第2話 幻は涙に流されて
夢じゃなかった。その事実は、舜多に希望と絶望を同時にもたらした。舜多の数日間の研究から、心拍数が上がると腰にベルトのようなものを出せるようになり、そのベルトのボタンを押すと「ヒーロー」に変身して、もう一度押すと人間の姿に戻ることが分かった。そして、両親の捜索願を警察に出した。メフィストに襲われた子や連んでいる仲間たちは相変わらず舜多を虐めた。正月には舜多の家に親戚が来た。親戚のおばさんやおじさんたちが舜多の両親の失踪を知ると、舜多を「良い施設」に預けようとか、舜多の両親は無責任な奴らだったとか、人ごとのように話した。そして帰る時には札束を置いていった。
「こんなもの、貰えません。」
舜多は拒否するが、
「いいのよ貰っても。舜多くんの両親からはこれ以上のお金を借りてたもの。返したいなら、出世払いしても良いわよ。」
そう猫撫で声を出して、親戚の人たちは帰った。両親がいつ帰って来るかも分からず、自分や両親の貯金だけではいつまで持つか分からなかったため、貰ったお金も使うことにした。いつしか舜多は両親の失踪のストレスから幻覚を見始め、居るはずのない両親に学校での作り話を話すようになった。
それから約三ヶ月後、舜多は秋津高校に入学した。秋津高校は、制服が無いなど自由な校風が特徴で、生徒のことは生徒自身が決めている。一学年につき八クラスあり、舜多は八組だ。
入学式が終わり、クラスメイトが教室に集まる。舜多の席は教室の前の扉に一番近い教卓に向かって右端前だ。左隣の席の人はまだ来ていない。来たところで、人見知りで友達のいなかった舜多は話しかけることは無理だと思っていた。
その時、舜多の頭に帽子が当たった。舜多は飛んできた帽子を取り、帽子が飛んできた方を見た。
「ごめーん。それ、僕のなんだ。返して?」
舜多は投げ返そうと思ったが、指に引っかかってその場に落ちた。拾おうとしたが、その帽子の持ち主も拾おうとして、二人の手が当たった。
「あ、す、すみません…」
舜多は初めてその人の顔を見た。舜多とは違って二重で茶髪、細身でスタイルが良く、脚も長い。その時舜多は、自分とは全く違うこの人とは友達になれそうにないな、と思った。
「僕は真木友祢ってゆうんだけど、君は?」
「お、俺は、餅搗舜多です。」
「よろしく〜」
友祢は、舜多の肩をポンと叩き、自分の席に座った。友祢との、いろんな意味で自分との差を感じた舜多は、より一層友達になれないな、と思った。
クラスのホームルームが終わり生徒たちが帰る時、友祢にある人が話しかけた。白髪の似合うダンディな男で、友祢の父親だ。その二人が何かを話した後、友祢は舜多に、また明日ね、と言い教室を出た。舜多は、あ、うん、と言い返した。
生物の授業が終わって生物教室からクラスの教室に戻る時、舜多は友祢に話しかけられた。
「ねぇねぇ、今日の授業さ、分かった?」
「えっ…?」
普段は誰にも話しかけられない自分に、休み時間となればいつも誰かと話している友祢くんが話しかけるなんて。急に話しかけられて、舜多は戸惑った。
「…えっと、ABO式血液型ってやつですか?AO型とBO型の親から産まれる子どもはAB型かAO型かBO型かO型しかならないけど、骨髄移植とかで変わることもあるらしい、ってことですか?」
その時舜多は、自分はB型で、父親がB型、母親がO型だから、自分はBO型だな、と思った。
「なるほど…僕はO型で、父さんは…って、なんで敬語なの!?僕なんか舜多くんにしたっけ?」
「す、すみませふグッ」
舜多は友祢に両頬を片手で掴まれた。
「普通にタメでいいよ、友達なんだから。」
「へ…ほほはひ?」
友祢はやっと手を離した。
「俺たち、友達?」
「そう、クラスでは席も隣だし。」
舜多は嬉しかった。話しかけてくれるだけでなく、友達だと言ってくれるなんて。
「そういえばさ、部活、決めた?」
「え、部活?えっと…特撮ヒーロー研究会に入ろうと思ってて…」
特撮ヒーロー研究会は週に一回なので、舜多はまだ部活には行っていない。
「へ〜!ヒーローとか好きなんだね!僕は、ダブルダッチ部かなぁ。」
「ダブルダッチ…?」
「二本の縄を使う競技でさ、カッコイイの!早速、今日から部活に行くんだ!」
舜多は全く知らない競技を口にした友祢に対し、また少し遠い存在に感じた。クラスで席が隣でも、廊下や教室の別の席でいつも他の人と話している友祢を遠くで見て、舜多は友祢をその距離より遠い存在に思えた。
「勇佑くんは本当に妹思いなんだね〜」
