15 舞踏会より武道会の方が良かった…
読者の皆様どうもこんばんわ。そして感想有難うございます!!皆様の貴重なご意見やコメント等を燃料にこれからも頑張って投稿致します!
さて今回はちょっと長め…1万字越えています。そしてメインは残念王子、そしてルーナが何時どんな風に王子√フラグを拾ったのかが明らかに……
それでは本編をどぞ!
上を見ると金色、下を見ると赤色。そして左右は金銀虹色、何でもありなごちゃまぜの色の奔流。目がチカチカする…頭痛もして来たが何とか気合いで耐えた。
ここで目立つわけには行かない。それではここに私が至った元凶の思う通りになってしまう。それだけは何とか阻止するべく、何とか地味に、目立たないよう存在を消す努力をするのだった。
嗚呼………………何故こうなった………
どうやらあの腐れキンキラ王子サマ、自分の国王使って私を誕生日の舞踏会に招待したらしい。本当ならその招待状は握りつぶすはずだった…親父が宰相の頭髪を犠牲にして。
だが、親父はうっかりミスをしてしまった。その結果私は前日まで隠された挙げ句出席は逃れられない状態になっていた……名前だけの婚約者として王子の出席する舞踏会にはなるべくしないことにしていたのにも関わらず、だ。
大体名前だけ貸して差し上げているのにそれ以上何を望むよ!?
これだから王子とか言う我侭坊ちゃんは……大体精神年齢年上なのだし餓鬼に興味あるかよ。私はショタコンではない。ノーマルだノーマル。
ああもうしんどい…貴族キラい…冒険出たい……そしてもふもふモフって埋もれていたい。
一瞬従魔達と戯れる妄想もとい現実逃避をしそうになるも、ここは舞踏会の場であったことをハッと思い出して壁の花を続ける。心ここあらず状態でも我がステルスには一切の隙なし!
だがこんなことしている暇があったら別のことがやりたい。例えば親父関係で知り合った貴族達と影武者の裏から行う商談とか領地経営とか…或いは領内などの散策とか。冒険者・傭兵稼業だってやりたい。
そうだ、そうだよ…大体私には貴族の舞踏会で踊るより、戦場でダガー片手に剣舞いしていた方が断然お似合いなんだ。まあ踊る相手は主に敵方の血肉とか(自主規制)だが。舌戦より銃弾戦や肉弾戦の方が得意な私に一体何を求めているのですかね、本当に。
………もう一層、舞踏会中に隣国の敵とかが攻めて来てくれたら面白いのに。思わずどす黒い笑が漏れそうになるも、何とか表情筋を保つ。危ない、危ない。
だが、実際強敵だったら尚歓迎だ。今すぐ来てくれないかな〜、来てくれたら特別サービスで痛み感じない様に始末してあげるのに…残念だ。
大体私を公爵家の令嬢に転生させたのがそもそも人選ミスだったのだと思う。何でこんなガサツな性格の人間を貴族のしかも筆頭に選んだんだか。もう少しこう、なんかなかったのかな…或いは人材不足か。
ま、確かにマナーからダンスまで一通り出来るし血筋的に元はこれでもお嬢様なんだけどね?だからって、性格と生い立ち的に問題有りすぎるって言うのに。
ホント、なぜ選考基準で弾かなかったかな?血迷ったとしか考えられない…思わずため息が出そうになってしまった。
でもまあ、嘆いていても仕方が無いか…それにここで圧倒的に悪いのはそこで呑気にシャンパン飲んでる親父だ。
最近はそこまで忙しくなかったからと言って油断しやがって……いや、どっちかっていうと確信犯の線の方が有力とも言えるか。今思い出してもムカッ腹の立ついい笑顔な『テヘペロ☆ミ』。何故かちゃっかりドレスを用意していた用意周到さ……やっぱり嵌められた、か。
さすがは狸…いや私が破滅したら自動的に親父も破滅だし、今回はまるで(状況判断できていない)ダメな(糞)親父か。
駄目な親父、略してマダオ。
折角死亡フラグをバキバキへし折っている最中なのに邪魔しやがって。思わず扇を握る手に力が入ってしまった…よかった金属製にしておいて。ミシミシ嫌な音はするも、折れた様子はないし。
だけどただでは転ばない私えらい。親父の顔を立てて、今回敢えて謝罪は受け入れた、それ相応の対価の支払いを要求した上で。
