表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/55

アージェスの迷い

 バッシャーン。


 一つの稲妻が地上に落ちたその時、再び戦いの鐘は鳴らされた。

 アージェスの必殺技、ブラッディクロスが、大きな黒きエネルギーと共に向かって来る。


「アクアビーム!」


 美理子の右手の人差し指から水の光線が飛び出し、アージェスの技を防いだ。

 そこから、彼女達の逆転が始まる。


「雷光衝撃波!」

「風陣回転脚!」

「スーパーウインド!」

「ファンタジードリームス!」


 各人の必殺技が次々と決まる。

 邪兵士は全て居なくなった。

 残ったのは、ダーク帝国の王子、アージェス・サタンただ独り。だが、彼はそんな状況でも、戦う意志は崩さなかった。


「ブラッディクロス!」


 彼の重ねられた二本の剣から、ものすごい衝撃波が出て、美理子達を襲う。怒りが混じっているからか、威力が上がっているみたいだ。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 戦士達は皆、城の城壁にぶつかった。


「ううっ……」


 バタバタとその場に倒れ込む。

 静かな口調で、アージェスが言った。


「どうだ。もうこんな戦いは止めて、俺達に従ったらどうだ?」


 決断を促すように、美理子達の顔を見る。


「どうする? ここで決めてもらおう」


 傲慢に瞳の奥が光った。

 唇の先が緩み、ニヤリと冷たく笑う。

 ここまでやれば従うだろうという自信の表れか。


「アージェス……」


 スクッと美理子が立ち上がり、両手を広げた。


「ムッ?」


 女王美理子が必死に、戦士達を守ろうとしているのだ。

 たった一人で。

 アージェスは、呆れた表情で続ける。


「フッ、女王。抵抗するのはいい。だが、お前は俺達には勝てない。だから、そんな事は無駄だ!」

「無駄でもいいです」

「何!?」


 アージェスは、彼女の体から溢れるオーラに驚いた。

 あんなに傷ついて、額から血が流れているのに、まだあんな力が出るのか。

 彼女の気は、仲間達を守ろうと、大きく横に広がっている。

 まるで海のように穏やかだ。

 そして、その哀しげな瞳に、アージェスは圧倒された。


「くっ……!」


 向かい合う二人の動きは止まり、ただお互いの目だけを見ていた。

 美理子の目は涙で潤んでいる。その哀しい表情でアージェスの心を包んだ。


「な、何だ。この感じは?」


 アージェスの耳に美理子の言葉が響く。


「アージェス。もう、こんな戦いは止めて下さい。こんな誰もが傷ついて、憎しみ合うような自由を、本当にみんなが望んでいると思いますか?」

「ううっ……」


 美理子はじっと、アージェスから目を逸らさないで語った。その力強い意志を示すかのように、戦士達を包んでいる気は一向に衰えない。

 アージェスの頭の中は、揺れ動いていた。


(俺は、俺は一体、何を悩んでいるんだ)


 もはや、彼の心は、戦いとは別の所に行ってしまったようだ。


(分からない。何も分からない。この思いは、一体どこから……)


 考えれば考える程、頭の中は混乱していく。

 女王美理子の強い意志が、こんなにも彼に影響するのだろうか。

 仲間を守ろうと、たった一人でアージェスの力に耐えていた。

 その闘志は屈しない。

 アージェスの心の隅を、優しくくすぐる。


 ポタッ。


 綺麗な涙が一粒、美理子の目からこぼれ落ちる。

 アージェスはその光景に目を奪われた。

 今まで、女が流す涙は何度か見た事はあるが、今ここにいる彼女の涙は少し違って見えた。

 そう、哀しい程温かく、そして優しい。

 誰よりも強く、気高い涙だ。

 アージェス自身も気がついていた。

 自分の、美理子に対する感情が、変わってきている事に。

 美理子のオーラに触れたとたん、自分の心の中に、何かが宿っている事に。

 それだけ、彼女の涙は、衝撃的だった。

 緊張した空気が、二人の間を流れる。


「何を泣いているのだ?」


 ごく自然に、アージェスの口から声が出る。

 尋ねられた美理子の方も、分かっていたかのようにすんなり答えた。


「簡単な事。みんなを守りたいと思うわたしの心が、涙となって出て来たのよ」


 二人の間に、今までのような殺気はない。

 緊張の糸もほどけていっている。


「女王……」

「何?」

「教えてくれ。お前達の力の源は、一体何だ?」


 突然のアージェスの問い。

 素に戻った彼の微笑みは、穏やかだ。

 美理子はその笑顔に、惹かれていく自分を感じた。


(この人は……。本当は、優しい人……?)


 もう、美理子の目から涙は流れてはいない。

 しっかりとその()で、アージェスを見つめている。

 彼の問いに答えた。


「それは愛。愛の力が、わたし達の本当の力の源よ」

「愛、だと?」

「そうよ。どんな時でも仲間を信じ、助け合い、分かり合う。これがわたし達の力。本当に求めている物よ」

「光、希望。そして愛の力か……」


 アージェスと女王美理子が、立場を越えて分かり合えるかなと思ったその時ーー、


 ビカッ!


「うわあああああっ!」

「アージェス!」


 ダーク帝国の魔城に綾乃と共に戻ったアルビネット・サタンが、息子を連れ戻そうと稲妻を放ったのだ。

 稲妻の直撃を受けたアージェスは気を失う。


「アージェス!」


 美理子が近づこうとするが、アルビネットの声がそれを遮る。


「よいか、女王美理子。アージェスは貴様らには渡さぬ。アージェスは、大事なわたしの息子、ダーク帝国の王子だ。今日はこの位にしておくが、今度はこの程度では済まさぬ。アージェスをたぶらかした罪、よく覚えておくがいい」


 ふわり。


 アージェス・サタンの体が、黒い光に包まれ、宙に浮く。

 そのまま、雲の中に飛び込み、見えなくなった。


「アージェス……」


 美理子の哀しい呟きも、もう届かない。

 戦いの風は、そこに立ち尽くす彼女の心を揺らし、遠くへ流れて行った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