不可能な任務
溶けてしまう。
このままでは私は溶けてしまう! アイスクリームのようにドロッドロに!
「大丈夫にゃ。人間そんな物質で出来てないにゃ」
うだるような暑さの中、冷静にツッコミを入れてくる二足歩行猫。
連日の猛暑で私は本格的に死にかけていた。何せアパートのエアコンが古いせいか、全く効かない。
仕方ないので窓を全開にして風に期待してみるが見事に裏切られる始末。
「もうダメだ……避難しよう……図書館にでも……」
「映画にゃ! そんな時こそヒンヤリ映画館にゃ!」
いやいや、何を言う、猫様。
映画ってことはアレでしょ! あのカンガルーみたいなお腹ポケットのダボダボトレーナー着ろって事でしょ! そんなもん、こんな暑さの中着れるか!
「大丈夫にゃ。ちゃんと夏仕様もあるにゃ」
いつのまにか私のタンスの中に保管されている夏仕様カンガルートレーナー。
長袖なのは変わらないが、これはメッシュだろうか。フードにはネコミミ。お腹のポッケも涼しそうだ。
「って、フザけんな。前は仕方なく着たけど……映画見に行く度にこんなもん着れるかぁ!」
「フフフ。そういうと思ってたにゃ。なので今回は……君が好きそうなアクション映画を……」
と、その時……私の携帯が着信を知らせるべく、おなじみの音楽を奏で始めた。
「i〇hone使ってる人、みんなその着メロにゃ? 結構聞くにゃ、ソレ」
「そんな事は知らん。っていうか誰だ……」
画面に表示されているのは私の友人。
しかしただの友人ではない。地元の幼馴染的な友人だ。三年に一度、会うか会わないかの仲だ。
「はい、もしもしー、お久しぶりーっ、どうしたー?」
『もしもしー、実は今そっちに向かってるんだけど……今日泊めてもらってもいい?』
「ぁ、こっち来てるの? いいよいいよ、なんぼでも……」
と、その時私の目に映る二足歩行猫、ちゃこ。
私が電話で話している間、冷凍庫から氷を取り出し……カキ氷を作ろうとしている。
不味い……快くOKしてしまったが、コイツどうしよう……。
友人と対面させるわけにはいかん……!
「ぁ、ごめん、やっぱ無理……実は今、えっと……その……家にさ、その……」
『え? まさか男?! キャー! マジで!? 見に行っていい?!』
「どう考えてもダメだろ! 遠慮しろよ! いや、男じゃないけど!」
『男じゃないんだー。じゃあ何が居るの?』
何がって……まさか宇宙人とは言えん。
どうする、下手な嘘は見破られる。ここは……
「いや、猫をさ、預かっててさ……あんたも猫苦手だったでしょ?」
そう、私が猫嫌いになった悲しい事件、その時この友人も一緒に居たのだ。
友人は引っ掻かれたわけでは無いが、私の顔に残る傷を見ていつも「猫って怖いよね……」とか言っていた。つまりは彼女も猫嫌いに……
『猫? えー! もしかして猫嫌い治ったの?! じゃあ猫カフェいこ! 猫カフェ!』
「ってー! 何言ってんだ! そんな地獄に私を連れていく気か!」
『え? 猫預かってるんでしょ? 治ったんじゃないの? 猫嫌い』
いや、治ってない、治ってないぞ。
今家に居るのは猫であって猫じゃない。映画好きな宇宙人なんだ。
見た目は猫だが、中身は宇宙人だと思えば何とか耐えれる……気がする。
「え、えっとだな……とりあえず家に泊めるのは無理だ、ごめん! 他を当たって……」
『えー、折角久しぶりに会えると思ってたのに……』
げ……っ
『うん……でも仕方ないよね、ごめんね、無理言って……』
うっ……!
『ほんとゴメンね? 気にしないでね? 私は何とか泊まれる所探すから、ホントに気にしないでね?』
「だぁぁぁ! 余計気になるわ! んな事言われたら! 分かった、分かったから……ウチ来なよ」
『え?! ホントに?! やったー! じゃあ速攻で行くね!』
そのまま切れる電話。
ぐぅぅぅぅ、なんてチョロい性格してるんだ、私。
しかしこうなってしまっては仕方ない。ちゃこには暫く出て行ってもらおう……。
「にゃー、カキ氷完成にゃ。シロップは何にするにゃ?」
「みぞれで。というか……ちゃこよ。友人が家に泊まるから。しばらく出て行ってもらえないだろうか」
「にゃ? なんでにゃ?」
いや、なんでって……友人がお前みたいな二足歩行猫見たら卒倒するわ。私みたいに。
「でも今ではこんなに仲良しにゃ。そのお友達とも友情を育むにゃ」
「ムチャ言うな。誰も彼もがお前みたいな宇宙人を受け入れると思って……」
途端に悲しそうな顔をするちゃこ。
「そうにゃね……分かったにゃ……悲しいけども、僕はいらない子みたいだからにゃ……」
いや、そこまで言ってないだろ。
ちょっと……ちょっと友人が泊まってる間は何処かに……それこそ映画館にでも……
「それこそ僕は捕まって研究所おくりにゃ……そうなったら最後、もう僕は……」
いや、そんな事には……ならないと思う……ぞ?
「でも仕方ないにゃね。人間のお友達優先にゃ。僕みたいな地球外生命体はどうなっても……」
「だぁぁぁあ! んな事言ってないだろ! 分かった、分かったから! 出ていかなくてもいいから、せめて普通の猫として振舞ってくれ……」
「ふむふむ、スパイミッションみたいでおもしろそうにゃね。分かったにゃ」
スパイて。
まあいい、とりあえず頼むぞ。
料理とか作らなくていいからな。
「分かったにゃ」
言いながら、ちゃこお手製のカキ氷をムッシャムッシャ食べる私。
中々にフワッフワに出来ている。暑いときはやっぱりカキ氷だな!
「ところでさっきの話なんだけども。映画見に行かないかにゃ? ちなみにこの映画にゃ!」
机の上にチラシを出す宇宙人。
ふむ、この映画は今話題のアレだな。シリーズ六作目になる、誰もが知るアクション映画だ。
「あー、これ私も見たいけど……」
「じゃあ見に行くにゃ。何をそんなに渋ってるにゃ」
何をって……お前だ。お前。
映画館に未知の生命体を連れ込むのは中々にキツいんだ。精神的に。
「夏仕様トレーナーじゃあ心細いにゃ? フードには可愛いネコミミも付いてるにゃ」
「そういう問題じゃないわ。まあ、観たいは観たいんだけど……友達も来るしなぁ……」
その時、私の部屋のインターホンが鳴り響いた!
え?! もしかして……もう来た?!
「ちょ、不味い……ちゃこ! 普通の猫に成り済ませよ!」
「了解にゃ。これよりミッション開始にゃ!」