第33話 加虐者の愛
三時間目が終わり、秀飛は心に話しかけた。
「ねぇ、はあとくん。二時休の時…」
すると、心はあからさまに避けた。
「ちょ、ちょっと!」
秀飛は心の肩を掴んだが、すぐに振り払われた。
「触るなよ、のろまなヴィランの菌が移る。」
心は面倒臭そうに呟いた。その時、秀飛は気づいた。あの公園は校舎から離れているため、二時間目休みの終わりの音楽が聞こえない。いつも教室にいる秀飛以外はそのことを知っていて、わざと秀飛を置いて行ったのだ。秀飛は、もう遊びに誘われても断ろうと決めた。
しかし翌日、心たちは秀飛を誘わなくなった。それどころか、教室で遊び始めた。教室の前の方の席に座っている秀飛は、教室の後ろで遊んでいる心たちの声を無視して、読書をしていた。
「あそこに当てたら百点な!」
心はそう叫んだ。すると、秀飛の頭にボールがぶつかった。
「よっしゃ百点!!」
「はあと、すげー!」
秀飛は教室をすぐに出た。あいつつまんねぇな、ヴィランの癖に。そう呟く心の声を耳にしながら。
それ以降、心は秀飛と言葉を交わすことは無かったが、他の児童を巻き込み、梨田先生のいないところで、秀飛をいじめた。ある時は給食のご飯の中に小さくなったチョークを入れたり、ある時は秀飛がトイレの個室で用を足している時に、上の隙間から蟻や百足などの虫を入れたりした。また、クラスメイトも段々と秀飛から距離を取った。
秀飛は、舜多に言えなかった。リベルライザー…ヒーローとして戦っている舜多に心配をかけたくなかったからだ。そして秀飛は、舜多に言われた言葉を思い出した。
『ヒーローがいないなら、自分がヒーローになればいい。』
ある日、自分だけで心に対抗することを秀飛は決心した。いつも出費をケチる舜多が珍しく秀飛に買った、お気に入りのキャラクターがプリントされている靴を履いて登校した秀飛は、何度も心に話しかけようとした。しかし、いつも通り心は無視した。その時、秀飛はあることを思いついた。
「何か連絡のある人はいますか。」
帰りの会で当番がそう言うと、秀飛が手を挙げた。当番に当てられて起立した秀飛は、心の方を向いた。
「はあとくん、それとその他の子たちも。僕をいじめるのはやめてください。」
秀飛は破裂しそうな心臓を押さえながら、平然とした振る舞いで言った。もちろん、その発言に一番に飛びついたのは梨田先生だった。梨田先生は立ち上がった。
「森月くん!それは本当なの?」
「はい。」
秀飛は、今にも溢れ出しそうな涙を抑えて返事をした。
「楽間くん!どうして分からないの?森月くんはね、可哀想な子なのよ?」
「親がヴィランで殺されたから、ですか?」
心は梨田先生の言葉を遮って発言した。
「別に俺、いじめてねぇよ。なぁ?」
心は周りの児童に同調を求めた。周りの児童は小さくうなづいた。
「とにかく、先生も忙しいから。もうこんなことは二度と言わないでね、森月くん。楽間くんも、森月くんと仲良くなるのよ。」
梨田先生は二人にそう言うと、目頭を押さえて座った。秀飛は、顔が熱くなった。
帰りの会が終わると、秀飛は一刻も早く帰りたくて、すぐに昇降口に向かった。しかしそこには、舜多に買ってもらった靴が無かった。秀飛は辺りを探した。もちろん、ゴミ箱の中も。しかし、見つけることは出来なかった。仕方無く上履きで帰ろうとした時、後ろから誰かに突き飛ばされて、秀飛は転んだ。
「ヴィランの癖に生意気なんだよ。」
突き飛ばしたのは心だった。他にクラスメイトも数名いる。秀飛は拳を握り、立ち上がった。そしてそのまま、その握った拳を心の頬に振りかぶった。心は泣き出した。
「このヴィランが!!さっさと死んじまえ!!」
心は秀飛の脚を蹴飛ばして転ばせ、秀飛の上に乗り、何度も秀飛を殴りつけた。
「まずいよ、はあと。先生が来る!」
心が殴る様子を見ていた児童の一人が、心に言った。
「お、覚えてろよ、ヴィランが!」
心はそう言い残し、その場を去った。秀飛は泣きながら下校した。いつの間にか片方の上履きも無くなっていた。
「…そっか。」
秀飛の話を聴いていた友祢は、秀飛を改めて見つめた。
「よく、話してくれたね。ありがとう。」
「あの、友祢お兄ちゃん。」
「何?」
「このこと、舜多お兄ちゃんには…」
「悪いけど、それは出来ないな。」
「え?」
「心配かけたくないのは分かるけど、それじゃあ何も変わらないよ。まぁ、その梨田先生はちょっとアレだったけど。」
「でも…」
「う〜ん…この時、舜多や李杏だったら、何て言うかな…?」
友祢は目を閉じて頭を抱えた。しばらくすると、友祢は口を開いた。
「分かった、秀飛くん。僕が何とかするよ。どうせなら、その、はあとくんに直接言いに行っても良い。」
