第5話 正義の見方
消防車と救急車が来たのを確認した後、舜多は帰路に着いていた。「お前も他の怪物と同じだ」という言葉が頭の中を掻き乱していた時、路上で倒れている人を見つけた。その人は舜多が声をかけると目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
「え、何が?…あれ、此処は何処?思い出せない…俺が誰かも、何をしてたのかも…」
「携帯電話とか、個人情報が分かるものとか無いですか?」
その人は自分の服のポケットの中を探した。すると、スマートフォンを出して操作した。
「どうやら俺は、五十嵐燦之嬢と言う、秋津高校の一年らしい。」
「え!俺も秋津の一年です。とにかく、警察に連絡して…」
舜多がスマートフォンを取り出そうとすると、燦之嬢は舜多の手を掴んだ。
「え?」
「あ、いや…警察には言わないでくれるかな…?何故か、そんな気がして…」
燦之嬢の手は震えていた。
舜多は、その人を放っておくことはできなかったので、自分の家に招き入れた。話を聞くと、彼は学校近くの寮で一人暮らしをしているらしい。彼の個人情報は全て持っていたスマートフォンからの情報だったが、保存されている写真などから、本人のスマートフォンだというのは間違いないと思われた。舜多は、燦之嬢を放って置けない一心で彼を家に入れたが、同級生が自分の家に泊まるのは初めてだったので、どう振る舞えば良いか分からなかった。
翌朝、舜多は燦之嬢が所属しているらしいバスケットボール部に行く為、体育館へ燦之嬢を連れて行った。
「あ、燦ちゃん!おはよう!」
部員たちの中に、いつも友祢たちと昼食を取っている雅玖の姿があった。雅玖は燦之嬢に声をかけ、彼の方へ走って来た。勿論、燦之嬢は雅玖のことも分からない。
「実は俺、記憶喪失で…」
「またまた〜エイプリルフールじゃないんだから。」
雅玖がそう言うと、舜多が口を挟んだ。
「昨日、道に倒れていたのを見つけたんです。本当に記憶喪失みたいで…」
「マジ?」
雅玖は燦之嬢の顔を見た。スタイルの良い友祢よりも身長が高い燦之嬢が、雅玖の目にはいつもより弱々しく、小さく見えた。
「あの燦ちゃんが嘘つくような人じゃないし…」
しばらく考えた雅玖は、持っていたバスケットボールを燦之嬢に渡した。
「記憶が無くても、いつもみたいに裸で走り回らなくても、燦ちゃんは燦ちゃんだよ。」
雅玖は、部員たちのいる方へ燦之嬢の腕を引っ張った。燦之嬢を暖かく迎え入れている部員たちを見た舜多は、また少し寂しくなった。俺にもあんな風な友達が出来るのだろうか。舜多がそう思った時、友祢の顔が思い浮かんだ。
「まっきー!」
すると、体育館の外から声が聞こえた。舜多が体育館の外に出ると、友祢と斗織がいた。舜多は、ダブルダッチ部が体育館のギャラリーで活動していることを思い出した。友祢は、頭に包帯を巻いている。
「もう学校に来て大丈夫なのか?」
斗織が友祢にそう聞いた。
「平気だよ。ちょっと縫ったけど。」
「兎に角、元気そうで良かったよ。ギャラリーに廉がいるぜ。あいつ、朝からずっとまっきーのこと心配して落ち込んでたからさ、会ってこいよ。」
「廉ちゃんたら、心配性なんだから。」
舜多が友祢にどう話しかけようか迷っているうちに、友祢と斗織は、体育館前のギャラリーに続く階段を上っていった。舜多は、友祢が無事だったことで嬉しく思う反面、友祢に話しかけられなかったことで自分の決断力と勇気の無さを感じた。
「知ってる人もいるだろうけど、昨日、部室棟で火災があってな。どうやら放火みたいなんだ。何か心あたりがある人は、俺に言って欲しい。」
