洞窟の中で
美理子達が、アージェスの軍勢と戦っている頃、外の光が届かないような暗い洞窟の中でも、壮絶な戦いが行われていた。
戦いに敗れて地に伏せたモンスターの死骸からも、その激しさが見て取れる。
地面に広く流れ出た血の塊。
壁や床に鋭く刻まれた爪の傷。
そして大きな穴を開けるほど強烈に炸裂した魔法。
誰かが怪我をしたのか、血の跡が向こうまで続いている。
さて、それじゃ後を追って行ってみるとしよう。
ちなみに、ここに倒れていたモンスターだが、少し名前を挙げておけば、まずデビルキャットにダークドラコン。魔界樹。毒あげは。鎧人形、タコ魔人、ベビードラコン、邪岩。人食い花、闇ガラス。と、まあ沢山いた訳だ。
さぁ、話を続けよう。
パンパン達一行は、迫り来るモンスターの攻撃を避けながら、奥へ奥へと進んでいた。
時々、美衣子の顔が苦痛に歪む。
それもそのはず、彼女は手強いモンスター、ダークドラコンにやられ、右足を負傷していたのだ。さっき滴り落ちていた血は、彼女の物だったって訳だね。
その右足は、パンパンがとっさに布を巻いてくれたが、完全に血は止まらない。
魔法力もほぼゼロだ。
それでも気力で先に進む。
「ハアハア……」
息が荒く、立ち止まると目眩さえ起こしそうだ。
「みーこ、大丈夫?」
彼女は足を引きずっていた。それを心配したパンパンが彼女に問いかける。
「うん、心配しないで、パンパン」
彼に心配をかけまいと、美衣子は精一杯の笑顔を見せた。
しかしーー、
「みーこ!」
彼女はふらついて、倒れかかった。
それをパンパンが支える。
「大丈夫って、嘘だよね。何でそんな嘘つくの? こんなに足を引きずって」
「パンパン……」
「それじゃ、こうするしかないね」
「キャッ!」
パンパンは、美衣子の体を持ち上げ、お姫様抱っこした。しかも、そのまま歩き出す。
「駄目だよ! パンパンだって怪我してるのに……」
「僕は、君を守る為に強くなったんだ。これくらい平気さ」
「でも……」
「いいから、君は歩けないだろ! 僕に任せてくれ!」
(ドキッ)
強い口調で言われて、余計に美衣子の胸は高鳴った。
男らしいパンパンの横顔を見る。
(カッコいい)
美衣子はもう、黙ってパンパンに任せる事にした。
美衣子を抱えながら、パンパンはひたすら歩く。
ワンメー達もただついて来る。
本当は、みんな疲れているのだ。
言葉を話す力もない。
彼らが洞窟へ入ってから、一体どれくらいの時間が経過しただろうか。
足が痛い。
身体中の傷がヒリヒリしみてくる。
もし、途中で止まってしまったら、そのまま眠ってしまいそうだった。
チャポン。
足が何かに触った。いや、触ったというより、倒れ込んだという方がいいか。
青い色ーー、
一面透き通った青い色が、視界を覆っている。
だけど体は重く、上手く動けない。
「ゴフッ」
彼らは急に息苦しさを感じた。
フワッ。体が浮く。
彼らの体は飛び出すように、そこから抜け出した。
「いや、あんたらが来て、この泉に飛び込んだ時はどうなる事かと思ったが、どうやら無事だったようだな」
男の人の声がする。
見ると、太っちょのおじさんが立っていた。
「これは癒しの泉だよ。体力と魔法力を回復してくれる不思議な泉さ。ほら、あんたらの身体中の傷も治っているだろう?」
おじさんに言われて、美衣子達は自分たちの体を確かめる。
確かに、あれだけあった傷が治っている。疲れも吹き飛んだようだ。美衣子の魔法力も回復していた。
ただ服だけがびしょ濡れだ。
おじさんは、薪を持って来て火を起こし、彼女達にタオルを差し出す。それで服や髪の水分を拭き取り、焚き火にあたるように言った。
美衣子達が焚き火の回りを囲む。
ふと、リースがおじさんに疑問を投げ掛ける。
「しかし、こんなところで火なんか焚いて、大丈夫なのォ?」
おじさんは、ニコニコしながら答えた。
