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願いの神に、願った俺は。  作者: 由里名雪
プロローグ
2/39

願いの神の、思惑は。

 気がつくと何も存在していなかったはずの俺の世界は、急速に色を取り戻していった。


 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。


 俺は、死んだはずではなかったのか。虚ろな意識の中で俺は疑問に思った。

 俺を呼ぶ声は次第に大きくなっていく。声に引かれるように俺の意識はだんだんとはっきりしていった。

 ゆっくりと、目を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、じっと俺の顔を覗き込む白い髪の少女の顔だった。


「ようやっと起きたか、この寝ぼすけが」


 老獪な言葉遣いに偉そうな態度。自分が意識を取り戻した事に改めて疑問を持つ前に、俺はイラっとした。


「……なんだよ。偉そうに」

「実際偉いのじゃ。お主とは比べ物にならんくらいにな」


 勝ち誇ったような表情を浮かべる少女の顔を視界から外すべく、横になっていた身体を起こした。

 辺りを見回しても、視界に映るのは代わり映えのしない古ぼけた神社の境内だった。


「……俺は、死んだのか?」


 目が覚めて最初に感じた疑問が、ふと口を突いて出た。

 俺の言葉を聞いた少女は冷めた視線をこちらに寄越し、頷いた。


「ああ、お主は死んだ。間違いないの」

「……じゃあ何で、俺は生きているんだ?」


 俺がこうして意識を取り戻してここに居るということは、俺は生きているのではないか。

 少女の返答に矛盾を感じながら、少女に向かって再び問う。

 しかし少女はそんな俺の疑問を鼻で笑い飛ばすと、平坦な声色で告げた。


「そんなもの決まっておろう。私が蘇らせたのだ」

「……ははっ、信じられないけど……信じるしかないのか。……現に俺はここに居るしな」


 ……デタラメだ。一度死んだ人間を生き返らせるなんて──。

 だが、一体何のために。どういうつもりで俺を生き返らせたのか。

 己の身に立て続けに起こる理解不能な現象に考えが追いつかなかったが、そんな単純な疑問がふと浮かぶ。


「何のために、か。お主は自分が願った事を忘れたのか?」


 俺の心が読まれていたのか、俺が感じていた疑問を口にするまでもなく少女は呆れた様子で言った。


「願い……俺が何を願ったって言うんだよ。俺の願いは妹が助かって欲しい、ただそれだけだったはずじゃ……」

「……お主は死ぬ間際に願っただろう、最後にもう一度妹の顔を見たい、と」


 そういえば、失いかけていた意識の中でそんな事を思ったような気がする。

 なら、この少女は、そんな俺の願いを叶える為だけに一度死んだ俺を生き返らせたというのか。

 ……もう言うまでもなく、この少女はこの神社の神か何かだろうとは思っていた。けれど、死んだ人間を生き返らせるなんて、神といえど許される事なのだろうか。

 本当に、デタラメだ。これは夢なんじゃないかと、本気で思った。


「全く……お主の願いが強すぎるのが悪いのじゃ。お主が思っている通り、人々に神と呼ばれている私といえども人を生き返らせるなど禁忌もいいところじゃ」

「じゃあ何で……俺は妹が助かればそれで良かったんだ。なのに何で禁忌を犯してまで俺を生き返らせたんだ」

「私はな、人々の願いを叶える為に存在している。それだけが私の存在意義じゃ。願いを叶えないのならば、私は消えてしまう。お主が願ったからには私はその願いを叶える義務がある。……例え、禁忌を犯さなければならなかったとしてもな」


