ベジドゥンテ国物語 -野菜なんて大嫌い!-
私・・もう死ぬしかないのかな・・・・
目が覚める直前のことはあまり覚えていない。気がついたら広大な森に一人寝ていたのだ。
持ち物は、身の回りを探った際に拾ったハンカチと衣類とアナログの腕時計だけ。身一つで放りだされていた。
「どうしよう」「何故」「帰りたい」
そんなことばかりが頭をよぎることもあったが、まずは生き延びなければはじまらない。
そんな私が初めにしたことは水と食料を探すこと。だけど、
「これは・・・う、むりっ!」
ここは明らかにおかしかった。正確に言うと、ここら一帯の食べ物の味がおかしかった。
口にしたすべての食べ物から野菜の味がしたのだ!
傍らに生えていたヨモギのような植物も!
木に生っていた桃のような果実も!
そして今口にした、このキノコも!コレからはまさかのトマトの味が!
こんなの酷い、死ぬしかない・・そう、本気で思った。
だって私は・・・なにより野菜(特に生)が大嫌いだから!!!
そんな嫌いな食べ物の味ばかりで辟易していた私の唯一の癒しは近くの泉の水。
あまりにもここらの食べ物の味がおかしいから、もしかしたら水も・・・なんて思っていたんだけど、とんでもない!水はほんのり甘みがあって凄くおいしかったのだ!
水だけであと何日生きられるかわからない。それに、きっとここは自分の知ってるところじゃないと思う。だけどもしかしたら誰かが助けてくれるかもしれないし、ぎりぎりまで頑張ることに決めた。
しかし、一つ心配なことがある。
時計を気にし始めてから体感七日間。時計を確認する限り、太陽(と思われるもの)があり、日没と日の出の時間にズレはない。
酸素もあるし、水もある。
ということは、動物がいてもいいはずなのに、まったくいないのだ。虫も哺乳類も魚類も、なにも見ない。
人がいない可能性なんて考えたくないけど、不安はどんどん膨れ上がってくる。
家族や友人、近所の人たち、思い出すたびに、あのときああすればよかった、こうすればよかった。会いたい。恋しい。
寂しい。
「うわああああああん」
我慢が、限界に達し、感情のままに大声で泣いた。
どうせ動物もいないんだから大丈夫、危険なんてない。
むしろ獰猛な動物に食べられて死ねるならそっちのほうが幸せかもしれない。
そう思って、どれだけ泣いていたんだろう。
「あの・・・・」
「ひっ」
後ろから柔らかな女性の声。驚いて思わず、ひきつった声をあげてしまった。
振り返ると・・・優しそうな20代の女性!ひとだ!!!!
嬉しい、安心、恐怖、いろいろな感情が襲ってきて、声にならない。
「・・・ぁ、っ」
まって!!おいて行かないで!!
女性は私と目が合うと、驚いたような表情で後ろに駆けていってしまった。
追いかけようにも体は動いてくれないし、声もでない。
「はは・・・」
幻覚だったのかもしれない。そろそろ死んじゃうのかな。
せめて、このまま眠って死ねますように。
そっと目を閉じる。
だんだんと意識がなくなるのを感じていた。
どこだろう。
ふと気が付くと、木の天井を見ていた。
頭がぼーっとしていて、目を閉じると甘い匂いがした。
「あっ」
どれだけ目を閉じていたのだろう、目を開けるとちょうど覆いかぶさるようにあの時の女性がなにかをしていた。
「目を覚まされたんですね。よかった・・・。あ、無理に話さないでください、あなた今にも死にそうだったんですよ。額の布を換えるだけですので」
驚いていたのは今にも死にそうな顔をしていたからだったのかとか、匂いの元は額だったのかとか、いろいろ納得がいった。
女性からも甘い匂いがしてきてほっとする。
あの水は精神安定剤にもなっていたのかもしれない。
う、水のことを思い出したら喉が渇いてしまった。伝えたら用意してくれるかな・・
「あの」
「はい、どうしました?」
「水を・・頂けますか?」
「お水ですね、もちろんです。どこのお水ですか?」
え?どういう質問なんだろう。
なにか違いがあるのだろうか・・・
「ええと、じゃあ、私の倒れていた近くの泉のお水を・・」
「ああ、レギの泉ですね。よかった、私と一緒なんですね。すぐ持ってきます」
一緒?違う場合があるのだろうか?
