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願いの神に、願った俺は。  作者: 由里名雪
プロローグ
1/39

願った俺が、払った代償は。

 もし本当に神様がいたら、なんて想像は誰しも一度くらいはした事があるのではないだろうか。

 困った時の神頼みという言葉もある。神様なんてものは人間の心の拠り所として、人間が自ら創り出した幻想に過ぎないのかもしれない。

 それでも人間は何かあると神頼みしてしまうのだ。

 例えば、高校や大学の受験。恋愛関係。行事として行われている事なら年末年始の御参りだとか七五三だとか、とにかく色々ある。

 不安な時、望みを叶えたい時、人は何かと神頼みしてしまう。自分は無神論者だと宣言しているやつでさえ何処かしらで神頼みしているものだ。

 かく言う俺も、本気で神様がいると信じているわけではない。ただ、いたら面白いな、ぐらいには思っている。


「……っと、本当きっついなこの階段……」


 何でそんな意味も答えもないような事を考えていたかというと、ただの現実逃避である。

 目の前の、現在進行形で登っている階段が長い上にきつすぎるのだ。斜め何十度だこれ。

 石段一つ一つが高い事もあって、中程まで登ったものの足が悲鳴を上げ始めていた。普段の運動不足が祟ったのだろうか。

 だが、この階段を登り終えた先にある神社の御利益を授かる為には我慢せねばなるまい。言わば試練なのだ、これは。


「こんだけ参拝客を苦労させるんだから叶わなかったら承知しないぞ…………っと」


 階段両端に備え付けられた手すりを頼りにひたすら登る。……そろそろ足が限界だ、一休みしよう。

 少し上がっていた息を整え腰を下ろすと、石段の硬く冷んやりとした感触が尻に伝わった。

 ふと眼下を覗くと、今まで自分が登って来た石段がずっと下まで続いていた。足でも踏み外して転がり落ちようものなら、死ぬなこれ。

 冷たい感覚が尻だけでなく背筋にまで走ったのでそっと視線を正面に移した。

 視界に飛び込んでくるのは目を見張るほど色鮮やかに紅葉した山々。流石田舎だ、電車を乗り継いでここまでやってきた甲斐もあるというものだ。

 そう、どが付くほどの田舎なのだここは。ゲーセンも無ければコンビニすら無い。

 何故そんな田舎にわざわざ電車を幾つも乗り継いでやって来たのか。答えは簡単で、神頼みする為だ。


「……………………」


 俺には妹がいる。────今にその命の灯火が消えようとしている、少しだけ年の離れた妹が。


 小さい頃から身体が弱く病気がちで、事あるごとに体調を崩して寝込んでいた。そうして寝込んでしまう度に俺や、俺の家族が看病していた。

 それでもちゃんと休んで安静にしていれば、すぐに中学に通えるくらいには回復していた。……一ヶ月前までは。

 丁度一ヶ月くらい前だ、妹はいつも通り体調を崩して寝込んでしまった。俺も家族も、いつも通り看病していればまた元気になるだろうと、そう思っていた。

 けれどそれは、思い違いだった。

 看病しても一向に回復の兆しを見せず、次第に妹は衰弱していった。

 原因は分からなかった。今は病院に入院して何とか助からないか検査して貰っているが、医者によればこのままでは先は長くないらしい。

 突然の事に俺もどうすればいいか分からなくなり、何もできない歯痒さに泣くことしか出来なかった。

 もう、俺がしてやれる事は何もないのだ。やれる事と言えば、神頼みくらいだった。

 それこそ神頼みなんて現実逃避かもしれない。けれど俺には、そうする以外どうすればいいか分からなかった。

 だからやって来たのだ、願いが叶うと評判のこの神社に。


「さて……と」


 手すりを支えに立ち上がる。休んでいる間に幾らか体力は回復したみたいだ。

 視線を上に遣ると、階段の終わりが見え始めていた。あと少しだ。