 俺はこの少女……神様に、禁忌とやらを犯させてしまったらしい。それが具体的にどういうものなのか、分かるはずもなかったが申し訳ないという思いは感じていた。


「何か……済まなかった。その、禁忌とやらを犯すとどうなるんだ?」

「この神社の外へ出る事は叶わなくなる。土地に縛られるのじゃよ」


 つまり、俺の願いを叶えた所為でこの少女は自由を失ってしまったということだろうか。

 ということは、間接的にとはいえ俺はこの少女の自由を奪ってしまったという事になる。


「なんか……済まなかった」

「全くじゃ……それと、禁忌を犯したまま何もしなければ私は消えてしまう」


 ぽつりと少女が付け加えた言葉が、俺の心にちくりと突き刺さる。

 俺は……俺が願ったから、その願いを叶えたからこの少女は消えてしまうと言うのだろうか。


 ──そんな願い、叶わなければ良かったのに。


 そうすれば、この少女が禁忌を犯す必要も無かったはずだ。俺が願った所為で、この少女は禁忌を犯さざるを得なかった。……俺の所為だ。


「私の前で迂闊に願うなよ。今のお主の願い、叶えてしまうぞ」


 冷たい、底冷えのするような鋭い視線と共に少女が俺を睨みつける。

 俺の今の願い……俺が、叶わなければ良かったと思った事だろうか。


「私が今の願いを叶えてしまえば、お主は再び死ぬぞ」

「……悪かった。気をつける」


 本当はその方が良かったのかもしれない。もう一度妹の顔が見たいなどと願わなければ、この少女も禁忌を犯さずに済んだはずだ。

 でも、俺も一人の人間だ。正直、進んでもう一度死のうなどとは思えなかった。

 ……ならば俺は、この少女にどんな償いをすればいいのだろう。


「その……自由を取り戻すには、どうすればいいんだ?……俺の所為でこうなったんだ、俺はどうすればいい?」


 申し訳なさで一杯になり、思わず頭を下げてしまいそうになる。厳かな雰囲気を感じさせるこの少女に、俺は何て罰当たりな事をさせてしまったのかと。

 しかし少女は拍子抜けしたような顔になると、次いで底意地悪そうにニヤリと口元を歪めた。


「ほう……自分からやる気になるとはな。中々見上げた心意気じゃ」


 少女の不可解な物言いに俺は首を傾げた。

 そんな俺の様子に構わず少女は続ける。


「元よりそのつもりであった。お主には、私が禁忌を犯した罪を償う手伝いをさせようと思うとった」

「なんだよ……折角申し訳ないとか思ってたのに。最初から俺に何かさせる気満々だったって事かよ」

「当たり前じゃろうが。この私が何の考えも無しにお主の願いを叶え、あまつさえ禁忌を犯すと思うてか!」


 この少女、中々意地が悪いようだ。打算ありきで俺の願いを叶えたらしい。神様のくせに見上げた根性である。


「……で、俺は何をすればいいんだ?」


 一体何をさせられるのだろう。

 奴隷のようにこき使われ、果てはボロ雑巾よろしく使い物にならなくなれば捨てられるのだろうか。にわかに戦慄する俺だった。

 少女は意地の悪そうな笑みを浮かべて口を開く。


「お主のように、強い願いを持った者をここに連れてこい。良いか、強い願いじゃ。金が欲しいだとか、楽をしたいだとか、そんな俗物な願いではなくの。お主がその者の願いを見極め、私が叶えるに値すると思った者をここに連れてこい」


 思ったよりも単純な内容に拍子抜けする。

 それなら俺でも出来そうだ。


「分かった。それでどれくらいの人数が必要なんだ?五人くらいか?」


 特に考えたわけでもなく、脳裏に浮かんだ人数を口にする。

 しかし少女は呆れたような顔になり、小さく溜め息を吐いた。


「馬鹿を言うでない。そんなもので済んだら苦労はせん。百人では足りないと思え」

「──ひゃ、百人!?馬鹿言ってんのはそっちだろ!」

「禁忌を犯した罪を償うには、禁忌を犯さずに多くの人々の願いを叶えなくてはならん。そのくらいの人数は必要なんじゃよ」


 百人なんて、個人でどうにか出来る人数を超えている。無理だ。

 途方に暮れる俺だったが、少女はそんな事御構い無しに俺を睨みつける。


「何であろうと、お主にはやって貰うぞ。出来んというのならば、お主の願いを全て取り消しても良いのだぞ」

「くっ……分かった、分かったよ!やってやる!」


 流石に、俺の願いを無かった事にされては困る。妹を助ける為に俺はここまで来たのだ、その願いを取り消させる事なんて出来ない。


「うむ。良い返事じゃ。お主の生涯をかけてでもやって貰うからの」


 そう言って少女は満足そうに頷いた。

 かくして俺は、古ぼけた神社で出会った神様とはにわかに信じ難い少女の為に、この身をこき使う羽目になったのであった。


「ところでお主、名は何という?」

神前明こうさきあきらだ。……なんだよ、今更」

「お主は私のしもべじゃ。僕の名は知っておかんとな」


 ……僕?俺はいつこの少女の僕になったのだろうか?


