仕掛けられた罠
ダーク帝国。
美衣子達が光の国ライトニングフィールドにたどり着いてから、さかのぼる事六日前。
アージェスは、自室のベッドで横になっていた。
ベッドの脇に、アルビネットがいる。
彼は窓際に寄りかかり、息子の様子を伺っていた。
「う、うん」
「気がついたか、アージェス」
アージェスが目を開けると、顔を覗き込んでいた父親が嬉しそうな表情を見せる。
「俺は、一体……?」
「お前はわたしと共にダーク帝国に帰ろうとしていた途中で、意識を失ったんだ。黒い玉のエネルギーも途切れて、お前がずり落ちていくのが分かった。すぐにわたしが立て直さなきゃ、二人共ウイングスに落ちていたぞ」
「そうだったのか……」
「しかし、その体で良くあそこまで飛ばした。それは褒めよう。頑張ったな」
「父上……」
アルビネットに褒められ、アージェスは素直に嬉しく感じた。美理子達を助ける為に衝動的にやった事だが、黒い玉を作るには相当な闇のエネルギーがいる。自分でもできたんだという事が、ダーク帝国の王子として、誇らしい事だった。
ただ、やはり戦いの疲れが残っていた中であの力を使った為、体への負担がかかったのだろう。ベッドから起き上がろうとしたが、力が入りづらい。アルビネットが、そっと止めた。
「アージェス。何も心配せずに、もう少し休んでいろ。お前は母親に似て、体が弱い部分がある。薬を飲ませ、体力をつけさせたが、まだ注意しなければいけないな」
「あ、けどもう大丈夫」
「駄目だ。お前が帰って来た。それだけでいいのだ。父を、心配させるな」
「わ、分かったよ」
アルビネットの泣きそうな、苦しそうな顔を見て、アージェスは大人しく目を閉じた。
アルビネットは息子の髪を撫でる。
「そう。いい子だアージェス。ゆっくりお休み。何も知らないままで」
その目は妖しく光っていた。
口元はニッと笑っている。
何か企んでいるようだ。
部屋は、静かになった。
コンコン。
国王の間の扉がノックされ、兵士が一人入って来た。
椅子にデンと腰掛けていたアルビネットがその兵士を見る。
「来たか。ビジェ」
「はい、お呼びでしょうか。国王様」
ビジェと呼ばれたこの兵士。戦闘もまあまあできるが、何より頭が良かった為、いなくなった綾乃の代わりに、秘書代理をやっていた。
もともとはアルビネットの身辺を守っていた者。
その為、信頼もあった。
「例の件、調べは付いたか?」
「はい。mirikoworldに関する本や書類を読んでみた結果、やはり、結界を破る方法を知っていたのは、あの国では水仙人と前女王サイーダだけだったようです」
「そうか。もしもの時の為に、最初にサイーダに狙いをつけていて、正解だったようだな」
「そのようですね」
「それで、他の国はどうだ? 結界について知っていそうな人物はいたか?」
「それも国王様が目星をつけた通りです。光の国の神官でした」
「やはりな」
アルビネットはそこで一瞬口を閉ざした。
難しい顔をしている。
mirikoworldに結界について知っている者がもういない以上、光の国に戦士達が向かうのは明確。そして、そのきっかけとなるのは綾乃の言葉だろうな、と言う事も二人は読んでいた。
綾乃もかなりの本好きで努力家だった。そんな人物が出て行ったのは正直言って惜しい。ビジェも、同じく国王アルビネットに仕えていた者として、綾乃の事は良く知っている。ビジェより一つ年上で、美人で戦闘もこなし、憧れの存在だった。
「それで、どうするおつもりですか? 国王様」
「うむ。mirikoworldの戦士達が光の国に到着する前に、神官を消す。そうすればあの女王にも、絶望を与えられるだろう。わたしが行こう」
その国王の言葉に、ビジェは慌てた。
「いけません。国王様が戻られてから、まだ一日しか経っておりません。ここは、わたしが参りましょう」
「しかしお前の戦闘能力では、あの者達には勝てんぞ」
「お忘れですか? わたしの特殊能力を」
「……そうだったな。よし、ここは任せよう。同性のお前なら、神官の娘も警戒しないだろうからな」
「ありがとうございます」
「支度ができたらすぐに向かうのだ。ただし、アージェスには気づかれるなよ」