(最後は)笑顔で脅した時のことを少し回想。私の味方してくれている使用人達に回り込まれ逃げ場のない親父への容赦なく色々請求しないといけなくなった。
「父上散々私は嫌だと言ったのに、聞き入れて下さらなかったのですね……グスン。今回は仕様がないから出席しますが幾つか条件を出しても宜しいですか?」
「あ、ああ、分かった。」
全部親父が悪い。そして私の“金剛石の如く”と名高いガラスの心(?)にピシリと傷がつかなかったけど、とりあえず賠償してもらおう。
まだ自覚の薄い、口約束で済まそうとしている親父へ涙の演技はやめて笑顔を作る。意識するのは今世における母の怒った際の嗤い顔。重要なのは笑顔だけど笑ってない、嗤っていること。
ここ重要ね、テストでないけど。
「もう一度聞きます。私は嫌々ながらも仕方がなくお父様の顔を立てるため、その日に入っていた交渉5件、面会3件、他諸々を全てキャンセルしてお願いを聞き入れます。当然それによってある程度損失が出ると思われるので損失補填は御自分で行なってくださいまし。
ですがそれ以外にも私、以前王族や高位貴族の集う場所を避けている理由説明しましたよね?わかっていますか?私にその間目立たず何もせず、会場で壁の花どころか空気そのものになれとおっしゃっているのと相違ないのですよ。嗚呼、そんな時間があれば他のこともできるというのに…損失と精神的苦痛、それ以外、舞踏会後仮に目をつけられた場合の対策など、今から考えると頭の痛い案件ばかりです。
まさかと思いますが、そんなこと考慮していませんでしたか…ああやっぱり。今になってそんな顔されても困りますわね。」
話し出してから徐々に効果を発揮した。
最初はただばつが悪そうにしていただけだったのだが自分の軽率な行動で私の逆鱗に触れた事実へ段々顔色が悪くなっていく。ザーッと血の気が引くとはこのことを指すのかと少し冷静な自分がいる。
思ったより怒っていたのかもしれないな。お得意様と大事な商談を行う日時と被ってしまっていたのだから。
そして、土気色の顔をした親父へトドメを刺しに行った。
「お父様、勿論私の条件を全て呑んで下さいますね?ね?ね?」
あらら…反応なし。
「あらあら返事がない…これは納得されないということでしょうか?これでも一応、貴族としての義務はある程度果たしてきたのですがね…そうですか。呑んで下さらなかった場合はですね……う〜ん。
そうだ、暫くあるちょっと大き目な商会がこの領でほんの少しやんちゃすることになるでしょう!お父様が何かしたって間接的かつ領民にはっきり伝わるようなメッセージ付きで。」
情けない様子で力なくがっくりうなだれる親父。顔色が死人みたいになっているのは仕方がないことだろう。実際、今のライツェンスタイン領のめまぐるしい発展は私の個人経営をしている商会が有ってようやく成立しているものであるから。
それが維持できないと領民が知れば、一体どんなことになるか…まして、自分の領主が元凶となればあとはわかるだろう。
こっちだって命張ることになったんだからベットするのは命しかない。と言うか、それくらいの覚悟をもってことに当たってくれなければ困ることを伝えたかったんだが。
ホント頼むよ…最悪世界が私たちの敵になるんだからそれをいい加減自覚してくれ。
「それだけは止めてくれ…………………割と真面目に。」
私もそんな鬼畜外道ではない、多分……………一応血の色は青であり、涙は枯渇済みだが。
あれ?よく考えたら既に条件満たして…これ以上考えたらあかんやつだった。慌ててその思考を追い払った。そして言葉を続ける。
「あ、やんちゃといっても販売停止とか販路の封鎖とかではないですから安心してくださいな。そんな非生産的なことは私が許しませんしそもそも。」
一瞬油断する親父。だが甘い。
「そうですね……具体例としては、お父様の母に向けた恋文を朝刊と一緒に…「ヤメテクダサイオネガイシマス私が悪かったですバカやってすいません弁償もします、だからどうかそれだけは勘弁してくれ……じゃないと屋敷の自室から出られなくなる…」お、おう。」
