結界を破れ
「父上!」
アージェスが怒りの表情で、国王の間に飛び込んで来た。
「どうしたアージェス。血相変えて」
「美理子達を倒す為に、ビジェを犠牲にしたのか?」
アージェスはここ数日、ビジェの姿が見えない事に疑問を抱いていた。兵士達も、アージェスの前だと声をひそめる。これは、アルビネットの命令で、ビジェは戦いに行ったのだと思った彼は、密かにスパイコウモリの映像を見て、彼女の死を知ったのだ。
しかし当のアルビネット本人は、平然な顔をしていた。
アージェスの言う事など、意に介しない態度で。
「ビジェは兵士として立派に死んだ。それよりアージェス、お前が何故その事を知っている? 誰か、告げ口でもしたか?」
「いや、兵士達は何も喋らなかった。俺がスパイコウモリの映像を見ただけだ。あれを見た限り、ビジェは無理やり殺されたという感じだが」
「ビジェはもともと奴隷だった。兵士の代わりなどいくらでもいる」
「しかし、奴隷だとしても、彼らは今やこの国の人間だ! ビジェは、兵士でもあり、綾乃の代わりに秘書代理までこなしていたのに……」
「そうだな。確かに、秘書としては優秀な人材だった。が、兵士としては、実力が足りなかったのだ。だから、ふさわしい死に方を与えたまで」
「父上、あなたは……」
これ以上、何を言っても無駄な気がする。
アージェスは、出かかった言葉を押し込んだ。
ビジェは綾乃を慕っていた。
綾乃もビジェを可愛がっていた。
もう一度、会いたかったんだろうな。
それを利用するなんて。
「そうかりかりするな。アージェス。あれは、お前の為でもあったのだ」
「え!?」
「mirikoworldの女王の死を、お前に見せない為にな」
「なっ……」
「だが、それが失敗した以上、あの者達は結界を破り、この国に攻めて来るだろう。そうすれば、お前の言う、国の人間が死ぬぞ」
「父上……」
「国王として、わたしは国を守る義務がある。そしてアージェス、お前は特別だ。お前だけは、わたしの側にいてくれ」
そう言われては、こっちも何も言えなくなる。
アージェスは大人しく、部屋に帰った。
せめて、ビジェの為に祈ろう。
それしか、自分にはできないから。
一方、光の国、ライトニングフィールドでは、ビジェの魂が安らかに旅立てるように、美衣子達が黙祷していた。
レナが花を添えて祈りを捧げる。
爆発の跡に肉体の一部が残っていた。それを地に埋めて、小さな墓を建てたのだ。
「ビジェ……」
綾乃はまだ泣き顔だった。
無理もない。
一瞬のうちに、妹分である彼女を、失ってしまったのだ。
綾乃は自分を責めていた。
「美衣子ちゃん……」
「どうしたの? 綾乃さん」
「わたし、ダーク帝国を出ない方が良かったのかな。そうしたら、ビジェは死ぬ事はなかったのかな」
「そんな事……」
美衣子は落ち込む綾乃を慰めるように言う。
「ビジェは最後、光の中で笑っていたよ。綾乃さんに会えて、あなたの選択を理解したんじゃないかな」
「そう、かな」
「それに、見ていて分かったよ。あなた達の築いた絆は、そんな簡単に切れる物じゃないって。だから、立ち上がろう綾乃さん。ビジェの為に。これ以上、悲しい思いをする人が増えないように」
「そう、ね。ありがとう美衣子ちゃん。ビジェの為に、わたし奴隷の人達を解放したいの」
「うん。わたし達も手伝うよ」
「ありがとう」
綾乃は涙を拭いて笑った。
(ビジェ。あなたの事は忘れない。いつかまた、わたしがそっちへ行ったら、その時はまた、笑い合いましょう)
そして、戦士達はレナから、聖剣を使った結界の破り方を聞く。
聖剣は武器としては非常に優れている。だが四つしかない貴重な物だったので、聖空間の各ワールドに封印されていた。そして自らの意思を持ち、時空を越える力がある。
ならどういう風に造られたのか。
美衣子の持つ聖麗剣は、聖なる龍の涙の雫から産み出されたと言う事は分かっているが、他の聖剣がどうやって造られたのかは、はっきりしていない。
