真の救世主
砂ぼこりが風に煽られて上って行く。
視界が、徐々に良くなっていった。
美理子のアクアビームが命中した太い木が、横に倒れる。
ドサッ。
だが、そこに人影はなかった。
「はっ!?」
慌てて、周りを見渡す美理子。
後ろで物音がして、彼女は振り向いた。
「美理子……。何故わたしを、わたしを攻撃するの?」
そこにいた人物はもうお分かりだろう。
美衣子だ。
あの時、アクアビームが木に激突する瞬間、彼女はサッと横に飛び、砂ぼこりで何も見えなくなったのを利用して、美理子の背後を取ったのだ。
「みーこ……」
美理子が一言そう言った。
その目は殺意でギラギラ光っている。
まるで、何かに取り付かれているように。
ダッ。
美理子は、腰に装備していたナイフを抜き、美衣子に襲いかかって来た。美衣子は、そのナイフを避けながら彼女の顔を見る。
(何故、何故なの? 美理子……)
殺気でギラギラしている怖い瞳。
体全体から溢れている気も、邪悪な影を隠し切れない。
(違う。こんなの、美理子じゃない。わたしの親友の美理子じゃない!)
美衣子は思い出していた。
初めて出会った日の、まぶしい彼女の姿を。
まだ何も知らなかった自分を支えてくれた、優しいあの笑顔を。
最後まで信じていた、あの絆を。
絶対に忘れない、希望と勇気に満ちた、輝いた瞳を。
(美理子は、ここにいる美理子は、あの美理子じゃない!)
美衣子の思いがスパークした。
その迫力に、目の前にいる美理子は一瞬、動きを止める。
「あなたは、美理子じゃないわ! 彼女の姿をした偽物よ!」
全ては、美衣子の言うとおりだった。
今まで、美理子だと思っていたそれは別人。
全て、この聖なる神殿が映し出していた幻だったのである。
美衣子は、幻の美理子に向かってファイヤーストーンを構える。
そして叫んだ。
「わたしは、わたしの仲間であり親友でもある、美理子を信じています。だから、あなたを消します!」
赤い炎が熱い魂を持った龍に変わり、幻の美理子に向かう。
「ギャアアアアア」
断末魔の叫びを挙げながら、幻は消滅した。
と同時に周りの景色も一転し、元の神殿の一室に戻った。
「ふう」
美衣子はこれで一安心と思い、その場に座り込む。
その彼女の耳に、聞こえてきた声。
「みーこ……」
その声は幻ではなかった。
温かい気に包まれる。
美衣子は、すぐに声の主に気づいた。
「ミーアノーア様!」
ミーアノーアの魂が、優しく微笑む。
美衣子は何か話そうとするが、言葉につまり、出てこない。代わりに話しかけたのは、ミーアノーアの方だった。
「みーこ。あなたには、わたしの代わりとしてこの世界を守る救世主の試験を、今受けて頂きました。結果は、合格です。この神殿に潜む影がどんな幻を見せようとも、あなたは仲間を信じ、屈しませんでした。そして何より、ファイヤーストーンの力を引き出しています。みーこ。やはりあなたはわたしの力を受け継いでいるのですね」
「ミーアノーア様……」
美衣子は涙が出そうだった。今までずっと、救世主の力を持っているかもしれないと言われて、戦いの道を歩んで来たけど、ようやく、真の救世主として認められたのだ。
しかも本人から。
こんなに嬉しい事はなかった。
「みーこ」
「はい」
「これを、あなたに託します」
ミーアノーアの魂が抱えている物。
(聖麗剣……)
美衣子は一呼吸おいて、それを受け取った。
これが、救世主のみが使える聖剣、聖麗剣。
剣は軽いのに、ずっしりと重圧がかかる気がした。
「みーこ、これからは真の救世主として、あなたがこの世界を守っていくことになりました。決して楽な道ではなく、辛い事もあるでしょう。しかしわたしは、あなたに託すしかないのです」
悲しい顔をしたミーアノーアに、美衣子は元気よく答えた。
「ミーアノーア様、わたしは大丈夫です。わたしには、わたしを支えてくれる沢山の仲間達がいます。彼らと力を合わせ、きっと、救世主の使命を果たして見せます」
美衣子の答えに、ミーアノーアは安心した。
「ありがとうみーこ。あなたが、わたしの後継者で良かった」
「ミーアノーア様……」
「そうそう、あなたに会いたいという者が、もう一人いますよ」
「えっ!?」
ミーアノーアの魂の隣に、もう一人の光が見えた。その気は、懐かしく、温かい。
「サイーダ様!」
「みーこ!」
自然と涙が溢れた。
美理子から聞いていた、サイーダの最後。何もできず、お別れの言葉も言えず、本当は悔しかった。もう、会えないと思っていた。だが、
「みーこ、元気そうで何よりです。私はやっと、お母様と一緒になれました」
「サイーダ様……!」
こらえ切れずに泣き出す美衣子。サイーダは、そっと美衣子の肩を抱きしめる。
「ありがとう、みーこ。私の為に泣いてくれるのですね。けれど、私は後悔していません。あなたや美理子、ジースやアヤなどの若い世代に、後を託して死ねたのですから。だから、あなたにも、後悔しないで生きて欲しいのです」
「サイーダ様……」
「さあ、涙を拭いて。あなたには、まだやるべき事があるはず。その為に、私の知識を少し、あなたに差し上げましょう」
サイーダの右手の指が、美衣子の額に触れる。
美衣子の頭の中に、回復魔法のやり方が入って来た。
これで美衣子は、救世主として、回復魔法を使えるようになった。
「ありがとうございます、サイーダ様!」
もう泣いてはいない。美衣子は、とびきりの笑顔を見せた。
ミーアノーアとサイーダが言う。
「さあ、もう行きなさい。わたしの後継者として、この大地を、頼みましたよ」
「それと、お父様の事も、宜しくね」
「はい! この世界も、水仙人様の事も、任せてください!」
「ありがとう。わたし達は、いつでもあなた達の事を、見守っていますよ……」
優しい二人の魂は、空に帰っていった。
美衣子は改めて、聖麗剣を見つめる。
(ミーアノーア様に、サイーダ様に託されたこの剣で、必ず平和を、掴むんだ)
気を引き締めて、腰に装着する。
そして彼女は、パンパン達の待つ外へと、走り出した。
そこで起こっている出来事を、まだ知らないままーー。




