哀しき王子
月の光が太陽の輝きに変わり、朝がやって来る。
昨夜のパーティーで疲れ、各部屋で眠りこけた戦士達も、目を覚ます頃。
食器や、僅かに残された料理等は、すでに起きていた女官達によって片付けられていた。
アヤが目を覚ますと、同部屋のジースはベッドの脇で支度をしている。
彼はアヤに微笑んだ。
「アヤ、おはよう」
「おはようジース。早いね」
「そうか? これでもぐっすり寝たつもりだけどな」
アヤも寝間着から服に着替える。
ゆりかごには赤ん坊の息子、ディーンがすやすやと寝息をたてている。
パーティーの途中で眠り出した彼は、女官の手によりこの部屋に運ばれ、見守られていた。母親であるアヤも、時々様子を見に、パーティーを抜け出していたが。
アヤはそっと、息子の頬にキスをする。
この一年で、アヤはすっかり、お母さんになっていた。
家事に育児にてんてこ舞いで、忙しかったけど、それでも妊娠中は、ジースが何かと世話を焼いてくれて、充実した日々だった。
ジースに愛される幸せと、息子が生まれた喜びで、幸せな毎日だった。
と、もちろん今もだけど。
そんな楽しいひとときを、こんな争いで壊されてしまって、それはそれで癪だが。
それでも、そんな戦いの間でも、こうして息子と一緒にいられる。
どんな辛い戦いでも、この子の笑顔を見ていれば忘れられる。
今やディーンはジースとアヤ夫妻にとって、とても大切な宝だった。
しかし考えてみれば、赤ん坊を産んで間もないというのに、アヤはもう動いている。さすがは剣士。あの引き締まった肉体に戻すのにも、相当努力したんだろう。
そうしているうちに、女官が部屋に入って来た。
「ジースさん、アヤさん。朝食の準備が整いました。どうぞ。ディーン君は、わたしが」
女官はミルクとオシメを用意していた。
「そう、それじゃ、お願いするわね」
女官に礼を言い、ジースとアヤは大広間に向かう。
城に住む女官や兵士はみんな優しく、ディーンの世話も良く見てくれる。
可愛いという事もあってか、今や戦士達のマスコット的存在になっていた。だからジースとアヤも、まだ小さな赤ん坊を預けられるのだ。
ジース達が大広間に着くと、美理子達は楽しく会話をしながら食事をとっていた。
綾乃も馴染んでいる。
ミリルーク城での食事の時間は、いつもこうだ。
笑いが絶える事はない。
こうしている事が、辛い戦いの間の僅かな安らぎであり、喜びでもある。
やがて、食べ終わった者達が、各々の食器を片付け、部屋に戻る。
もちろん、ジースとアヤはディーンの所へ。
その時だった。
ゴゴコゴゴコッ。
突然、地面が大きな雄叫びを上げた。
シャンデリアが揺れ、ガラス窓がミシミシと音をたてる。
そして、敵の到来を思わせる黒い気が、城の回りに立ち込める。
mirikoworld全土に、緊張が走った。
ダッ!
一番最初に城から飛び出したのは、mirikoworldの女王、美理子だった。
ぞくぞくと、他の戦士達も集まって来る。
そして、そこで彼らが見た物はーー、
異様な殺気をちりばめた、ダーク帝国の何百という戦士達だった。
その先頭に立っているのは、王子アージェス・サタン。
先の戦いで美理子達と戦い優勢だったが、女王の涙におされ、途中退場してしまった可哀想な男である。
その王子アージェスを守るように、周りにいる者達。
アージェスの元で働く、ダーク帝国が誇る戦闘部隊、その名もデス隊である。
ついに、アージェス・サタンとデス隊が動き始めたのだ。
その恐ろしさを、誰よりも分かっている綾乃は、尊敬する美衣子を守ろうと側に来た。
綾乃のそのただならぬ様子に、周りの者も気付く。
「どうしたの? 綾乃」
うさちゃんが尋ねる。
綾乃は、蒼白い顔で、体を震わせながら答えた。
「あの先頭にいる王子、アージェス様の周りにいる部隊、あれはダーク帝国が誇る最強の戦闘部隊デス隊よ。美衣子ちゃんと、美理子様が危ないわ。みんな、二人の周りに来て、守りを固めて」
「う、うん」
綾乃の言葉に慌てて戦士達は守りを固める。
それと同時に、アージェス達も動き出した。
「久しぶりだな。mirikoworld女王、美理子」
「アージェス……」
美理子の視線が遠い。
しかし、彼はあの時のアージェスではないのだ。
美理子へのほのかな思いも忘れ、すっかり昔の彼に戻ってしまった。
あの冷徹な目をしていた頃の、王子アージェス・サタンに。