…………………おお、見事なスライディング土下座。頭が床に埋まったせいでヘッドスタンドしている見ないタイプの斬新な土下座。
もはや土下座ではなくDO☆GE☆ZA☆。
確かにあの小恥ずかしい気障ったらし無駄に長い手紙、領民の口の緩いおばちゃんたちに広まったら困るよね。きっと墓石に入るまでずっと言われ続けるよ。主にネタとして。
我が領の領民たちは識字率が高いから一気に流れるね。最悪吟遊詩人とかが他領まで伝えるだろうから社交界でネタにされる可能性もなきにしもあらず。ああ、あの人あんなこといったんだんププッと言う具合に。
黒歴史って恐ろしいな…まあでも、こんな脅しができるほどに領内の識字率が上がったことにまずは喜ぶべきなんだろうけど。
以前、精霊教会と共同で平民向けの学校を設置した。子供と子供から習う素直な大人によって識字率がグッと上がった。故にパルプ紙が出来る様になってからは簡単な新聞を作ってみました。皆さん毎日買ってくれるのでいい収入源です。毎度有り。
だけど言質は取ったぞ……私の出す条件は全て呑んでくれる様で何よりです父上。ゲヘヘヘヘ、ゲフッ、ゴブッ、ゲボッ(←笑い過ぎてむせた)
「さてと、それでは条件ですが……たった5つのお願いです。」
「……という訳で、宜しく御願い致します。」
「……だが…」
「別に我が家に泥を塗る訳では無いでしょう?その事に反論しようものなら不敬罪でしばか…おっと失礼、裁かれるのはあちらでしょう?」
「…う、うむ……」
「そうそう、他の条件も忘れないで下さいね?忘れた場合は母上に昔聞いたお父様の子供の頃の…」
「…………………………………分かっているからもうそれは…」
「私も本当はこんな事はしたくは有りませんでしたよ?でも…ご理解頂けて光栄ですわ、オトーサマ」
さァ〜て、と。
色々こっちが有利になる様に進められそうでよかった。ある意味あの王子サマに感謝だな……そういえば名前何だっけ?
まあいいや(王子の扱い)
その事に関してはウォルターとジャンクリに任せておけば大丈夫そうだし。あの2人と私の従魔達に実力を認められなければどのみち私と結婚なんて無理だろうしね…魔獣に通じるのは力(物理)なのであの王子なら厳しいだろう。
ついでだが、舞踏会へは私の従魔の中でも精鋭の10匹+ジャンクリが出席予定。王子の誕生祝いを心よりするかどうかは別として。
これは父に出した条件の1つ。私の護衛兼エスコート役としての従魔の出席。当然国王陛下に許可も頂いた。
国王陛下と突撃対峙して話したことを少し思い出した……国王としては、息子達があまりに不作だから最悪全員廃嫡→養子として前王の庶子で優秀そうなのをとる事も既に視野へ入れているらしい。
まあ、私の婚約者(仮)は一応冷静さを欠く所を除けば優秀なので今は何もしないらしいが……それに、当然だができれば自分の子供を王位にしたいと考えているのだろうしね。
………(ヴィンセント第3王子)………
「………………」
解せない……
「ルーナ、次はこっち。」
「ありがとうシグ、取っておいてくれたのね!」
「僕もキッシュを取り置いておきましたよ、ルーナ様!!」
「あら!もしかしてマッシュ入りの?ありがとうね、丹波!」
「………これ。」
「これってもしかしてホロホロ鳥のコンフィー?ありがとうね…結構有るから皆で一緒に食べましょう、ポワンセ?」
「………ん」
「ルーナちゃん、話しまとめて来たよ。コレ契約書ね。」
「あら、仕事が速いわね!ヘルメス」
「お褒めに預かり光栄でございます。」
「「主殿!我らも眷属を1匹ずつ奥様と旦那様の影に潜らせておきましたのでご安心下さい。」」
「本当に助かるよ、ナハトもウォーゼも…あそこには行きたくないけど情報だけは一級品だからね。さすが『魔窟』なんて呼ばれるだけはある……」
「!仲間が何か掴んだ様なので、後で御報告致します。」
「ありがとう、クロード……次いでにヴィルとコンとリヒターは大丈夫かしら。うっかり置いて来てしまったけど…」
