大地の国グランバール
草原の草の心地良い香りが、風に導かれて流れて来る。振り向けば、眩しすぎる程の青空が照らしていた。
その美しい煌めきの中で、少年と少女、仲間達の絶えない笑い声が聞こえる。
遠くで激しい戦いが行われているなど、忘れてしまう程だった。
鳥の歌が届く。
ゆらゆらと揺れる草花や、風の音が、全ての傷を癒してくれそうだ。
こうして、太陽の下寝転がっていると気持ちいい。
雲の影が、少年の体を横切った。
フワッ。
ミニスカートが揺れ、少女が少年の側に来る。
手には花の束を持っていた。
「パンパン?」
少女が少年の顔を確かめる。
微かに、寝息が聞こえた。
「疲れているのね」
優しく、その少女、美衣子は隣に座って囁く。
彼女達がmirikoworldを旅立って四日目。
旅の小舟は自動操縦とはいえ、敵に襲われる危険もないとは言えない。特に夜。寝ている時こそ危ない。だから男性陣、特にパンパンは時々起きて見廻りをしていた。
美衣子達もそれを知っている。
だから休める時は、静かに休ませてあげたい。
「あ……」
花びらが風に煽られ、パンパンの顔に落ちる。
ちょうど唇の端だ。美衣子は、その花びらをそっと取り除く。
一瞬、指が唇に触れた。
「う……ん」
ドキッ。
起こしてしまったかな?
けど彼は軽く寝返りを打つと、また眠りについた。
美衣子は何故かホッとした。
もう少し、寝顔を見ていたい気がする。
ふと、さっき指が触れた唇に目がいった。
ドキドキ……。
鼓動が早くなる。
もう一度、その唇に触れたい。
無意識に顔を近づけていた。
その時、
「みーこ?」
パンパンが起きてしまう。
美衣子は、慌てて顔を離した。
(わ、わたし、何を考えて……)
恥ずかしくて頬が赤くなる。
「ごめんなさいね、パンパン。起こしちゃった?」
彼が気づいていない事を願い、美衣子はごまかす。
「うん。花の香りがしたような感じがして。夢だったのかな? ちょっと触られたような」
「それは、花びらがあなたの顔に落ちちゃって、それを拾う時に、ちょっと指が、ね」
「そうなんだ。ところで、他のみんなは?」
パンパンが体を起こして、美衣子に尋ねる。
美衣子は、パンパンが気づいていないみたいなので安心して、ワンメー達の方を向いて言った。
「向こうで走り回っているわ。ほら」
「あ、本当だ」
パンパンは、仲間達の姿を見てプッと吹き出してしまった。
妖精達は花の香りを嗅ぎながら、風とじゃれあっている。ワンメー、カン、リースは草原を駆け回っていたが、先頭のワンメーが石につまずき、カンとリースまで巻き込み三匹でズッデーン。
そのひょうきんな姿が、パンパンには可笑しく見えたのだ。
「ワンメー達、何してるの。可笑しい」
笑っているのはパンパンだけではない。美衣子もそうだ。彼女は、顔をほころばせながら、パンパンの方に向き直る。そこに、今度はパンパンが顔を近づけた。
ドキッ。
「みーこ、さっき、本当に花びらを取っただけ?」
(ギクッ)
「ぱ、パンパン……」
「もしかしたら、さ」
唇が近づいて来て、思わず美衣子は目を閉じた。
と、そこに、
「あーー、悪いんだけどねェ二人共。そろそろ行かない?」
リースの声がして、パンパンと美衣子は我に返った。
「わ、悪いよリース」
「いいじゃないカン。アタシ達が転んだの見て、二人して笑ってたんだからァ」
「それは〜〜、ボクの〜〜、せいだし〜」
「うん。あなたが一番悪いわよォ。ワンメー」
シュンとするワンメー。
「まあまあ、ワンメーも反省しているみたいだし」
「それに、みーことパンパンの仲が一歩進んで、良かったじゃない」
フォローしてくれたのは、妖精達だった。
美衣子とパンパンの顔は真っ赤。
それでも気を取り直して、
「それじゃ、先に行こう!」
「うん!」
草原を後にした。
緑の大地と山は続く。
さすがは、大地の国グランバールと言われている所だ。
それでも、しばらく行くと、街らしき場所に出た。
人々が賑わっている。
街で配られていた紙を貰って読んで見ると、どうやら、城の中庭でイベントがありそうだ。
それによると、この国に伝わる聖剣、大地剣が、城の地下で発見された為、国王を喜ばせた者に、その剣を譲るというのだ。ただし、国王は争いを好まない。その為、強さをアピールするのは厳禁だ。
美衣子達一同は、顔を見合せる。
もし、聖剣が他の人の手に渡ってしまったら、ここまで来た意味がない。
美衣子達は急いで、中庭に向かった。
中庭はすでに、たくさんの人が集まっていた。
観客も輪になり、見守っている。
美衣子達は兵士から参加券をもらい、順番に並ぶ。
パンパカパーン!
ファンファーレが鳴り響き、国王が姿を現した。
兵士が手に持っている長い箱。
鍵を開けると、大地剣が見える。
国王様が、マイクを手に言った。
「ようこそ皆さん。よく集まってくれた。ここに見えるのが、我が城の地下から発見された、聖剣と言われる大地剣だ。これより、この場で一番わたしを楽しませてくれた者達に、この剣を褒美として送ろう! それじゃ、観客のみんなと一緒に楽しもうじゃないか!」
「おーっ!」
凄い歓声が上がった。
それだけ期待しているという事なのか。
それにしても、ますます人間界に近づいて来たな、と美衣子は思った。
電気は前から通っていて、学校もあったが、大きな病院はなかった。美理子達の話だと、科学も発達しているそうだ。美衣子は知らなかったが、魔法と科学を融合した、魔科学という技術もあるみたいだ。
もう一度、ファンファーレが鳴った。
挑戦者達がだいぶ集まったので、いよいよイベントの開始だ。
順番で言えば、美衣子達は一番最後だった。
最初に出て来たのは、男と男の二人組だ。
彼らは観客を引き込み、上手い喋りでコントを演じて見せた。
だが、国王様には通じなかったようだ。
次の組も、また次の組も、そのまた次の組も失格になってしまう。
さすが聖剣をかけたバトル。審査も厳しい。
観客は、楽しんでいるのだが。
そうこうしている内に、残りあと二組という所まで来てしまった。
白いドレスを着た女の人が、ステージに上がる。
両脇に男性二人。
その三人は、アカペラで綺麗なハーモニーを聞かせてくれた。
「ほう」
国王様の顔に笑みが浮かぶ。
女の人の澄んだ歌声。
人々の間から拍手が沸いた。
後に残された美衣子達は、驚きのあまり立ち尽くしていた。
このまま、あの人達に聖剣を持っていかれるんじゃないか。
不安が押し寄せる。
そんな一行の耳に聞こえる国王様の声。
「誰か、この三人に対抗する者は、いないかな?」
(これしか、無い……)
美衣子達は決意の表情で、ステージの上に上がって行った。




