1-4
ゴールデンウイークに突入した。いまだ某金髪の正体は掴めない。僕らはどこかで選択肢を間違えてしまったのだろうか。もし、もう一度人生をやり直せるなら、今度は違う行動をしよう……。
「なにノベルゲームのバッドエンドみたいこと言ってんのよ」
「いやあ、どうすればいいのかと思ってね」
僕と神垣麗衣は「アルペジオ」で作戦会議中だ。店内はいつもと同じように織高生で賑わっている。朝から二人で宿題をこなしつつ、お互いの考えを述べあっている次第だ。
「いくら調べても何も出てこない、っていうのは一つのポイントよね」
ふと目の前の美少女が口を開いた。
「どういうこと? 調べ方が悪いんじゃないの?」
「はあ? 私が調べても出ないなら、誰がやっても出ないわよ」
流石自信家。
「どうやって調べたの?」
「まず彼の尾行、クラスでの交友関係の聞き込み、経歴の検索」
「で、どれだけわかったのさ?」
「家の場所は一応わかったわよ。尾行してたから。あとはほとんどわからなかったけど」
「家の場所はわかってるけど、それ以外は調べての何も出てこないってこと?」
「そう」
家の場所がわかっているだけでもかなり大きい。しかし、
「ここで考えるにしても材料がいくらなんでも少なすぎる」
「そうね。じゃあ、こうしない?」
彼女の目がきらりと光った。よからぬことを企んでしまったようだ。
「どうするのさ?」
「は・り・こ・み」
「刑事ドラマじゃないんだから、もっと別の手段を――」
「やるといったらやるわよ。会計済ませておいて。今から車手配するわ」
僕の返事を聞く前に、神垣さんはスマホを片手にトイレの方へ向かった。園田さんに電話をかけるのだろう。
お嬢様のご命令通り会計を済ませようと席を立つと、幼馴染の星奈が話しかけてきた。今日もバイトのシフトがずっと入っているみたいだ。疲れているのかと思って顔色を窺うと、何やら心配そうな顔である。
「なんか変なことに巻き込まれてない? 別に神垣麗衣にくっついて四条のことを暴いても何の意味もないんだからね」
いきなり何を言うかと思えば、探偵ごっこへの文句か。
「暇だから別にいいでしょ。星奈には関係ないじゃん」
「関係なくはない。幼馴染が高校で落ちこぼれるのを阻止するのは当然でしょ?」
「別に神垣さんと一緒に四条を追っても成績落ちるわけじゃないから。今日もちゃんと宿題やってたし」
「そういう問題じゃないの!」
僕には彼女ことが全く分からなかった。ずっと一緒に過ごしてきたはずなのに一秒先に何をするのかまるで予想がつかない。知り合ってばっかの四条や神垣さんの方がまだ想像がつくのは不思議である。
「話変わるけど部活入った?」
ほら、またいきなり話題を転換してきた。
「入ってないよ。忙しそうだし、そこまで興味があるものないし、別にいいかなって……」
「はあ」彼女はため息をつきながら呆れた顔をした。「そんなんじゃ高校で新しいお友達出来ないよ? クラスで孤立してそのまま三年間終わるつもり? 青春の一頁を白紙にするつもり?」
「どうしたの? 今日なんか機嫌悪いけど」
「別に。いつも通りだよ」
そう言う彼女の眉は逆ハの字である。
「別に部活やってるわけでもないし暇潰しみたいなものだから心配するほどじゃないよ。僕なら大丈夫だから、星奈はバイトに専念してよ」
「何よ、その言い方。こっちが心配してるっていうのに。もう知らない」
そう捨て台詞を残して星奈は去ってしまった。いったい今のは何だったんだろうか。
「はあ、これだからタケル君は」
星奈が去ったと思えば、神垣さんが帰ってきた。何やら呆れているようだったが、僕は何か間違えていたのか。
「神垣さん、張込みの準備はできた?」
「そのさあ、神垣さんって言うの、いちいちやめてくれないかしら」
「え? 神垣麗衣さんって呼べってこと?」
「……どこをどうやったらそうなるのかしら。タケル君って勉強できるし頭の回転速いのに、変なところで間抜けというか鈍いのね」
「なんで女子二人にディスられないといけないんだ……」
「今日からレイと呼びなさい。いちいち『さん』づけなんかしたら許さないわよ」
「絶対に?」
「絶対。守らなかったらタケル君のこと羽戸尊って呼ぶから」
「でもさ、僕が呼び捨てにしてるのに、レイに君付けでもらうのって変だし、ワトソンって呼んでよ」
「は? 何言ってるの、ワトソン君」
「ワトソンに君をつけたら意味がないじゃないか……」
