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願いの神に、願った俺は。 作者:由里名雪

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とある願いの、運ぶ縁は。

 栞里と礼華の件が解決した次の日。普段と変わらないはずの朝は少しだけ違う様子を見せていた。
 がやがやとした生徒たちの話し声を聞き流しながら、俺は自分の席でぼんやりとまっさらな黒板を見つめていた。……暇だ。
 というのも、今日は俺達二年一組だけが朝にショートホームルームを行うらしく、担任が来るのを待っている最中なのだ。日岡高校には朝のホームルームの時間は存在せず、そのまま一限が始まるのが普通なのだが今日は何やら特別らしい。既に一限が始まっている時間なのだが、未だ担任は姿を見せていない。
「……一体何の連絡なんだろうね?」
 暇を持て余したのか、右斜め前の席にいる栞里が俺の方を振り向いて話しかけてきた。俺も首を傾げながら栞里の方を向く。
「わからん。まあこれで一限の時間が短くなると思えば、もっと待たされてもいいけどな」
「あはは、確かに。でも、ちょっと遅いよね。もっと早く来ると思ったんだけど……」
「何の連絡なのかっていうのは確かに気になるな。こんだけ待たされてるんだから、何かすごいニュースでも持って来て欲しいよな」
 一限が始まって既に十五分ほど経過している。このまま本当に一限が終わるんじゃないかと思うほど俺たちは退屈していた。
 だが、その心配はすぐに杞憂だということが分かった。
「ごめんなさい、お待たせしました」
 ドアの開く音と共に担任が少し焦ったように教室に入って来た。教室の喧騒は少しだけ静まり、皆が担任に注目していた。
 俺と栞里も会話を打ち切り、身体を前へ向ける。はてさて、一体何の連絡やら。普通に考えれば、もうすぐ文化祭が近いのでその関係だろう。後はたまに行われる全国模試とか、そのあたりだろうか。
「えー、今日は皆さんに重大なお知らせがあります」」
 もったいつけるように言う担任に、教室の喧騒が更に静まり返った。俺も少しだけ固唾を飲みながら教師の言葉に耳を傾ける。
 そして担任は一呼吸おいて、こう言った。
「今日、このクラスに転校生がやってきます」
 そして一気に広がるざわめき。興奮気味の生徒たちの声が教室を埋め尽くし、廊下にまで聞こえそうな騒ぎになっていた。
 かくいう俺も驚きに目をむき、教師の言葉を反芻していた。この時期に転校生だなんて、全く珍しい。一体どんな生徒なのか気になるな。
「明くん、すごいニュースだったね!転校生だって!」
「ああ……まさかのな。一体どんな転校生なんだろうな」
 同じく興奮気味の栞里。無理もない、転校生がやってくるなんて一大イベントだ。俺だけじゃない、周りの誰もが興味深々だった。
「静かに!騒ぎたいのは分かりますが授業中ですよ」
 皆が口々に転校生の話をする中、担任が咳ばらいをして生徒たちをなだめる。教室が再び落ち着きを取り戻したのを見計らって担任が続けた。
「くれぐれも言っておきますが、騒ぐのは授業が終わってからにしてくださいね。……それでは、入ってください」
 担任がドアに向かって呼びかける。そしてゆっくりとドアが開いていくのを誰もがじっと見つめていた。
 そして教室に入って来たのは、見慣れない制服を着た女子生徒。セミロングの髪を揺らしながら壇上に登り、黒板のチョークを手に取った。
 そしてまっさらな黒板に白いチョークの文字が踊る。書き終えた転校生は前に向き直り、一礼して言った。
杠葉ゆずりは橙佳とうかと言います。皆さん、仲良くしていただけると嬉しいです!」
 にっこりと、柔らかな微笑みを浮かべながら教室を見渡す転校生。控えめに言って、かなり可愛い部類に入るというのは一目瞭然だった。早くも俺の周囲の男子生徒が感嘆の息を漏らしている。熾烈な戦争の足音が聞こえた。
 そんな俺も杠葉橙佳の姿をじっと見つめていた。とても明るくて快活な感じのする生徒だ。だが、何処かで見たことがある気がするのは気のせいだろうか。転校生なのだからそのはずはないのだが、何故か目が離せない。
