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ミュージカル映画

 幼い頃、私は演劇という物に得に興味は無かった。

学校の行事で数回観た程度で、自分の足で劇場に足を運ぶ……なんて事は一度も無い。

 

 そんな私にミュージカルなど……レベルが高すぎる。

私にとってミュージカルは全く縁の無い国の料理くらいに思えて、たぶん一生観に行くことは無いだろう、とさえ思っていた。


「おまたせにゃー」


しかし今日、私はミュージカル映画を見に行く。

今、朝ご飯にドリアを作って持ってきてくれる二足歩行猫と共に。


「チーズは大丈夫かにゃ? たっぷりぷりにゃ」


「うん……っていうかアンタ……夢じゃなかったんだ……」


まだ寝ぼけている頭でスプーンを取り、ドリアを掬って口に。


……うまっ……ヤヴァイ、猫の料理で頬が落ちそうだ。


「残念ながら現実にゃ。それはそうと……映画はファーストショーだから……午前十時からにゃ。キミはいつもどこの映画館に行ってるにゃ?」


ふむ。まあいつもは車で二十分程いった所にある大型ショッピングモールの映画館に行っているが……

現在時刻は午前八時。まあ余裕をもって九時くらいに家を出れば十分間に合う。


「了解にゃ。じゃあそれまで、お部屋の掃除でも……」


「いや、ちょっと。余計な事しなくてもちゃんと連れてくから……」


まあ、猫を映画館に連れ込むのは良いのか? と思ってしまったが、そもそもコイツは宇宙人だ。もしかしたら透明化できる装備でも持っているのかもしれない。


(いや、そんなの持ってたら……そもそも私に頼る必要なくない?)


なんとも不安な気持ちになってくる。

こいつはどうやって映画を……


「むむっ、ベッドの下に古い映画のパンフが沢山あるにゃ……」


ってー!

お前何勝手に人のベッドの下を!! 別にエロ本なんて隠してないぞ!


「そんなの期待してないにゃ。ふむふむ、どれも十年以上前の映画にゃ。サスペンス系にアクション系に……にゃんで一昔前の映画ばかりにゃ?」


「いや、映画は見に行くよ、今でも……たまに……ただパンフ買ってないってだけで……」


「ふぅむ」


 猫型宇宙人がパンフに夢中になっている間、私はドリアを完食。

お皿を下げ、時計を見ると現在時刻は午前八時半。そろそろ出かける準備をせねば。


「ぁ、服は僕が用意したのを着てほしいにゃ」


「あん?」


用意したって……なんでこの猫が。

まさか猫の着ぐるみでは無いだろうな……と思いつつ受け取った袋から服を取り出すと、妙にダボダボのトレーナーが……。


「いや、ナニコレ。なんでこんなの……」


「いいから。大丈夫にゃ。今は大き目の服を着るのが流行ってるって誰かが言ってたにゃ。それにその服は特別仕様になってるにゃ」


特別仕様?

そっとダボダボのトレーナーの裏表を確認。

特におかしい点は無い。表のお腹の部分に、なんかカンガルーみたいなポッケが付いてるけども……


「って、あんたまさか……私にカンガルーになれと言うのか!」


「そんな事いってにゃいにゃ。君が僕をマフラーに擬態させるのを拒否ったから、昨日急いで取り寄せたにゃ」



つまり……この猫は、このお腹部分のポッケから映画を見ると?


「大正解にゃ。我ながら名案……」


「いや、無理……」


ダボダボトレーナーをベッドに放り、代わりの服をクローゼットから取り出す私。

猫をお腹の中に入れるだと? そんな事出来ぬ!


「にゃんでにゃ、昨日から聞きたいと思ってたけども、君、にゃんで猫が嫌いにゃ? 地球人は猫が大好きだから、僕らは猫の姿に……」


「にゃんでって言われても……小さいころに猫に引っかかれたから……」


「にゃーん、そうだったかにゃ。でも引っ掻いたのは僕じゃないにゃ。僕はそんな事しにゃいにゃ」


いや、そうかもしれんけども。

それがトラウマになって猫が苦手になったの! 私は!


「それで猫全部嫌いになったにゃ? じゃあ君は……人間に酷い事されたら、人間全部嫌いになるにゃ?」


「いや、そんな事は……」


「昔、偉い人がこう言ったにゃ。人は世界中に、六十億種類存在するって」


にゃんだそれは。

種類って……何が言いたいんだ。


「つまり、一人一人違う人間だって言いたいんだにゃ。でもそれは猫も同じ事にゃ。君は猫に酷い事されたかもしれないけど、それで別の猫も嫌いって……自分の世界を狭くしてるのも同然にゃ」


なんか深い事言って誤魔化そうとしてないか、君。

まあ、しかし(ちゃこ)の言っている事も分からんでもない……ような気がしてくる。


「君、ちょろいって良く言われないかにゃ?」


貴様!

も、もう映画見に行かないもん!


