第7話 ダブルダッチトリオ
「また抹茶オレ飲んでる。どんだけ好きなんですか、抹茶。そのうち体が緑色になりますよ。」
特撮ヒーロー研究会の展示がしてある教室で、百瑚は抹茶オレを飲んでいる照貴に言った。
「てゆうか、そこに座ってないで子ども達の相手してくださいよ!ただでさえ部員が少ないのに…」
「あっ!今飲んでたのに…」
百瑚は照貴が持っていた抹茶オレを取り上げた。その時、入り口から舜多が誰かを連れて教室に入って来た。
「此処が、俺が所属する特研の展示教室です。」
舜多は、連れて来た兄弟に向けて説明した。
「舜多くん、誰?その人達。」
百瑚は舜多に聞いた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね。」
舜多は兄弟の方を向いて、名前を聞いた。
「俺は二年四組の鹿金想。こっちは俺の弟で一年五組の瞬だ。」
「俺は餅搗舜多。一年八組です。」
「え、名前、知らなかったの?」
百瑚は舜多に聞いた。
「今さっき知り合ったんです。」
その時舜多は、四年前のことを思い出して、鹿金兄弟に聞いた。
「あの…もしかして四年前、アキツライザーに助けられたこととか、無いですか?」
「アキツライザー?なんじゃそりゃ。知ってやすかい、兄貴。」
「知らねぇなぁ。生憎、流行等に疎いもので。」
「そ、そうですか…」
舜多は少し落胆した。
「それより舜多くん!子ども達が玩具やフィギュアを壊さないように面倒見てくれない?私一人だけじゃ目が届かなくて…ほら、先輩も!子どもと一緒に遊ばない!」
そう言って百瑚は、照貴を引っ張った。
「舜多くん!」
その時廊下から、舜多を呼ぶ声がした。舜多が廊下の方を向くと、友祢がいた。
「友祢くん…?その髪、どうしたの?」
「染めたの!どうかな?」
「似合ってるよ!」
友祢くんは格好良いからどんな髪でも、という前置きも舜多は言いたかったが、省略した。
「ありがとう!あ、そうそう、廉ちゃん見なかった?」
「レンチャン…?」
「ほら、僕と同じチームで、少し背が低くて、色黒で、今は赤い髪なんだけど…あと、脚がちょっとムッチリしてて」
「誰がムッチリじゃい!」
友祢の横に、いつの間にかフランクフルトとチュロスを持った廉がいた。
「あ、ごめん、見つかった。じゃあね、舜多くん!明日のダッチ部の発表、観に来てね!」
「う、うん!」
「ほら廉ちゃん、ギャラリーへ帰るよ。ていうか、そのフランクフルトとチュロスは何なの?」
「さっき買ってきた!まぁ、おいらのフランクフルトに比べれば、このフランクフルトは細いし、おいらのチュロスに比べれば、このチュロスは短いから、ちょっと不満だけどね。」
「え……引くわ。」
「あ"〜!ごめんなさいごめんなさいぃ〜!本当は一円玉に収まるくらいなんですぅ〜!!」
「ほら、ちゃんと斗織に謝りに行くよ!」
そう言って、友祢は廉を引きずって行った。
「な、何だったんだ…」
舜多が困惑していると、百瑚は舜多に話しかけた。
「今の金髪の子…真木友祢くん?」
「え、はい。そうですけど…」
「やっぱそうだよね!やっぱ一年なのにミスター秋津最有力だけあって、オーラが違うわ〜」
「え、友祢くん、そんなに有名なんですか?」
「何言ってるの!もう全校で知らない人はいないってくらい有名よ!ツッタカターでも、彼が呟けばすぐにいいねが二桁いくって言われてるくらいだもん!」
「へぇ〜。」
舜多は興味なさそうに返事をした。
「斗織。」
ギャラリーに来た友祢は、筋トレをしていた斗織に声を掛けた。友祢の背後には、廉がくっついている。
「廉ちゃんが、斗織に言いたいことがあるって。」
「え!べ、別においらは…」
「廉。」
斗織は廉に声を掛けた。廉は思わず目を瞑った。
「廉の楽しくダブルダッチをしたいってのと、俺の楽しくダブルダッチをしたいってのは違うかもしれない。けど、本番で後悔したくないんだ。それに俺、チームリーダーだし、ちゃんとまとめなきゃって思ってて」
「違うんだ、斗織!」
廉は、友祢の前に出た。
「おいら、馬鹿だから…さっき、分かったんだ。ただダブルダッチがやりたいんじゃなくて、斗織と、まっきーと、この三人でやりたいって。でもおいら、兄貴の…御代田黎の弟だから、兄貴みたいに、みんなが楽しいと思えるようにって…」
「廉!お前は"御代田黎の弟"である前に、よく中学生に間違われて、周りに流されやすくて、ちょっと泣き虫で、…あと、ちょっと脚がムッチリしてる、俺達[BiAS]のメンバー、御代田廉なんだよ。」
斗織がそう言うと、廉は我慢していた涙を流し、大声で泣いた。しかしその声は確かに、友祢と斗織には「ありがとう」と聞こえた。