「アージェス……」
悲しいかな、美理子はまだ、彼の様子に気がついていない。
元気そうな姿を見て、安心感が沸いて来る。
あんな連れ戻され方をしたのだ。心配するのも無理はない。
恋は盲目とは、良く言ったものだ。
周りのものが見えていない。
側にいたうさちゃんが注意する。
「駄目だよ美理子。あなたは女王なんだから」
そのうさちゃんの声が聞こえたのか、咄嗟に我に返る美理子。
「はっ、うさちゃん」
「もう、しっかりしてよ。一国の女王ともあろう人が、目先の事ばかりに囚われていちゃ。もっと前を見て」
「う、うん。ごめんなさい」
さすが、しっかり者で有名なうさちゃんである。
美理子はじっとアージェス達の動きを待っていたが、心はまだ、アージェスの事を気にしていた。
「フッ。美理子。お前の隣にいる女こそ、救世主であるという美衣子だな。綾乃、急にダーク帝国からいなくなったと思ったら、こんな所に」
すぐにでも、何かをしでかしそうな、不気味な笑顔のアージェス。綾乃は、しっかりした口調で答えた。
「アージェス様。いいえ、アージェス。わたし達がやろうとしていた事は、本当は間違っていた。この女王美理子様と、尊敬する救世主、美衣子ちゃんが訴える事こそ真実なのよ。あなたも目を覚まして、本当の愛を受け入れて!」
綾乃の瞳に迷いはない。
ダーク帝国に戻る意思もなさそうだ。
美衣子に心を救われてから、彼女は精神的にぐんと強くなった。
今までのような心の揺れも、もう無い。
アルビネットの操り人形じゃないから。
毅然とした、その綾乃の態度に、アージェスは驚いた。
まさか、綾乃がここまで美衣子達と分かりあっていたとは。
だが、それで彼が愛を求める訳ではない。
近くにいた者達に命令を下す。
邪兵士が、サッと身構えた。
同時に美理子達も身構える。
城の兵士達も加わる。
両者の間に散る火花が、戦いの合図になった。
ダッ!
どちらともなく動き出す。
双方の繰り出す攻撃が、地を駆け、空を飛び、空気の中でこだまする。
激しいぶつかり合い。
互いの思いの中で、何を感じ、何を思っているのだろう。
安らぎを求めた恋人たちも、ずっと側にいた仲間達も、この時ばかりは戦士に変わる。
終わりの無い戦い。
風が吹き、長い髪が揺れる。
女王という、救世主という糧を賭けての争い。
邪兵士が巧みに二人を狙って来ていた。
「アクアビーム!」
大地剣を掲げ、ドレスから動き易い戦闘服に身を包んだ美理子の攻撃。
「フレィムガン!」
「スネーククラッシュ」
「雷光衝撃破!」
「風陣回転脚!」
「ミラクルハリケーン!」
美衣子達も後に続くように、次々と必殺技を披露する。
邪兵士の数が減っていく。が、ミリルーク城の兵士達もケガをして倒れていく。
戦いの傷痕が、聖地のあちこちに広がっていった。
もう、これ以上長引かせる訳にはいかない。
クイーン美理子が、そう思った時だった。
「フハハハハハハ」
アージェスが突然、高らかな笑い声を上げる。
「美理子。見た所、お前達の軍は戦力がどんどん減少している。兵士の数も俺達とは違い、半数以上が倒れたではないか。このままでは、お前達が負けるのは目に見えている。どうだ。ここで提案だが、お前達の内、誰か一人が犠牲になり、闇に身を捧げないか? そうすれば、他の連中の命は助けてやろう」
「な、何ですって!?」
アージェスの提案に、驚き、戸惑う美理子。
(違う。彼は何かが違う……)
アージェスの様子が違う事は分かったが、女王としてその提案を聞く訳にはいかない。
美理子は心とは裏腹に、毅然とした態度で答えた。
「アージェス。せっかくあなたが出してくれた提案ですが、わたし達はその条件を飲む事はできません。はっきりとお断りします」
「何だと?」
「たとえ誰か一人を犠牲にしたとしても、それはわたし達が望んでいる事ではありません。そんな事をしても、この大地は救えません」
「……そうか」
アージェスが皮肉に笑う。
美理子の答えを聞いて、決心が固まったようだ。
デス隊の目が、ギラッと光る。
アージェスもまた命令を出していた。
「行け、我がしもべデス隊よ! 美理子と美衣子を抹殺するのだ!」
「やらせない!」
綾乃が前に出て来た。
他の仲間達も邪兵士と戦いながら二人を守る。
「スネーククラッシュ!」
綾乃の技が、デス隊に向かった。




