48.「竹斬り向き」の刀とは?
このところ「日本刀の平肉」や「曲者の刀」等の刀身の形状を中心に触れてきたが、相当以前になるが、「竹斬り向きの刀」に付いて若干議論をしたので、その関連に少し触れてみたいと思う。
私に「竹斬りをテーマ」に語りかけてきた人は、現代人には珍しいくらい相当量の竹を斬った経験が豊富な人物だった。巻藁斬りを拝見していても竹斬りの馬力も相当ありそうで、30本や40本の竹林なら短時間で丸坊主にしそうな印象の熟練者だった。
しかし、本稿では竹斬り初心者の視点から、堅物斬りの抱えている幾つかの問題を中心に小生の若干の経験も加えて考えてみたいと思っているので、宜しくお願いしたい。
(竹という素材の楽しさと難しさ)
まず、最初に採り上げてみたいのが「竹という素材を斬る楽しさと難しさ」である。
なんと言っても普段一般に斬っている巻藁に比較して硬質な上、表面がつるつるの厄介者の仮標である。
また、少し太い竹になると相当の力量の術者でも苦労された経験をお持ちのことと思う。
確か、江戸時代には、「直径1寸(約3cm)以上の太い竹は斬ってはいけない」との伝承がある藩もあったと聞くし、「竹の試斬は真竹に限る」と一般に限定されていたようで、「孟宗竹は試斬に適さない」と刀身を損ずる可能性のある太い竹の試し斬りは慎む傾向があったようだ。
加えて、1寸以下の真竹でも3年物などの硬い竹の試斬も同様に慎んでいたようで、竹は当年物の若い竹に限定して斬る慣習があったとも先輩諸氏から伺っている。
一般に竹を素材とする工芸品を造られている方々の多くは、竹の伐採に「鉈」を使用されている。鉈は日本刀と違い片刃で身幅も広く、重ねも厚く頑丈であり、竹や木の伐採に適した形状になっている。もちろん、刀にも「片切刃造」の日本刀が無いわけではないが貴重な古刀期や桃山期の片切刃の作品に傷を付ける必要が存在するとは思えない。
竹は硬質故に巻藁と違って刀身に傷が付きやすく、「曲がり」や「ひけ」、「まくれ」、「刃毀れ」等が生じやすい危険性を含んでいる。
特に初心者がこれらの問題に遭遇して苦労されている姿をご覧になった方も多いだろうし、自分自身の若い日の体験として密かに反省材料の一つとしている方もいらっしゃるのではないかと思う。中でも、真竹1本の試斬ならば、自信があっても、これが2本、3本と数が増えてくると予想外に斬りにくいし、切り通し難いものである。
それでは最初に巻藁と大きく相違する竹の試斬によって発生する刀身の問題について触れてみたい。
(日本刀と竹の相性)
竹斬り熟練者の方が、当時、主に使用している日本刀は、2尺3寸(約70cm)ほどの標準的な刀二口で、内一口は末古刀、もう一口は新刀だった。
どちらかというと両方共、若干研ぎ減りが激しく、美術刀として観察した場合、平肉も殆ど無くなっており、刀身の寿命が終わりつつある状態の刀だった。当然、身幅も若干狭めであり、一見、「巻藁の試斬」には向いているようだったが、「竹用」としては幾分心細い気がする刀だった。
その二口で普段は巻藁を相当数斬られており、たまに竹を試斬されているという。
その方もそうだったが、巻藁用の日本刀と竹用の刀を兼用で使用されている例は意外に多い。もちろん、健全で十分に平肉の付いた日本刀の場合、兼用で十分に斬れるので、何らの問題はない。
しかし、その方のように、日本刀としての寿命が終わりそうなやつれた刀身の刀で巻藁はともかく、竹を連続して試斬する際、危険が若干つきまとうように感じている。以下にその理由を触れてみたい。
(「古刀」、「新刀」それぞれの欠点)
皆さんご存じのように「古刀」は手持ちが軽く、振ってみても軽快な印象の刀が多い。その反面、研ぎ減りの激しい刀身の刀が時代の古い物ほど多くて、実戦的な竹斬りは好ましく無いように感じるケースが多いし、それ以上に貴重な文化財である無傷の古刀に傷を付ける過ちを犯したくないと感じてもいる。
