第9話 ヒーローの覚悟
「全く…先輩もどっか行っちゃうし、私一人じゃ子ども達の面倒見切れないっての。」
「す、すみません…」
舜多は百瑚に謝った。特研の展示教室に来た舜多と照貴と凛。其処には鹿金兄弟もいた。舜多は、変身ベルトの展示の所にいる子どもに声を掛けた。
「これ、使ってみる?」
その子どもは頷いた。舜多はその子どもにベルトを巻き、使い方を教えた。
「すみません、しばらく此処を離れるので、その子を見ていてくれますか?すぐに戻りますので。」
いきなり舜多の後ろから声がした。舜多が振り返ると、二人の男女が立っていた。
「パパ、ママ!何処行くの?」
子どもは、その二人の男女に声を掛けた。
「すぐ戻って来るからな。」
父親の方はそう言って、子どもの頭を撫でた。そして、その子どもの両親は教室を出た。
「無責任な親だなぁ。」
舜多は呟いた。
「そんなことないもん!パパとママは凄いんだよ!だってさ、パパとママは、みんなを幸せにする研究をしてる、科学者なんだよ!今日だって、白衣を着たおじさんと話してたもん!」
「え、それって…」
舜多の言葉を遮るように、廊下のガラスが割れる音がした。舜多が廊下を見ると、蝙蝠のヴィランがいた。
「くそ、こんな時に…!」
舜多が辺りを見渡すと、照貴の姿は無かった。序でに凛と鹿金兄弟の姿も見当たらなかった。
「皆さん、教室から出ないで!」
百瑚は教室にいる人達に呼びかけた。
「大丈夫。今頃、アキツフューチャーが倒してくれるから。」
百瑚は泣いている子どもの背中を摩り、声を掛けた。
「アキツフューチャーって誰?おばさん。」
近くにいた別の子どもが百瑚を見上げて質問した。
「アキツフューチャーっていうのは、この秋津高校の自由と平和を守るヒーローのことよ。あと、私はオ・ネ・エ・サ・ン!!」
百瑚は質問した子どもの目線になるように腰を屈めて答えた。
「ヒーローなんていないよ。」
舜多と一緒にいた子どもは、そう呟いた。
「どうしてそう思うの?」
舜多はその子に聞いた。
「本当にヒーローがいるなら…虐められることも、パパとママと遊べないこともないのに…」
「…」
舜多は暫く黙った後、その子どもの視界に入る様に座り込み、質問した。
「君、名前は?」
「森月秀飛。」
「秀飛くん。ヒーローは、誰でもなれるんだ。ヒーローがいないのなら、自分がヒーローになればいい。」
「えぇ!!」
その時、百瑚が大声を出した。舜多は立ち上がった。
「ど、どうしたんですか、先輩?」
「こ、講堂にヴィランが四体出現したって…!どうしよう、アキツフューチャーはきっと今頃バットヴィランと戦ってるし…」
百瑚はスマートフォンのツッタカターの画面を見せながら言った。
「よ、四体も…!」
舜多は驚いた。そして、覚悟を決めた顔をして、教室を出ようとした。すると、秀飛が舜多の脚を掴んだ。
「駄目だよ、お兄ちゃん。外には怪物が…」
「ヴィランが五体もいるなら、俺も行かなきゃ…俺は…」
拳を握りしめて暫く黙った後、秀飛に言った。
「俺は、ヒーローだからさ。」
秀飛は驚いた顔をして、思わず舜多の脚を離した。舜多は、教室を出て講堂に向かって一目散に走り出した。
「兄貴…やっぱり、あの男は此処に来てるんすよ。」
特研の展示教室を抜け出して廊下を歩く瞬は、兄の想に言った。
「早まるな、弟。ヴィランが出ただけでそんなことは…」
「とか言いながら、俺について来てるじゃないすか。」
講堂の入り口前に来た時、瞬は歩みを止めた。釣られて想も歩みを止めた。二人の目の前には、白衣を着た男がいた。その男の他に周りに三人いて、何か話している。想と瞬は物陰に隠れた。
