#29 『復活!無双の魔法少女』
運命は非情だった。
二律背反とでも言うのだろうか?
カロの存在とはなんなのだろうか?
一つの存在の自由の為に己の限界に挑戦した男が今、ここに伏して無に帰ろうとしている。
カロは自分の今の不甲斐なさを呪った。
カフワに自分の手で触れることもできない本の中の存在。
本来の力があればこの状況を打開できるかもしれないもどかしさ。
白夜の御杖で攻撃を食らってからの半年間、自力で外界との干渉を一切絶れていた。
漆黒の暗闇の中で狂いそうになるも、時折聞こえるカフワの声だけがカロの支えだっだ。
奇跡的に何故かカフワの声は空間を超えて聞こえていたのだ。
もしかしたら、それすらも気がおかしくなったカロの作り出した幻聴だったのかもしれない。
たとえそうだったとしても、カフワの存在がカロにとっても大事であった事は確かなのだ。
そして、そのカフワは今、ピクリとも動かない。
さらにソコへ非情な運命は追い打ちをかける。
「誰かと思ったらお前だったのか……カフワ」
異常を察知したブルンジがアジトに戻ってきたのだ。
酷く焦っていたカロはブルンジが倉庫のドアから入り近づいてきた事に気づかない。
「魔道具ってやつぁ便利だよなぁ。誰かが入ったら分かるようになってるんだから」
例の倉庫の鍵は使うとブルンジにもなんらかの方法でそれが伝わるらしい。
アジトやこんな大事な場所に見張りすら居ない事が異常だったのだ。
「おい、お前ら! あれがムンドのノーボを殺った奴だ」
ブルンジの掛け声で後から入ってきた部下が10人ほど寄ってくる。
「この小僧、俺の魔道具コレクションに手を出して自爆したって所か……こいつぁ手間が省けて助かったぜ」
倒れたカフワを見て笑うブルンジに気づき、カロが本から紫のオーラを出して威嚇する。
「あんた、よくも私達をこんな目に……」
「その呪いの本も久しぶりに見るなぁ。お前らを殺すためにこの半年、いろんな武器を集めてたんだぜぇ。魔道具は金になるし、面白い事が出来るのが分かったからなぁ」
もう宙に浮いた魔導書を見ても驚きもしないブルンジには見た目でのハッタリなど通用しなかった。
「あんた達全員、呪ってやるんだから!」
「おう、やれるもんならやってみろ! オイ!おまえら撃て。あの気味の悪い本もろともあの小僧にトドメを刺してやれ!」
ブルンジの部下は各々怪しい魔道具らしき武器を持っており、杖などその手に持った形状からして相手を攻撃する物のようだ。
(今、私がなんとかしないと! カフワが! カフワが死んでしまう!)
カロは必死だった。この状況からどうやってココから逃げ出すのか。
本の中のカロはカフワを外へ運ぶことすら出来ない。
せめて、本の外に出れたら!元の力が使えたら!
