英雄の情報
アカンサスは順調に火山の国の城への潜入に成功していた。
誰にも気づかれることなく、情報収集を始める。
草原の国の影にありと恐れられた隠密部隊の隊長には簡単なことだった。
しかし、彼のほしい情報を得ることはなかなか難しい。
「あいつは…?」
見つけたのは妖しげな女だった。
フードをかぶり口元は包帯で覆っていた。
その女は食堂で保存の効く食糧を大量にバスケットに入れ、受け取った後、そそくさと食堂を後にした。
「…」
女のあとをつけてみると、彼女は北側の塔の扉をあけ、その中に消えていった。
塔の大半は焼かれているが、入り口に掲げられた看板は辛うじて読むことができる。
“牢獄塔”
アカンサスもその後に続こうとする。
「動くな。」
突然肩を掴まれ、臨戦態勢をとる。
腰から小剣を素早く抜き、首元めがけて掠めた。
「ちょ、ちょっと、ストップ!!」
「…お前か。」
後ろにいたのは青髪の青年。
アカンサスはこの青年のことをよく知っていた。
青年の名前はスペリオル・ウデシー。
大海の国にて、情報屋を生業にしていた。
「ご機嫌麗しゅう。アカンサスさん。」
「どうしてお前がここに?」
「いやぁ、それは言えないなぁ…情報屋は口が堅いのですよ。」
「…そうだったな。」
アカンサスは何度か、スペリオルの情報業を利用していた。
彼が情報をどのように入手しているのかは、定かではない。しかし、その情報は正確…信用のできる仕事だと、アカンサスは評価していた。
「だけど…まぁ、アカンサスさんは自分のことを御贔屓にしてくださいましたし…仕事を引き受けることになるのも、これが最後でしょうから、特別に無償で教えてさしあげましょう。もちろん…アカンサスさんが知りたがっている情報もね…。」
スペリオルの言葉はアカンサスにとって、願ってもいないことだったが、首を捻り言葉の真意を探ろうとする。
「今日で自分の情報業を終わらせようと思っているんですよ…いや、言い方が違いましたかね。個人経営をやめることにしました。」
「孤高の情報屋が売りなんではなかったのか?」
「ふふふ。もちろん部下をとる気はありません。ただ、好きな女性ができましてね。その女性の側にいたいのです。」
スペリオルの表情は本当に幸福に満ちていた。
さながら、獲物を見つけた狼のように。
「…世間話しはこのくらいにしよう。情報を寄こせ。」
「もちろん…立ち話しも何ですから、城下にでも行きましょう。」
「さて、何から話しましょうか。」
2人は他国民だと知られないように変装をして、城下町にある茶屋に入った。
スペリオルの前には紅茶と見るからに甘そうなケーキが、アカンサスの前にはコーヒーが無造作に置かれていた。
「とりあえず…ポーレン夫妻が行方不明というお話しですが…残念ながら、2人ともすでに亡くなっています。死因はともに過労死…と、されていますね。…怪しいものですが。」
一番上にのっていたイチゴをわきに置き、至福そうに生地へフォークを突きさした。
「怪しいというのは…?」
フォークに一口サイズに乗せたケーキ生地を丁寧に口へ運ぶ。
口に入れた瞬間、思わずスペリオルは口元が綻んだ。
「理由は二つ。一つはこれです。」
空いていた椅子に乗せたカバンに手を伸ばし、一冊の本を机の上に出す。
状態が悪いのか、机に置いた瞬間埃が舞い、アカンサスは思わず眉を潜めた。
本の題名は『色彩民族論』著者名はシラベ・ポーレン。
「火山の国にて、シラベ殿が自費出版なさったものです。紆余曲折あり、大海の国へやってきました…。」
「この本が何か?」
「火山の国に自費出版したのにも関わらず、この国からこの本の存在が消えている。さらに付け加えると出版された時期と、彼らの手紙が手書きでは無くなった時期は同じだ。…夫妻が消息を絶った理由に何か絡んでいるとしか思えないだろう。」
フォークを一度皿に戻し、淡々と語る。
目付きは狼のように鋭かった。
ポーレン夫妻の手紙が手書きでは無くなった時期を何故知っているのかという余計な質問をするのは止めることにした。
アカンサスは静かに、スペリオルの言葉に耳を傾ける。
「二つ目は、墓の存在。過労死であるならば、何も後ろ暗いことはないはず…それなのに、彼らの墓はこの国のどこにも用意されていない。また、過労死なら素直に草原の国へ電報を飛ばすだろうしな。」
「…そうか。」
「信じるのですか。」
「お前が嘘をつくとは思えないからな。」
スペリオルはその言葉を受け止め、嬉しそうに話しを続けた。
狼のような顔ではなく、いつもの人のよさそうな顔に戻っている。
「さて、次にこの国のことをお話ししましょう…ご存じのことと思いますが、この国は今、荒れております。」
アカンサスはちらりとメニューを眺めた。
皆、破格の値段で庶民向きの店であるはずなのに客は2人をのぞき、1人もいない。
「原因は王の愚策…ちまたでは愚王などと呼ばれているな。」
「さすが、アカンサスさん。よく理解していらっしゃる…では、これはご存じですか?前王の娘は生きている…。」
「―――!?」
「ご存じじゃありませんでしたか…無理もありません。ずっと地下牢に閉じ込められている哀れな姫君なのですから。」
「じゃあ、あの塔は…。」
「ご明察。あの地下に姫君がいる。」
アカンサスはくるりと踵を返し、歩き出した。
「余計なことをなさらないほうが良いのでは…?三大国同士、干渉しないのが暗黙のマナーでしょう?」
スペリオルの言葉にアカンサスはぴたりと足を止め、手を震わせた。
「ご心配せずとも、愚王が王権を握って20年…人々の怒りは溢れる寸前…そろそろ現れることでしょう。愚王に対抗する術を持つ英雄がね。」
「ロシェ、行こう。」
ロットはそういい、目の前にある城門へ歩み寄った。
反乱を始める。