「…………」
 そのまま見ていると、ふと杠葉橙佳と目が合った。じろじろ見ていたのがばれたのかと思い、何だか申し訳ない気持ちになる。
「……ふふっ」
 が、一体何を思ったのか杠葉橙佳は俺と目を合わせたまま微笑みかけてきた。反応に困った俺は、なんとなく微笑み返しておいた。……何だか気まずい。
 そんなやり取りをしたのも一瞬で、担任が俺たちに向かって口を開くと辺りの話し声も少しだけ止んだ。
「では杠葉さんは一番後ろの席に。皆さん、杠葉さんの力になってあげてくださいね」
 教師の言葉に思わず後ろを振り向くと、最後列に誰も座っていない席が一つ用意されていたことに今更気がついた。あれに気付いていれば転校生が来ることも予想できたかもしれなかった。
 杠葉橙佳はそのまま壇上を降りて、最後列の席へと向かった。担任もそれを見届けると教室を出ていった。そして入れ替わりに一限の国語を担当する教師が入ってくる。ようやく授業が始まるようだ。
 それにしてもまさか転校生がやって来るとは。一体なぜこの時期にやってきたのか、この既視感の正体は一体何なのか、聞きたいことは色々あったがそれを聞けるのはしばらく先になりそうだ。
 どうせこの後は転校生なら避けられない、洗礼ともいうべき質問攻めが待っている。その中に混ざろうという気にはなれなかった。
 そのまま教科書の用意をしていた時──ふと、栞里の背中に目がいった。
 栞里は教科書の用意もせずにただ俯いていた。そんな栞里の様子に疑問を感じたが、すぐに日直の号令がかかり起立をしているうちにその疑問も立ち消えてしまった。
 そうして今日も恙なく授業は進んでいく。忘れずにやって来る俺の睡魔もいつも通りだった。


*****


 昼休みの教室はいつもと違うにぎわいに満ちていた。それもそのはず、いつもは他の場所で昼食をとる生徒でさえ転校生を囲む輪の中に参加してるのだ。あれは囲まれている転校生も大変だろう。
 俺は他人事のようにその質問攻めの様子を見ながら、十梧と机を突き合わせて昼食をとっていた。
「すごいな、あれ」
「ああ……大量の人に囲まれるってのはそれだけで体力使うからな。相当大変だろうよ」
「流石経験者。俺には想像もできないね」
「……お前はお前で、俺とは違う苦労をしてると思うんだが……」
 十梧がげんなりした様子で箸を運ぶ。十梧が何を言っているのかよく分からないが、俺はあんな風に囲まれたことなんてない。全く贅沢な悩みだと思う。俺も一度でいいからあんな風にモテてみたい。
「にしても、なんか久々だな。俺とお前二人で飯食うの」
「まあ、本当はこっちの方がいいんじゃないか。栞里だって男と飯食うよりは礼華との方がいいだろ」
 そう、今この場に栞里の姿はない。今頃文芸部の部室で礼華と昼食をとっている所だろう。栞里が礼華と喧嘩するまではずっとこうだったのだから、これが本来あるべき姿だろう。俺たちはそれを歓迎するべきだ。
 十梧は俺の言葉に頷きながら、ぼんやりと杠葉橙佳の周囲を埋め尽くす生徒の様子を眺めていた。しかしいつまでも続くと思われたその光景も、昼休みが終わりに近づくにつれて変化を見せる。
 俺も十梧も昼食を済ませてのんびりと昼休みを過ごしていると、杠葉橙佳の周辺からはすっかり人がいなくなっていた。質問攻めをしていた生徒達も流石に自分の昼食を済ませないとまずいと思ったのだろう。質問されてばかりで昼食をとれていない転校生に気を遣ったことも考えられるが。
 その様子を見ていた俺は、再び杠葉橙佳と目が合った。少し疲れた表情で笑いながら、おもむろに席を立つ。気分転換に外でも行くのかと思いきや──杠葉橙佳がやってきたのは俺たちの所だった。
 俺と十梧は呆気にとられながら、杠葉橙佳が隣の席から椅子を拝借して俺の隣に座るのを眺めていた。
「ふは~~、つかれたぁ……。あ、ごめんね急に。ちょっと机使わせて貰ってもいい?」
 ものすごく気安く話しかけてくる杠葉橙佳に面食らいつつ、俺は頷いた。
「あ、ああ……いいけど本当に急だな。悪目立ちするんじゃないか?」
「心配してくれてありがと。やっぱり明くんは優しいね」