幸い親切そうな人だったので、あとで聞いてみよう。
「お待たせしました。飲めそうですか?」
「ありがとうございます。・・・・ん、けほっ、・・大丈夫です」
「喉を痛めてしまったのかもしれないですね。ごはんは食べられそうですか?」
「けほ、すみません、頂いてもいいんですか?」
「もちろんですよ。ただ、今朝の様子ですと、近場にはなさそうですよね。遠くでしたら弟に取りに行かせるので、教えてください」
なにを?
頭の中が「?」で埋め尽くされる。
近場にないって食料のことだろうか?でも、取りに行く?一緒のものではだめなのだろうか。
もしかして食べていないのがわかって、周辺の食べ物が体に合わないものだと思われたんだろうか。
「あの・・あなたと一緒のものでは駄目なんですか?」
「えっ?」
なにをいっているの?という驚き顔の女性に思わず申し訳ないという思いがこみ上げてくる。本当に恥ずかしい。好き嫌いで食べなかっただけなんです。
「私、恥ずかしいんですけど、本当に苦手な味だから食べなかっただけで野菜も食べられないわけではないんです。だから・・」
「あの・・・苦手な味って?」
「ええと、ここら一帯の食べ物って全部お野菜の味がしますよね?それが苦手で・・」
「え!あなた、もしかして、ミテラント国の人・・?でも、ミテラントの人も・・・」
「ごめんなさい、そのミテラントって国の人間ではないです。日本って国なんですけど・・知ってますか?」
「二ホン・・聞いたことないです。何を主食にしている国なんですか?」
主食・・?お米か小麦だろうか。余計わからないことが増えてしまった。
主食ってそんなに大切なことなのだろうか?
「私の国では主食としてお米と小麦がありますが、お野菜や魚、お肉もバランスよく食べることが大切だとされているので、なんでもい」
「どういうことですか・・?!そんなことをすれば死んでしまいます!!」
「なんで?!」
「なんでって、そんな、一人一つ神から主食を預かってくるでしょう!それ以外を口にすれば倒れてしまいます!それがわかるように主食以外は苦味しか感じないようになっているのに・・」
本当に訳が分からない。預かってくるって、手に持って産まれでもするの?そんな馬鹿な。
でも彼女が嘘をついているようには見えない。
やっぱりここは知らない土地で、知らない文化の世界なんだ。
「ごめんなさい、少し取り乱しました。でもあなた、本当に大丈夫なんですか?倒れなくても苦手な味?なんですよね?苦手な味って苦味とは違うものなんですか?」
ああ、そういうこともわからないのか。ということは苦味は統一された味なのか・・。
「それぞれに味はありますよ。ただ私は野菜全般が得意な味ではないので避けてしまいます。好きなのはお肉です」
「お肉・・。ではやはりミテラントが・・、あの、お肉にも苦手な味はあるんですか?」
「特にないですね。動物性のものでしたらほとんどおいしく食べられますよ」
「そうなんですか・・。少し、弟に相談してみます」
後に、彼女が弟くんに相談してくれ、その彼が異食人について少し知っていたことで、そのコミュニティに連れて行ってもらえることになった。ここベジドゥンテ国とミテラント国の間にあるらしい。
彼らは見た目は様々だが、一様に雑食であるという。
・・・私はミテラント国に滞在することになるだろう・・・。
旅の最中は、野菜の中でもまだ食べられるキュウリ味の野菜を食べていたが、見た目がピーマンなので本当に苦痛。
そんな中、その野菜が主食の弟くんに好かれてしまって、うっかり自分も好いてしまったことで、ミテラント国に留まり辛くなってしまった。
「なあ、キュピマ食べられるんだろう。このまま一緒に暮らせばいいじゃないか」
「ごめん・・本当に、しんどいの。あなた、主食以外を毎日食べろって言われて頷けるの?」
「それは・・・無理だけど・・・」
ずっと食べてたら死んじゃうしね。でも私にも譲れないものがある。
「でしょ?私も無理なの。もう限界なの。あなたのことは好きだけど・・んっ」
「んん・・、俺はおまえを諦めきれない。どうにかならないか・・?」
「あのね・・・今まで言わなかったけど。あなたとのキス、キュピマの味がするの!!それもしんどい!!!」
「えっ・・・・」
この後、どうなったか。
それは私と彼のみぞ知る・・・。
余談だが、彼らは本当にその植物の種を手に握って産まれてくるそうだ。おわり
作者は野菜が大好きです。