうか。
「じゃあ俺たちは戻るぜ! すぐ大人に話して戻ってくるからな!」
「それまで、パパのことお願いね」
ネオとレイはそのまま走って行ってしまった。
その後ろ姿を眺めながら飛鳥は口を開く。
「出来ることなら、俺はシェリアにも戻ってもらいたかった。生きて、生き延びて、お前が見たかった世界を見て回って欲しい……」
飛鳥は一度は許可したもののやはりその決断が正しかったのか疑問に思う。
「……だけど、安心もしてる」
シェリアは飛鳥の思いがけない言葉に驚いた。
「一人じゃ怖くて、どうにかなっちゃいそうだった……」
飛鳥の弱音を初めて聞いたかもしれない。いつも自分に不安を与えないように振る舞う飛鳥に感謝し、今度は自分の番だと言い聞かせる。
「竜の渓谷でのこと、覚えてる?」
シェリアは唐突にそう口にする。飛鳥は何のことを言っているか分からなかった。
そして、分かっていないが顔にそれを出そうとしない飛鳥にシェリアは残念そうに眉を下げながらも口角が少し上がる。
「希望の丘」
「……あっ」
飛鳥が思い出すように声を上げる。
シェリアは飛鳥の手を取り、戦いの地へと足を向ける。
「一人で行くなんて、やだよ。一緒に行こ」
——そうだな……
「そして、世界も……」
——あぁ、そうだな。一緒に……
向かう先は天国か、地獄か。立っているのはシートンか、魔族か。
だが、飛鳥とシェリアの目的はその更に先にある。ここで止まるわけにはいかない。
手を引かれ後ろにいた飛鳥はシェリアの横に並ぶ。お互い顔を見合わせると自然と笑みがこぼれてくる。そして、飛鳥は背に背負う『魔女の神杖』を。シェリアは腰に差した『賢者の神杖』をそれぞれ手に持つ。
一人だと不安で震えていたであろう足はしっかりと地面を踏みしめて一歩一歩前に進む。
「アスカ……」
シェリアが声をかける。
「私があなたを、必ず守る」
以前聞いたその言葉はやはり安心できる魔法の言葉である。
「俺も必ず、お前を守るよ」
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