 言いながら杠葉橙佳は俺の机の上に菓子パンと牛乳をおいた。どうやら昼食はこれだけのようだ。自分が質問攻めにあってまともに昼食がとれなくなるのを分かっていたのだろう。
 そこまで考えて、俺は首を傾げた。
「……なぁ、何で俺の名前知ってるんだ?どこかで会ったっけ?」
「んふ、さてどこでしょう?」
 挑戦的な笑みを浮かべて菓子パンを頬張る杠葉橙佳。どうやら俺はこの転校生とどこかで会っているらしい。俺の既視感は勘違いではなかったというわけだ。
 といわれても全く心当たりがない。必死で頭を回転させていると、十梧が不思議そうな顔をして口を開いた。
「明と杠葉は……知り合いなのか?」
「んー、それは明くんの返答次第かな。答えによって私たちは、お久しぶりにも初めましてにもなるよ」
 何だかよく分からない返答だ。ていうか、マジでどこで会ったんだ俺は。
 ヒントがほとんどないので、自分の直感に頼ることにした。じっと杠葉橙佳の顔を眺める。この既視感が俺を正解へと導いてくれそうな気がした。
「…………」
「…………やだ、そんなに見られると恥ずかしいよ明くん」
「……すまん、でももう少しで思い出せそうな気がする」
「そう?なら、我慢する……」
 微妙に頬を染めて視線を逸らす杠葉橙佳に罪悪感を感じつつ、ひたすら俺は思考する。そして──天啓が舞い降りた。
「──わかった!この前のファミレスだ!俺の席で注文をとったの、杠葉だろ?」
 先日栞里と行ったファミレスの店員の顔を思い出した。なんとなく印象的だったので間違いない。
 俺の会心の答えに、杠葉橙佳はうんうんと頷く。そして明るい笑みを浮かべて言った。
「半分正解、かな」
「……半分?」
 なんだか肩透かしを食らった気分だ。絶対正解だと思ったのだが、どうやら違うらしい。というよりは求めていた答えと違っていた、という感じか。だとするとお手上げだ。さっぱりわからん。
「確かにこの前会ったね。私最近あそこでバイト始めたんだ。……でも、あそこで会ったのが初めてじゃないよ。もっと前に会ってる」
「……もっと前って、どのくらい前だ?」
「さて、どのくらい前でしょう?回答権は一回です」
 また俺に答えさせるつもりらしい。だが今度こそ思い当たる節がない。散々頭を捻ったが、ついに俺は降参して首を横に振った。
「……すまん、お手上げだ」
「……そっか。仕方ないよ。なにせ本当に大昔だからね」
 ちょっぴり寂しげに俺を見つめる杠葉橙佳に、少し胸が痛んだ。できることなら思い出したいが、どうやら無理みたいだ。
「本当は自分で思い出して欲しかったんだけど、しょうがないから特別にヒント。これで思い出せなかったら、私たちは初めましてだね」
「わ、わかった。よしこい」
 妙なプレッシャーをかけられてにわかに緊張する。固唾を飲んで杠葉橙佳の言葉を待った。
 そして告げられたヒントとは──。
「──久しぶり、こーくん」
 ドクン、と鼓動が大きく跳ねた。間違いない、俺は聞いたことがある。呼ばれたことがある。走馬灯のようにかつての記憶が蘇っていく。遥か昔、色あせた記憶の中で俺をそう呼んだのは──。
「…………ゆず、なのか?」
 俺がその名を呼ぶと、杠葉橙佳は口元を抑えて頷く。震える息を漏らして俺を見つめるその目からは大粒の涙が溢れていた。
「……思い出してくれたんだ。こーくん、ずっと、ずっと会いたかったよ」
 杠葉橙佳──ゆずは周囲の目も気にせず、俺の胸に顔を押し付けて嗚咽をもらした。何事かと様子を伺う周囲の視線がガンガン突き刺さる。俺はどうしていいのか分からず、冷や汗を流しながら身体を強張らせた。
「もう……一生会えないと思ってた。ねぇ、どうしていなくなっちゃったの?あたし、ずっとこーくんのこと探してたんだよ?」
「それは……急に引っ越すことになって、それで……」
 ゆず、もとい杠葉橙佳は俺の幼少期の遊び相手だった。もともと神前家はこの日岡市に来る前、隣の県で暮らしていたのだ。家の近所に小さな公園があって、親が帰ってくるまでの間俺はよくそこで遊んでいた。
 そこで出会ったのが杠葉橙佳だ。彼女も俺と同じような理由で公園で暇を潰していたのだった。でも、親の都合で引っ越すことになりゆずともそれきりだったのだ。