「ああ令嬢方に囲まれていますが、皆上手くあしらっていますね…これも主様のご教育の賜物でございますね。」
「違うよ、皆頑張ったからよ!それより皆様頂きましょう?」
「おいおい、俺への感謝は何処言ったよ?ずっとエスコートしているだろう?」
「あら、自分で選んだ仕事でしたよね、ジャンクリ?それともアソコに放り込まれたい?」
「いやいやいや、無理だろう?!香水臭くて一瞬で目眩起こすわ!!」
「なら黙って…まあいいわ、確かに一緒にダンスも踊ってもらったしね……御相手出来て光栄でしたわ、ジャン。」
「………こ、こちらこそ……」
目の前で繰り広げられた『我が婚約者』とその従者らしき男の甘い雰囲気に耐えられなくなり、俺はいつの間にか2人の間に割って入っていた。
「………おい、一応この人は私の婚約者なのだが?そしてルーナよ、私の誕生日を祝いに来たのではなかったのか?」
そして驚いた顔をした直後に呆れた様子で私を見る婚約者殿、いや、ルーナ。
……相変わらず紫水晶の様な瞳が知的に輝き、その白銀の髪によって本当に人間なのか疑ってしまう。童顔な部分も相まって、まるで妖精の様に見える。
肉体は無駄の無い引き締まった身体をしているが、魅惑的に成長している…まだ10歳だというのに胸の膨らみや丸みを帯びた体つきが妖艶なアンバランスさを引き出しているのだ。
母親と父親のいい所を足した美女になる事は確実だろう。その上私では足下にも及ばない程賢く実行力とカリスマ性を持っている。
そしてその隣に居る男……いや、コイツは竜だと父上が言っていたな……悔しいが、彼女に相応しい程の美丈夫だ。
この国ではおおよそ見かけられない切れ長で涼やかな目元…その奥には夕日色の鋭い瞳が覗く。長い艶やかな黒髪は、後ろで緑色の髪留めで1つにまとめられている。そして…何故かパーティーの中で一人だけ変わった服装をしている。
『ハオリ』と『ハカマ』と言うらしい…我が婚約者の話しでは、遠い東洋に有る海に囲まれ神風に守られた『黄金の国』と言う名の先進国の伝統的な衣装で有り、正式な場で着用されるそうだ。
彼女も似た様な服を何着か持っており、ドレス等より動き易いと言っていた……今度似た様な服を宮廷裁縫師に作らせようと思う。
それにしても………………この男の『全て』が文字通り気に入らない。
彼女に相応しい見た目、隣に居られる力、そしてその距離も、何もかも私では太刀打ち出来ない……何故だ?
私はこう見えてもこの国の王子…継承権は上の馬鹿2人のお陰で私を父上は教えているそうだ。そして見た目は一応令嬢達や王宮で働く侍女達にしょっちゅう囲まれる位には有る。
力だって…彼女がいつか冒険に出たい事を密偵で知っていたので共にパーティーを組んで戦える様に日々鍛えている……それこそもし彼女が希望するなら王の座を蹴ってでも一緒に行くつもりだ。
私が2人を見詰めていると、不意に彼女が口を開いた。そして彼女の凛とした声で私に向けて言葉が紡がれた……
「殿下、恐れながら私達の関係は以前説明した通り『名前を貸す』間柄でしたよね?それと、私はこういう『社交』の場が嫌いでして…特にあの室内の空気は毒になるのでなるべく近寄りたくないのですよ。故に今回も仕方が無く父上、いえ、ラウツェンスタイン公爵に同伴する形で護衛の意味も兼ねて此方に伺った次第に御座います。ああでも、一応王子の生誕は祝っておりますわ……次いでですが。その証拠に1曲だけダンスの相手を致しましたよね?」
笑顔で嫌味を言う彼女………初対面であの様な対応をした私を今は殴り倒したい気分になる。
私は彼女に惚れてしまったのだ…この『婚約』を解消させたくない程に……
不機嫌そうに私を見てからフッと鼻で笑い、彼女の腰に腕を回す竜。そして彼女に耳を軽く甘噛みした……彼女はみるみる紅くなるが、満更ではない事は端から見て明らかだろう………
そしてそのまま顔をそいつの胸に押し付けたルーナ…ハオリは少しはだけており、奴の地肌と直に接しているのが見ているこっちからも分かった。
−随分と見せつけてくれる物だな…私が王子であり、彼女の合法的な婚約者だと知りながら……従魔、いや、獣風情が………
