翼の国にて
静かな暗闇が、彼方より広がっている。
辺り一面、見渡す限り闇、闇、闇。
その不気味な魔空間の一角にある、ただ一つの国、ダーク帝国。
中央にそびえる城は帝国の国王アルビネット・サタンの住む魔城だ。
城内は、緊迫した雰囲気だった。
国王と幹部が会議を開いているのだ。
分厚い鉄の扉の向こうから、話し声が聞こえる。
「綾乃。mirikoworld襲撃作戦は、上手くいっておるか?」
宝石がちりばめられた豪華な椅子に座っているのは、国王アルビネットだ。
その国王の前に、美人な秘書が立っている。
彼女は重要な書類を手にしたまま答えた。
「はい。アージェス様が指揮を取り、順調に進んでおります。もうじき、ミリルークの城に到着するという事ですが……」
「そうか」
アルビネットは、そのまま黙ってしまう。
美人秘書の綾乃が、部屋を出て行こうとしたその時、
「待て」
国王に呼び止められ、綾乃は立ち止まる。そして、元の場所に戻った。
「はっ、何か?」
国王アルビネットは重く、のしかかるような声で言葉を発した。
「今、奴らの半分が翼の国ウイングスに向かったと聞いた。mirikoworldはアージェスに任せ、お前は直ちにウイングスへ行け。城の回りの戦闘部隊を貸そう。指揮はお前に任せる」
「はっ、かしこまりました」
綾乃が静かに部屋を出て行く。
アルビネット・サタンの座っている椅子の真上に、スパイコウモリがいた。こいつは黒魔族のドラキュロスのように血を吸う事はできないが、その大きな目で敵を監視し、映像を送る事を任務としている怪物である。
さっきの、美衣子達がウイングスにいるという情報も、こいつがキャッチしたものなのだ。
アルビネット・サタンが静かに息を吸い込むと、太い声で呟いた。
「女王サイーダ亡き後、新女王が誕生したというが、そいつの実力も知れたもの。少しずつ、時間をかけて我らの力を教えてやるわ……!」
闇の力は、破壊と欲望を織り交ぜ、聖空間に向けて進み始めた。
ガヤガヤガヤガヤ。
ウイングスの城下町は、思ったとおり賑やかだった。武器屋、道具屋、薬屋。さまざまな店が通り一面にズラーッと並んでいる。
「うわぁ〜っ」
妖精達がもの珍しそうに中を覗き込んでいる。
どうやら、立ち止まったのは防具屋のようだ。
チャリン。
パンパンが腰にぶら下げてある小さな袋からお金を出す。mirikoworldを含む聖空間のお金の単位は、ゴールドである。前に、mirikoworldのお金の単位と言ったが、どうやら、聖空間全体の単位らしい。この場所に来て、同じようにゴールドが使える事を知ったパンパン達は、楽だと喜んでいた。人間界の単位に直すと、1ゴールドが1円となる。ちなみに、パーティー全員のお金の合計は、現在35,000ゴールド。それをパンパンがまとめて持っている。つまり彼は、パーティーの会計係って訳だ。
「何か、気にいった物でもあったのかい?」
パンパンが妖精達に近づいた。
妖精達はある物を指差す。
「おっ……」
それは、妖精専用の防具、フェアリードレスだった。値段も1,500ゴールドと手頃。まぁ、言ってみれば妖精の為に作られた鎧と言った方がいいかも。
パンパンは、手に持っているお金を確かめた。
妖精達の目は、買って買ってとせがんでいる。
少しためらったパンパンだが、可愛い仲間の為、それを買った。
「わぁ〜〜い!」
手を振り上げて、身体中で喜びを表現する妖精達。早速、それを着込む。
「良かったね」
美衣子が笑顔で言う。
「うん!!」
妖精達も笑顔で返す。
パンパンはお金を袋にしまうと仲間に言った。
「さぁ、先に進もう!」
「うん!」
そして、一行はまた歩き始めた。
賑やかな通りを抜けると、坂道を下り、住民達の家々が広がった。
ここも、活気溢れる場所だ。人々はみな優しく、笑顔で迎えてくれる。そして、その町を見下ろす山の頂上に建てられた立派なお城。