「平気だよ。実は、この泉の上の天井は、小さな隙間が空いているんだ。そこから、煙が流れていくようになっているから。安心して」
「ふぅん。そうなんだ。ところであなたは?」
おじさんはそこで、恥ずかしそうに一瞬下を向いた。
「実は、わたしはここに薬草を採りに来たんだ。ここには、良い薬草が沢山生息しているからね。けれど、帰ろうとしたら強いモンスターがいっぱい出て来てね。隠れていたらあんたらがそのモンスターを倒してくれた。そこで、礼を言おうと後を追いかけたんだ」
「そうだったんですか」
緊張のとけた美衣子が笑う。
「わたしも癒しの泉を利用した事があるから、タオルを多めに持って来て良かったよ。薪の場所も知っていたからね」
「本当に、ありがとうございました」
「いやいや、礼を言うのはこっちだよ。ああそうだ。何か飲むかい?」
おじさんは荷物の中から水筒を出し、温かいお茶を分けてくれた。
「服が乾くまで、もう少し火に当たっていたらいいよ。わたしは、ちょっと用事を足して来るよ」
おじさんがいなくなる。
美衣子は、タオルにくるまりながら、ボソッと言った。
「あの、パンパン……、さっきは……」
すぐ隣にいたパンパンは、即座に反応した。
「ああ、みーこ。ごめん。強い言い方をしちゃって。それに、君を抱いたまま、結局、泉に飛び込むような形になってしまって」
「違うの。怒ってないの、わたし。その、本当は嬉しかったの。あの、ありがとう」
最後は照れて声が小さくなってしまったが、それでもパンパンは、
「どういたしまして」
と、爽やかな笑顔を見せた。
その笑顔にまた美衣子がドキドキしていると、
「やあ、どうやら、服が乾いたみたいだね」
おじさんが帰って来た。
美衣子達は、それじゃ出発しようと立ち上がる。
おじさんは、礼を言いながら3,000ゴールドのお金と、薬草をたくさんくれた。
「こ、こんなに……?」
さすがに悪いと美衣子が返そうとするが、
「良いんだよ。わたしはあんたらがダーク帝国を倒してくれる事を、願っているから」
「わたし達の事を?」
「ああ。あんたらの服装や武器を見た時、すぐ分かった。それじゃ、気をつけて」
「はい。おじさんもお元気で!」
おじさんは、パーティーの姿が見えなくなるまで、手を振って見送ってくれた。
世の中には、親切な人もいるものだ。
パーティーはその事を、今日改めて実感した。
歩き始めて少し行くと、目の前に三個の宝箱が見えた。こうして宝箱の中身を確認するのも、ダンジョンの冒険の楽しみだ。ただ、中にはモンスターが化けている場合があるので、慎重さも必要だ。パーティーは戸惑いながら、一つづつ確認していった。
一つ目には薬草が、二つ目には5,000ゴールド、そして三つ目にはすばやさの実が入っていた。
すばやさの実は、食べると素早さが少し上がる。これはワンメーにと、美衣子が彼に渡した。
そしてーー、
一行はやっと、烈風剣がありそうな場所に到着していた。
大きな扉がデンと立っている。
何かがはまりそうなへこみがあった。
「この形……」
美衣子が石板を取り出す。
もしもの為に持って来ておいたのだ。
カチャッ。
へこみに石板がぴったりはまった。
扉が開く。
台座の上に細長い箱があった。
ためらいなく箱を開ける。
「これが、烈風剣……」
鞘から外すと、一陣の風を感じる。
剣自体は太めでがっちりしているが、持ちやすい。刃の部分に青い宝石が飾られている。
「風を呼ぶ聖剣……」
みんながじっと烈風剣を見つめていた。
その時ーー、
ゴゴゴゴゴゴ。
前方から巨大な岩が転がって来た。
ダッ。
妖精達は空に、パンパンと美衣子は横に避けて、動物トリオはジャンプした。
そして一行は知ったのだ。
何か強大な魔のエナジーを。ダーク帝国の強い敵の到来を。
「誰だ!」
パンパンの叫びが響く。
壁の隙間から、その人物は現れようとしていた。