焼入も古刀の場合、匂い出来から小沸で焼刃の幅も狭い物が比較的多数を占めているように感じるので、硬い物を斬った場合、刃が「まくれる」ケースに遭遇した方もいらっしゃると思う。
しかし、古刀では、若干、刃がまくれても先の尖った鹿角などの小物で丁寧に刃まくれを修正すると大きく研ぎ直しをしなくとも復元修正できる場合が多い。
その点、「新刀」の場合、沸のよく付いた大乱れの華やかな刀身や粗沸出来の刀も、まま見かけるので、竹斬りに際してはそのような刀は要注意であろう。
古来、堅物斬りでの大きく乱れた焼刃の刀の使用は慎重にした方が良いと伝えられているし、水心子などの先賢も、そのような刀の折れた事例を記録に残しておられる。
このように、沸出来大乱れの刀は古来「折れ易い」と伝えられているし、折れないまでも大きな刃毀れが生じるケースがあるからである。
特に、打ち下ろしに近い「新々刀」や鍛えたばかりの「現代刀」で試刀する場合、一回目は慎重にする必要を感じる。
試斬時の刃毀れも古刀に比較して大きくなるケースが多いように感じるし、その結果、修復に際しても身幅や刀身を大きく変化させるほどの修正が必要になる場合が多い。
ここまで述べさせて貰うと勘の良い諸兄はお気づきと思うが、竹斬りに関していうと古刀、新刀共にある程度の割合で向かない刀身が含まれていることが解ると思う。
率直に言って実戦向きの地金に粘りのあり、平肉が豊に付いた健全な刀身の刀が「竹斬り」には最適に感じる。
加えて、最近藁斬りで一部の人に好まれて使用されている「殆ど平肉の無い刀身」は竹や堅物斬りには不適切であり、大きな刃毀れやマクレを生じる危険性を内在しているように個人的には感じている。
(最適の「竹斬り用日本刀」)
そのような視点で、最適な「竹斬り用の刀」を考えてみると個人的な結論だが、古今東西の日本刀の中で、実戦に耐えうる実用的な日本刀こそが、竹斬りに最も向いているように感じている。
そのような刀は、逆に観ると『曲がりに強く、斬れ味よりも耐久性と衝撃強度に優れている』ように感じる。
即ち、近年のように巻藁専用に研究された身幅が広く、抜けが良いように平肉をできるだけ少なく研いだ現代刀での竹の試斬は、刀身の出来によっては慎重にされた方が良いケースもあるかもしれない。
ご参考までに申し上げると小生の所持刀は巻藁用と竹巻藁兼用の刀の二手に分かれている。どこが違うかというと心持ち竹用の刀は「平肉」が若干豊に残る状態で研ぎ上げてあり、刀身が通常よりも気持ち短めの刀を使用している点である。
何故、短めかというと生い茂った竹藪の中で連続斬りをしていると小生の実力では、その方が扱い易かったからである。
その点では、2尺2寸前後のガッチリした「昭和軍刀」は安心して使用できる竹斬り用の刀なのかも知れない。
「竹斬り」の話が続いたので、最後は柔らかい「紙の試斬」についてお話しして終わりにしたい。紙と言えば、新聞紙やコピー用紙、段ボールと種類だけでも色々あるし、形状も筒型の斬りやすそうな物から、大小の箱形状の立体的な物まであって、以外に多様性に富んでいる。
しかし、ここでお話したいのは、日本古来の「和紙」での試斬である。斬りやすい各種洋紙と違って、石州半紙や美濃紙、越前和紙での試斬はあまり初心者向きとはいえないが、チャレンジしてみる価値はあると思う。
2本の糸で天井から吊った半紙を抜き打ち水平で両断しようと試みてみると、以外に難しい経験をした方も多いと思う。刀の「寝刃」も細名倉か内曇砥でキッチリと合わせて置かないと思わぬ失敗に苦しむ場合もある。
試斬する和紙は、どちらかというと繊維質が多く、極薄くて透けて見えるような和紙が好ましいと個人的には感じている。