「あ、あ、兄貴…!彼奴ですよ!あの白衣と眼鏡、いかにもマッドサイエンティストな顔!確か名前は…」
「テラファイト…」
想が答えた。講堂の入り口前の木陰にいるその四人の周りには誰もいなかった。瞬がテラファイトに会おうか迷っていると、四人の話し声が聞こえた。テラファイトの他には中学生位の男と大人の男女がいた。
「準備は出来たか?バット。」
テラファイトは、大人の男に言った。
「テラファイト…この作戦、中止にしないか?やはり、この実験は人類には早過ぎたんだよ…」
そのバットと呼ばれた男はテラファイトに言った。
「そうか…しかし、貴様らがどう思おうとニビルに入った時点で、彼の方へ歯向かうことは出来んのだ…」
すると大人の女が、テラファイトの前へ出た。
「待ってください…!此処には息子がいるんです!あの子を巻き込みたく無い…!」
その女はテラファイトに訴えた。
「じゃかぁしい!おい、サイキック。コイツを洗脳しろ!」
すると、そう言ったテラファイトの隣にいた中学生位の男がヴィランに変身し、女に触ろうとした。
「やめろ!」
するとバットと呼ばれた男が女の前に出て、サイキックヴィランに触れられた。
「全て破壊しろ。」
サイキックヴィランがそう言うと、バットと呼ばれた男は蝙蝠の姿のヴィランになり、空高く飛んでいった。
「一体何がどうなってんだ…」
想はそう言い、鹿金兄弟が困惑していると、サイキックヴィランは中学生男子の容姿に戻っていた。そして、泣き崩れた女に、テラファイトは喋り出した。
「おい、コブラ。この学校には、最近改造手術をした鹿金想と瞬という兄弟がいる筈だ。探して来い。結果次第では、俺ちゃんの助手にでもさせてやろう。もし妙な真似をしたら…分かってるよなぁ?」
そう言ってテラファイトは、コブラと呼ばれた女に二枚の写真を渡した。
「兄貴…!逃げやしょう!きっとあの女もヴィランすよ!」
「…あぁ、そうだな。」
鹿金兄弟はその場を後にしようとしたが、コブラと呼ばれた女は口を開いた。
「この二人なら、其処の物陰にいます。」
「おいおいおいおい、冗談じゃねぇぞ!」
想は慌てた。想と瞬が慌てているうちに、テラファイトは二人の前に姿を現した。
「探す手間が省けた。さぁ、実験台になってもらおうか。」
テラファイトは二人に命令した。
「誰がなるかよ。この力を手に入れたのは、貴様に屈する為ではない!」
想は瞬を守りながら、テラファイトに言った。
「おい、やれ。」
テラファイトがそう言うと、女はコブラヴィランになり、鹿金兄弟に近づいた。
「ごめんね…」
コブラヴィランはそう呟いた。鹿金兄弟もヴィランに変身して、抵抗しようとした。すると、テラファイトについていた男が、スマートフォンを見ながら呟く。
「バットヴィラン、アキツフューチャーにやられたみたいですね。」
そしてその男はサイキックヴィランになり、コブラヴィランに触った。
「イプピアーラヴィラン及びアプカルルヴィランに毒を打ち込み、全てを破壊しろ。」
サイキックヴィランがそう言うと、コブラヴィランは鹿金兄弟に襲いかかった。
「後は頼んだぞ。」
そう言ってテラファイトとサイキックヴィランは姿を消した。
「コブラってことは、やっぱ毒とか持ってんすかね、兄貴。」
瞬が震えた声で想に聞いた。
「知るか!兎に角、講堂へ入るぞ。中は暗いからな。」
「待てよ、蝙蝠。」
アキツフューチャーに変身していた照貴は、秋津高校二棟の屋根の上によじ登り、其処にいるバットヴィランに声を掛けた。