111111。
スマホの着信音が聞こえた。僕のではない、ということはレイのだ。
「あ、園田? わかったわ。今行くからそこで待ってて」
「園田が外で待機してるから、早く行くわよ」
「ちょっと待って。お会計してくる」
「まだしてなかったの? 遅すぎ。先に外出てるから早く来るのよ」
「うん」
僕はレジまで行って姉に千円札を渡す。
「おつりはいいよ。時間ないから」
「ちょっと待って。これ」
姉から紙切れをもらった。何か書いてある。しかし、読もうとすると止められた。
「外であの子が待ってるんでしょ? 早く行ってあげなさい」
それはもっともだ。僕は紙切れをズボンのポケットにしまいこみ、「アルペジオ」をあとにした。
「遅い!」
アルペジオを出てからすぐにとんできたのは、レイの怒りの声だった。そんなに待たせていたつもりはないのだけれど。
「ごめん」
「まあいいわ」
素直に謝ったのが功を奏したのか、彼女はすぐに態度を軟化させた。
「で、張込みってどうやってするの?」
「園田に車出してもらって、四条の家の近くで交代で見張り続けるの」
僕は無意識のうちに園田さんが運転してきた黒リムジンを見た。どう考えてもバレるでしょう。不自然すぎる。
「あ、張込みに使うのはこの車じゃなくてちゃんと違う車だから。安心して。これは移動用ね。座り心地がこっちの方がいいから」
一体神垣家には車が何台あるのだろう。こんな贅沢なことを言われると、レイがお嬢様であることを実感する。でも、園田さんという執事がいる時点で普通はお嬢様だと感じるはずだから、僕も少し感覚が可笑しくなっている。
「四条の家はどこらへんなの?」
「ここから車で十五分くらい。庶民にしては悪くないマンションね」
「とすると、あれかな」
レイの家を探す過程で僕はここ等辺の地理にはだいぶ詳しくなっているから、ここから自動車で十五分圏内で大きなマンションと言えば、だいたい想像がつく。あの苦労がこんな形で報われるとは、当時は思ってもみなかった。
「お二人ともお気をつけなさいませ」
「うわあ!?」
それまで運転に集中していたのか沈黙を保っていた園田さんがいきなり真剣な声で言ったものだから、僕は少しびっくりした。
「何驚いているのよ」
「何かあったらすぐに私に連絡してください。あ、そういえば私の連絡先を伝えておりませんでした」
信号待ちの間に僕と園田さんは連絡先を交換した。
十五分後。マンションの前に到着した。時刻は夕方。西日がまぶしく、きれいな夕焼けが見えた。ここから一晩張込みするのだろうか。もし張込みしても、ゴールデンウイークで旅行していて留守だったりしたら洒落にならないな。
「その時は己の悪運を呪いましょ」
レイはすこぶる元気であった。この調子だとカフェインがなくても今夜ずっと起きているに違いない。僕は彼女ほど乗り気じゃないし、そもそも張込みは彼女の提案であって僕は賛同を示したことはないのだ。とはいえ、ほかに手段が思い浮かばず八方塞がり、僕は代案を出せるわけでもなかった。
僕らは車を変え、マンションの出入り口が見える駐車場で一夜を明かすことにした。園田さんはいつの間にか消えている。けれど、どこかで僕らを見守っていることだろう。
金髪の長身は現れない。太陽は沈んでしまった。張込みを始めたのは夕方だったから一時間くらいしかたっていない。けれど、もっと長く張込みを続けている気がする。入り口を見つめているだけなので暇すぎるのだ。退屈な授業と同じように、暇な時ほど時間の経過は遅く感じるものである。
「ワトソン君、まだ始まったばかりというのにその眠そうな顔は何だね」
レイも暇なのかふざけている。
「ホームズ、このまま続けてなにも成果が出なかったらどうする? 僕にはこの張込みが成功するとは思えないよ」
「今日はゴールデンウイークの初日だ。確かに旅行でもう留守にしている可能性はあるだろう。しかし、あの金髪が旅行すると思うかね?」
「確かに、いや、家では別人になるタイプかもしれないぞ」
「名探偵はそうは思わない」
「ホームズはそんなこと言わないよ」
「もう演技に疲れたの」
「僕も疲れたよ。マンションに出入りする人をずっと見るだけなんて飽きるし」
「あ!」
突如彼女が叫んで指さす。僕もあわてて指された目を向ける。
「金髪と――」
「銀髪?」
見間違えることはない。金髪は四条才亜、銀髪はクラスメートの紫遠覇流斗だ。コンビニの袋を持った二人がマンションに入っていった。
