過去~偽わりの名
―火山の国境付近の村―
その日は朝からずっと灰が降っていた。
この村の村人であるエーデ・アッシュは買ったばかりの食料に灰が入らないよう、気をつけて帰路についていた。
髪に灰がつかないようにするためか、着ていたローブのフードを目深に被る。
その時出た指は、白魚のようで美しかった。
昨夜、女王が火事で亡くなったらしい。
そのせいか、村はどこか活気がなく、寂しげだった。
近道を使おうと、商店街の裏路地を通ることにした。
見慣れた帰り道。しかし、いつもとは違うものがそこにはあった。
廃材の陰にうずくまる少年。
黒髪の小さな少年だ。
酷く疲れているのか、息を切らしている。
着ている衣服は泥で汚れており、所々擦り切れてもいる。
その姿にエーデは放っておけなくなり、声をかけた。
「どうしたの?」
いつも、近所に住むおばさんに口調がきついから怖がられてしまうんだよと要らぬお節介を言われていたのを思い出し、なるべく優しい声で尋ねた。
しかし、エーデの声に少年は驚き、抱えているものを庇うように背を向けてしまう。
「警戒しないで…大丈夫。私は何もしないわ。」
なるべく少年を刺激しないようにしよう。
エーデは腰を屈み、少年と目線を合わせる。
少年は少し考えたあと、こちらを向いてくれた。
良く見ると、それなりの身分の、いい身なりをしている。
そして抱えていたのは金髪の乳呑児だった。
俺たちを保護してくれた女、エーデは、俺たちを自宅へと連れてきて、また別の女を呼んだ。
太ったその女はエーデとは近所らしい。
俺からジルベルを取り上げ、慣れた手つきでミルクをやる。
ジルベルも心なしか微笑んでいるように思えた。
「あんたが子供を拾うなんて、成長したわね。前のあんたからは想像できないよ。」
女は一つ呼吸をおいてぽつりと呟いた。
「あんたの両親が死んだとき、とても心配してたんだよ…あんたがまた、前みたいになるんじゃないかってね。」
女はジルベルをあやすのを止め、そっと俺に渡した。
エーデへと目をやる。
「困ったことがあったらおいでよ。忘れないでエーデ。皆、あんたのことが好きなんだからね。」
「…私は、皆とは違う。そうでしょ?」
エーデの髪色も俺たちと一緒で赤色じゃなかった。
彼女は紫色の髪をしていた。
きっと以前、その色のせいで誰かに酷いことをされたんじゃないだろうか。
俺とジルベルがそうだったように。
女はエーデの家から出ていき、俺たち三人きりになった。
「お腹減っているでしょ?少し待っててね。」
「…いい。もう行く。」
ジルベルにご飯をくれたことには感謝しているが、他人に助けてもらいたくはない。
俺はジルベルを守らなくてはいけないのだから。
「何でも一人でため込もうとするな。」
「…」
「さっきまでここにいたおばさんが私に言った言葉よ。あの人、本当にお節介なの…。両親が死んだとき、また、もとの生活に戻るんじゃないかって、凄く怖かった…。」
「…お前の親は何故死んだ?」
「数年前に起きた鉱山の噴火に巻き込まれたの。…そこで両親は二人とも作業員をしていたからね。」
「…俺の親も噴火で死んだ。」
そういうと、エーデは目を見開き、泣きそうな顔を俺に向けた。
「…行くところはあるの?」
「ない…。」
「じゃあ、うちにいなさい。歓迎するわ。」
エーデはまた俺の頭を撫で、優しく微笑んだ。
「あなたの名前は?」
「…ロシェ。ロシェ・アディスだ。」
そして俺はジルベルのことも話した。
「こいつの名前は…ロット・フェルゼン。」
俺は嘘を伝えた。




