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デス隊との思い出

 聖地ミリルークにあるミリルーク城の、牢の中。

 雨の音を聞きながら、ダーク帝国王子アージェスは、ただ鉄格子を見つめていた。

 手錠はかけられていない。

 体の至るところに包帯が巻かれている。

 誰かが手当てしてくれたのだろうか。

 見張りは今一人。

 隙を作って、逃げ出そうと思えば逃げられる。

 ただそういう気が、不思議と起きない。

 彼の二本の剣は、取られていた。

 それも仕方ない。

 まだ自分の中に闇が残っているから。

 この城の者達が、用心するのも分かる。

 静かだ。

 誰も来ないな、とアージェスは思った。

 自分の手を見つめる。

 母の魂の温もりが、まだ残っていた。


「母さん……」


 夢のようだった。

 死んだはずの母親に、もう一度逢えるなんて。

 変わらない、あの美しさのままで。

 アンナが、閉ざされた自分の心を、救ってくれた。

 もう、あの楽しかった頃には戻れない。

 けど、嬉しかった。

 ずっと逢いたかったから。

 だけど、それなのに何故、父上の事が気になるんだろう。

 今頃一人で、落ち込んでいるんだろうか。

 俺は……、


「はあ」


 ため息が出る。

 どうしたらいいのか、分からない。

 何もする気が起きないとは、この事か。


 カタッ。


 階段を降りて来る物音がした。

 電気の下に、人影が写る。


「何か、考え事をしているようじゃな」

「あんたは……」


 水仙人が、鉄格子の向こうから、アージェスの顔を覗き込んだ。

 その穏やかな表情に敵意はない。

 アージェスに対しても、普通の人間として接してくれる。

 何故なんだろう。

 アージェスは疑問が湧いた。


「何故、あんたはそんな風に、俺に接してくれるんだ? その、敵同士だったはずだろう」

「敵? 確かにそうじゃな。お前さんの中には、まだ闇が残っておるしの。だから、牢の中に入れよとわしが命じたのじゃ」

「だったら……!」

「美理子の為でもあるし、それに、お前さん迷っておるじゃろう」

「え?」

「見張りの兵士がな、お前さんが大人しく牢の中にいると話しとった。闇の力を使えば、鍵を奪う事も難しくないのに、それをしないという事は、迷っている証拠じゃよ」

「俺の剣は、取られたままなのに?」

「そりゃそうじゃ。暴れられたら困るからの」

「くっ」

「そんな顔をするでない。全ては、お前さん次第じゃ」


 水仙人は、鉄格子に手をかけ、身を乗り出した。

 少し真剣な表情になる。


「お前さんを助けに、アルビネットはこの国に来るじゃろう。その時、お前さんはどうしたい?」

「父上に対する人質のつもりか。俺は!」

「それもある。じゃが、全てはお前さん次第じゃと言ったじゃろう。お前さんの心は、どうしたい?」

「俺は……」


 アージェスは下を向いてしまう。

 答えは出ていないようだ。


「分からない。自分がどうしたいのか、分からないんだ。戦いたくない気持ちはある。けど、父上も気になる。何より、俺の為に死んでいったデス隊の面々に申し訳が立たない」

「彼らは、お前さんの忠実な部下じゃったようじゃな」

「ああ。彼らは俺の部下であり、理解者だったんだ」

「どういう事じゃ?」


 アージェスはそこで押し黙る。

 そして、真っ赤な目で水仙人を見た。


「教えてやるさ。俺と、彼らとの出会いを……!」


 ダーク帝国。

 その国がいつから、魔空間に存在していたのか、未だ詳しい事は分かっていない。

 ただ、ブラックグラウンドとmirikoworldの戦いの時に、まだ勢力が小さかった事を考えると、ブラックグラウンドより後にできたんだろうと推測される。

 邪兵士は、黒魔族の魔兵士のように、いわば闇から生まれた者達。その強さも様々だ。しかし、そんな邪兵士も、国王アルビネットの前では恐れを感じてしまう。それだけ、絶対的な王として、君臨していた。

 その国王がいる魔城は、ダーク帝国の一般の人達にとっては、容易に入る事はできない場所だった。何故なら、戦闘能力が弱い彼らは、戦いにおいてほとんど役に立たない。魔城は彼らにとっては憧れでもあり、憎しみの対象でもあった。

 彼らには戦闘に参加しない代わりに、役割が与えられていた。城やその他、建物を造る大工仕事をする者。武器や毒薬、爆弾などを造る職人。畑で作物を造る娘達。一日中、邪兵士に見張られ、鞭でしばかれ、国の為に働かされていた。


