切ない恋心
美理子が、そんな風に眠れない時間を過ごしているのと同じ頃、アージェス・サタンもまた、募る思いに胸を焦がしていた。
魔城の窓から見える景色も、何も語ってくれない。
炎の池から上がる火柱は、休まず何度も吹き上がっている。昨日から鳴り響いている遠雷も、まだ止まない。
少し眠ったら、体の調子も良くなった。
「あれから三日か。mirikoworldの女王は、どうしているだろうか」
そう、アージェス達がmirikoworldに攻め行った日から、もう三日も経っていた。
胸の奥が苦しい。
美理子の事を考えると、夜も眠れなくなる。
アージェスは大体分かっていた。
自分が、美理子に恋をしてしまった事に。
あの時、彼女が流した涙に惹かれた。
完全に、一目惚れだった。
だが、彼は生まれた時から戦う事を宿命とする魔の王子。そして、アルビネット・サタンという父の下で、聖空間を一つにまとめ、征服し、自分たちの国を創ろうとしている男。
そんなアージェスが、正義を貫くmirikoworldの女王を愛してしまっていいのだろうか。
考えれば考える程、その思いは募るばかり。
正義と悪の愛の狭間で、アージェスは悩んでいた。
コトッ。
そんな彼の迷いを吹き飛ばすかのように、誰かが近づく足音がする。
「誰だ?」
人の気配に驚いたアージェスが、慌てて振り向いた。
そのアージェスの顔色が変わる。
「ち、父上」
そっとアージェスの後ろに近づいた人物は、彼の父アルビネットだ。
慌てている息子の姿を見て、アルビネットは静かな声で言った。
「何を慌てている。アージェス」
父が全てを見透かしているようで不安になったアージェスは、さっと誤魔化した。
「べ、別に……」
だが、その息子の態度が、逆にアルビネットにはおかしく感じた。
「別に誤魔化さなくてもいい。さぁ、遠慮せずにこの父に話してくれ」
「別に俺は誤魔化してなんか……」
「それは嘘だな。だったら何故、こんな時間にまだ起きている?」
「そ、それは……」
父の言葉に、アージェスは何も言えなくなる。
彼の心を揺さぶるように、アルビネットは話し続けた。
「アージェス。お前、mirikoworldの女王に恋をしているんじゃないだろうな?」
「えっ!?」
この時、アージェスは気づいた。
父は、全てを知っていると。
アージェスはもう黙っている事はできないと、口を開いた。
「ち、父上、俺……」
アルビネットは優しくアージェスを見つめる。
「アージェス、お前の気持ちは分かる。だが」
ここで、アルビネット・サタンの表情が変わった。
冷たく、息子に言い放つ。
「相手は我が敵国、mirikoworldの女王。憎むべき相手なんだぞ。倒そうと意気込むのならいいが、恋をするなど、わたしは絶対に許さん。分かったな、アージェス」
「父上、それは……」
「そうか。あの娘は、ここまでわたしの息子をたぶらかしたのか。ならば、それ相応の報復を与えてやらねばならんな」
「父上、それは違う! 俺はたぶらかされてはいない。俺が勝手に惚れただけだ!」
「そうか。それを聞いて、あの娘がますます憎くなったぞ」
「父上!」
「お前はわたしの大事な息子だ。mirikoworldの女王に渡す訳にはいかん。分かったな、アージェス」
アージェスに反論を許さず、アルビネットはその場から去った。
「待ってくれ、父上!」
このままではアルビネットが美理子に何かするかも知れない。それを止めさせようとアージェスは父親の後を追いかけた。
「父上、待ってくれ。確かに、mirikoworldの女王に惚れたのは、俺の過ちかもしれない。だけど、今は何もしないで欲しい。時間が欲しいんだ」
「アージェス……」
アルビネットに追い付いたアージェスは、必死に懇願した。
「父上、お願いだ。それに、父上と母上だって」
その言葉を聞いた途端、アルビネットの眉が、ピクリと動いた。
「アージェス。お前の母親の事は、忘れろと言ったはずだ」
「しかし……」
「分かった。今はmirikoworldの女王に手出しはしない。お前に免じてな。だが、敵である以上、いつかは倒さねばならぬ相手だ」
「父上。父上は何故、そんなにあの国の事を憎むんだ?」
「正義という物は偽善だからだ。それを振りかざすあの国を、どうも好きになれない」
「そんな事、あ……」
「スリープ」
アルビネットは、アージェスに有無を言わさず、眠りの魔法をかけた。
アージェスはぐっすりと眠りにつく。
息子の体を抱き抱え、ベッドに運んだ。
哀しそうなアルビネットの瞳。
「アージェス、耐えるんだ。もう、どうしようもない」
優しく毛布を掛けながら呟く。
静かに息子を見守る父親の姿を、月が映し出していた。
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