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キセレの言う日本①

「そだっけ?」


 話は全て終わったものと思い、帰りの転送法術陣に足を踏み入れようとする直前、飛鳥は唐突に思い出した。


 そして忘れていたのを誤魔化すようにキセレは首を傾げるが、おっさんがやっても可愛くも何ともなく逆に不愉快極まりない。


「俺も忘れてたけど、話してねえよ」

「君も忘れるぐらいだから別によくない?」

「よくねえよ! 気になって寝られんわ!」

「アスカ、落ち着いて」


 唐突にキセレの口から発せられた『日本』、そして『地球』という単語。飛鳥が先ほど訪れた冒険者ギルドの受付で登録する際、飛鳥は出身地を日本と答えたが受付嬢の反応から日本と異世界が互いに干渉していないのは明白だった。なら、なぜキセレはそれを知っていたのだろうか……。


 キセレはそんなに話すのが嫌なのか、のらりくらりと躱す。それがより飛鳥をよりイラつかせ、そして引きつける要因となっている。そして、キセレはようやく口を開いた。


「まぁ、別にそんなに大した話じゃないよ。僕も日本に行ったことがある。それだけ……」


 キセレは首筋を撫で、とんでもないことを付け加えた。


「……大体二千年ぐらい前のことだけどね」

「…………は?」


 キセレは言った。日本に行ったことがあると。そして言った。それは二千年前のことだと。


 飛鳥は困惑した。突然その男の口から放たれた、あまりにも長い年数は飛鳥の頭の中を真っ白にするには充分であった。そして、飛鳥のそんな反応をキセレは大いに楽しんでいた。


 キセレのその囃し立てるような顔が飛鳥の頭に血を登らせる。飛鳥は足を踏み出そうとするが、急に手を引かれ後ろによろめいた。術式陣の中に立っていたヘレナに手よって、キセレに近づくのを拒まれたのだ。


 転びそうになる飛鳥をヘレナは胸で受け止める。飛鳥はその柔らかな感触に一瞬、気を持っていかれそうになるが、そんな余裕はなく強い意志と理性で何とか持ちこたえる。すぐにヘレナを振り払い、キセレを問い詰めなくてはならない。


 しかし、それは叶わず……、


「送ります」


 ヘレナがそう発した瞬間、ヘレナの足元にある転送法術が起動し飛鳥の眼前は光に覆われた。


 そして、一つ瞬きを入れると眼前の光はすぐに消え去り、先ほどまでいたあの暗い空間に飛んだ時と同じ、ゴミ箱のような木箱の中にぎゅうぎゅうで詰められている。


「ん。苦しい……」


 シェリアの細身の体に対して、それなりに大きな胸が飛鳥の背中に押し付けられる。当の飛鳥は未だにヘレナの胸に顔を埋めている。


「〜〜〜っ、んーーっ、んーーーっ! ーー!」


 飛鳥はその豊満な胸で呼吸が出来ず、思わずヘレナの肩をポンポンと叩く。


「ぷはっ! はーっはーっ。……胸の間ってほんとに息できないんだな……」

「何か?」

「いえっ、何でも!」


 つい、その大きな胸をガン見してした飛鳥はヘレナに指摘されると首を勢いよく横の振り、何事もなかったように顔を逸らす。


 そして、まだキセレに聞きたかったことがあったにも関わらず、勝手に送り返した彼女に文句を言おうとした。しかし……、


「それでは私は店長をお連れしますので……」

「は……?」


 ヘレナから出てきたセリフは飛鳥の見当違いなもので、思わず疑問の声を上げた。


 あのタイミング、キセレの正体の核心に迫る『二千年前』という単語が出た瞬間、それを追求しようとする飛鳥をヘレナは妨げる目的で転送したのかと思った。だが、それは全く関係なかった、関係なかったのだ。