私の中に有る理解不能などす黒い不可思議な感触…どろりとしており、時々痛い……そんな感情が湧く。
その名を『嫉妬』と呼ぶ事は、嬉しそうな表情の父上が教えてくれた。人の感情の1つだと言っておられた。
そしてその理由だが、異性として私は彼女に執着しているらしい……原因には心当たりが有る。
私が彼女にこれ程執着する理由だが、確実に彼女は知らない…いや、覚えていないだろう。
私が惚れた理由は彼女との御見合いの席ではなく、実は王都のスラム街で起こった事だった。
…………………………………………
その日は王宮でいつもの如く異母兄弟とその母親から嫌がらせを受けていた。
質の悪い事に母親の方はいつも間接的に彼女の侍女達を使ってやって来る……変な噂を流す等。
そしてその日、私はうんざりしていた……服が全部洗濯に出されていたのだった。今日の剣術の授業には出たかったのに……
そして今の季節は冬……正直寝間着のままでいるのはきつい。
そこで、私は有る妙案が浮かんだのだった………そうだ、市街地へ行こう。
使用人の服をこっそり借りて、私は王子だとばれない様に茶髪のかつらを被った。目に関しては……仕方が無いか。
そして私は王宮から抜け出した。
……………………………………………………
秘密の抜け穴を抜け出した先には、活気のある王都が広がっていた。
−無邪気に走り回る子供達
−色とりどりの野菜や果物が並んだ店
−魚を猫に取られまいと包丁を振り回す太った店主
−怪しい気な指輪や水晶の類の置かれた商人風の男の露店
−そして様々な格好をし、様々な目的で忙しなく動き回る市民達
見るもの全てが珍しく、夢中になって色々観察した……私が王宮に入る前は田舎町にいたのでこれ程人が居る場所自体始めてであった。
そして暫く歩いていると…道に迷ってしまった。
元来た道を引き返そうとしたが、逆に分からなくなり……いつの間にか異臭の漂う汚らしく暗い場所に来てしまっていた。
そしてその場所に心当たりが有る……”スラム”。またの名を、貧民街。
ここに居る人々には家と呼べる場所が無く、そして安定した収入を得る事の出来る仕事をしていない。故に貧しく、犯罪や疫病が横行している……少なくともそう家庭教師に言われた。
そして先程から嫌な視線を露骨に向けている男の集団が有る……人攫いか追いはぎか?
何にせよ、早く何処かに逃げねば……そう思っていた時だった。
「あら、迷子ですか坊ちゃん?」
後ろから場違いな程明るく凛とした声がした。振り返るとそこにいるのは………令嬢らしからぬ格好をしている我が婚約者。
市民の着る地味な浅地の服を着用し、少し痛んだ革性の靴を履き、ボロボロな鞄を下げていた……変装か?
私がじっと見ているのを不審に思ったのか彼女は自分を見回し…髪の毛を一房とって見て納得した様な顔をした。
「ああ……この髪が珍しいんですかね?確かに王族特有の銀とか言われていますけど、以外と市民の間でも居るんですよ?」
「……………。」
誤解したままそう呑気に返した彼女は私から視線を外した。そして急に回れ右して、不躾な視線をずっと送って来ている人達に向かって行こうとした。
「おい!」
慌てて止めようとしたが……
「黙ってそこに居な、坊ちゃん。」
……おおよそ彼女から出たとは思えない程ドスの利いた声で諭され、私は固まった。
彼女は一旦助走を付けると、男達の所へ全速力で駆けた。
そして、あっという間に間合いを詰め……
驚いて呆然と突っ立っていた男達の1人に、何と見事な『シャイニングウィザード』と言う蹴り技を決めた。
以前体術の師匠が『憧れ』だと話していた難易度の高い技なのに……あんな軽々と……………
男は一瞬のうちにノックアウトし、地面に転がされた。
他の男達は何故か彼女を怯えた表情で見ていた………そして彼女は、と言うと……………………
……断言しよう、アレは間違いなく獲物を狙う肉食獣の目だ。
そして転がされた男の頭に片足を乗せて、高らかに宣言した言葉は……
