いざ、仲間の下へ
彼女が、聖なる神殿を出て外に来た時、その仲間達の戦いは、意外な展開を見せていた。
鞭をその手に持ったまま、綾乃はそこに立っていた。
複雑な表情で。
神官レナが、荒い息を吐きながら美衣子を見つめる。
(まさか……)
悪い予感がする。
周りを見渡すと、レナを抜かした仲間達は、全員綾乃の第二の技、スネーククラッシュにやられて、意識を失っていた。
「美衣子、さん……」
レナが、傷ついた左腕を押さえながら近づいて来る。
「あ、大丈夫?」
美衣子はすぐにレナの左腕に、回復魔法をかけた。
「真の救世主に、なられたのですね……」
レナが、美衣子の腰の聖麗剣を見つけて言う。
どことなく嬉しそうだ。
「ええ、でも、あなたは?」
「レナと呼んで下さい。わたしは、あの綾乃とかいう女性と、あなたがいない間戦っていたのですが、ご覧の通り、あなたのお仲間は……」
済まなそうに、悲しい瞳で、レナが下を向く。
美衣子は、そんなレナの肩に、ポンと手を乗せた。
「気にしないでレナ。みんなは気絶しているだけだから。それより早くしないと、また綾乃の攻撃が始まるかも」
「美衣子さん……」
明るく、そして眩しく、美衣子の笑顔が、レナには輝いて見えた。
救世主としての優しさだろうか。それとも、強さだろうか。
とにかく、彼女は笑顔だけで、レナの傷ついた心を救ってしまった。
(来たのね。そう、迷っている暇はないわね)
綾乃の目が変わる。
最強のライバル、美衣子が現れた為だ。
彼女の溜まっていた憎しみが、一気に溢れ始める。
と、同時に待ちくたびれたという表情で言う。
「ホホホホホホ! ようやく現れましたわね、小娘が……!」
「………」
「と言っても、今は真の救世主になったのでしたわね。お手柔らかにお願いしたいですわ」
ヒュン!
言い終わったと思ったら、綾乃の手から素早く鞭の嵐が放たれていた。
だがーー、
美衣子にその攻撃は通用しなかった。
華麗な蹴りで鞭を狙う。
綾乃はその手から鞭を弾き飛ばされた。
「えっ!?」
鞭を拾おうとする彼女に、美衣子が冷静に言う。
「ウェイビーストーム。鞭がまるで海上の波のように動き、敵を翻弄する技。だけど、その技は前に幾度も見ているわ。あなたの言った通り、わたしも研究しているの。諦めなさい」
「くっ」
悔しそうな綾乃の声。
一瞬下を向く。
美衣子はその隙に、レナに向かい頼んだ。
「レナ、わたしが綾乃を引き付けます。あなたはその間に、パンパン達の傷を回復して下さい!」
「分かりました」
レナは倒れた戦士達の下に走ろうとする。
綾乃は、サッと鞭を拾って構えた。
あの程度で諦める人ではない。
(やっぱり、強いのね。愛を語る人間は。けど……)
キッと美衣子を睨む。
「言いますわね。だけど、あなたにはまだ見せていない技がある事を、ご存知?」
この時、レナは気づいた。
ウェイビーストームに次ぐ、綾乃の最強必殺技。
その名はスネーククラッシュ。
「美衣子さんっ!」
「……!?」
レナの声に振り向く美衣子。
レナは懸命に叫ぶ。
「その技はスネーククラッシュ。まるで蛇のように大地の下を這って、敵に絡み付く、綾乃の必殺技です! パンパンさん達も、それにやられました!」
「分かったわ!」
レナのアドバイスを受け、美衣子は戦いに挑む。
大地が、ものすごい音で揺れ出す。
ビシッ。
地割れの範囲が広がった。
鞭の群れが美衣子を襲う。
タッ。
レナの助言を聞いていたからか、美衣子は即効で逃げた。
間一髪、鞭に捕まらずにすむ。
「美衣子さん!」
「ええ!」
レナも手助けし、二人の攻撃が始まった。
「フレィムガン!」
美衣子の指先から、無数の炎の玉が飛んで行く。
「たあっ!」
レナも負けずに、手に持っていた羽を投げつける。
彼女の持っている羽の先は、鋭い刃がついており、攻撃用の武器として扱う事ができる。また、レナは神官として、回復魔法もちゃんと使える、仲間としては頼もしい存在の女性だ。
二人のダブル攻撃に、さしもの綾乃もどうしようもない。
「キャアアアアア!」
迫り来る炎を避けきれず、横に倒れる。
レナは走って、今度こそパンパン達の回復に向かった。
やがて砂煙が晴れた頃、綾乃がそこに見たのは、憂いのある目で自分を見つめる、美衣子の顔だった。
「な、何ですの?」
じろじろ見られて嫌気がさした綾乃が言った。
「そんな目でわたくしの事を見つめないで頂きたいですわ。下手な同情ならお断りです。止めて頂きませんこと?」
「………」
「どうしました? 何かお喋りなさいな。それとも、わたくしの事を憐れだとか、助けたいとか思っているんじゃないでしょうね。冗談じゃないですわ! 敵に情けをかけて貰うなんて事、わたくしにはとてもできませんわ!」
綾乃は、美衣子の態度に腹を立てているようだった。しかし、美衣子の方は、綾乃を倒そうという気など、不思議として湧かなかった。
一体、何故だろう。
実は、美衣子には、綾乃がどことなく淋しさを訴えているように思えたのだ。
口では憎たらしい事を言っていても、瞳は悲しげだった。それが分かったからこそ、攻撃を止めたのだ。
「一体何なんですの。迷惑ですわ!」
綾乃の口調が変わり、鞭を振り上げかけた所で、ようやく美衣子が喋り始めた。
「綾乃……」
あくまで顔は冷静だったが、優しくもあった。
「な、何ですの?」
「あなた、本当は、憧れているんじゃないの?」
「何にですの?」
「愛によ」
「な、何ですって!?」
突然の美衣子の言葉に、綾乃は驚き、飛び上がった。
けど、その顔は明らかに、動揺していた。
「うん。僕らもそう思うよ」
気絶から目覚めたパンパン達と、レナがやって来る。
美衣子は嬉しくて、パンパンに駆け寄る。
「気がついたのね。パンパン、みんな、良かった」
「心配かけてごめん。みーこ。それと、お帰り」
「うん!」
改めて全員で綾乃を見る。
動揺は、まだ収まっていない。
「何の根拠があってそんな事を言いますの? わたくしは、知りませんわ!」
「だって、あなたは淋しそうな顔してた。臆病な、子供のような瞳をしてた。わたし達と戦っていた時、はっきり分かったのよ」
「またそんな事を言って、このわたくしをたぶらかそうというのですね。引っ掛かりませんわよ。その手には」
「いいえ。隠そうとしても分かります。そういう時って、自然と辛さが出てくる物よ」
「あ、ああ……」
綾乃は、全てを見透かされたような気持ちで、ガクッと膝をついた。
美衣子の言った事が、やけに耳に残っている。
確かに、それは本当の事。
紛れもない事実だったのだ。
「話してくれるかな、綾乃?」
戦士達の瞳が、熱い。
綾乃は唾を飲み込んだ。
彼女が語るのは、アージェスの母アンナが、生け贄としてさらわれた時の出来事。
その話の衝撃に、戦士達は、言葉をなくした。