「俺がいつお前の僕になったんだよ。大体、ずっと気にしないようにしてきたけどもう限界だ。お前は一体何なんだ?本当に願いを叶える神様なのか?何でそんな──」

「静かにせい。やかましいわ」


 格好をしているんだ、と続きを言うことは叶わなかった。

 少女の鶴の一声で、俺の声は失われた。必死に声を出そうとしているのに、どうしてか俺の喉から声が発せられることは無かった。


「お主……いや、明よ。反抗されるのも面倒なのでな。明を蘇らせる際、身体の自由は私が奪った。つまり、明の身体は私の意のままというわけじゃ」


 なんという事だ。自由を奪ってしまったとばかり思っていたのが、逆に自由を奪われていたらしい。つまり、こいつが再び許可しない限り俺は喋れないって事か。

 ……もう何が何だかわけわからん。諦めるか。


「明の質問に順を追って答えよう。私は……そうじゃのう、人々からは神と呼ばれておるのう。願いを叶える為に、存在しておる」


 いつから存在しているのか、と質問しようと思ったが相変わらず声がでない。早く返してくれないかな俺の声。


「おお、そうじゃった。ほれ、何なんなりと質問するが良い」


 少女に促されると、やっと声を出す事ができた。……こいつだけは怒らせないようにしよう。何をされるかわかったもんじゃない。


「んん……と、いつから存在してるんだ?見た目は十代のそれっぽいけど……」

「ふむ、いつからかのう……。覚えておらん。気が付けば私は存在しておった。人々の願いを叶える、この力を持ってな」


 遠い過去を振り返るように、遠い目をして少女は言う。


「そういうもんなのか……。じゃあ、お前のその見た目は?」


 さりげなく、華麗にスルーされた質問を再びする。

 ずっと気になっていたのだ。神々しいとさえ思えるような白い髪に、白い装束。でも見た目は十代。

 神様ってもっと年食ってて威厳に満ち溢れた老翁老婆かと思っていたのに。

 少女はそんな俺の質問を聞くと、急に不機嫌そうな表情を浮かべてぶっきらぼうに答えた。


「ふん、私とて好きでこのような格好をしているわけではない。髪が白いのは元々じゃ。服は他に着る必要がないからじゃ。……見た目が幼いのは成長しないからじゃ」


 思わず吹き出した。成長しない、の所に妙に気持ちがこもっていて何だか可笑しかった。

 笑いをこらえていると、より不機嫌になった少女は思い切り俺の足を踏みつけた。走る激痛。笑いをこらえていた俺の顔は痛みで歪んだ。


「いっ…………てええええええ!!何すんだ!!」

「はっ、明が悪いのじゃ。私の悩みを何だと思うておる」


 そうか、神様でも悩むんだな。成長しないのが悩みとは。少し親近感が湧いた。

 しかしふと思ったのだ。願いを叶える力があるのだから、自分の願いを叶えればいいのではないかと。

 だが少女はそんな俺の考えなどお見通しだと言わんばかりに首を横に振る。


「自分の願いだけは叶える事が出来んのじゃ。まあ……当たり前と言えような。そんな事が出来れば、世界すら私の意のままだ」


 無感動な調子で、淡々と少女は言う。

 そんな少女を見て俺は思った。他人の願いを叶える事だけが存在意義だなんて、何だか味気ないではないか。

 それが本人の望みだと、幸せであるというのならば俺が言うことは何も無い。

 この少女は、何を思って今までやってきたのだろうか。


「なあ、お前の願いって──」

「ずっと気になっておったのじゃが」


 俺が少女に向かって聞こうとした言葉は、少女の毅然とした声に遮られた。


「私は人々の願いを叶える神なのだぞ。その神に向かってお前呼ばわりは失礼だとは思わんのか?」


 何かと思えばそんな事か。

 だが、俺はこの少女……神様の名前を知らない。他に何と呼べばいいのか。


「じゃあ、名前を教えてくれよ。知らないんだからしょうがないだろ」

「私の名、か……。そうじゃな……」


 少女は思案顔でしばし黙り込むと、急に偉そうに踏ん反り返った。


「光栄に思え。明に私に名を付ける権利をくれてやろう」

「……は?」


 名を付ける権利?……と言うことは、この少女は名前を持っていないということか。……本当に神様なのか?


「私に名前など無い。必要無かったからな。じゃが明が呼ぶのに不便だというなら、明の付けた名を甘んじて受け入れよう」

「いや、お前がお前って呼ばれるのが嫌だって言い出したんだろ……」

「何か言ったか?」


 ギロリと少女が俺を睨む。なんでもございませんよ、ええ。


「とは言ってもなぁ……俺そういうの苦手なんだよなぁ……。犬とか猫に名前付けるのとか超苦手なんだよ」

「私を犬や猫と同じにするな!」


 怒鳴られてしまった。しかし名前を付けるのが苦手なのは事実だ。

 どうしたものかと困っていると、少女は肩を竦めて困ったように笑った。


「……良い。焦らなくとも、明の好きにせよ。良い名を期待しているからな」


 それだけ言うと少女は、俺の元から離れ賽銭箱の元へと歩いて行った。

 名前……か。本当にどうしたものか。

 ほとほと困ってしまうが、妹を助けてもらった上に俺の命まで救ってくれたのだ。そのくらいしないと罰が当たりそうで怖い。

 ぼーっと立ち尽くしていた俺に喝を入れるように、賽銭箱に座った少女が声を張り上げた。


「明よ、ゆめゆめ忘れるな!お主の使命はこの神社に強き願いを引き連れて来ることだ!出来ぬなら、お主の願いは無かった事になると思え!」


 相変わらず、意地が悪いようだ。そんな脅しをされなくとも、重々承知している。

 だから、そんな要らない心配をしている少女が何だか腹立たしくて、俺も声を張り上げた。


「言われなくても分かってるよ!大船に乗ったつもりで待ってろ!」


 俺はもう、何を言われても逆らえないほど大きな借りをあの神様に作ってしまった。……上等だ、禁忌だか何だか知らないが、それで借りを返せるならやってやる。

 この神社に来た時にはこんな事になると思いもしなかったが、なるようになったのだ。きっとこれからもなるようになる。

 気持ちを新たに、俺は元来た道を引き返し、勾配の激しい階段を降りて行った。

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