「啼かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス。」
物騒な言葉をいい終えると、たっぷり時間を置いてから真っ青な顔で若干縮んだ男達に向けてこう続けた。
「私に即刻下らなければ………決まっている。」
度胸有る1人の男が彼女の言葉に割って入り
「どうせ殺すのだろう?」
と、言った。それに対して彼女はいい笑顔をして、こう答えたのだった。
「いや、自分から死にたくなる位に辱める」
外道を感じさせないが凄みのある笑顔で相手に告げる。相手は別に殲滅兵器を出されたわけでも人質を取られたわけでも、まして権力をかざされたわけでもないのに顔色が真っ青になっていた。
始めてだった……交渉の取引に生き死にだけでなく『辱める』という手段を取る奴を見るのは。私も王宮でコレでもかと言わんばかりに毎日大人の汚いやり取りを見ていたのだが、な。正直自信を無くす………
そして彼女の続けて放たれた言葉の奔流は効果覿面だった。相手の心を的確に折っていく、しかも筋が通っているため言い返しようがなく仮にそれを行えばドツボにはまっていく。
死屍累々………もはや蒼を通り越して死人宜しく土気色になった男達。だがそんな状態でも容赦の無い婚約者殿。なんだかやめたげてという声が聞こえた気がした。だがそんなものこの理路整然と不埒者共を罰する凛々しい姿の前にはただの戯言だ。
彼らにそのまま続けて彼女は無慈悲にもこう言い放った。
「そうね……選択肢をあげましょうか。一回しか言わないのでよぉく聞く事。それでは………
一つ、ここで全裸に引剝かれた挙句、私に催眠魔術を掛けられて、日中ずっと白目向いて自分の尻を叩きながら『びっくりする程ユート○ア!!』と大声で何度も叫んで大通りの賑やかな場所メインに徘徊する。
二つ、ボス諸共今後永遠に私の狗になって働く。
三つ、全員髪の毛を失う。ちなみに方法は、毛根をぶち抜いた後に呪い掛けるから、文字通り永遠に生えて来なくなるよ?生まれ変わっても多分ツルッ禿になるね。
四つ、股にある一物を失って乙漢になる…そうね、マダムマキシマの乙漢塾に連れて行って上げるわ。きっと良い男娼になるでしょうね…同性相手限定だけど。
五つ、全員牢屋→拷問&下手すると冬だし死亡コース。
さぁどれにするぅ?私は優しいからたぁっぷり後20秒待ってあげるよぉ?但し時間切れの場合はね……ウフフ。」
冬なのに脂汗が滴る男達……………それもそうだろう。今なら全員と心を1つにして突込める……
“碌な選択肢が無いじゃないか!!”
と。
まず二と五は選べば確実に死ぬので除外。一と四は論外……想像するだけでも何か色々失いそうで恐ろしい………
だが、三を選べばエターナル禿になる……地味に嫌過ぎる。しかしこれ以外はもっと色々失うので、これ以外選択出来ないだろうな……
まあでも、見た所組織の下っ端の様なのでそこまで中義心等無さそうだし、選ぶのは多分二だろう……真剣に悩んだ上で。
それにしても、我が婚約者殿は鬼畜外道だったのか………………何だか騙された気がした。いや、実際凛として断罪する姿はかっこよかったのだがそれ以上にその、発言が……
そう思っていると、一瞬彼女が私の方を睨んだ気がした……逆らわない様にしておこう。
そして男達が何か答えようとした所で…いい笑顔で彼女はこう宣言した。
「ハイ時間切れ。では皆さん1番いってみようか?」
慌てて1人が口を開いた。
「ま、待ってくれ。俺は2番だ!お前に従って生きて行くからどうか全部ヤメテクダサイオネガイシマス御免なさい勘弁してちゃんとボスも説得するから!!」
彼女はそう言い放った奴を先頭に、彼らのボスの所へ案内させた……先程気絶させた男を足首掴んで引き摺って歩きながら。
そして先程の光景が繰り返され………全員一斉に土下座した。
彼女は大きめ魔術式を1つ男達の真上に展開してから
「なら今後は我が『ルナライト商会』の運送部として全員を雇用するので宜しく。」
と言った。同時に魔術式を発動させた………随分複雑な構造だったが、何の術式だったのだろうか?