ホームルームで担任の山畑先生はそう言った。その後の昼食で、凛は舜多に質問をした。
「昨日の火事の時、舜多くんは何処にいたの?」
「え?…えっと、あの人混みの中にいたよ。」
「ふーん…」
毎週一回しか開かない特撮ヒーロー研究会だが、部員は兼部をしていないため、部員たちは用事がない時は毎日部室に通っている。舜多が部室に来ると、既に百瑚と照貴がいた。照貴は椅子から立ち、舜多に攻め寄った。
「舜多。小畠李杏ってヤツ、知ってるか?」
「え?は、はい。幹事長の…」
「今何処にいる?」
「多分今は、幹事会をやってると思います。」
「何処で?」
「え?し、知りませんよ。幹事長に何か用があるんですか?」
「小畠はヴィランの可能性がある。今からそれを確かめに行く。」
そう言って照貴は部室を出た。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、照貴先輩!」
百瑚は照貴の後を追った。舜多もその後を追った。三人は、特研部室のある教室のある一棟三階から二棟三階へ来た。そこの廊下には、友祢と李杏がいた。
「小畠李杏を知らないか?」
照貴は友祢と李杏にそう聞いた。
「小畠李杏は俺です。何か用ですか。」
李杏はそう答えた。
「お前はヴィランか?」
「そんなことを聞いてどうするんですか?」
すると、照貴は李杏の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。
「質問に答えろ!」
「ちょ、先輩!」
百瑚が照貴の手を李杏から離そうとする。李杏は友祢の方を少し見てからこう言った。
「確かに、俺はお前らがヴィランと呼ぶ者たちの一人だ。しかし、だから何だと言うのだ?俺はこの力で正義の行いをしてきた。弱い者の味方で居続けた。」
「誰がヴィランの言葉なんか信じる?」
照貴はそう言ってから百瑚の方を向いた。
「百瑚、窓を開けろ。」
「え?は、はい…」
百瑚は窓を開けた。
「装着。」
照貴はフューチャーベルトを巻いてアキツフューチャーになると、李杏の首を持ち、そのまま窓の外へ李杏の身を出した。
「照貴先輩!」
「李杏!」
舜多と百瑚と友祢はアキツフューチャーを止めようとした。すると、李杏はホッパーヴィランとなってアキツフューチャーの手を振り払い、壁伝いに跳んで行った。照貴はその後を追った。
「李杏…」
友祢はそう呟くと階段を駆け下りて行った。
「本当にヴィランだったなんて…先輩、大丈夫かな…あれ、舜多くん?」
百瑚はそう言って辺りを見回した。そこに舜多の姿は無かった。
「アキツフューチャー、お前に問う。何故お前は戦う?」
「そんなの決まってる。殺人兵器であるヴィランを全て殺すためだ。」
焼け落ちた部室棟跡で、アキツフューチャーとホッパーヴィランが対峙している。
「何故ヴィランをそこまで嫌う?弱い者を助ける正義の何処が悪い?」
「俺は正義の味方じゃない。秋津高校の人々の自由と平和を守るために戦っているんだよ。そしてヴィランは人の敵なんだよ。」
そう言って、照貴はホッパーヴィランが逃げないように、ホッパーヴィランの脚を折ろうと走り出した。
「あれ、何だ?アキツフューチャー…?」
体育館のギャラリーで部活をしていた斗織が部室棟跡の方を見た。
「ねぇねぇ、見に行ってみようよ!まだ幹事会からまっきー戻ってきてないし!」
「服を引っ張るなやぁ廉。…まっきーが来るまでだからな。」
そう言って斗織と廉は、ギャラリーを出て部室棟跡に向かおうとした。すると、体育館の入り口から雅玖と燦之嬢が出てきた。
