正体を暴け
ついに、この時が来た。
レナの姿に化けたビジェは、美衣子達を神殿の中に案内し、一ヶ所に集める事に成功した。彼女の戦闘能力では、mirikoworldの強者達には明らかに勝つ事はできない。だから、邪兵士の力を借りて、闇で封印しようと考えた。
本物のレナを、拘束したように。
今戦士達は、大広間に集まっている。
自分はお茶の準備をして来ます。皆さまは旅の疲れを癒していて下さい。と言って抜け出した。
そうすれば、その場から動かないだろう。
レナ、いやビジェは棚からカップを取り出した。
この神殿、普段はレナ一人で住んでいるのだが、来客も多いのだろう。食器も、それなりの数が揃えてあった。それに、レナの趣味なのか、フルーツ系の紅茶が多い。
人数分の紅茶を入れる。ビジェはそこで、ある錠剤を取り出した。アルビネットからもらっていた睡眠薬だ。
一錠づつ素早く紅茶に混ぜる。
誰かに見つかってしまったらおしまいだ。
と、その時ーー、
「レナ、手伝うよ」
美衣子と綾乃が現れた。
突然の二人の登場にビジェは驚き、スプーンを落としてしまう。
「ご、ごめんなさい」
動揺しているのがばれないように、冷静なふりをしてスプーンを拾った。
「こっちこそ。驚かせちゃったね。レナ」
「い、いいえ。そんな事よりお二人とも、部屋にいらっしゃったのでは?」
「レナが大変だと思って。けっこう人いるから。これ持って行くよ」
ビジェが入れた紅茶をお盆に並べて、二人は持った。
「ありがとうございます」
ビジェもお盆を持ち、一緒に歩く。
緊張で顔がこわばって来た。
ビジェが変身能力を持っている事を、綾乃は知っている。
その能力は、絵や映像などで見た人物、あるいは実際に会った事のある人物の姿や声を完全にコピーできる能力だ。
「うう……」
綾乃にばれていないだろうか。
通路が、物凄く長く感じる。
ようやく部屋に着いた。
紅茶のカップを配り終わり、ビジェはそっと一息ついた。
「レナ、ありがとう。あなたも飲まない?」
美理子がビジェを誘う。
ビジェは自分のカップを持って座った。
このカップには、睡眠薬は入れていない。
紅茶のビンの後ろに隠していたので、美衣子達は気がつかなかったようだ。
一緒に紅茶を飲む事で、安心だと思わせる。
これもビジェの作戦だった。
やがて、薬の効き目が表れたのか、美衣子達がテーブルに倒れ込む。
全員倒れたのを確認して、ビジェは部屋の窓に鍵をかけ、ドアから外に出る。
「やったわ、作戦成功! さぁ邪兵士達、来なさい!」
美衣子達を闇で封じようと、邪兵士を呼び出そうとした。が、その時ーー、
「作戦成功って、何?」
眠ったと思っていた戦士達が、続々と外に出て来た。
「えっ、えっ!?」
ビジェは驚く。
確かに、みんなで紅茶を飲んだはず。
美衣子が説明する。
「もしかして、睡眠薬で眠ったと思っちゃった? ごめんね。あれは寝たふりをしていたの。実は、あの時……」
それはビジェが紅茶を入れる為に、部屋を後にした時だった。大人しく待っていた美衣子の頭の中に、声が聞こえたのだ。
(美衣子、さん……)
「えっ!?」
(騙されないで下さい。あれはわたしではありません。わたしの姿をした偽物です。彼女は、ダーク帝国の者です……)
「レナ?」
突然叫んだ美衣子を、仲間達が不思議な顔をして見る。美衣子は、今頭の中でした声の事を話した。すると、綾乃がダーク帝国に変身能力を持つ者がいる事を教えてくれた。
「そこでわたし達は騙されたふりをして、あなたの出方を見る事にしたの。そしてあなたは作戦が成功したと思って、邪兵士を呼び出そうとした」
「だけど、カップの中身は飲んでいたはず」
「その答えはこれよ」
うさちゃんが腰のポシェットから、草の束を取り出した。一つ一つは中指くらいの長さ。細い茎に葉っぱが三、四枚づつ付いている。
「それは、目覚めのハーブ!」
「そう、この葉っぱを一枚食べれば、睡眠薬の効果は消えるってわけ。さっきは、事前に食べていたけど」
「事前に食べても〜〜、効き目はあるもんね〜」
「くっ……。騙していたと思ったら、騙されていたのはこっちだったという訳ね」
「そう。レナ、いいえ、ビジェ」
綾乃が美衣子の前に出る。
ビジェは観念して、変身を解いた。
「ビジェ、あなたが次の刺客として来るとはね」
「あなたと話がしたかったの。綾乃姉さん」
「その話の為に、美衣子ちゃん達を巻き込まないで」
「あなたが裏切ったからよ」
ビジェは床に向かって何かを投げつけた。