「シスコンなだけだろ、なぁ?」
「何言ってんだよ、ガッくん。お前にも妹がいれば分かるさ。そういえば、まっきーは兄弟いるだ?」
「僕は一人っ子だから。兄弟とか、羨ましいな〜」
友祢はガッくんと呼ばれている林雅玖と藤沢勇佑と昼食を取っていて、クラスメイトからはまっきーと呼ばれている。舜多は今日も一人で昼食を取ろうと思った。
しかし舜多は、教室に一人で昼食を取っている人を見つけたので、声をかけようと思った。
「あ、あのさ…もし良かったら…一緒に食べない…?」
一人で食べていたその人は小さく頷き、舜多は隣にあった机を付けた。
「凛…相澤凛…」
その凛と名乗る男子は小さな声でそう言った。
「俺は餅搗舜多。」
舜多がそう言った後、沈黙が二人を襲った。今まで友達が殆どいなかった舜多は、学校で自分から話す機会が殆ど無く成長したのだ。自分から話しかけておいて、かえって迷惑だったかもしれないと、舜多は自分を責めた。
「餅搗くん…」
「え、な、何?」
「この学校には、所謂裏サイトみたいなのがあって、そこに罰を与えたい人と罰の内容を書き込めば、本当にその人にその罰が与えられるらしいよ。部活の先輩が言ってた。」
「凛くんの部活って…?」
「バンド部。」
「へー。そうなんだ。」
「…」
「…」
凛の話を繋げられない舜多は、必死に何か話題を出そうとする。
「何で、罰が与えられたって分かるの?」
「え?…それは、被害者がSNSで言ってたから。それもみんな口を揃えて『ピエロにやられた』って。」
「ピエロ…?」
「うん。体と頭は白いフード付きマントか何かで見えなかったけど、顔はピエロだったって。」
「へー…そのピエロが裏サイトの管理人みたいな人なのかな?」
その後も、話は沈黙を何度か挟みながらも続いた。二人は、秋津高校に入ってからのこと、授業のことなどを話した。チャイムが鳴り、舜多は、次の授業の準備のために席を外そうとした。
「…今日はありがとう。その…話せて、楽しかった。」
舜多は驚いた。凛が楽しそうに見えなかったというのもあるが、感謝されることにあまり慣れていなかったからだ。
「こ、こちらこそ。」
舜多は、やっぱり、人に感謝されるのは嬉しいと思った。
翌日の放課後、舜多は文房具を買おうと、駅前の文房具屋に来ていた。すると、レジの向こう側に、友祢が見えた。舜多は声をかけようと思ったが、誰かと一緒にいる友祢を見て、声をかけようか迷った。すると、友祢とその友達と思われる二人が舜多の方へ来る。
「舜多くん!舜多くんも、来てたんだね!」
「まっきー、この人、誰?おいら、しっこしたい…」
「舜多くんは、僕のクラスメイトだよ、廉ちゃん。それと、トイレはあっち。」
友祢は、入り口の方にあるトイレを指差した。すると、廉ちゃんと呼ばれていたその人は、もう一人の人の服の袖を引っ張った。
「何だよ、廉。まさか、一緒について来いなんて、言うんじゃないだろうなぁ?」
廉は困ったような顔で頷いた。
「ったく、見た目だけじゃなく、中身も子どもだってか?悪いな、まっきー。ちょっと待っててくれ。」
「おい、斗織!おいらはまだ成長期が来てないだけだ!御代田廉、齢は十五、星座は水瓶、血液型はB、身長百五十センチ台脱却の日は近い!!」
「はいはい、そうでちゅね〜」
そう言って、斗織は廉を引きづりながらトイレへ入っていった。
「あー…なんか、ごめん。」
友祢は舜多に謝った。
「別にいいって。それより、あの二人は?」
「部活で知り合ったんだ。」
少しの沈黙の後、友祢が口を開いた。
「昨日の血液型の話さ、僕はO型なんだけど、父さんはAB型なんだよね。」
「え?」
舜多は思わず友祢の顔を見た。
「でも、僕の父さんには変わりないよ。ただ…僕は母さんを知らないんだ。小学生の時、図書館で、その…エッチな本を読むまで、僕は父さんから産まれたと思ってて、それで、母さんのことを父さんに聞こうとしてもいつもはぐらかされて…あ、ごめんね。こんな話しちゃって。」
すると入り口から、女子高生とその両親が入って来た。舜多はその家族を見て、自分の両親を思い出そうとした。舜多は、両親は今も生き続けていると思っていた。しかし舜多は、両親が失踪した現実を思い出した。
「父さん…母さん…」
舜多はその場に膝をつき、涙を流した。
「舜多くん…?」
友祢は舜多を心配し、舜多は今にも発狂しそうになった時、文房具屋の窓ガラスを割って、何者かが侵入した。白いマントで身と頭を覆い、ピエロの顔をした者だった。