しばらくして廉が泣き止むと、友祢が口を開けた。
「僕達、部活当日にチームを決める時、余っちゃったじゃん?別に他のチームに行っても良かったのに、どうせなら三人でやってみようって廉ちゃんが言い出してさ。正直なんだこいつって思ったけど。」
あからさまに頬を膨らませた廉を見て友祢は微笑んだ。
「でもあれがあったおかげで、他のチームじゃできない、三人でのダッチが出来たわけで。チームも部活も明るくしてくれる廉ちゃんを見ると、こっちも明るくなるんだ。」
頬が染まっている廉を見て友祢は微笑んだ。
「まっきーだって、いつもこんなおいらと一緒にいてくれるし、前にまっきーの着てたシャツにお茶こぼしちゃった時も笑って許してくれたし、おいらと違って色白で背が高くてスタイルも良くて顔が小さくて…おいら、まっきーといられて幸せ。」
「なんですか、相思相愛リア充ですか。」
斗織はそう言って鼻で笑った。
「も、もちろん斗織だって、リーダーとしてちゃんとまとめてくれてるし、おいらのトイレについて行ってくれるし、感謝してるよ。」
廉は慌てて斗織に言った。
「僕もだよ。斗織は無愛想だけど、ちゃんと僕と廉ちゃんのことを考えてるしね。」
「ほら、変なこと言ってないで、早く練習するぞ。」
「あ〜斗織、顔が赤〜い!」
廉は斗織を指差して言った。
「うるせぇ泣き虫色黒ムッチリショタ。」
斗織は廉にそう言い返すと友祢は大笑いした。すかさず廉も言い返した。
「ムッキー!今に見ていろぅ!おいらに身長抜かれても知らねぇかんなぁ?!」
そして三人は一緒に腹を抱えて笑った。
「うわぁ。沢山来てるよ!おいら、ムラムラしちゃう!」
「それを言うならドキドキだろ。なに発情してんだ。」
体育館の舞台裏から観客を覗きながら廉と斗織が話している。秋津祭二日目、ダブルダッチ部の発表の日だ。観客の中には舜多と舜多に誘われて来た鹿金兄弟や、友祢の父親もいる。友祢たちのチーム『[BiAS]』はトップバッターだ。
「途中の十秒間のスピード、あそこさえ乗り越えれば大丈夫だ。あとは楽しくやろう。」
斗織は二人に言った。緊張で震えている廉の手を、友祢は両手で優しく包み込んだ。
「大丈夫。いつも通りにやれば。」
友祢は廉にそう声を掛けた。廉は大きく頷いた。
「最初のチームは一年生の三人組![BiAS]!」
司会がそう言うと、舞台裏で三人は円陣を組んだ。
「斗織!!友祢!!廉 are!![BiAS]!!」
三人の掛け声に観客けら歓声が上がる。舞台裏から三人が出て来て位置につく。
斗織が手を挙げると照明が点灯し、音楽が鳴り出す。友祢と廉は縄を回し、斗織は廉を馬にして馬跳びをして縄の間に入ったかと思うと、手と足を交互について跳んだ。次に友祢がジャンパーとなり、斗織の方を向いて跳ぶ。三人が前傾姿勢になったかと思えば、縄も友祢の足も見えないような速さで跳び始めた。観客全員が固唾を呑みながら観ること十秒、全く引っかからずに跳び終えた友祢は両手を高く上げてガッツポーズをした。観客からも歓声が上がる。最後に廉は、踊りながら後ろで友祢と斗織が回している縄の間に入り、決して引っかからずに、縄の中で倒立をし続けた。縄の速さが速くなっても引っかかることなく跳び続け、バク転をしながら縄から出た瞬間、廉はガッツポーズを取った。観客からも拍手が起こった。
この二、三分の出来事に、舜多も鹿金兄弟も感動し、自然と拍手をしていた。舜多達は他の一年生のチームも観たが、[BiAS]が一番上手だったと思った。幕間に行われたチーム毎のスピード対決で、[BiAS]が他のチームと差をつけて三十秒間に百十七回跳んだことにも、舜多達は自然と拍手を送っていた。このまま最後まで観てると流石に特研に迷惑をかけると思い、舜多達は一年生の発表が終わると、体育館を後にした。
舜多達と入れ替わるように、体育館に照貴が来た。
「三年の発表はまだ?」
照貴は、体育館の端にいた桜子に聞いた。
「まだ。これから二年生の発表だから。」
「そうか。」
照貴は、持っていた抹茶オレを飲み干してしばらく黙った後、呟いた。
「黎…」
「どうやら俺は、日向にいる者達のことを勘違いしていたようだ。」
特研の展示教室へ向かう途中、想が言った。
「兄貴…実は、俺もなんです。」
「俺は日向者を理解しようとしなかった。日向者には必ず、日向にいられる理由があったのだ。」
すると瞬がいきなり歩みを止めた。舜多は瞬にぶつかって尻餅をついてしまった。
「危ないだろう、瞬!」
想は瞬にそう言ったが、瞬は中庭の人混みの方を指差した。
「あの白衣を着てる人…俺たちを怪物に改造してくれた人すよ、兄貴。」