ウイングスを築き上げた国王と王妃の住む城だ。
聖剣の一つである烈風剣の情報を得るには、まずあそこへ行かなければ。
パーティーは、期待に胸を膨らませて、早足で駆け出した。
入り口を守る門番は二人。
扉を挟むように右と左に立っていた兵士が、こちらを見た。
「mirikoworldからの勇者様ですね。ようこそウイングスへ。さぁどうぞ、お入り下さい」
美衣子達の格好を見て、mirikoworldから来たらしいと分かったのか、彼らは快く道を開けてくれた。
城の中は、ミリルーク城より広く、兵士達や女官達が忙しく働いていた。
一人の女官が、美衣子達の元に来る。
「ウイングス城へようこそ。国王様の所まで、ご案内致します」
女官は北の階段を昇っていった。慌てて、美衣子達も後を追う。
階段を過ぎて、右に曲がると大きな扉に出た。
どうやらここに、国王と王妃がいるらしい。
「失礼致します」
道案内をしてくれた女官が、扉を開ける。
「さぁ、国王様と王妃様がお待ちかねです。どうぞ中へ」
そのまま部屋の中へ入れられた。
正面の椅子に深々と腰掛けている、口ひげを生やした男の人は国王。その左隣に座っている王妃。
二人とも優しげな目で見つめている。
もちろん、国王と王妃の側には二、三人の兵士がいて、常に安全を守っている。
国王が、美衣子達を側に呼んだ。
パーティーは美衣子を先頭に一列に並び、国王と王妃の目の前に歩み出る。
美衣子が懐から手紙を取り出し、国王に差し出す。
美理子が、彼女達の出発前に書いてくれた手紙だ。
内容は、聖空間の他の国々と協力し、共にダーク帝国と戦おうと言う、女王の強き意志と願いが書かれている。そして、聖剣探しの旅に出た美衣子達にアドバイスを、と付け加えられていた。
手紙を読み終わった国王は、意を決したようにこちらに向き直った。
おもむろに口を開く。
「mirikoworldの女王だったサイーダ殿は、素晴らしい女性だった。わたし達にも、とても良くして下さったのだよ。そのサイーダ殿が亡くなられて、とても残念に思うよ。新しく女王になられた美理子殿は、サイーダ殿の意志を継いでいるようだ。手紙を読ませてもらって分かったよ。彼女は、とてもしっかりとした人物だ。確かに、ダーク帝国はmirikoworldだけでは、手に終えない強国だ。我々聖空間の四国が協力し、手を打たねば太刀打ちできないだろう。この美理子殿の提案、わたしは受けよう」
「本当ですか!?」
今まで黙って国王の話を聞いていた美衣子が顔を上げた。
「うむ。それで、君達に見せたい物がある。おい、例の物を」
国王は近くにいた兵士に、何かを取りに行かせた。
「お待たせ致しました。これでございます」
「うむ」
兵士から箱を受け取り、鍵を開ける国王。
カチャッ。
箱が開く。美衣子達はもっと側に寄った。
「あっ……」
中に入っていたのは、ノート位の大きさの石板だった。何か、文字が彫られているのが分かる。
「その文字は、聖剣の在りかについて書かれているらしいのだが、わたしにはさっぱり意味が分からないのだ。その謎を解き明かせば、きっと聖剣を見つける事ができるだろう。さあ、それを持って行きなさい。君達になら、きっと解ける」
「国王様、ありがとうございます!」
パーティーを代表して、美衣子が笑顔で受け取る。
一行は深くお辞儀をすると、部屋を後にした。
門の所には、やはり二人の兵士がいた。
口を揃えて、
「また、いらっしゃって下さいね。mirikoworldの方々」
と、見送ってくれた。
城を出た一行は山を下り、広場で一休み。
石板を囲んで、文字を読んで見る。
「暗号みたいだね」
と、パンパンが呟く。
「そうね」
美衣子も、妖精達も、ワンメー、カン、リースも、難しい顔をして、頭を抱えた。
この暗号を解かなければ、聖剣の在りかは分からない。
みんな、必死で考えていた。