 今思うとゆずには申し訳ない事をしたと思う。せめてどこに引っ越すのかくらいは教えてやれれば良かった。だが、今言った通り急な話だったのだ。俺もゆずに会いに行く暇もなくそのまま引っ越してしまった。
「ばか、あたしが今までどんな思いで過ごして来たのか……わかってるの?」
「……悪かったよ。ゆずには言っておくべきだった。ごめんな」
「……ぐすっ、ばかこーくん。許さないんだから」
 こうなると手が付けられない。未だに俺の胸で涙を拭いているが、気が収まるまではてこでも動かないのだ。頼むから早く離れてくれと言いたいが、言ったが最後もっとひどいことになる。そろそろ周囲の好奇の視線で死にそうだが我慢する他ないのだ。
「……なんか、面白いことになってるな」
「十梧。面白がってる暇があるならこいつを引っぺがすのに協力しろ。手荒に扱っても構わない。これ以上は俺が社会的に死ぬ」
「お前はそのくらいの苦労で丁度いいだろ。いろいろ自覚してないみたいだしな」
「まて、何の話だよ。あ、おい、どっかいくな!せめてこいつをどうにかしてくれ!」
 聞く耳を持たず十梧は席を離れて教室から出て行ってしまった。全く薄情な奴だ。ていうか本当にこいつを早くどうにかしないと、変な噂が立ちそうで非常に困る。くそ、誰か助けてくれ。
 そんな俺の思いも虚しくゆずは一向に離れようとしない。そして泣きっ面に蜂という言葉があるように、往々にして困難は重なることが多い。
 ただでさえ白い目で見られている今、決定的なとどめを刺す事態が起きる。
「こんにちは。あっくんはいるかしら──って」
 我らが九条院綾羽先輩が教室の入り口にお立ちになっていらっしゃった。
「げ、何でよりによってこのタイミングで……!」
 先輩はしばらく入り口で硬直しながら俺たちを眺めていたが、すぐに動きを取り戻して教室に乗り込んできた。更にざわめきが広がり、もはや収集のつかない事態になりつつある。……勘弁してくれ。
「こんにちはあっくん。所で誰よその女」
「なんで彼女みたいなこと言ってるんですか。こいつは杠葉橙佳って言って、まあ、幼馴染みたいなものです。今日俺たちのクラスに転校してきたんですよ」
「あら、そう。そんな話一度も聞いたことがないのだけれど?」
「まあ俺もこうして再会するまでは忘れてましたし……そもそもそんな話をする機会もなかったというか」
 何故俺は言い訳をしているのか。というかそもそも何で先輩は不機嫌気味なのか。もうわけがわからない。
「杠葉さん……と言ったわね。貴女、本当にあっくんの幼馴染なの?」
 先輩に尋ねられたゆずはようやく俺の胸から顔を離し、目元をこすりながら頷いた。
「そうですけど。というか、あなたは?」
「あらこれは私としたことが。申し遅れてごめんさい、私は九条院綾羽。三年生よ。あっくんと同じ部活に入っていて、懇ろの仲よ」
「いや、懇ろってそれ嘘ですよね」
「あっくんは黙ってて」
 理不尽だ。あらぬ誤解をされたら一体どうしてくれるのか。
 そんな先輩の言葉にも動じずゆずは落ち着いた様子で受け答えをしていた。
「先輩だったんですね。あたしのこーくんがお世話になっております」
「おい、なんだよあたしのって。俺はお前のじゃないぞ」
「こーくんは黙ってて」
 なんだか泣きたくなってきた。もう俺がいない方がいいんじゃないかと思えてきた。大体二人ともなんでちょっと睨み合ってるんだよ。お互い何か感じるものでもあったのか。前世は敵同士とかそういうのか。
「杠葉さん、あっくんが迷惑そうにしているから離れてあげたら?」
「九条院先輩こそ、人気者なんですね。視線が一杯集まって辛いです」
「それは貴女があっくんにベタベタしている所為もあると思うけれど?」
「いえ、そんなもんじゃないです。見てくださいよ教室の外。あの野次馬全部先輩目当てじゃないんですか?」
 バチバチと、二人の間に火花が散っているような錯覚を覚える。なんなんだこの空気は。そろそろ本当に辛くなってきた。
 このままこれが続くのかと溜め息をつきかけた瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。辺りの生徒達もこちらの様子を伺いながら各々の場所へと戻っていった。