「分かりました」
ビジェはアルビネットに礼を言い、そっと部屋を出て行く。髪を短くし、兵士の格好をしているが、実は女性だ。
強い女、すなわち綾乃のようになりたくて、男に混じって兵士になった所、その根性をアルビネットに認められ、側においてもらえる事になった。
それは彼女にとって誇り高い事だった。
アルビネットの側にお仕えするという事は、綾乃の側にもいられるという事だから。
だから、綾乃が敵側についた時、内心悲しかった。
この任務で、もう一度彼女と会えるかもしれない。そしたら聞くんだ。何故裏切ったのかを。
アージェスの部屋の前を通る。物音はしない。静かだ。王子様はお休み中かもしれない。見張りの兵士と挨拶を交わすと、ちょうど食事を運んで来た料理担当の娘と会った。多分、アルビネットの気遣いだろう。王子様は戻られたばかり。栄養のある物を食べて、早く元気になっていただかなければ。そんな事を考えながら、ビジェは部屋で支度を整えた。そして魔城の門の前。すでに黒い玉はあった。ビジェが乗り込むと玉は浮く。
光の国へ、ビジェは消えた。
時間を進めて、それから四日後。
聖なる神殿の中、レナは一人、書き物をしていた。
新たな救世主、美衣子の事を広く人々に知ってもらう為に、本にしていたのだ。
しかし、レナは浮かない顔だった。
時折、ペンを持っている手が止まる。
書けない。
気を紛らわそうと、上を向いた。
水仙人の死。
彼女は予知で、彼の死を見ていた。
彼女が予知を見る時。それはふとした瞬間に、頭の中に断片的に映像が浮かぶ。
今度のは、当たらないでほしかった。
でも風の便りで、事実だと言う事を知った。
美衣子も泣いているだろう。
せっかく、聖剣が四つ集まったのに。
「あ……」
レナはある事に気づいた。
水仙人は、結界を解除する方法を教える暇がなかったはず。だとすれば、戦士達は、ここに来る。
レナは本をしまい、部屋を綺麗にした。
出迎える準備をしなくては。
カタッ。
部屋の外で音が聞こえた。
もう来られたのかもしれない。
レナはドアを開ける。
「レナ、久しぶり」
そこには美衣子が立っていた。
レナは嬉しさと同時に、違和感を感じていた。
一人で、ここに来るはずがない。
それに、目の前の美衣子は、腰に聖剣を差していない。
黙っているのも変なので、レナは質問をぶつけてみた。
「美衣子さん、お一人で来られたのですか?」
「ううん。みんなと一緒。早くあなたに会いたくて、わたしだけ飛んで来たの」
「聖剣は、どうしました?」
「それが、船の中に……」
レナの中の聖なる龍の力が、危険、危険と訴える。
これで確信した。
窓の外を眺めても、船らしき物は見えない。
つまり、この美衣子さんは偽物。
レナは後ろ手に武器を隠し持ち、様子を伺う。
顔は、笑った演技をしながら。
「レナ、あのね」
「はい」
「死んで」
美衣子の顔をした人物が、攻撃してきた。
それを読んでいたレナは、さっと避ける。
まさか避けられるとは思っていなかった相手は、驚き立ち止まった。
「な、何で……」
「あなたが偽物の美衣子さんだと言う事は分かっています。さぁ、正体を現しなさい!」
「くっ。邪兵士よ!」
部屋の床が黒く染まり、邪兵士が這い出てきた。
彼らはレナの体を拘束する。
「こんなに、闇が……。あなたは、ダーク帝国の……」
「そう。救世主の姿をして、あなたを油断させようと思ったのに、読まれていたのね。けれど、あなたはこの姿のわたしを、攻撃する事はできない」
「うう……」
美衣子の顔が近づく。
レナはみぞおちの辺りを殴られた。
さらに、邪兵士達のダークエナジーの結晶、クリスタルに閉じ込められる。
薄れゆく意識の中、レナは敵が美衣子の顔からビジェの顔に戻ったのを見た。
「安心して。わたしがあなたの代わりに、救世主達を出迎えてあげるわ。あなたはその中で見ていればいいの。ただ、そのクリスタルはあなたの命を少しずつ削るわ。それまでに、来るといいわね」
やられた。
まさかダーク帝国が、こんな手段で来るなんて。
(美衣子さん、ごめんなさい……)
クリスタルの中、レナの意識は途切れた。




