縁結びのスナイパー
JST時刻1532。
距離1500メートル。
北北東より4ノットの風。
気温28℃湿度20%。
コリオリによる誤差修正。
作戦目標12(ヒトフタ)に当たるよう十字線を合わせ…引き金を引く。
点火された硝薬の爆発力に押し出されたNATO規格12.7x99mm弾が秒速1000メートルで空を切り裂き、対象の心臓に喰らい付く。
命中。
12はなすすべもなく弾丸の餌食になった。
『ありがとう…こんな私だけど、よろしくね』
『よっしゃぁぁ!絶対大事にする!大事にするから!!』
作戦目標12の効果確認。
これよりポイントGに移動し、時刻1610で次のプラン13への狙撃を開始する。
「はぁ~流石ねぇ…。あの距離を当てるなんて。心臓のど真ん中じゃない。」
時間は差し迫っている。可及的速やかに移動しなければ。
愛銃に安全装置をかけ、二脚を畳み、次のポイントへのルートを思い出す。
「天照様もあなたの仕事ぶりに驚いてたわよ。ソーイチに任せれば間違いないって。」
「……何の用だ、八咫。俺は忙しいんだ。」
「カーッ!先輩に対してなんたる言いぐさ!もうちょっと敬っても…って、待ちなさいよ!」
「今言った通りだ。次の仕事にとりかかる。」
姦しい女だ。
いつもいつも仕事の最中だというのにしょっちゅう俺について回ってぺちゃくちゃと喋っていく。。
美人だし、構われるのは男として吝かな気はしないのだが、仕事中は勘弁してほしい。
プライベートならいくらでも付き合うのだが…。
「待てってば!キューピーちゃん!」
(ギロッ)
「うっ…そんな顔しても、び、びびってなんかやらないんだから!」
「……俺をそんな風にで呼ぶな。」
「だってそうじゃない、人を恋に落とす神様なんだから。」
そう。この俺、柳田宗一は銃で人の心を撃ち抜き恋に落とす、神の末席に座す狙撃手だ。
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本日の仕事も無事完遂し撤退ポイントLZに到着した後、術符を使い高天原に帰還する。
結果は自動的に上官である菊理媛様に知らされる為、デブリーフィング(作戦報告)をする必要はないが、週末なので週報として紙に一週間分の作戦結果まとめ、掛った経費や必要物資も記載しておく。
他の狙撃手がこれをやっているかは知らない。が、しかしどんな仕事であろうと報告、連絡、相談は必須だ。
ようやく1週間の任期を終え、3日の休暇に入れる。
折角だし最近高天原にできた小料理屋に呑みに行くのもいいかもしれない。
店主が良い日本酒が手に入ったと言っていたはずだ。
八咫も誘えばついてくるだろう。
「あなたもマメねぇ。もっと気楽にしてもいいのに…。」
「はっ。しかしながら…身についた習慣はなかなか離れないものであります。」
「いえいえ、文句ではないのよ。ごめんなさいね。とても助かってますわ、柳田さん。」
「恐悦至極の思いでございます。」
「…貴方の居た、自衛隊、というのはそんなに堅苦しいところなの?こちらまで肩肘を張りそうだわ。」
週報を受け取った菊理媛様がため息を吐きながら言う。
俺は生前、陸上自衛隊に所属し普通科連隊の狙撃手だった。
ところが訓練中、事故にあい齢27歳でこの世を去ることになる。
同僚や上官が俺の葬式で泣いているところを幽霊の状態で見ていると、不意に八咫に声をかけられ高天原に連れ去られた。
何故俺を連れて行ったのかは知らないが、天照大神様の承認のもと、俺は縁結びの神、菊理媛の使いとして働くことになった。
そう、八咫はかの八咫烏である。
大神の使いがあんな自由奔放でいいのかと菊理媛様に聞いてみたが、彼女は自分の仕事はきちんとしているから…と困った顔をされてしまった。
一応自分より遥か上の神格だが、最近ではもう様付けすることも敬語を話すこともなくなった。とてもじゃないが敬う気にはなれない。
俺をこの場に連れてきた理由を聞いても、はぐらかされるだけでまともに答えてはくれないのも理由だ。
彼女もそこまで敬語に対して気にしているようには見えない。
なんというか、気の知れた同僚みたいなものだ。
報告も完了し、お座敷から退室しようと思っていたら菊理媛様に声をかけられる。
「あ、そうだ。天照ちゃんのところへ向かってくれる?あなたに話があるらしいの。」
「話、ですか…。」
「決して悪い事ではないと思うわ。もしそうだったら私に相談して頂戴。」
「了解しました。それでは失礼します。」
話、話とは何だろうか。
一昨日、人を恋に落とす任務の途中に見かけた逃走するコンビニ強盗犯の脚を実弾で打ち抜いた事だろうか。
取り押さえた警官も首をかしげていたし、不審に思われたかもしれない。
しかし、だとしたら菊理媛様から注意されるはずだが…。
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天照様のおわす宮に着き、守人に名前を告げると待機する部屋に通される。
暫く待っていると女官から声がかかり、謁見の間に移動した。
中では太陽の化身、輝くような姿をした天照大神様が書物を広げていた。
自分のような格下は普段見ることも叶わない、日本神道の頂点の方だ。
