アージェスの迷い
バッシャーン。
一つの稲妻が地上に落ちたその時、再び戦いの鐘は鳴らされた。
アージェスの必殺技、ブラッディクロスが、大きな黒きエネルギーと共に向かって来る。
「アクアビーム!」
美理子の右手の人差し指から水の光線が飛び出し、アージェスの技を防いだ。
そこから、彼女達の逆転が始まる。
「雷光衝撃波!」
「風陣回転脚!」
「スーパーウインド!」
「ファンタジードリームス!」
各人の必殺技が次々と決まる。
邪兵士は全て居なくなった。
残ったのは、ダーク帝国の王子、アージェス・サタンただ独り。だが、彼はそんな状況でも、戦う意志は崩さなかった。
「ブラッディクロス!」
彼の重ねられた二本の剣から、ものすごい衝撃波が出て、美理子達を襲う。怒りが混じっているからか、威力が上がっているみたいだ。
ゴゴゴゴゴゴ……。
戦士達は皆、城の城壁にぶつかった。
「ううっ……」
バタバタとその場に倒れ込む。
静かな口調で、アージェスが言った。
「どうだ。もうこんな戦いは止めて、俺達に従ったらどうだ?」
決断を促すように、美理子達の顔を見る。
「どうする? ここで決めてもらおう」
傲慢に瞳の奥が光った。
唇の先が緩み、ニヤリと冷たく笑う。
ここまでやれば従うだろうという自信の表れか。
「アージェス……」
スクッと美理子が立ち上がり、両手を広げた。
「ムッ?」
女王美理子が必死に、戦士達を守ろうとしているのだ。
たった一人で。
アージェスは、呆れた表情で続ける。
「フッ、女王。抵抗するのはいい。だが、お前は俺達には勝てない。だから、そんな事は無駄だ!」
「無駄でもいいです」
「何!?」
アージェスは、彼女の体から溢れるオーラに驚いた。
あんなに傷ついて、額から血が流れているのに、まだあんな力が出るのか。
彼女の気は、仲間達を守ろうと、大きく横に広がっている。
まるで海のように穏やかだ。
そして、その哀しげな瞳に、アージェスは圧倒された。
「くっ……!」
向かい合う二人の動きは止まり、ただお互いの目だけを見ていた。
美理子の目は涙で潤んでいる。その哀しい表情でアージェスの心を包んだ。
「な、何だ。この感じは?」
アージェスの耳に美理子の言葉が響く。
「アージェス。もう、こんな戦いは止めて下さい。こんな誰もが傷ついて、憎しみ合うような自由を、本当にみんなが望んでいると思いますか?」
「ううっ……」
美理子はじっと、アージェスから目を逸らさないで語った。その力強い意志を示すかのように、戦士達を包んでいる気は一向に衰えない。
アージェスの頭の中は、揺れ動いていた。
(俺は、俺は一体、何を悩んでいるんだ)
もはや、彼の心は、戦いとは別の所に行ってしまったようだ。
(分からない。何も分からない。この思いは、一体どこから……)
考えれば考える程、頭の中は混乱していく。
女王美理子の強い意志が、こんなにも彼に影響するのだろうか。
仲間を守ろうと、たった一人でアージェスの力に耐えていた。
その闘志は屈しない。
アージェスの心の隅を、優しくくすぐる。
ポタッ。
綺麗な涙が一粒、美理子の目からこぼれ落ちる。
アージェスはその光景に目を奪われた。
今まで、女が流す涙は何度か見た事はあるが、今ここにいる彼女の涙は少し違って見えた。
そう、哀しい程温かく、そして優しい。
誰よりも強く、気高い涙だ。
アージェス自身も気がついていた。
自分の、美理子に対する感情が、変わってきている事に。
美理子のオーラに触れたとたん、自分の心の中に、何かが宿っている事に。
それだけ、彼女の涙は、衝撃的だった。
緊張した空気が、二人の間を流れる。
「何を泣いているのだ?」
ごく自然に、アージェスの口から声が出る。
尋ねられた美理子の方も、分かっていたかのようにすんなり答えた。
「簡単な事。みんなを守りたいと思うわたしの心が、涙となって出て来たのよ」
二人の間に、今までのような殺気はない。
緊張の糸もほどけていっている。
「女王……」
「何?」
「教えてくれ。お前達の力の源は、一体何だ?」
突然のアージェスの問い。
素に戻った彼の微笑みは、穏やかだ。
美理子はその笑顔に、惹かれていく自分を感じた。
(この人は……。本当は、優しい人……?)
もう、美理子の目から涙は流れてはいない。
しっかりとその瞳で、アージェスを見つめている。
彼の問いに答えた。
「それは愛。愛の力が、わたし達の本当の力の源よ」
「愛、だと?」
「そうよ。どんな時でも仲間を信じ、助け合い、分かり合う。これがわたし達の力。本当に求めている物よ」
「光、希望。そして愛の力か……」
アージェスと女王美理子が、立場を越えて分かり合えるかなと思ったその時ーー、
ビカッ!
「うわあああああっ!」
「アージェス!」
ダーク帝国の魔城に綾乃と共に戻ったアルビネット・サタンが、息子を連れ戻そうと稲妻を放ったのだ。
稲妻の直撃を受けたアージェスは気を失う。
「アージェス!」
美理子が近づこうとするが、アルビネットの声がそれを遮る。
「よいか、女王美理子。アージェスは貴様らには渡さぬ。アージェスは、大事なわたしの息子、ダーク帝国の王子だ。今日はこの位にしておくが、今度はこの程度では済まさぬ。アージェスをたぶらかした罪、よく覚えておくがいい」
ふわり。
アージェス・サタンの体が、黒い光に包まれ、宙に浮く。
そのまま、雲の中に飛び込み、見えなくなった。
「アージェス……」
美理子の哀しい呟きも、もう届かない。
戦いの風は、そこに立ち尽くす彼女の心を揺らし、遠くへ流れて行った。