そして男達を見ると……一瞬全員呆然としていたが、直ぐに整列してから
「はい、お嬢!!」
と彼女に敬礼した。彼女は引き摺られている最中に新たな扉を開いた男を側に呼び付け、メモを渡した。
「そこの場所に行って私の名を出せば、指示が出るから後は先方に従って動け。いいな?」
「はいお嬢!!行って参ります。」
そうしてスラムにいた怪しげな男の集団は消えて行った。
呆然とその様子を見ている私へ不意に彼女は近付くと……
スパーン、パシーン
…何をされたのか分からなかった……だが、彼女の怒号ではっとした。
「何処の誰だか知りませんが、護衛も付けていない所を見る限り、自分の力を慢心して“1人”で抜け出して、遊び感覚で市街地に出た。その上迷子になって、その内スラム街に来ていたと……危なかったですね。あともう少しで奴隷として一生変態貴族達の玩具として生きる事になっていましたよ?」
「……………。」
「どの様な考えで王都を散歩していたのか存じ上げませんが、今現在貴方の行った事でどれ程の人々が迷惑を被っているか分かりませんか?例えば貴方のお目付役を恐らく仰せつかっている使用人達や家臣の方々。彼らは貴方が消滅した事で今頃責任を取らされているでしょうね。下手をすれば、物理的に首が飛んでいるかも知れないですよ?」
「ッ………」
「今気付いたって顔をされていますね。ですがそれでは遅いです。『ノブレス・オブリージュ』と言う言葉はご存知ですよね?意味は『持つ者の義務』、つまり、貴方や私がその立場を持っている事で生じる義務です。その中には当然自分の従者等を守る義務も有ります。」
「!!……」
「持つ者である貴方は当然その義務が有る訳です。だから、そう言う者達を自分の手で殺したくないなら今後はこの様な無鉄砲な行動は取らない事です。」
………彼女の言葉は正に正論。
特に多くの権力を持っている王族である私が本来既に自覚しているべき事だった、そう言う教育はなされているのだから……
…それなのに私は………
更にそれを、自分が“一介の貴族令嬢”と蔑んだ我が婚約者……ルーナ殿に諭されていた。
自分よりも年下の少女に…帝王学等学んでいない、蝶よ花よと育てられている(はずの)貴族令嬢に!
………ああ、私は何も分かっていなかったのだな……………いや、今も分かっていない…
落ち込んでいると、彼女は再び口を開いた。
「…一応言っておきますが、私の様な考え方をしている貴族は多分現在では少数だと思われます。故に周りの大人は貴方に『今以上』の事を求めないでしょう…大体貴方はまだ子供ですからそこまで大きな義務や権利等は発生致しません。だからこそ、この失敗を活かして次に繋げる努力をなさってください。落ち込んでいる暇があったらそうした方がずっと有意義でしょう?」
「……ああ、そうだな。」
それもそうか………今の内に多くを学んで様々な経験を積み、大人になる前に多くの事を十分に理解する事。そしてそれは今しか出来ない事でもあるな…よし、王宮に帰ったら今以上に頑張ってみよう。
だがそれにしても……子供はお互い様だと思うのだが…
そして最後、別れる時彼女はいい笑顔でこう言った。
「次回貴方が変なトラブルに巻き込まれていようと、私は助けませんから。せいぜい自力で解決又は逃げられるだけの『力』と立場を付ける事です。私の様にね?」
「ドーラ様!!」
「連れが呼んでいる様ですので、それでは失礼。」
そう言うなり、彼女は………消えた。
この後私は彼女へ更に関心が沸き、父上から鉄槌を喰った後で彼女の家の事等色々質問しようとした。
だが、父上はニヤリと笑って
「……若いっていいな。まあせいぜい頑張れ若者!応援はしないが傍観はしている。じゃあな。」
と一言残して、去って行った………ああせいぜい頑張るさ。
そしてその後色々なコネ等を利用して得た情報で、彼女が様々な事を3歳時、つまり私と合うずっと前から自力で行っている事が判明した。
………流石にその事には驚いたよ。
そして敵わないと思ったが、同時に憧れを抱いた……その気持ちが何時“異性への愛情”へ変わったのかは知らない。
だけど1つ分かる事が有る………この気持ちは多分一生変わらない。何故なら彼女に敵う気がしないからだ。
だからこそ責めて、隣に立って並びたいのだ。
だが……………
“理想的な女性の隣には、理想的な大人の男が居た”
今のままでは絶対に入り込む余地がない……糞。
今回は私の負けだ。
だが、いつかは勝つ。勝って彼女の隣の座を奪い取ってやる。
……だからせいぜい首を洗って待っていろ。
………………………(end)………………………
………どうしたんだろう?急に寒気が…
「ん?寒いのか?」
「……………何か背筋がゾクリとした感じがして…」
隣で私をエスコートしているジャンにそう言うと…いきなり屈んで私の目の前に彼の顔が迫って来た……
「?!」
「いいから落ち着け!ちょっと待っていろ……」
彼は人の目等気にしないと言わん素振りで私の顔を優しい手つきで触れると同時に…自分の額をくっつけた。
………ああ吐息が掛かる…彼の匂いが近い……………
きっと私の顔はゆで蛸状態だろうな……後でどうしてくれよう?
