水仙人の秘策
「ウェイビーストーム!」
アージェスが自分に斬りかかろうと飛びかかった瞬間、綾乃は技を放った。
タイミングがピッタリ合い、足が地面から離れていたアージェスは避ける事はできず、技の直撃を受けてしまう。
「うっ」
受け身を取れず地面に落ちた。が、地上との距離が近かった為、たいしたダメージはない。
綾乃は次の技を準備している。
多分スネーククラッシュだろう。
捕まったら容易に逃げられないので、その技が来る前に、アージェスは左手の剣を綾乃の足元に向かって投げた。
「キャッ!」
気を溜める事に集中していた綾乃の足に剣が当たる。
彼女はバランスを崩し、尻餅をついた。
アージェスは今だと一気に間合いを詰め、もう一つの剣で綾乃を斬る。
綾乃は横に倒れる形で直撃を避けたが、左の肩が傷ついてしまった。
投げた剣を拾った音がする。
早くこの体勢を何とかしないと。
綾乃は左肩を押さえながら、よろよろと立った。
足も傷ついている。
鞭を構える事もできない。
アージェスの口角が上がり、嫌な目で、ニッと笑った。
獲物を狙う目だ。
綾乃の背中に悪寒が走った。
(逃げなきゃ……)
綾乃はアージェスを見たまま、後ろ歩きで下がって行く。
アージェスもゆっくりと、綾乃を追い詰めようと足を出した。
「エレクトロニック・サンダー!」
衝撃が、アージェスの体を貫く。
電気が走ったように、痺れてきた。
美衣子が放った雷の魔法だ。
一瞬、剣を落としそうになるが、力を入れてギュッと握った。
そして、
「邪魔するな! 救世主、それに女王!」
ブラッディ・クロスが、二人に向けて放たれる。
直撃はしなかったものの、二人は足をやられ、その場で倒れた。
「美衣子ちゃん! 美理子様っ!」
尊敬する二人が倒れた事で、綾乃は怒った。
「何をしているのですッ! あなたの相手は、このわたくしのはずですわよ!」
アージェスが振り向く。
「フッ。しかしその怪我でどうするつもりだ?」
「こうしますわ!」
左肩を押さえていた手を離し、鞭を両手で持つ。
そしてアージェスに向けて振った。
ビュン!
鞭は伸びながらアージェスの所に届き、体を拘束する。綾乃は力を込め、縛りつけた。
「わたくしの鞭が伸縮自在だと言う事を、お忘れですか? さあアージェス。今までのお返しをさせて頂きます」
「くっ……」
蛇の如く絡みつく。
スネーククラッシュは、別に地下を通らなくてもいいようだ。
「さあ鞭よ。アージェスの体を空へ捧げなさい。そして、地上へ叩きつけるのです!」
鞭はアージェスの体を縛りつけた状態で、空高く伸びて行く。
アージェスは抜け出せない。
三メートル位上がった所で、
ビュッ。
急降下して来た。
アージェスは、せめて頭を守ろうと一回転して背中から落ちた。
地面にぶつかりバウンドした衝撃で横向きになる。
鞭は綾乃の所に帰って来た。
アージェスは動かない。
気絶したのか。
「アージェス……」
美理子と美衣子は、お互いに回復の力を使い、歩けるようになっていた。美理子は、倒れたアージェスの所に近づこうとする。
美衣子は、彼女の前に回って止めた。
「待って美理子。もう少し様子を見よう」
綾乃も実は、アージェスが本当に気絶したのか確かめようと動いていたが、美衣子のその一言で足を止めた。
その直後だった。
アージェスから邪気が漂って来たのは。
煙みたいに彼の体の周りに広がって行く。
何事もなかったようにスッと立ち、戦士達を見た。
髪は逆立ち、目はギラギラと燃えている。
「はっ!」
気合いを入れる。
その気に当てられ、美衣子、美理子、綾乃は後ろに飛ばされ、転んだ。
ジース達の所にもジンジン来る。
「何て気だ……」
ジースが囁く。
