綾乃の本当の気持ち
アンナが、その部屋に入ったのは、さらわれた翌日の事。
国王の間の空気は、ただ冷たく流れていた。
数人の兵士達が整列している。
ウイングスからさらわれた生け贄の人々が、連れて来られた。
無表情のまま。
笑っているのか、泣いているのかさえ分からない。
口は閉じられたまま、下を向いてうつむいている。
みんな、こう思っていたはずだ。
自分たちは、ここで死ぬのだと。
ダーク帝国に生け贄にされ、その体も心も闇に捧げられるのだと。
だが、アンナは最後まで希望を捨てなかった。
一緒にいた仲間達が暗い表情を浮かべていても、彼女の瞳の奥の輝きは消えなかった。
生け贄の人々の中に可憐に咲き続けた光。それがアンナなのかもしれない。
国王アルビネット・サタンの口がおもむろに開く。
その瞬間ーー、
「キャアアアアア!」
「ギャアアアアアッ!」
人々の悲鳴が響き、周りは悪夢となる。
血だらけの人達が倒れた。
首や手足を切り裂かれ、魂は悲痛な叫び声を上げながら、闇の中に落ちる。
まさに、そこは狂気の宴だった。
「フハハハハハハ!」
高らかに笑いを上げるアルビネット。
人々を切り刻んだ兵士達も、不気味な顔でニヤッと笑う。
(気持ち悪い……)
部屋の中にただ一人残されたアンナは、咄嗟に思った。
アルビネットの目が、アンナに向けられる。
「女。お前もここで死ぬか。それとも、我らと共に生きるか」
自分を試しているかのようなアルビネットの言動に、アンナはムッとし、叫んでいた。
「わたしは、あなた達に利用される為に、ここに来たんじゃない。ダーク帝国の為に殺されるのも嫌だし、かといって、残るのもごめんです!」
「ほう」
「もし、わたしが死んでも、必ず遺されたみんなが、あなた達の悪を絶ってくれる。愛の力を信じるわたし達が、それをやり遂げてみせる!」
アンナは、全ての思いを込めていた。
自分達の信じる物は、そんなに弱い物じゃない。
いつか必ず、平和な世界が、ここに訪れるのだと。
アルビネットもまた、さっきまでとは違った感情を抱いていた。
周りの人間が無残に横たわっても毅然とした態度を崩さず、なおかつアルビネットを見ても怖がる事なく自分の思いを語る女に興味が湧いたのだ。
「フッ。なかなか強情な女よ。気に入ったぞ。おいお前達。この女は殺さずに、部屋にぶちこんでおけ」
その国王の言葉を聞いた部下達は、さぞかし驚いたであろう。
冷たい言動で、歯向かう者には容赦をしない彼が、この時ばかりは態度を翻したのだ。
それどころか、その顔には、優しい笑みが浮かんでいるようにも思われた。
当時、綾乃は7才で、アルビネットのその言葉を聞いていた。
それは彼女にも、相当なショックを与える事になる。
(愛というのは、これほどまで人を動かす物なんだ)
初めて見たその愛の強さに、綾乃は憧れを抱き始めていた。
やがてアンナはお腹の中に子を宿す。
ダーク帝国にいる間、アンナは生け贄となって亡くなった人々の為に祈り続けていた。と同時にアルビネットに、自分が子供を産むから、村への非道な仕打ちを止めてくれるように訴えていた。そんな姿を間近で見て、綾乃の愛への憧れは強まっていく。
(いつかわたしも愛の力で、人を動かすような女になりたい)
アンナが居なくなった事で忘れていたその記憶が、必死に誰かを守ろうとする美衣子達との戦いの中で蘇っていた。
「愛……」
うつむいた顔を上げて、綾乃は美衣子を見つめた。美衣子は、綾乃の気持ちを察したのか、ニッコリと温かく微笑む。
その笑顔を見た途端、綾乃は心地良い気持ちに包まれていた。
何だろう。
今まで感じた事のない、温かく、優しい気持ち。
手を伸ばせば、側にいる戦士達が、そっと握ってくれそうだ。
綾乃は無意識のうちに、右手を差し出していた。
その手をしっかりと握った者がいる。
美衣子だ。
彼女はコクンと頷くと、綾乃の手をそっと引っ張り、立たせてくれた。
「美衣子……」
綾乃が、美衣子の事を小娘じゃなく、名前で呼んだ。
敬意を表しているのだろうか。
だとしたら、綾乃の美衣子への憎しみは、もう溶けているはずだ。
「綾乃」
まんべんなく笑顔を浮かべて、美衣子は言った。
「わたし達の、仲間になってくれない?」
「えっ!?」
もはや、美衣子の心に、綾乃への敵意はない。
ただ、一緒に愛を分かち合う、仲間になって欲しかった。
その彼女の心を、レナも理解していた。
「まさに、互いの憎しみを越えた愛の仲間ですね。救世主」
だが、綾乃は迷っていた。
こんな自分で、本当に良いのだろうかと。
それよりも、アルビネット・サタンが気になっていた。
彼の捧げていた理想に自分も共感していたはずなのに、いざメシアの言葉を前にすると、その思いがどこかに消えて行きそうだった。
ブルブル。
手足が震えている。
綾乃は、迷っている事全部、救世主に委ねてみたい、そう思った。
この人なら、この人に全てを打ち明けたらーー。
「み、美衣子……」
「何?」
「あ、あの……」
綾乃は言葉に詰まる。
何だか恥ずかしい。
上手く、自分の気持ちが喋れない。
そんな綾乃にも、美衣子は優しかった。
「別に無理をしなくてもいいのよ。ゆっくりでも、自分の気持ちを正直に話して。まだ、分かりあえたばかりなのだから」
その救世主の言葉に、綾乃の迷いは吹き飛んだ。
そして、今まで自分の身に起きた全ての事を、話して聞かせた。
アルビネットの秘書になる為に、ライバルであり親友だった者を、この手で殺さねばならなかった事。強くなる為に、涙を捨て、負の感情を糧に生きて来た事。アンナの存在で、その感情が少しずつ変わって来た事。
その綾乃の話を、美衣子もレナも戦士達も、ちゃんと聞いてくれた。親身になって、時折涙まで流してくれた。
綾乃は嬉しかった。
そして、救世主となら、一緒に戦えるという確信を持った。
「ありがとう。美衣子。いいえ、美衣子ちゃん」
全てを言い終わり、ホッとした綾乃は、敬意を表しそう笑った。
「え? 別に呼び捨てで構わないのに」
美衣子は年上の女性にちゃん付けをされた事に照れを感じた。が、綾乃も引かない。
「いいえ。わたしは、あなたに心を救われて本当に感謝しているの。だから、呼び捨てなどできないわ。せめて、ちゃん付けで呼ばせて頂かないと。様付けは、さすがにできないけどね。フフ」
アルビネットの秘書として、無理して言葉使いまで変えていた綾乃が、本来の性格に戻った瞬間だった。
一人一人と握手を交わす。
ライトニングフィールドで、戦士達に、新たな仲間が加わった。