「なんでハルトもいるんだ?」
「あの銀髪知ってるの?」
「知ってるも何もクラスメートの紫遠覇流斗だよ。イケメンで性格もいい好青年」
「道理で見た覚えがあるわけだ。後半の情報はいらないけど。カメラ構えておくべきだったわね」
「確かに。すっかり忘れてたね」
「よし、今度二人が出てきたら写真にとるわよ」
と息巻いていたのだが、二人が外に出てこないうちに夜が明けてしまった。鳥のさえずりが聞こえる。
「一夜が明けてしまったね」
「そうね」
流石にレイも眠そうであくびをしている。
「体力の限界だし、そろそろ帰ってもいい?」
「彼らは一体どんな仲なのか、いろいろ気になるけれど、疲れたわね。そうだ、私の家に来なさい」
「なんでそうなるんだ」
僕の嘆きは五月の朝焼けにむなしく響いた。
疲労困憊だったからか、園田さんが車を手配してから先の記憶がない。車に乗ったことを覚えてないくらい、僕は眠かったのだろう。神垣家に到着してからも僕は爆睡していたらしく、使用人たちで客室へと運び出したと、後で聞いた。
目が覚めた時は、夜だった。腕時計を見て顔をこわばらせていた僕に、レイが話しかけてきた。
「おそようございます。死んだ魚みたいな顔してずいぶん気持ちよさそうに寝てたわね。ほら、これ見てごらんなさい」
レイが見せてきたスマホの画面を見ると、僕の寝顔がばっちり取られている。我ながら情けない顔をしている。
「消して」
「嫌よ。これ待ち受けだから」
「嘘でしょ!?」
「嘘じゃないわよ。あ、夕食調度で来たみたいだし、食堂に来なさい」
レイは何時間寝ていたのだろうか。いつも通りの元気な顔をしている。
食堂に来てやはり委縮する。二十人近くは着ける大テーブルで二人だけの食事というのは、庶民感覚からすると違和感しかない。それにテーブルマナーもまったくわからない。
ハンバーグを頂戴しながら今後の作戦を練る。
「とりあえず四条と紫遠がつながっていることはわかったんだし、僕が紫遠を問い詰めてみようか?」
「いや、それはだめね。ワトソン君の詰問じゃあ、誰も口を割らないよ。それにこっちは証拠持ってないからね。『見た』ことを証明することはできない以上、気のせいだとか適当に言われてあしらわれるに決まってる」
「確かに……証拠が足りないと何も意味がない」
「じゃあ、こうしない?」
僕らはまた張込みをすることになった。
ゴールデンウイークの間、僕らは交代で張込みをした。何で高校一年のゴールデンウイークを探偵ごっこで終えないといけないのか。後になって後悔しそうだ。悲しいかな、僕が張込みしている間は金色も銀色も現れなかった。黄金週間最終日になって僕のスマホが鳴るまで、骨折り損のくたびれ儲けになるとこだった。
111111。
五月七日の夕方のことだった。スマートフォンが久しぶりに着メロを奏でた。ちなみに着メロはベートーヴェンの第九だ。レイの電話の時はなんとなくこの曲が流れるように設定した。本当に深い理由はない。なんとなくだ。ちなみに星奈の電話にはモーツァルトのレクイエム「怒りの日」が鳴るようになっている。
「もしもし」
「ワトソン君、取れたわよ、写真。しかも衝撃の特ダネよ」
レイはいつ週刊誌の記者になったんだ。
「週刊誌の記者なんてそんな安っぽいのになるわけないでしょ」
「とりあえず見たいから送ってよ」
「今送るわ」
いったん電話を切って送られてきた写真を見る。おおお、これは確かに衝撃だ。写真を印刷して、再び電話する。
「なんで四条が車運転しているの?」
「それはこっちが聞きたいわ。高一で車の運転免許取れるのかしら?」
「うーんと、どうなんだろう。ちょっと調べてみるね……十八歳以上じゃないと運転免許は取れない」
「ということは無免許運転ね」
「よし、このネタで四条を問い詰めれば、真相が判明しそう」
「明日が楽しみね」
そうか、明日からまた退屈な日常が戻ってくるのか。何気に、暇だ飽きた疲れたとか言ってるゴールデンウイークの張込み作業は楽しかったのか。こんなに学校に行きたくなくなるなんて。
あ、
「いや、待って。四条が学校に来るとは限らない」
ことに気づいてしまった。
「そうね。じゃあ、明日もし金色がいなかったら、銀色の方を問い詰めましょ」
「うん、そうしよう。じゃあ、また明日――」
「ちょっと待って。問い詰めるシナリオを考えるわよ。まず……」
結局夜遅くまで僕らは作戦を練ったのだった。