 実は彼らは、元々はダーク帝国の人間ではなく、他の国からやって来た者達。だが、アンナ達のような生け贄ではなく、闇に惹かれて自らやって来たのだ。しかし結局、アルビネットには認めてもらえず、奴隷のような扱いになっていた。

 やっぱり、こんな所に来なければ良かったという声もちらほら聞かれた。が、後悔先に立たず。

 逃げ出そうとすれば死が与えられ、生きる為には働くか、強くなって魔城の中に入るしかない。後にデス隊になる朱利架、玉蘭、椎名は、こうして働く親達を見て育った子ども達だった。年は、当時のアージェスより二才上。


 そして、視察に来たアルビネット、アージェスと出会う事になるのだ。


 アージェスはまだ、ダーク帝国に来て半年足らず。城の冷たい雰囲気に、逃げ出したいと思っていた時だった。しかしまだ幼い子供。父親について歩くしかない。こうして、城の外で無理やり働かされている人達がいる事を知ったのだった。


 国王が視察に来たという事で、邪兵士及び大人達は尊敬と畏れの眼差しで見ていた。王子に対しても興味はある。そんな態度の大人達に、朱利架達は腹を立てたのだろう。いきなり、アージェスに食ってかかった。

 慌てたのは彼らの親。アージェスがこの国の王子で、本来なら自分たちなどお近づきになれない存在だと、朱利架達に聞かせながら、謝っていた。

 アルビネットは不機嫌になり、邪兵士に棒で朱利架達の体を100回叩くように命令した。

 罰とはいえ、朱利架、椎名、玉蘭はまだ子供。邪兵士に棒で100回も叩かれたら死んでしまう。

 大人達は、自分たちが身代わりになるからと涙で訴えた。しかし冷酷な闇の王。そんな願いなど聞く訳がない。朱利架達は台の上に腹這いにされ、手足をロープで縛られた。そして、


 バシイッ!


 一回目の衝撃が来た。

 背中に激痛が走る。それでも、口から血を流しながら、5回、10回と耐えた。

 アージェスはとても、見ていられない光景だった。大人達は止めて、止めてと台の回りに集まる。邪魔な彼らは兵士達により、容赦なく斬り殺された。

 20回を過ぎた頃、朱利架達の体中は血だらけで、可哀想な状態になっていた。それでも、目が死んでいない。国王アルビネットを、キッと睨んでいる。

 アージェスはそこで、罰を終わりにしてくれと訴えた。国王も朱利架達の気合いに戦士の気質を感じ、罰を中止した。

 その後、魔城に連れて行かれる朱利架達。最初は、アージェスの話し相手としての役割しかなかった。が、アージェスが自分たちと同じように別の国から来たと聞いて、次第に親しくなっていく。外の世界への憧れも、強くなっていったようだ。あの時、命を助けてくれたアージェスに、感謝も感じていた。やがてアージェスを守る戦士としてアルビネットに認められ、デス隊の称号を得る事になる。


「それじゃ、彼らは……」


 アージェスの話を、黙ってじっと聞いていた水仙人の目は、涙ぐんでいた。


「ああ。本当は俺と同じように、外へ帰りたかったんだろう。だが、闇の戦士として、罪を犯した事も事実。最後には、その運命(さだめ)に従うしかなかった」

「アージェス……」

「あんた達に殺されてしまった事。戦いなんだから、仕方ない事だと思っているよ。ただ、悔しいんだ。守ってあげられなかった。もう少し、一緒にいたかったのに……」

「お前さんの友人達を、奪ってしまって済まんな。だが、お前さんがそう思っているように、彼らもお前さんが一番大事じゃったんじゃないか? だから、彼らの為にできる事、考えなされ」

「俺が、朱利架達の為にできる事……」

「そうじゃ。彼らは多分、お前さんに生きていて欲しかった。だから先頭に立ち、わしらと戦った。お前さんの命令だけじゃないぞ。断る事もできたはず。だがしなかった。それは、お前さんを守りたかったからじゃ」

「朱利架……。玉蘭……。椎名………」

「まあ、その体を休めながら、ゆっくり考えなされ。わしはそろそろ、行くとしよう」


 水仙人は鉄格子の側を離れ、階段のところへ行く。

 静かに、昇る音が響いた。

 また一人になったアージェス。

 涙を拭く。

 アルビネットが来るまでは、まだ時間があるだろう。

 それまでに、自分の心を決めないと。


「母さん……」


 顔を上げ、牢の天井を見る。

 その顔は少し、笑っていた。




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