そしていつの間にか、彼に抱きかかえられていた……俗に言う、『お姫様抱っこ』だ。
そして………
「馬鹿ルーナ!何で体調が悪い事を言わなかった?!……熱が有る、もう帰るぞ。後は丹波に連絡を任せて置けば大丈夫だろう?」
有無を言わさずと言った様子でそう言われれば、真面目に体調が(舞踏会の空気に当てられて)悪くなった私はこう答えざるを得ない。
「…………………………………………………はい。」
「よろしい。このまま俺直々に返すから。首に掴まれ。」
バルコニーに一旦出て、カーテンで内からは見えない状態にしたジャン。私を一旦椅子に卸してそのまま上着を脱ぐと、鍛え上げられた筋肉質で立派な肉体が出る。
彼は自分の上着を拾い上げると、それを私に着せた……大きくてぶかぶかだが…温かくて気持ちがいい。そのまま再び抱き上げそして………
バサッ
大きな竜翼を広げ、助走無しで大空へと掛け上がった。
「………ふわぁ〜」
「……王都も夕方だけは中々奇麗な物だな………」
上空から見た王都全域は………もう見事としか言いようが無かった。
中央に位置する外装真っ白な王宮は、夕日に照らされて黄金色に輝いている。そこへ通じる市街地中央の大通りの石段は、輝きの有るバラ色の道となっている。
そんな一瞬現実を忘れそうになる世界にも、市民の生活を感じられた。
この時間帯だからだろうか?夕飯の準備をしているかの様な匂い。街の子供達が買う屋台の焼き菓子や、我が領から輸出している醤油・味噌のこんがり焼ける香り。
パーティーでは色々と豪勢な物を食べたが、私は此方の方が好きだ……まあ1番は今の家の食事だが。
そうだ、私は家に帰りたい……そう思っていたら、元の世界で夕方流れていた曲を思い出した。
「…………………〜〜〜鴉と一緒にかえりましょう〜♪」
すると、鼻歌でジャンが一緒に歌い出した……唐突に涙が出た。そして不思議とそれは止まらなかった……
「……大丈夫、側に居る。だから、泣くな………」
涙を黙って掬う優しい手。そしてその優しい声。
柔らかな夕日の中、私は彼に縋りながら泣いた…そして泣きつかれて寝ていた。
家に着くと、ウォルターが出迎えた。
「お帰りなさい、ルーナ様。」
「ただいま!」
……………そうだ。
−この世界にはもう、沢山の『家族』と言える大事な存在がいるんだ。例え二度と再び『日本』の家族に会えなくても、私は孤独では無い。
そして気心知れたクリスもちゃんと生きてココに居る…これから私の側にずっと居てくれると思う。
以前も言ったが、誰がそうかはもう既に気付いているよ流石に………だってわざとばれる様な事をしてくれているからね……言動とか性格とかそのままだっし…
それに……これ結構決定的だけど、帰り際に一緒に私と曲を口ずさんだ。あの歌は日本に居た事が無ければ知らない……そしてクリスは日系人であり、日本の親戚の家に預けられていた時期が有ったそうなのでで知っていた。
だって、戦場帰りに一緒に歌っていたからね……互いにまだ子供だった頃は特に。
それにしても本当に変わら無いな……安心したよ。
だけど、私のこの世界に置ける立場が安定するまで自分の事を明かす事も含めて色々と待って欲しい。
悪役に転生していなければさっさと前の『相棒』としての関係には戻っていただろう……だけど今は無理だ。
責めてそうだな……冒険者として歩み出し、この家に迷惑が掛からない程の立場になり、生活が安定してからかな?
……………………想像以上に何だか時間がかかりそう……期限までに間に合うかな?
間に合わせるのもプロか。
さて、身体が治ったら頑張ろう。
此方での報告と成りますが、今日本当は投稿日予定だったのですがちょっとムーンライトノベルスの方の作品は御休み致します。予想以上に此方の作品に時間がかかった結果、書き上げられませんでした(_ _)申し訳御座いません。多分明日、投稿出来ると思いますので、覗いて行って下さったら幸いです。
それでは次回も宜しく御願い致します。
8/15: ノブルス・オブリージュ→ノブレス・オブリージュ 訂正致しました。ご指摘有難うございます。
10/25: 国王陛下と直接離した事が → 話した事が 訂正足しました、ご指摘有難うございます。
10/25: 隣に居れる → 居られる 訂正致しました、ご指摘有難うございます。
10/25: うむを言わさず → 有無を言わさず 訂正致しました、ご指摘有難うございます。