初めての街、ナウラ
無事に検問を抜けることができた飛鳥はフードを脱ぎ、異世界で初めて訪れた街を存分に堪能していた。
石造りがメインで中世を連想させるその街並みに心躍るものがあった。しかし、
「おい、シェリア。いつまでそうやってるつもりだ」
門の内と外では当然のことだが人の数は違う。検問の列でさえ体を硬直させてしまうシェリアは、その人の多さに縮み上がっていた。
飛鳥は未だに背中からガッチリと引っ付いて離れない少女に声をかけた。
「人が多くて怖いのはわかるけど、せっかく森から出たんだぞ? 自分の生まれた世界をその目で見るんだろ?」
「……ん」
そう言うと、やっとシェリアは背中から顔を離し、飛鳥の脇の下から街の様子を覗き込んだ。
行き交う人々、出店、血気盛んな街の様子がシェリアの目に飛び込んでくる。
さっきまで顔を伏せていたのが嘘のように目を見開き、街の中を観察する。未だに恐怖は拭えない。だがその恐怖を上回る好奇心が生まれた。今まで夢にまで見たこの景色。眼に映る全てがシェリアの心を掴もうとしてくる。
「アスカ、あれ何……?」
「あれは露店だな。食べ物を売ってるんだよ。何の食べ物かは俺もわからんけど」
「あの獣は……?」
「尻尾が二本に分かれてるけど多分猫だな。一本のやつなら日本にもいるぞ」
「アスカ……!」
「ちょっと落ち着け。気になるのは分かるけど、それより先にやることがあるぞ。身分証の発行しないと……」
いつもの調子に戻ってきたシェリアの姿にひとまずは安心し、この身元不詳の状況を何とかするべく、飛鳥は興奮冷めやらぬ少女を説得した。
少し歩くと小道具屋のような店が飛鳥の目に入った。その店先に座る初老の男性に飛鳥は声をかける。
「すみません。この辺にギルドはありませんか?」
「何じゃ、この街は初めてか」
「はい、先程着きました」
「これはまた……、別嬪さんを連れて旅とは、お主もなかなかやるのぉ」
そう言った老人の視線が向きシェリアは思わず飛鳥の背中に隠れ、すぐに覗くように顔を半分を出す。
「すみません。人見知りが激しくて。……ほら、一応謝ろうな」
「……ごめんなさい」
シェリアは態勢は変えず首だけを動かし謝罪すると、また飛鳥に背中に顔を埋めた。飛鳥はそんなシェリアについ溜息をついてしまう。
「ははは、よいよい。さて、ギルドじゃったな。この街には商業、冒険者ギルドがある。どっちじゃ」
「ここからだと、どっちが近いですかね」
「近いのは冒険者ギルドじゃな。この辺は道が入り組んでおるから説明しにくいが……とりあえずあっちじゃ」
老人は飛鳥の右手の方角を指差す。
「まぁ、そう遠くはない。分からなければまた他の者に聞けばよいじゃろう」
「はい、ありがとうございました」
飛鳥は一礼する。そして背中に隠れたシェリアも顔を出し、
「あ、ありがとう」
と、飛鳥に続きお礼を言うと二人はその場を離れた。
再び歩き出した二人だが依然としてシェリアは飛鳥の背にしがみついたままだある。
「アスカ、ごめんね」
「ん、何がだ?」
飛鳥はシェリアの謝罪がなにを示しているのか何となく分かっていたが、あえて知らないふりをする。
「……隠れちゃったの」
シェリアは小道具屋の老人にとった自分の行動が、適切ではなかったことを自分なりに理解していた。そして、その後の処理を飛鳥に押し付けてしまったことを後悔する。
「別にいいよ、あれくらい。それにすぐに謝っただろ? 別れ際にもちゃんとお礼も言ってたし。少しずつでも、ゆっくりでもいいから他の人と交流を持ってみよう」
「……ん」
シェリアはそれでも飛鳥から離れようとはしなかったがその力は随分弱まっている。そして顔半分だけを出し飛鳥とともに道中を楽しみながら進む。
そして飛鳥も、そんなシェリアの感情が流れてくるのかどこか愉快的悦な思いになる。しかし、
(でもいつまでも……、このままじゃダメだもんな)
と、そんな心地よい思いになればなるほど、飛鳥の心の内はすぐに沈んでしまっていた。