煙玉だ。
もうもうと煙幕が上がり、視界が奪われる。
「けほっ、けほっ」
窓を開け、新鮮な空気を取り入れる。
目が開くようになった。
逃げたビジェを探すが、神殿の中にはいないようだ。
という事は、外。
戦士達は急いで表に向かった。
一方、神殿の外に出たビジェは、意外な人物と対峙していた。それは、闇のクリスタルの中に閉じ込めていたはずの、レナだった。レナは聖なる力を使って、クリスタルの中から脱出したと話し、ビジェに訳を尋ねる。ビジェは黙ったまま、話し合いは平行線になっていた。
そこに、
「レナ!」
美衣子達が駆けつけた。
そこで、彼女と向かい合っているビジェを見つけた。
「みなさん、来てくれたのですね」
しかしレナは具合が悪そうだ。クリスタルの中に長い間入っていた為、命が削られたのか。
倒れそうなレナを、アヤが支えた。
「ありがとう、ございます……」
美理子が優しさのオーラで治療する。
その間、綾乃がビジェを押さえた。
「綾乃姉さん……」
「ビジェ。聞いて。確かにわたしはダーク帝国を出て行った。裏切り者と罵られても仕方ないわ。けどね、わたしは愛の真実を知ったの。本当の優しさという物も。だから、美衣子ちゃん達と一緒に戦うと決めた」
「分からない! あの国では、力が全て。強い者が勝つ。わたしは、強い姉さんが、好きだった!」
「ビジェ……」
「わたしの好きだった姉さんは、もういない!」
ビジェが綾乃に殴りかかる。綾乃は避けながら、鞭を用意していた。
「ビジェ、ごめんね」
「あ……」
「ウェイビーストーム!」
波のように、しなやかな鞭の攻撃が、ビジェを吹き飛ばす。ビジェは地面に転がった。
「うう……」
砂だらけの服を払い立ち上がる。
キッと綾乃を見つめた。
その顔は、訓練された兵士のそれに変わっている。
ナイフを手に綾乃に襲いかかった。
受けて立つ綾乃。
美衣子達は黙ってそれを見ていた。
二人の間に何があったか知らない。
ただ、割って入ってはいけない雰囲気だった。
「きえーっ!」
「たあーっ!」
二人の攻防は続く。
ただ、よく見るとビジェのナイフは綾乃にほとんど当たっていない。
綾乃が彼女の攻撃を読んでいるという事だ。
パシッ。
鞭でナイフを叩き落とす。
間髪入れず綾乃の蹴りが決まった。
「がはっ」
ビジェは腹を抱えたままうずくまる。
綾乃が近づいた。
「ビジェ、もう止めましょう。あなたは訓練して強くなってる。けど、まだわたし達には勝てない」
「姉さん……」
「さあ」
綾乃が差し出した手を掴もうとした瞬間、ビジェの体の中の何かが疼いた。
それは闇の力。どんどん膨らんで体の外に溢れ出る。
「これは……」
綾乃は危険を察知し、後ろに下がった。
アルビネットの声が聞こえる。
「よくやったビジェ。後は闇の力がやってくれる。そのまま体当たりするのだ」
「国王様、まさか、それは……」
「そう。その闇はまだ膨らむ。そして爆発するだろう。お前は木っ端微塵になるが、奴らにダメージは与えられる。喜ぶのだ」
「や、止めて下さい!」
綾乃は怒りに震えていた。
かつて妹のように可愛がったビジェが、アルビネットの卑劣な道具にされようとしている。
「アルビネット! これがあなたのやり方ですか! ビジェを、利用しようとしているのですか!」
「そこにいるのはもともと奴隷だった女だ。お前の願いにより側においただけ。代わりなどいくらでもいる。それともお前が戻って来るなら、考えてやろう」
「アルビネット!」
「いいのか? そんな事を言っている間に、ビジェの闇は膨らんでいるぞ」
綾乃は慌ててビジェを見る。
彼女の体は真っ黒に染まっていた。
闇が、全身を覆っている。
「姉さん、助けて……」
「ビジェ!」
「ふっ」
もうビジェ自身の意思では止められない。
アルビネットの力が、ビジェの体を動かした。
猛スピードで戦士達に突っ込んで行く。
美衣子がファイヤーストーンの光を向ける。
「姉さーーん!」
「ビジェェェ!」
爆発の瞬間、優しい光が包んだ。
ビジェの体は無くなったが、魂だけは、最後に救われたようだ。
(ありがとう)
彼女は笑いながら、空に昇って行った。
戦士達にはほとんど怪我はない。
綾乃は、泣き叫んでいる。
美衣子が、そっと肩を抱いた。
「許さない。許しませんわ! アルビネット!」
アルビネットは、ビジェの体を押した時点で消えたようだ。
ビジェの死は、綾乃に、戦士達の心に、切ない空しさを残した。