心の底からそう思った。
「よし! 殺れ!」
ブルンジ達の放った魔道具の効果で炎弾や、氷の矢が一斉にカフワを襲う。
「心の壁!」
どこからともなく響いた魔法の詠唱と共に、魔道具による一斉攻撃はカフワの目前で見えない壁に阻まれ雲散する。
そこにはブルンジ達の見たことのない桃色髪の少女の姿があった。
白夜の宝玉の効果なのか、カロの願いが呼んだ奇跡的な力なのか定かではないが、カフワの魔力で復活したカロの体が実体化し、そこにある。
「なんだ!? 誰だお前は?」
ブルンジは少女に問う。
「私を半年間も暗闇に閉じ込めておいて誰だ? は無いでしょうが!」
ブルンジは本の中のカロの姿を知らないので無理もない。
ただ、その声で本の正体と関係があることは悟ったブルンジだった。
「……正体を表したか化物め!」
「こんな美少女捕まえて化物とは失礼でしょうが!」
怒りを露わにするカロだったが、その見た目のせいで盗賊たちも油断していた。
「魔法使いだがなんだか知らんが、武器なら山ほどある。邪魔したのを謝るなら今のうちだぜ」
「ほざいてなさい! 自由飛行!」
詠唱とともに宙に浮かぶ少女カロ。
その少女の放つ紫の魔力による見えるオーラで盗賊たちが危険を感じ取りどよめく。
「あの小娘も魔導士だ! ぶっ殺せ!」
「そうはさせないわ! 映るは虹色新世界!」
カロの放った魔法は一瞬にして殺風景だった灰色の倉庫の景色を七色の光が流れるメルヘンな空間へと変化させた。
「おぉ!?」
「何だこれは? 虹?」
「うろたえるな! ただの幻覚だ!」
ブルンジは怯む部下に呼びかける。
「幻覚じゃないわ。光の屈折率を制御した認識阻害魔法よ。あんた達はもう私を捉えることは出来ない!」
カロの作り出した空間は目視でのお互いの場所はもちろん、動く虹で注意を反らし、距離感や
時間的感覚をも狂わせる。
「あっちから声がする! 数撃ちゃ当たる! 撃て撃て!」
この事態でも臆さないブルンジが部下に指示をする。
「カフワには指一本触れさせやしないわ!」
そう言って一瞬目を閉じ集中した後、新たに魔法を放つカロ。
「心の魔法弾!」
その瞬間、少女の声のする方から無数の魔法弾が飛翔しブルンジ達をなぎ倒す。
その魔法弾の一つ一つは無作為に飛ばされているようだが、盗賊たち全員を確実に仕留めてゆく。
異常なメルヘン空間と相まってブルンジ達にはもう何が起こっているのか分からない。
それもそもはず、この世界でもトップクラスの天才魔導士と魔法に対して素人が闘っているのだから。
カロにとってもこの空間で相手は見えない筈だが、カロの持つ能力【絶対知覚】により物の位置やその情報を瞬時に把握できた。
本の中でも外の空間での出来事を理解できていたのも、この能力の影響に他ならない。
物質を転送する魔導士が生来稀に持つレアスキルなのだ。
「ボス! 逃げましょうぜ。こんな化物相手にできやしねぇ」
深手を避けた部下が提案する。
「バカ言え! こんな出口がどっちかも分からんのに何処へ逃げるってんだよ!」
そういって魔法弾によって倒れた上体を起こそうとするブルンジに更に容赦ない追い打ちをかけるカロ。
「怒れる少女の右拳百裂!」
「ウボァッ!」
魔法で作られた百の拳がブルンジを殴りぬき戦意を喪失させる。
「どう? 観念したでしょうが?」
「……殺せ」
諦めてそうカロにそう告げるブルンジ。
「せっかく手加減してやったのに死にたいわけ? あんた」
(全身の骨バキバキに折っておいて手加減かよ……)
そう思うブルンジは魔導士が嫌いだった。
以前から魔法を使えない者にとって魔導士の存在は煙たがられる対象であった。
なにしろ魔導士の誰しもが見えない凶器を持ち歩いているようなものである。
力を振りかざすゴロツキにとってこれは当然気分の良いものではない。
そして、あの事件で部下のムンド、ノーボを失ったブルンジはレジスタンスと手を組み、半年間ずっと、魔導士に通用しそうな武器を集めていたのだ。
その結果がこのザマである。
「命だけは助けてやるから、もう私達にはちょっかい出さないことね」
「ちっ、コレだから嫌いなんだよ魔導士って奴は……自分勝手で自由で……ゴボッ!」
全身ボコボコにも関わらず、憎まれ口をたたくブルンジ。
「他人の物自由に盗んでるあんたに言われたくないでしょうが!」
「……殆どのやつが好きで盗んでるじゃねぇ。これしか、生きる術を思いつかなかったんだ」
痛みで歪む顔でなお、ブルンジは問答する。
「そんなの甘えね。ここに自力で魚取って、草食べて生きてた奴も居るんだから」
「……いいからさっさと殺せ」
「アンタにも死んだら悲しむ人がいるでしょうが?」
「ふん。俺が死んでも鳴くのはカラスだけさ……」
最後まで強がってみせるブルンジ。
「それじゃ、あんたの願いは聞き入れられないわね。……私、カラスの鳴き声嫌いだから」