何故なら、二人でいつまでも一緒にいることはできないと飛鳥は思っているからだ。飛鳥は日本で生き、シェリアは異世界で生きてきた。
今、この状況が特殊なだけで、いつかそれぞれの世界で暮らす。そんな当たり前の日常が二人に訪れることになるのだ。すべての事が終え、飛鳥が異世界で生まれたことが分かったとしても、日本での生活を捨てることは絶対にしない。それはきっと、シェリアも同じだろう。
(それまでに、シェリアにコミュ力をつけさせないとな……)
飛鳥はそう心に誓う。今のように飛鳥に頼りっきりなままでは、その時が訪れた時、路頭に迷ってしまうことは確実だ。
飛鳥のその試みにより、二人が離れ離れになるきっかけになったとしても……。
そしてもう一つ大きな溜息をつくと。
(歩きにくい……)
飛鳥は早急にシェリアを引き離す手立てを考えるのであった。
—————
「こりゃまたど定番だな、ギルドってのも」
「人が、いっぱい見てる……」
「そりゃシェリアに見蕩れてるんだろ。そこまで綺麗な金髪は稀だぞ」
道は聞いていた通り、道中入り組んではいたものの、老人の指差す方角へ進んでいたら大きな建物が見えた。それがギルドだったこともあり飛鳥はすんなり目的地へたどり着くことができた。
ギルドの中は想像通り剣を腰に携えた者や、槍、弓、杖など様々な装備を身につけた冒険者で賑わっていた。
中でも体が大きくその厳つい風貌をした男たちはよく目立ち、それこそ定番中の定番だと思うと飛鳥は少しテンションが上がる。もちろんお近づきにはなりたくはないのだが……。
そんな大勢の中に見知らぬ顔である飛鳥たちが入ればその視線を一身に集め、シェリアはまた飛鳥の背中に顔を埋めてしまう。
飛鳥は溜息をつきつつも、これだけの人から一度に注目を浴びると流石に体が強張ってしまう。
飛鳥はポーカーフェイスを保ちながら、混雑した受付の列に並ぶ。
(少し時間あけてからの方が良かったな……)
今朝、滅びた遺跡で目を覚まし、ギルドに訪れるまでおそらく二時間も経っていない。日本時間で例えるなら八時過ぎと言ったところだろうか。一日の中で最も人混みに溢れる時間帯は異世界でも共通のようだ。
そんな、人の渦に揉まれるうちにシェリアは完全に心を閉ざしてしまった。
「その子、大丈夫……?」
その時、シェリアを気遣う声が聞こえ、飛鳥は声の主へと振り向く。
「あぁ、多分大丈夫です。この子人見知りなもので……」
声をかけて来たのは片方の肩を出した銀色のワンショルダーの鎧、そして腰に細めの剣を差した女性であった。
見た目はぱっと見で二十歳ほどだが、その見た目とは裏腹にとてつもない大人の色気を放ってくる。栗色の髪に少し青く垂れた瞳が、それをより一層掻き立てる。
「そうなの? ごめんなさいね。ここってほとんど女の人がいないでしょ? だからつい、ね」
「御気遣いありがとうございます。……あ、自分飛鳥って言います。こっちの背中にいるのがシェリアです」
「まぁ、ご丁寧にどうも。私はルーラよ」
『ルーラ』と名乗った女性。
この男ばかり集まるギルド内で女性はそれなりに苦労することを知っているが故なのか、今なお顔を伏せるシェリアのことを気にかけてくれている。
「ほら、あなたの番よ」
「あぁ、はい。それではまた後ほど、機会があれば……」
飛鳥の前に並んでいた列が履け、社交辞令としてそう言うと、ルーラはニッコリと微笑み、手を振りながら列から離れていった。
しかし、飛鳥はルーラが最後に見せた笑顔にどこか違和感を感じた。そして、本当に彼女がシェリアの身を案じて近づいてきたのか疑問に思う。
だが、今はそんなことを考えている余裕はなく、ナマケモノの如く完全に飛鳥の体にしがみつくシェリアと共に、足を引こずるように歩を進めると受付のカウンターに手を突いた。
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