美衣子、再びmirikoworldへ
タッ、タッ、タッ。
夕焼けが当たる歩道を、学校帰りの少女が駆けていく。身を包んでいる制服のスカートが風にまくられ、フワリと舞い上がる。
慌てて、彼女はスカートを押さえた。
その反動で、手に持っていた鞄と卒業証書を落としてしまう。
「あっ」
彼女はしゃがみ込み、鞄と卒業証書を拾う。
髪が肩から流れてきた。
長さはだいたい肩位のボブスタイル。その黒髪は艶々していて美しい。
同級生と比べると少々背が低いが、大きな目がチャームポイントになっていた。
「ふう……」
鞄と卒業証書を手に持って立ち上がる。
見上げる瞳に夕陽が飛び込んできた。
夕陽は、少女の胸につけられている名札と反射して輝いた。
名札に刻まれている名字は〈聖〉。
もうお気づきの方もいるだろう。
そう、彼女の名は聖美衣子。
黒魔族に狙われたmirikoworldを救い、ファイヤーストーンで聖地を復活させた勇者である。
あの戦いの後、彼女は普通の高校生として過ごしていた。そしてめでたく、本日卒業の日を迎えたのだった。
両親は先に家に帰っている。美衣子は友達と別れを惜しんでいた為、こんな時間になっていた。
卒業後は、両親が営んでいる雑貨屋を手伝うことになっている。
「さて、行くか……」
と、彼女は家に向かい歩き出した。
ちょうどその時ーー、
ズドドドン。
「な、何!?」
少し大地が揺れたかと思うと、いきなり目の前に大きなゲートが現れた。
唖然とする美衣子。
勢い良く女官が飛び出した。
「美衣子殿! 美衣子殿ですね!」
「へ、へっ?」
驚いたショックでしりもちをついてしまう。
「だ、大丈夫ですか。はい」
「ありがとう。あの、あなたは?」
女官に支えられて起き上がる美衣子。
女官に話しかける。
「失礼しました。わたしは、mirikoworldで女王様の側にお仕えする女官でございます」
「えっ!?」
mirikoworldと聞いて、美衣子の顔が嬉しさと懐かしさの入り交じった笑顔に変わった。
「それで、わたしに何の用? まさか……!」
「はい。今、mirikoworldでは大変な事態が起こっています。わたしと一緒に、いらして下さいませ」
女官の様子を見て、美衣子はただならぬ事が起きていると感じた。そしてゲートの前に立つ。
「と、その前に……」
美衣子は鞄から携帯電話を取り出し、両親に電話して事情を話す。両親は美衣子が救世主の力を持っていると知っているから、心配しながらも了解してくれた。
電話を切り、美衣子は女官を見る。
「お待たせ。それじゃ行きましょうか!」
「はい!」
美衣子と女官はmirikoworldへと繋がるゲートに飛び込んだ。
美衣子は、こんな事もあろうかと、この一年間、格闘術を習っていた。その実力は中段者ながら、先生にも褒められていた。
それは救世主として、mirikoworldを守るという自覚もあったのだろう。
(美理子、みんな、今行くよ)
美衣子は早くみんなに会いたかった。
「みーこ、来てくれるかな?」
ミリルークの城で待機しているうさちゃんがポツリと言う。
その言葉を聞いた途端、うつむいていた他の仲間が、一斉に顔を上げた。
みんな真面目な顔をしている。
女王サイーダが殺され、敵の正体も、居所も分からず、そんな時に仲間が一人足りないというのは、不安なものだ。
本当なら誰もが言いたい事だろう。
(早く敵の所へ行って、サイーダ様の敵を討ちたい)と。
だが、その敵の事をほとんど良く知らないまま旅立つのは、非常に危険な事なのだ。
今は一刻も早く仲間を集め、そして自分たちの戦う相手の下調べが必要だ。
だから一分でも早い美衣子の到着が待たれる。
チッ、チッ、チッ。
時間だけが、無情に過ぎていく。
城の兵士の中には、ソワソワして城中を歩き回る者まで現れた。
ある者は無心に祈りを捧げている。
ある者は窓の外の景色を見つめている。
みんな思いは同じだ。
「みーこ……」