実は聖なる龍には子供の龍がいて、その龍が闇の力で肉体を失い、剣に生まれ変わったとか、実は死んだ人間の魂が入っているとか、いろいろな説が伝わっていた。
その聖剣を使って結界を開くには、結界が一番薄い所に向かって、四つ重ねた聖剣の光を当てれば、通り道ができるとレナは言った。
「じゃ、その結界が一番薄い所を探せばいいのね」
「はい。美衣子さん。では、願いを込めて聖麗剣の刃を見て下さい」
「え!?」
美衣子は刃を見て何があるんだろうと思ったが、とりあえず言われた通りやってみた。
すると、聖麗剣の刃に、ウイングスが映った。
「こ、これは……?」
美理子達も回りに集まり覗いて見る。
映像がウイングスからずれ始めた。
灰色の、煙が固まっているような、モヤモヤっとしている場所。
ウイングスの後ろ側にあるようだ。
「ここが、結界が一番薄い所みたいですね。ウイングスの裏側といった所でしょうか」
レナがそう指摘すると、次第に映像は途切れ、見えなくなった。
美衣子が興奮覚めやらぬ様子で言う。
「びっくりした。まさか、聖麗剣に映像が映るなんて」
「聖麗剣は聖なる龍の力で造られた物ですから。それに、結界を開くアイテムでもあります」
「そうだね。それじゃ、ウイングスに向かえばいいのかな?」
「はい。あと美衣子さん。わたしを、一緒に連れていってもらえませんか?」
「えっ、レナ!?」
「今回の事で、皆さまに助けて頂いたお礼がしたいのです。それと、救世主の戦いを、お側で拝見したい。わたしは、神官ではなく、戦士として、お役に立ちたいのです」
レナは真剣な目をしていた。
熱い思いが、美衣子にも伝わる。
「分かったわ。レナ。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます!」
美衣子とレナが笑い合う。
美理子が言った。
「それじゃあよろしくね。レナ」
「はい。美理子様。あと、皆さま」
戦士達はレナを仲間に加えて、船に飛び乗った。
船の中でも、レナは質問攻めだった。
年は幾つだとか、使っている武器は何だとか、いろいろ聞かれたけど、彼女は嫌な顔をせず、丁寧に答えてくれた。
そこで分かった事は、彼女は17才だという事。
神官という仕事柄、しっかり者で大人っぽく見えたが、実はまだ若い。武器は羽手裏剣という物。ダーツのように狙いを定めて飛ばすのだそうだ。
技術によっては、かなり遠くまで飛ばす事ができる。
そんな楽しい話をしながら、食事をして一緒にお風呂に入って、ウイングス周辺に着くのを待っていた。
そしてーー、
「みーこ。ウイングスに着いたよ」
操縦席で水晶玉を見ていたパンパンが叫ぶ。
レナが甲板に上がるよう促した。
ウイングスの上空を船は進む。
例の場所へと。
やがて景色が変わった。
霧の中に入ったみたい。
モヤモヤっとした、煙のような、灰色の場所。
聖空間と魔空間の境目。
「ここが、結界の一番薄い所……」
戦士達が呟く。
ここを抜けたら、ダーク帝国に行ける。
「はい。では皆さま、聖剣を四つ重ねて下さい」
「うん」
ジース、アヤ、美理子、美衣子がそれぞれの剣を鞘から取り出す。
聖剣が光り始めた。
結界に反応しているのか。
まずアヤが、烈風剣を高く掲げた。
そこにジースの雷光剣が重なる。
美理子の大地剣、美衣子の聖麗剣が続く。
「烈風剣!」
「雷光剣!」
「大地剣!」
「聖麗剣!」
重なった剣の光が一つとなり、結界に向かった。
大きな穴が広がった。
船ごと入れるような大きさだ。
奥は見えない。
「今、結界は開きました。さあ皆さま、あの穴を通り、魔空間へ入りましょう!」
聖剣の光が船の回りを囲む。
闇を受けつけないバリアーになった。
剣を下ろしても大丈夫。
穴に吸い込まれるみたいに、船は入って行く。
「いよいよ、ダーク帝国……」
この先の戦いに、何が待っているのか。
彼女達の目は、前を向いていた。