 本当に、叶わなかったら承知しない。妹が助かるならこんな階段、どうって事はない。……休んでおきながら言えた事じゃないか。

 疲れた足に鞭打ってひたすら階段を登り、やっと登り終えたところで俺は膝から崩れ落ちた。


「……あ、足が……」


 軽く痙攣している。次の日筋肉痛になるのは最早必至だろう。

 歯を食いしばって立ち上がり前を向くと、そこにはさほど大きくもない、小さな神社が待ち構えていた。


「……ここか」


 古ぼけた小さな神社。しかし辺りには何処と無く不思議な空気が流れているように感じた。

 足元の苔むした石畳が神社の賽銭箱の元へと続いている。俺はゆっくりとその上を進み、賽銭箱の元へと辿り着いた。

 いつの時代に建てられたのかは知らないが、かつては多くの参拝客がいたのだろうか。何となく、そんな事を思った。

 それにしてもいつも思うのだが、何故賽銭箱というものが置かれているのだろうか。きっと何かしら理由はあるのだろうが、よく分からない。願うのもタダじゃないという事だろうか。


「……まあいいか」


 願うのにお金がいるというのなら、有り金全部くれてやろう。

 俺は願いを、妹が助かって欲しいという願いを叶えて欲しい一心で懐から財布を取り出し、札やら小銭やらをまとめて賽銭箱に投げ入れ柏手を打った。


「どうか────どうか、妹を助けて下さい。俺に出来ることなら何でもします、どんな代償も払います、だからどうか妹を、助けて下さい」


 目を瞑り、ただひたすらに祈る。

 例えこれが現実逃避の馬鹿馬鹿しい行いだとしても、俺は生まれて初めて本気で神様がいてくれたら、と思った。

 どのくらい目を瞑っていただろうか。ゆっくりと目を開くと、そこには何の変哲も無い賽銭箱があるのみだ。

 これで、本当に願いが叶えばいいのに。本気でそう思った。


「…………帰るか」


 もう俺に出来る事はない。後は帰ってひたすら妹が助かる事を祈るだけだ。

 本当に、何もできない自分が悔しい。ここまで来たのも本当は、自分が何もできないという現実から逃げる為だったのかもしれない。

 祈る事しかできないなんて──この世に救いは無いのか。

 古びた建物に背を向け、今しがた登って来た階段へ歩みを進める。これでもう、俺が出来る事は本当に何もない。

 厳しい現実の前に諦める事しか出来ず、階段を下りようとした時だった。




「──おい、そこの」




 誰もいないはずの境内から声が聞こえた。

 声が聞こえたのは背後。驚いて後ろを振り向くと、そこには古びた賽銭箱にちょこんと腰掛けた異様な格好の少女がいた。

 髪は透き通るように白く腰まで伸びていて、白い装束を身に纏っている。

 突然現れたはずなのに、ずっと昔からそこに居たような、不思議な感覚だった。


「…………俺?」


 賽銭箱に腰掛けた白づくめの変な少女に向かって答える。

 少女は頷くと再び口を開いた。


「お主以外に誰がいる。お主、そのまま帰るつもりか?」


 突然現れた上に何を言っているのだろうかこの少女は。

 そもそも何なのだろうその格好は。流行りのコスプレか何かだろうか。

 目の前の出来事に理解の追いついていない頭ではそんな事くらいしか考えられなかった。


「……今何か、失礼な事を考えなかったか」


 不機嫌そうな顔の少女に言われ、ぎくりとする。何故分かったのだろうか。

 誤魔化すために俺は慌てて首を横に振って取り繕った。


「い、いやいや、そんな事はない。……っと、確かにこのまま帰るつもりだけど」


 少女に向かって言うと、不機嫌そうな表情は引っ込んで代わりに興味のなさそうな顔つきになった。

 そして抑揚のない声で少女は告げた。



「そうか、ならばお主の願いは叶わんな」



 俺は思わず息を呑んだ。俺の願いは──叶わない?