「あ、がっくんと燦ちゃんじゃん。サボり?」
廉は二人に聞いた。
「お前じゃないんだから違うし。燦ちゃんがアキツフューチャーを見たら何が思い出しそうって言うから。」
雅玖はそう答えた。
「え、燦ちゃん、どうしたの?」
廉が聞き返す。
「話すと長くなるからまた今度な。」
雅玖はそう返した。
四人が部室棟跡に行くと、アキツフューチャーとホッパーヴィランが戦っていた。どうやらホッパーヴィランはアキツフューチャーの攻撃によって脚を挫いているらしく、動きがぎこちない。
「あれがアキツフューチャー…白い怪物…ウッ」
燦之嬢が頭を抱えた。
「大丈夫、燦ちゃん?何か思い出した?」
雅玖が燦之嬢に声をかけた。雅玖は燦之嬢を介抱しながら、体育館へ帰っていった。
「大丈夫かな、燦ちゃん…そうだ!この動画を撮ってツッタカターに載せれば絶対バズる!」
そう言って廉はアキツフューチャーとホッパーヴィランを撮り始めた。ツッタカターとは、中高生に人気のSNSである。
「なぁ、そろそろ帰らないか?まっきーも戻って来てるかもしれないし。」
その時、青い何者かがホッパーヴィランを背にして、アキツフューチャーの前に現れた。
「ホッパーヴィラン、あなたの言葉で気付きました。秋津高校の自由と平和を守るため、弱い人たちを理不尽から救うため、この力を使います!例えそれが人でも、ヴィランでも。」
舜多はそう言ってホッパーヴィランの方を向いた。しかしホッパーヴィランは疲れ切っていた。
「お前はあの時の…お前はヴィランか?」
「違う!俺は人間だ!でも」
舜多が言い終わらない内にアキツフューチャーは舜多の懐に入り、パンチをした。
「グハァ…は、速い…」
そして舜多に回し蹴りをして遠くへ追いやった後、アキツフューチャーは空高く跳んだ。
「フューチャーキック」
そして彼は、脚も動かず弱っているホッパーヴィランへ垂直に蹴りを入れ、そのまま何処かへ姿を消した。
「うぉー!すげぇ!早速ツッタカターに載せよ!」
廉はそう言っギャラリーに帰った。斗織もその後を付いて行った。
舜多は変身したまま、ホッパーヴィランの所へ駆け寄った。
「お前…名は?」
ホッパーヴィランの声は弱々しかった。舜多は静かに首を横に振った。
「…無いのか?」
舜多は静かに頷いた。
「ならこれからは『リベルライザー』と名乗れ。俺が元々名乗ろうとしていた正義の名だ。…リベルは…ドイツ語で…秋津…トンボという…意味だ…」
「そんな…俺が弱かったせいで…」
舜多の声は震えていた。
「…思い上がるな…強くなれ。…お前からは…俺と同じ…ものを…感じる…」
するとホッパーヴィランは舜多を突き飛ばし、爆発した。夕日に染まったリベルライザーの仮面の下の舜多の表情は、誰も見ることも知ることも無かった。
「すげぇ!さっきあげたのにもう五十いいね超えてる!みんな暇人かよ!まっきーも来れば良かったのに。」
部活が終わり、ギャラリーを出た廉は、自分のスマートフォンの画面を見てそう叫んだ。
「いや僕は、幹事会だったから。……」
廉の隣にいる友祢はそう返した。
「あ、燦ちゃん。」
友祢の隣にいた斗織は、体育館から出てきた雅玖の隣にいた燦之嬢に声をかけた。
「お、斗織にまっきーに廉ちゃん。心配かけてごめんな。俺様、記憶が戻ったぜ!まぁ、何で記憶が無くなったのかはよく思い出せないんだけどな。」
「マジで!?」
廉はそう叫び、今にも目玉が飛び出しそうな顔をした。五人は仲良く喋りながら下校をした。
満月が綺麗な夕方のことだった。