 消えたヘレナをシェリアと共に待つ。数分後、ヘレナはキセレを脇に抱え現れた。


「嫌だ! 何で僕がそんなめんどくさいことしなきゃならないんだよ!」

「店長はこの街の人々から特に嫌われておいででしょう? この機会に改善なされた方が情報集めも捗るのでは?」

「……ほんと、優秀な従業員だよ。いろんな意味でね!」

「お褒めに預かり光栄です」

「皮肉だよ! 分かれ!」


 聞くだけならばそれはきっと姉と弟の微笑ましいやりとりなのだろうが実際目で見ると全く違う。


 大和撫子な雰囲気を出す女性が小柄なおっさんを小脇に抱える、見ていて痛々しい現場である。


「あの、ヘレナさん。こいつ何を駄々こねてるんですか……?」


 飛鳥はその謎な現場を目の当たりにし、思わず声を掛けた。ヘレナは脇に抱えるキセレを乱暴に落とすとその理由を話す。


「ギルドから店長に個人的に依頼が来てまして……。こう見えて、それなりの実力者なのですよ」

「実力者、ねぇ……」


 飛鳥は落とされたキセレを見ると、肘をつき寝っ転がりながら腹を掻いていた。この男がギルドからも認められる実力者とは到底思えない。


「あ、君。今失礼なこと考えてるでしょ」

「そんなどうでもいいことは置いといて……。キセレ、ちょっと悪いが金貸してくれ」


「はぁ⁉︎ 君ほんと図々しくなってるよね? ま、いいけど。ちゃんと返してよ」

「分かってるよ。金の切れ目が縁の切れ目って言うしな。まぁ、それでお前と縁が切れるのなら願ったり叶ったり何だがな……」


 飛鳥は少し口角を上げ、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらキセレを見た。キセレの目的にはどうしても魔女と賢者の力が必要となる。飛鳥はそれを分かってるが故に、キセレをからかう目的でそんな笑みをキセレに向けたのだ。


 シェリアには何となく飛鳥の笑みの理由が分かったのか、目尻を垂らしながら溜息をつく。


 キセレも「それは困ったなぁ」と呟きながら肩を竦めた。


「まぁでも、金の貸し借りはちゃんとするように躾けられてるから、あんまり心配しなくていいよ」


 飛鳥はここで初めてキセレの困った顔が観れたことに満足した。


「君の親御さんは、このガキンチョにちゃんと躾けることのできる素晴らしい人だね」

「あぁ……、尊敬できる人たちだ。本当に……」


 飛鳥は名こそ出していないが、育ての親である祖父や祖母の事を褒められると、自分の事のように嬉しくなり、思わず笑みが零れる。


「さぁ、とりあえずギルドに向かいましょう。依頼を断るにしても、流石に無視はダメです」

「はいはい分かりましたよぉ」


 ヘレナが一度話を中断するために手を叩く。それを聞くとキセレも本当に面倒くさそうな、そしてだるそうな声でどっこいしょと、立ち上がる。


 キセレの扱いに長けているヘレナ様子に飛鳥は感心する。その場の流れで生きているような人間はは言葉で言い聞かせるのが意外に難しい。それはきっとヘレナのさっぱりとした性格と、キセレのめんどくさがりな性格が絶妙にマッチしているのだろう。


「……楽しそう」

「……そうだな」


 後頭部を両手を回し歩くキセレの後ろを数歩離れてついていくヘレナ。言い合いをしながらも道を進む二人から何かを感じ取ったのか、シェリアの口からそうポツリと漏れた。


 言い合いをする二人は仲の良い姉弟のやうに。連れ歩く二人は夫婦のように。きっと飛鳥の前を歩く二人は互いが互いを思うが故の言動、そして行動なのだろう。


「でも、おじさん」

「それは言ってやるなよ……」


 一度はシェリアの言葉に心温まる思いになった飛鳥は、次に発せられた言葉により現実に引き戻される。


 飛鳥は溜息をつきながらもシェリアと共にキセレとヘレナの後を追いかけ、ギルドに向かった。

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