 一体この少女は何者だろうか。俺の何を知っているというのだろうか。


「どういう事だよ……お前は、何者なんだよ……!」


 俺の願いは、叶わない。急に現れた少女にそんな事を言われて、認めたくなくて俺は声を少しだけ荒げてしまった。

 しかし、たった一言二言交わしただけだったが俺は心の何処かで感じていたのだ。

 この少女が放つ、どこか現世離れした不思議な雰囲気を。

 俺の視線を真正面から受け止めた少女は悠然と賽銭箱から降りると、裸足のままの足で此方へと歩み寄ってきた。


「ふん、言わなくても本当は分かっておるのだろう?──私がこの世の存在ではない事を」


 全て、お見通しらしい。

 確かに、普通の人間じゃ他人の考えている事なんて分からないだろう。

 だからこそ、俺はこの少女の存在を計りかねていた。敵か味方か。それさえも分からない。


「……お前は、何を知っているんだ?」


 先ほどの少女の発言がずっと頭に残っていた。俺の願いは叶わない。それはつまるところ妹が助からないという事だ。

 その事ばかりが頭の中を埋め尽くして、気が付けばこの少女が何処から現れただとか、何故そんな格好なのかなんて事は頭の中から消え去っていた。


「私が知っているのは、お主の願いだ。お主の妹を、助けたいのだろう?」

「……ああ、その通りだ。なら教えてくれ。どうすれば、俺の願いは叶うんだ」


 目の前の少女はふんと鼻を鳴らすと、俺を試すように鋭い眼光で睨め付けた。


「代償を払え」


 たった一言。そのはずなのに、その言葉は俺の心に重くのしかかった。

 代償を払え──どんな代償なら、妹を助けられるのだろう。少しだけ不安になったが元より俺の覚悟は決まっている。妹を助けられるのなら、どんな代償でも払ってやろう。


「……代償って、何だよ」

「ふむ……お主が、お主の妹の身代わりとなれ。さすればお主の妹は助かろう」


 俺が妹の……身代わりになる?

 今一つ要領を得ない物言いだ。つまり俺が妹の代わりに死ね、という事なのだろうか。

 やはり現実味のない言葉に、俺はただ困惑するのみだった。


「つまり、どういう事か説明してくれ」


 少女は面倒くさそうに溜め息を吐くと、仕方ないと言わんばかりに肩を竦めた。


「元より人の生き死には最初から定められているものなのじゃが……お主の妹はそれとは少し違うみたいでな。呪いがかかっておる」

「ちょっと待て、なんだよ……呪いって。大体、何でそんな事分かるんだ。妹はここには居ないって言うのに」


 全てを見透かしたような少女の物言いが、俺は少し怖かった。けれど妹が助かるならと、それだけを考え気にしないように努めた。


「お主の願いを通してたのじゃよ。お主の、強い願いをな。今も強い呪いに苦しめられておる。──このままだと、もって数日じゃろうな」


 頭を強く殴られたような衝撃が俺の身体を走り抜けた。

 数日。数日で妹は──。

 思っていたよりもずっと早かったタイムリミットに、俺が辛うじて保っていた平常心はいとも簡単に消え去った。


「……わかった、呪いでも何でもいい。どんな代償でも払う。……だから、だから……妹を……助けてくれ……っ!」


 どんな代償を払っても後悔するものか。ただ妹を助けてほしい。その一心で俺は少女に向かって頭を下げ懇願した。

 ほんの少しの間が空いて、少女が頷く気配がした。


「代償は、お主の命じゃ。呪いをお主の身体に移し替える代わりに、お主は呪いで死ぬ」

「……ああ、分かった。俺の命なんてくれてやるさ。その代わり妹が助からなきゃ絶対に許さないからな」

「……よかろう。本当に、後悔しないのだな」

「……俺の心が読めるのなら俺の返事は要らないだろ。とっくに覚悟してる」

「そうであったな。……ではこれより、お主の身体に呪いを移す」


 少女の手がそっと下げたままの俺の頭に乗せられた。

 その瞬間、俺の五感は全て消え去った。

 何も感じない。音も、景色も、匂いも、たった今まで感じていたあらゆる感覚は嘘のようになくなっていた。

 ──これが、呪いなのか。妹はこの何も存在しない世界の中に居たのか。

 恐怖は感じなかった。これで妹は救われる。そう思えば思うほど、俺を包んでいくのは安心感だった。


 本当にもう、何も感じない。あるのは自分の意識だけだ。

 これで良かったのだ。やっぱり俺は後悔していない。

 ただ一つ心残りがあるとすれば──折角助かった妹や、妹を心配していた家族を置いて勝手に死んでしまう事だろうか。挨拶の一つでも出来たら良かったのに。

 ……ってわざわざもう死にますなんて挨拶、する必要ないか。でも、最後にもう一度、妹の顔を見たかった。

 何も存在しない無の世界の中で、ぼんやりと俺の意識だけが漂っている。けれどその意識もやがて無の底へと沈んでいき、ついに俺の意識は途切れた。

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