「……お邪魔したわね。あっくん、今日は遅れずに部活に来るのよ?」
「え、あ、はい……」
 そのまま先輩が身を翻して俺たちの教室を去っていく。長い艶やかな髪をなびかせて教室を出ると、丁度見えない位置から聞き覚えのある声が聞こえた。
「綾羽さま、やはりここでしたか!全く何度言えば分かって下さるのですか!?勝手に一人で出歩かないで下さい!」
「結梨はうるさいんだから。ちょっとくらいいいじゃない」
「まさか私がお手洗いに行っている隙に行かれるとは……今度から綾羽さまも私がお手洗いに行くときはついてきて下さいね」
「え、嫌よ……何が楽しくてお手洗いにそこまで通わなきゃいけないの……」
 結梨さんもなかなか苦労しているみたいだ。先輩たちの声が聞こえなくなって、ようやく教室も少し落ち着きを取り戻したように思える。
「……こーくん、あの人とどういう関係?まさか、付き合ってる?」
「そんな馬鹿な。この学校のアイドルみたいな人だぞ、殺されるわ。そうじゃなくて、ただ部活が一緒ってだけだよ」
「ふーん。ちなみに何部?」
「文芸部だ。ただ本読んでるだけな廃部寸前の部活だよ」
 ゆずは俺の話を興味深そうに聞きながら残っていた菓子パンと牛乳をものすごい速さで平らげると、席を立った。椅子を元の席に戻しつつ俺に話しかけてくる。
「私もこーくんと同じ部活に入りたかったけど、そこはあの先輩に譲ってあげようかな。そのくらいのハンデは必要だよね」
「……ん?何の話だ?」
「なんでもない。それじゃまた後でね、こーくん。……思い出してくれてありがと。あたし、嬉しかったよ」
 それだけ言って、ゆずは自分の席へと戻っていった。ようやく訪れた安息の時間にほっと息をつく。
 ……まさか転校生がゆずだったとは。謎の既視感の正体がようやくわかった。幼いころに会っていたのだから、気付いても良さそうなものだが生憎俺はカンが良くないらしい。
 それにしても何という偶然だろう。もう会えなくてもおかしくなかった幼馴染が転校し再会を果たすなんてな。おまけに先日ファミレスでも一度会っているのだ。なんだか不思議な縁を感じるのはきっと俺だけじゃないだろう。
 でも腑に落ちない点が一つある。我ながら薄情だと思うが、俺はゆずに言われるまでゆずの存在をすっかり忘れていた。しかしゆずはあの日以来ずっと俺を探していたという。普通そんな薄情な幼馴染なんて愛想を尽かしてもおかしくないだろうに。
 考えても仕方のないことだとは思う。いっそ聞いてみるか。そう思いながら次の授業の準備をしていると、十梧が戻ってくるのが見えた。
「……どこ行ってたんだよ」
「ん?ちょっとトイレまで。なんか嫌な予感がしたんでな」
「大正解だよ。さっきまで先輩が来てた」
「知ってる。滅茶苦茶騒がしかったからな。本当のことをいうと、お前と話してた時遠くでガヤが聞こえたんだよ」
 本当に薄情な奴だった。先輩が来るのを分かっていたのなら教えてくれてもいいだろうに。おかげで本当に大変だった。
「杠葉橙佳、か。明、また新たな敵を大量に作ったな」
「……本気で勘弁してくれ……」
 俺が頭を抱えて机に突っ伏すと、十梧は俺の肩に手を置いてそのまま自分の席へと戻っていった。……この先が思いやられる。憂鬱な気分に沈んでいると、今度は頭上から別の声が聞こえた。
「……明くん、大丈夫?」
 顔を上げるとそこには昼食から戻った栞里の姿があった。俺が具合が悪いとでも思ったのか心配そうに俺を見ている。純粋に俺を心配してくれる栞里が何だか天使に見えた。
「ああ、大丈夫だ。栞里は優しいな」
「へ!?ど、どうしたの明くん?何か悩みごと?」
「まあな。さっきも先輩が教室に押しかけて来たりして大変だった」
「あはは……それは大変だったね。その、無理しないでね」
 栞里の気遣いに癒されながら俺は頷く。栞里も自分の席へと戻っていき、気だるい午後の授業が始まろうとしていた。
 この先俺の学校生活はどうなってしまうのだろう。いつか後ろから刺されたりしないといいいけどな。
 そう俺は自らの日々の平穏を祈るのだった。

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