「え…?本当に?」
秀飛の顔が明るくなった。
「もちろん!」
友祢は微笑んだ。
「で、どうしよう、舜多。」
秀飛を寝かしつけた舜多に、友祢は秀飛から聴いたことを話して相談した。
「実はさっき、小学校から電話があって、明日の放課後、学校に行かなくちゃいけなくなったんだ。」
舜多は友祢に話した。
「え?なんで?」
「どうやら、はあとくんの母親が学校にクレームを入れたらしいんだ。秀飛の保護者を出せって。」
「そうなんだ…」
「その母親も、梨田先生も集まるみたいだし、絶好のチャンスだよ。秀飛を守れるのは俺しかいないんだ。」
「それなんだけどさ…」
友祢は苦笑いをしながら話を切り出した。
「実は、秀飛くんと約束しちゃったんだ。僕がなんとかするって。だから明日、僕も行ってもいいかな?」
「そう言われても…どうするつもりだよ?」
「だからこうやって相談してるんじゃないか。」
「でも俺はアイツの保護者だ。贖罪としても、アイツを守らなきゃ…」
「またそうやって一人で抱え込むぅ。ヴィラン退治じゃあるまいし、僕も手伝わせてよ。」
「でも…」
すると、友祢は舜多の正面に座り直した。
「あのさ、舜多!」
「は、はい。」
「誰にも頼らないことは強いことじゃないよ!秀飛くんも、舜多に心配かけないように話さなかったから、こんなことになっちゃった。友達は、迷惑かけるくらいが丁度良いんだよ。」
「友祢…ごめん。ありがとう。」
「いいよ。でもまぁ、僕は秀飛くんの保護者じゃないし、学校には行けないのかな。」
「かもな。」
「じゃあ僕は秀飛くんと舜多のために、明日は夕飯作って待ってるよ。」
「え?どこに?」
「ここにだよ?」
「明日も来るのかよ!」
翌日の放課後、秀飛の小学校に来た舜多は、正門から小学校に入った。
「懐かしいな…」
舜多の母校でもある小学校に、舜多は郷愁に浸った。事務員に案内され空き教室に連れて来られた。そこにしばらく待っていると、梨田先生と秀飛が来た。
「しゅ、舜多お兄ちゃん!」
秀飛は嬉しいような悲しいような顔をした。
「こんにちは。すみません、わざわざご足労を…」
梨田先生は舜多に深々と礼をした。白髪混じりで甲高い声の、定年前に見える先生だった。
「あ、いえ。こちらこそ…」
舜多は、秀飛のためにもしっかりしなきゃと思いながら、語尾が小さくなった。二人が入って来たすぐ後、心と心の母親と思われる人が教室に入ってきた。五人は、児童の机を合わせ、椅子に座った。
「いやぁ、今日はいい天気ですねぇ。」
梨田先生は冷や汗をかきながら思ってもいないことを言った。
「先生、外は曇ってるよ。」
心は窓の方を指差して言った。梨田先生は黙ってしまった。
「単刀直入にお聴きしますが、私の息子の心がいじめられたというのは、本当ですか?梨田先生。」
心の母親は、ハキハキした声と態度で梨田先生に聴いた。
「は、はい。そうらしいですね…」
梨田先生は歯切れ悪く答えた。
「困りますよ?先生。いじめなんて起こしたら、先生もただでは済まないんじゃなくて?」
心の母親は梨田先生を見て抗議した。
「心くんのお母様、しかし、森月くんは両親がヴィランで、しかももうこの世には居ないのです。多少のことは許さなければ…可哀想じゃないですか。」
梨田先生は目を泳がせながら答えた。
「多少?いじめが多少ですって?学校側は、いじめの事実を消したいのかしら?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
舜多は二人の会話の間に割って入った。
「俺が聴いていたのは、いじめたのははあとくんの方だ、ってことなんですけど…」
「何あなた?見るからに学生さんぽいけど…それに、心がいじめるわけ無いじゃないですか。」
心の母親は舜多に上から目線で言った。
「さっきから大人ばっかり話してて、当事者の秀飛くんとはあとくんは何も話してないじゃないですか。」
舜多は勇気を振り絞って言った。
「何を仰っているのかしら…貴方はまだ子どもの様だから分からないでしょうけどね、親っていうのは子どものことを何でも知ってるものなのよ。私の息子の心はいじめなんかしないわ。」
心の母親は呆れながら舜多に言った。
「秀飛くん、何か言いたいことがあれば、話してもいいよ。」
舜多は秀飛の肩に手を置いた。
「大丈夫。俺がついてるから。」
秀飛は舜多の方を見た。舜多は緊張しているのか、脚が震えている。
「僕…」
秀飛は口を開いた。
「僕…はあとくんたちに…いじめられています。」
「まぁ、なんてこと…!」
心の母親は驚いた。
「あなた、子どもを調教して、楽しい?」
「…え?」
舜多は何を言われてるのか分からなくなった。