静かな部屋の中に、ため息混じりの美理子の呟きが響く。
まだかと思いながら、みんなして下を向いた。そんな時だった。
ガッシャーン。
「な、何!?」
「女王様、外をご覧下さい!」
「えっ!? あ、あれは……!」
空が割れ、そこから巨大なものが降りてきた。
あれは美理子が、女官を送り出した卵型のゲートだ。
「来たっ……!」
城にいるみんなの顔が笑顔に変わった。
待ちくたびれたように一斉に外に向かって飛び出していく。
ゲートの入口に二人の影が見える。
「さあ、美理子」
ジースが人々の間に埋もれていた美理子の手を引き、ゲートの前に立たせる。
最初に出て来たのは、女官の方だった。
「女王様。行って参りました」
美理子は優しい言葉をかける。
「ありがとう。お疲れ様。良くみーこを連れて来て下さいました。さぁ、城に入ってお休みなさい」
「はい」
美理子の優しい笑顔を受けて、女官は城に入って行った。
ゲートの中から、美衣子が姿を現す。
と同時に、人々の間から歓声が漏れた。
「来た来た。最後の勇者様がいらっしゃったぞ」
「美衣子殿〜〜」
「美衣子殿〜〜。ばんざーい!」
兵士や女官達の温かい歓声を受けて、美衣子は恥ずかしくて顔を赤らめる。
「まあまあ、もういいじゃありませんか。みーこが困っていますよ」
そう言って美衣子の側に来たのは、女王姿の美理子だった。
美衣子は、彼女のその姿を見て驚く。
「美理子、あなたその姿。サイーダ様は一体?」
美理子は悲痛な顔をして、それでも冷静に答えた。
「みーこ。女王様は、サイーダ様は亡くなられたの。新たに現れた敵の刺客に襲われてね」
「えっ、えええっ!?」
「みーこ、あなたをここに呼んだのは訳があるの。わたし達と一緒に、サイーダ様のかたきを……。いえ、新たに現れた闇を、消して欲しいの」
「美理子……」
美衣子には、美理子他、人々の哀しみが痛い程分かった。あんなに優しく、あんなに信頼していたサイーダ様が。だが、今は感傷的になっている場合じゃない。その哀しみを乗り越えて、新たなる冒険に旅立たねば。
「分かったわ」
美衣子がうつむいて泣き出しそうな美理子の肩に、そっと手を乗せた。
「みーこ……」
「だいたいの事情は分かったわ。こういう事だったのね。で、サイーダ様の後継者として、あなたが女王様になったのね」
「ええ」
「美理子、顔を上げて。またみんなと一緒に冒険できるって事、わたしとっても嬉しい。救世主として、一緒に戦うわ」
「ありがとう! ありがとうみーこ!」
二人は見つめ合い、握手をかわす。
その固く握られた手の上に、仲間達も次々手を重ねていく。
「みんな……」
「俺達もいるんだぜ。みんな一緒さ」
ジースが笑いながら言う。
「そうだね!」
力強い戦士達の団結に、水仙人が嬉しそうに微笑んでいた。
ようやく、全ての勇者が揃ったのだ。
後は早くあの闇の勢力を倒し、世界を平和に導かねばいけない。
サイーダ様も、きっとそれを望んでいる。
「さぁ、みーこも来た事だし、まずはダーク帝国を倒す方法を教えるとしようかのう」
「水仙人様」
水仙人の回りに、戦士達が集う。
「まず、ダーク帝国は魔空間にあるただ一つの国だという事は知っておるな。この国の闇を抑えるには、四つの聖剣が必要なのじゃ」
「聖剣?」
ジースが自分の腰に携えている雷光剣を見る。
「そう。ジースの雷光剣もその一つじゃ。そして残りの三つは聖空間の、mirikoworld以外の大陸に隠されておる」
「三つの大陸?」
「そうじゃ。それぞれ翼の国、大地の国、光の国と呼ばれておる所じゃ。その三つのワールドから、聖剣を手に入れて、ダーク帝国の野望を防がなくてはならん。よいか?」
水仙人が美衣子達の顔を見る。
迷う事なく、みんなは返事をした。
「はい!」
空には、澄んだ青い色が広がっている。
雲の隙間から、太陽の光がこぼれ落ちてきた。
この全ての大地、生命、愛を守る為に。
(サイーダ様、見守っていて下さい……)
美衣子は、空に向かって誓った。