緊張ですくみそうな脚を必死に抑える。
直立姿勢から敬礼の姿勢をとる。
「柳田宗一、只今到着いたしました!」
「……ぷっ。柳田さん、ここは自衛隊ではありませんよ。」
「…っ」
緊張の為か生前の癖が出てしまい、クスクスと天照様に笑われる。
恥ずかしい…。
「まぁまぁ、そんなに硬くならないでいいわ。お仕事が終わったのに呼びつけて御免なさいね」
「いえ…どうかお気になさらず。」
「今日はお願い、というかお仕事を頼みたいと思って呼んだのです。」
「任務ですか。小官の任務といいますと…」
「そう、あなたにある人を恋に落とす狙撃を頼みたい。」
狙撃。
それは自分が持つ唯一といってもいいほどの特技。
自衛隊にいたころは、その腕前は上官に随分褒められた誇りだ。
恋に落としたことはなかったが。
「了解いたしました。何なりとお申し付けください。」
「助かります。今まで他の人にも頼んだのだけれど、どうにもうまくいかなくて。貴方の仕事ぶりはよく耳にするわ。期待していますよ。」
「はっ、恐縮です。して、その狙撃の対象は」
「八咫よ。」
「……はっ?」
「だから八咫。八咫烏。あの娘もいい加減身を固めるべきと言っているのだけれど、聞かずにあちこちへフラフラと…。今まで菊理媛さんのお力も借りてみたのだけれど、無駄に格上の神格になったものだから、半端な呪い(まじない)が効かなくて困っていたのです。」
「…だとすれば、小官の弾丸も効かぬかと思われますが。」
「そこは私と菊理媛さんの力を合わせ、一発の恋の弾丸を作りました。とびきり強力な一発をね。菊理媛さんは必要ない、と言っていたけれど…あの娘は私の娘のような子で、母としては心配なのです。」
「はぁ…」
確かに天照様と菊理媛様の力がこもっているなら、霊鳥八咫烏にも効くかもしれない。
「貴方は八咫にこの弾丸を撃ち込むだけ。あなたほどの技の持ち主ならきっとできると信じています。」
「しかし」
「信じていますよ。」
「……了解しました。」
厄介な弾丸を受け取り、退室する。
俺が、奴を撃つのか。
恋に落とすために。
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作戦日時となった。
天気は晴れ。
風も穏やかで、湿度もそれほど高くない。
スコープや金属部分などによる太陽光の反射は天照様が抑えてくれた。神通力の使いどころを間違っている気がする。
目標の八咫は、今日は仕事で古い水神と話していた。どうやら川の氾濫を起こす日取りの摺合せをしているらしい。
災害はやめてほしいものだが、これも神として必要な事柄らしい。
飄々としている彼女だが、仕事は真摯に遂行しているらしく、スコープで除いた彼女の顔は、キリッとしている。
普段は見慣れない彼女の姿に、体の何かがズキリと痛む。
…思い出せ、自分の任務を。
雑念は照準を鈍らせる。
「本部こちら01(マルヒト)、狙撃地点にて待機中。」
『こちら本部天照、了解。…面白いですね、これ。なんだか自分も軍人になった気分です。』
「…時刻1240。発砲許可願う。」
『発砲を許可します。バキュンとやっちゃってください。』
なんとも間の抜けた無線通信だが、天照様からの発砲許可が出た。
天照様の用意した弾丸を彼女に、八咫に撃ち込まなければならない。
失敗は許されない。弾は一発しかない。
グリップを握る手が汗で湿る。銃床のクルミの木の感触がグローブ越しに伝わる。
当たれば、八咫は恋に落ちるだろう。
恐らくあの目の前にいる水神と。
それは天照様も承知済みだ。
あの古き神ならば八咫とも釣り合うだろう。
周辺の土着神によれば、水神が八咫烏が空を飛んでいるところをじっと見つめるところを度々見かけるらしい。
きっと、全てがうまく回る。
何も問題は無い。
ふと笑った八咫に向かって、俺は引き金を引いた。
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「命中。」
『命中したのをこちらも確認したわ。流石ね!これで…』
仕事は完遂した。撤退しよう。
あまりここに居たくない。
スコープ越しに映る彼女の俯いた姿を見るとズキリズキリと何かが痛む。
装備を手早く片づけなければ。排出された薬莢もだ。
撤退経路に従い、いつも通りポイントLZで高天原に…
『…ちょっとまって、柳田君、何かおかしい。』
「?」
「―――――――――ィチィ―――!!」
向こうの方角から何かが飛んでくる。
しかもかなりのスピードで。
「――――ソ――――イチ―――!!」
『まずい、あの子に感づかれたわ!柳田くん、逃げて!』
「なっ…」
命中したはず。
あの強力な弾丸なら八咫烏とはいえ効果が出ない訳がない。
何故だ。
「――――ソ―――イチ―――ソ―――イチィ――!!」
俺の名を呼ぶ声が近づいてくる。逃げなければ。
しかし神格化し走るスピードは段違いになったとはいえ、空を飛ぶ彼女の方がどうしても速い。
「本部!航空支援射撃を!!」
『快晴だし神鳴はすぐに使えないわ、とにかく走って!』
「1分後には消し飛ばされる!」
まずい。まずいまずいまずいまずいまずい!