「超音波で窓硝子を割るなんて、いい迷惑だよ。」
すると、バットヴィランは飛び上がった。
「あ、待て!」
照貴は、屋根の上で助走をつけて跳び上がり、バットヴィランの羽を掴んだ。
「フューチャーチョッ…うわ!」
照貴はフューチャーチョップで羽を切り落とそうとするが、空中でバットヴィランが暴れ出し、落ちそうになった。
「大人しくしろ…!」
暫く飛んだ後、照貴はバットヴィランに蹴りを入れられ、落ちてしまった。照貴が落ちたところは、秋津高校から遠く離れた、秋津駅近くのビルとビルの間の道路だった。バットヴィランは相変わらず超音波で硝子を割り続ける。ビルが両方にある、駅から出ている太い道路の上を飛んでいた時、左のビルの屋上からアキツフューチャーが降ってきた。
「フューチャーチョップ!!」
照貴はバットヴィランの左翼を切り落とし、地面に着地した。バットヴィランは体勢を崩したが、そのまま低く飛び続けた。
「フューチャーチョップ!!」
照貴はジャンプをして、バットヴィランの右翼も切り落とした。
「フューチャーキック!!」
飛べなくなったバットヴィランは落ち、その落下速度よりも速く、照貴は空中でバットヴィランを蹴った。バットヴィランは地面に強く叩きつけられ、そのまま爆発した。照貴はその爆風の中、人気のないビルの影に移動した。ベルトを外して装着を解除した照貴は、百瑚からの不在着信に気づいて掛け直した。
「おい、こっちはヴィランと戦ってんだよ。電話なんかしてくるな。」
「何よその言い方!?それより、秋津高校が大変なの!早く来て!!」
「はいはい。なるべく、ね。」
そう言って照貴は電話を切った。
リベルライザーに変身した舜多が来ると、講堂は崩壊していた。暗幕は土に塗れて破れ、屋根は所々穴が開いており、曲がったパイプ椅子やシートが散乱していた。その残骸の上には四体のヴィランがいて、コブラのヴィランとその他三体とで戦っていた。コブラヴィランの他に半魚人の様なヴィランが二体と、ピエロの顔をしたヴィランがいた。
「一体これはどういうことだ…」
舜多が困惑していると、ピエロの顔のヴィランが叫ぶ。
「おい!其処の青いの!お前は誰だ!」
「お、俺は…この秋津高校の自由と平和を守る、リベルライザーだ!」
舜多は我に帰り、その質問に答えた。
「なら俺様達に味方しろ!このコブラヴィランは秋津高校を破壊しようとしている!」
舜多は、冷静に見ると、コブラヴィランは講堂を破壊していて、他の三体は被害が出ないように戦っていることが分かった。すると、コブラヴィランは目にも留まらぬ速さで床を動き回り、半魚人の様なヴィラン二体とピエロの顔のヴィランに尻尾を刺した。
「ゔっ…まさか、毒か…!」
三体とも急に動きが鈍くなった。その時、秀飛が講堂に来た。
「何、これ…」
すると、コブラヴィランは秀飛に向かって走りだした。秀飛は驚いて目を瞑った。静かに目を開くと、目の前で自分を庇って毒牙にやられた青いヒーローがいた。
「言ったでしょ…?ヒーローがいないなら…自分がヒーローになればいいって…。だから俺は…ヒーローに…!」
舜多はコブラヴィランの尻尾を抜き、最後の力を振り絞った。
「ぅゔあああぁぁァァァ…!!ライザァー…パンチ…!!」
リベルライザーの拳はコブラヴィランを貫いた。コブラヴィランはそのまま爆発した。舜多は秀飛を爆風から守る為、盾になった。すると、四人の中の毒は無くなったと思うと、四人は人間の姿に戻った。
「やっぱり、お兄ちゃんだったんだね。」
秀飛は舜多に抱きついた。舜多が振り向くと、其処には鹿金兄弟と燦之嬢がいた。