うさちゃんの腕の中で、動物トリオが目を覚ました。
「気がついたのね。ワンメー、カン、リース!」
戦士達は喜びながらも、状況が掴めない三匹の為に、今までの事を説明した。
「じゃあ〜〜、アージェスは〜〜、みーこ達が相手をしているの〜〜!?」
「ちょっと、三人だけじゃ危険じゃないのォ? アタシ達も助太刀に……!」
「いいえ。彼女達に任せた以上、わたし達はここで見守りましょう」
アヤの真剣な言葉に、ワンメー達は黙る。
そして、美衣子達に視線を送った。
(みーこ〜〜、みんな〜〜、頑張って〜)
体勢を直し、美衣子達は構えた。
アージェスの周りを、三人の女が囲む。
ただし距離をおいて。
「フッ。驚いたぞ綾乃。お前が俺にここまでやるとはな。正直、思っていなかった。僅かだが、気を失ってしまったようだ」
「わたくしはもう、ダーク帝国の人間ではありません。美衣子ちゃんと美理子様の側で、戦う立場になったのです。その為に、命を懸ける覚悟ですわ!」
「ならばもう、ダーク帝国に戻る気は無いという事か」
「無論です」
「だったら何故、俺を殺さなかった?」
「あなたが死ねば、悲しむ者がいるからですわ。その方が傷つくのを、わたくしは許しません!」
「甘いな! 誰がお前に許しを乞うた? 誰が傷つこうとも俺は構わん! それが俺の役目だからだ!」
アージェスの邪気が強まった。
剣を一閃する。
ビュッ!
三日月の形の気が綾乃を襲う。
アージェスが両手の剣を振る度、それは次々現れた。
まるでかまいたちのよう。
綾乃は鞭で打ち落としていたが数が多い。
「あ……っ!」
綾乃のお腹を捉えた。
背中を打つ。
そこに、アージェスの必殺技ーー、
「ブラッディ・クロス!」
綾乃は覚悟して目を閉じた。
ガッキン!
「えっ……!?」
自分に当たらない。
恐る恐る目を開けると、誰かがブラッディ・クロスを受け止めていた。
その姿は、おじいさん?
「水仙人様ッ!」
美衣子の叫び。
水仙人が気を溜めると、ブラッディ・クロスはだんだん小さくなり、最後は跡形もなく消えた。
「な……」
アージェスは口を開けたまま。
目の前で起きた事が、信じられないといった感じだ。
「水仙人様、城の中で待機していて下さいと言いましたのに……」
美理子、美衣子が駆け寄る。
それに対し水仙人は首を振って反論した。
「しかし、綾乃の危機に待機している訳にはいかんじゃろう」
「でも……」
「美理子、みーこ。お前さん方がわしの事を案じてくれているのは良く分かる。しかしの、わしとて戦士達の一員であるつもりじゃ。じゃから、わしも共に戦おうぞ」
「水仙人様……」
美衣子達が水仙人に感謝し、水仙人がニッコリ笑った時、アージェスが動いた。
「ふざけるなよ……。このジジイ……!」
自分の技を消滅させられた事が、よほど腹に据えかねたようだ。
水仙人は美衣子と美理子を後ろに庇い、叫んだ。
「美理子、お主は綾乃の傷を癒すんじゃ! そしてみーこ、お前さんはファイヤーストーンで、アージェスの母親に呼び掛けるのじゃ!」
「アージェスのお母さん、アンナさんですか!?」
「そうじゃ。ファイヤーストーンは、人々の思いが集まる宝石でもある。アンナとやらも、きっと……」
「分かりました!」
「させるか。どけ、ジジイ!」
「頼んだぞ。わしはこやつを押さえる!」
水仙人は杖を構えた。
「グレート・シー・ラビリンス!」
渦を巻いた波に、アージェスは吸い込まれる。
美衣子は、胸のファイヤーストーンに願いを込めた。
「ファイヤーストーンの中の幾多の思いよ。我が願いに応え、アンナさんを探して!」
ファイヤーストーンが光り出す。
「お願い、アンナさん!」
美衣子はファイヤーストーンを、空に掲げた。