「それは困るにゃ。美味しいクリームシチュー作ってあげた恩を返してほしいにゃ」


う……なんかそう言われると……連れて行かないとダメな気がしてくる……。


「やっぱちょろいにゃ」


「うわーん! もうお前留守番してろ!」




 ※




 それからもう、なんだか猫が苦手とかどうでも良く思えてきて、ちゃこにクリームシチューの恩を返すためにダボダボのトレーナーを着て車で映画館へと赴く私。

大型ショッピングモール内に入っている映画館。日曜だがファーストショーは流石にそこまで人はいないな。


 とりあえずチケットを買わねば、と発券機の前に。


「えーっと……おひとり様……」


いや、猫も一緒だから二人……?

いやいや、オチツケ、本来映画館に猫を連れてくるなんて御法度なんだ。

私は……おひとり様だ!


「えーっと……次は席か……って、しまった!」


「……? どうしたにゃ?」


ボソボソっとお腹から声が聞こえてくる。

どうしたもこうしたも……眼鏡忘れた!

あぁ、私は眼鏡が無いと……字幕の字が読みにくい!

私生活に支障が出るほど視力悪いわけでは無いが……


「余裕で車運転してたくらいにゃ、別に平気にゃ」


いや、そうなんだけども……うぅぅ、しまった……。


「いつもは席、どのあたりに座ってるにゃ?」


「えっと……一番後ろが多い」


「いや、見にくいに決まってるにゃ。今日は真ん中より前にするにゃ」


むむ、そういえば……真ん中が良いって聞いたことあるな。

音響やらなんやらの関係で……


「ぶっちゃけて言えば、それは一昔前の映画館の話にゃ。今はサウンドも進歩してて何処に座っても極端に端っこじゃ無ければ変わらないにゃ」


お前、宇宙人のくせに妙に詳しいな。


「じゃあ……ここにするか……」


回りに人も居ない、ど真ん中の一列前の席をチョイス。

よし、券を買ったぞ!

次は……ポップコーンとコーラだ!


「ぁ、ポップコーンの味はキャラメルがいいにゃ」


「へいへい」


まあ私もキャラメル好きだけども。

よし、今日は猫も居るし……奮発してセットの奴を買おう!

ドリンクとセットでポップコーンのサイズが強制的にMサイズになるやつだ!

普段からそんなに食えるか、と避けていたが……。


「ふふぅ、楽しみすぎて体がうずうずしてくるにゃ。は、はやく行くにゃ!」


「おちつけぃ、まだ時間じゃないし……まずはポップコーンだ」


売店へと赴き、お姉さんへとポップコーンのセットの奴! と注文。

ふふぅ、なんだか映画が楽しみになってきたぞ。


「……あの……」


「はい?」


なんかお姉さんが不思議そうな目で私を見てくる。

にゃ、にゃんだい? 私の顔に何か付いて……ハッ! まさか腹の猫がバレたのか?!


「券……券だしてどうするにゃ……」


ボソボソっと聞こえてくる声。

券? 


「って、ギャー!」


お金を出す所に何で映画の券出してんだ!

ち、違う! これは違う!


高速で券を回収し、財布から千円出す私。

しかしお姉さんは満面の笑みでおつりを手渡してくれる。うぅ、ハズイ……なんてミスを……。


「お楽しみくださいね~」


「は、はぃぃ……」


そのままポップコーンとコーラを受け取り、速攻で受付へと逃げ込む私。

こ、今度は間違えないぞ……と受付のお姉さんにはちゃんと券を提出。


「どうぞー、一番スクリーンですー」


「はいー……」


なんか……今日は失敗続きだ……眼鏡忘れるわ売店でお金と券間違えるわ……


「まあそんな日もあるにゃ。でも映画見れば全て吹き飛ぶにゃ」


「ふむぅ……」


一番スクリーンへと進み、席を確認。

Fの十五番へと深く座る。相変わらずフッカフカの椅子でござる。


「まだ時間少しあるにゃね。携帯の電源切ったかにゃ?」


「うむ、ぬかりはない……っていうか喋んな。マナー違反でござる」


猫を黙らせつつ、ポップコーンを一粒ずつ食べる私。

キャラメルの甘さが……なんか懐かしく感じる。そういえばちょっと久しぶりの映画かも……。


「ぁ、喋るなと言われたけども、最後に一つだけ言っておきたい事があるにゃ」


「にゃんだね、手短に」


「拍手しないように注意にゃ」


ああん? 何いってんだ、この猫。

映画見に来て拍手って……そんな客今まで見たこと無いぞ。


 


 ※




 そんなこんなで予告編に続いて映画がついに始まる。

ここだけの話だが、私は上映前の予告編が何気に好きだ。何でと言われたら……「カッコイイ」からとしか言いようが無いが。


 そう、私は「カッコイイ」物が大好きだ。

俺TUEEEEな主人公も、時代劇の殺陣(たて)も。


だから私はアクションやサスペンスを好んで見ている。

しかしこれから見るのはミュージカル……。

歌って踊って……って、映画を見に来たんだからストーリーを楽しみたいのに……



 暗闇に響くサウンド


耳は勿論の事、心臓にまで響き渡るかのようなドラム


その瞬間、私は確かに映画館に着た筈だったのに……


どこか、まったく別の劇場にいるかのような錯覚を覚えた



 今、映画が始まる


強烈な、それでいて「カッコイイ」オープニングと共に……



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