追いつかれる!
「ソーイチィィィ!!ソーイチィィイイイ!待ちなさいよぉぉお!!」
「クソッ!」
もう眼前に迫っていた。
いつも恋愛ごとから遠ざかっていたと聞いていたし、無理やり恋心に目覚めさせたことを怒っているのだろうか。
彼女はそのままのスピードで俺にタックルを仕掛けてきた。
「ガハッ!!!」
彼女に滅ぼされるのか。
神格化された者が消えれば生まれ変われることなどない。
だが、他の誰でもなく彼女に消されるなら…。
二度目の死を覚悟していたが、いつまでたっても意識が切れることが無い。
それどころか
「ソーイチィ…そーいちぃ……」
「……。」
すりすりすり。
八咫は俺の胸に頬ずりしていた。
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「はぁ。既に恋に落ちていた、と。」
「えぇ、だからそんな状態になってしまったの。」
無事(?)高天原に帰還し、俺はすぐに天照様の宮に報告をしにいった。
八咫をほぼ引きずりながら。
彼女はあれ以来とろけた笑みをしながらずっと俺に抱き着いている。
大神の御前だしきちんとしてほしい。背中に当たる胸の感触はうれしいのだが。
「だから必要ないって言ったでしょう?彼女には。」
「そうはいっても、八咫にはずっとはぐらかされてて…。まぁ結果としてはよかったのだけれど。」
宮には菊理媛様も来ていた。
既にお茶と煎餅でくつろいでおられるようだ。
「良かったのでしょうか。その、自分なんかが。」
「別に格式がどうこうと言う気はありません。ねぇ八咫、あなた柳田さんにいつから恋していたの?」
「20年前です!私がちょっとヘマをして怪我していたところを、ソーイチが熱心に看病してくれた時から!」
20年前…となると俺がガキの頃か。
そういえば近所の林で怪我した鳥を見た覚えがある。
「奇妙な三本足の烏である私に、おびえることなく足に添え木をしてくれて、『大丈夫、大丈夫だから』って干し藁を敷いて見守ってくれて…。それからずっと!」
「彼を死後神格化してくれって私に泣きながら頼んできた時は不思議に思ったのだけれど…そういうことだったのね。」
「このままじゃソーイチがソーイチで無くなっちゃうって思って、いてもたってもいられなくて…ごめんね、ソーイチ。勝手なことやっちゃって。」
「いや、むしろ有難いくらいだが…いい加減離れないか。」
「やだ!」
そうですか…。
「隠してた恋心があの弾丸で爆発しちゃったのねぇ。彼らのくっつくようでくっつかない様子を見るのも楽しかったのだけれど。」
「もう、菊理媛さんも彼らがお互い好き合っていると知っているなら教えてくれればいいのに。」
「い、いや俺は」
「違うの?」
「ち、……違いません…。」
天照様も菊理媛様もニヤニヤするのはやめてほしい。
顔から火が出そうだ。
「狙撃手には、その、ほらなんでしたっけ?『観測手』というのが必要でしょう?彼女なら遠目が効くし風も読める。相方にはもってこいじゃない。」
「た、確かにそうではありますが。」
「ならいいじゃない。番い(つがい)にはぴったりですよ。」
番いて。
「なんにせよ、八咫をこれからどうぞよろしくお願いしますね。」
「縁結びの神にも縁が来て、喜ばしい限りね。」
「ハイ…」
今まで仕事一辺倒で彼女も作らなかった俺は、この慣れない状況に赤面するしかなかった。
キューピットの持つ弓矢がアンチマテリアルライフルとか物騒な物だったらどうだろう…と思って書きました。