45.保存の良い「健全な刀ほど」斬れ無い?
今回は普段書くことのない逆説的な「健全な刀ほど斬れない」をテーマにして少ない経験から触れてみたいと思います。
現在残っている日本刀の多くは約一千年近い長い歴史上の文化遺産として残っている貴重品です。新々刀期の刀にしても殆どが最低150年以上経過していますし、新刀末期の宝暦年間の刀でも約260年弱が経過している訳です。
まして、古刀になりますと末古刀最末期の文禄年間の刀でも425年、鎌倉時代の太刀になりますと最低でも約690年近くの年月が制作時から経っておりますので、相当数の研磨を経て研ぎ減った状態で残っている物が多いと考えられます。
更に、南北朝期や鎌倉・平安期の太刀の場合、擦上げられて短くなったり、大擦り上げ無銘になっている刀が多く、保存状態も好ましくない刀身も存在するかと思います。
時代の古い古刀の場合、「斬れる刀が多い」と良く言われますので、その詳細を先にお話した方が本稿の趣旨である『「保存の良い健全な」古刀ほど斬れ無い?』 説明に近づきそうな気がしますので、逆説的になってしますが、何故、「末古刀が斬れるのか」の分析から初めてみたいと思います。
(「末古刀」は斬れる刀が多い)
実際に使用しても、友人と話してみても、各時代の刀の中で戦国時代の「末古刀」が最も斬れる刀が多い印象を強く受ける。
その最大の理由は、斬るために造られた時代的要求に合致した姿にあるような気がしている。仮のその姿を「末古刀姿」と名付けて話を進めたい。
第一に気が付くのが「断面形状」である。鎬の高さの割に棟の重ねが薄く一見大和伝のような菱形の五角形(実際には棟が二辺あるので六角形なのだが)に近い断面形状になっているが、大和伝ほど鎬幅が広くなく、特に美濃伝の鎬は狭く鋭利な実用性に富んだ断面形状をしている。
第二点は、刀身の短い割にガッシリした造り込みが多く、先身幅がそれまでの太刀姿よりも広い傾向を示し、反りが浅くなった分、先反りを付けて斬れ味の保持に配慮されている。
実際に手に持ってみるとバランスが良く片手持ちに丁度良い感触が持つ手に伝わってくる。強いてこの時代の刀の弱点を探すと末備前等で見受ける極端な程の茎の短さだろうか?
この欠点は長い茎の両手使いの新々刀が流行する江戸後期になると戦闘中の「柄折れ」となって露呈することになるが、戦国期の武士達は普通「片手使い」が多かったようで、この短い茎を問題だとは考えていなかったようだ。
鎬に対して棟が薄めとなっている点は、相手を斬った際の刀身の抜けに大きく作用することはもちろんである。巻藁の試斬時でも、棟の厚さは相当に効いてくるので、人体の場合は更に大きく影響が生じたと考えられる。
鍛え自身も古い時代の古刀や後の時代の新刀に比較して、一部の傑作刀や注文打の刀身を除くと量産性を重視した鍛錬不足で粗雑な刀が多い反面、最低限の実用性を維持しているように感じる。即ち、冴えのない暗い刃紋ながら、焼きは低く「互の目」や「直刃に小乱れ」の実用的な刃紋が多いのもこの時代の特徴である。
流派によっては「皆焼」や「大乱れ刃」の刀身が無いではないが、沸は前の時代の南北朝期ほど強いものは少なく、量産性と実用性を追求した結果を示しているように感じる。
実際の試斬でも末関の兼元の刀や兼常の脇差は手に持った段階から安心感を覚えるし、試し斬り時の「斬れ味」や「抜け」も好ましかった。
脇物でも平高田の刀や加州清光、応永頃の三原正家等の刀は実に良く斬れた記憶があり、何年経ってもその斬れ味が忘れられない。
中でも、寝刃を研いでいて「柔らかい感じの眠い刃」を持つ刀の場合、不思議なことに冴えた斬れ味を持つ刀身が多かった。それに加えて、そのような刀は斬れ味も長く持続するような気がしている。
しかし、時には戦国時代そのままに先輩達に若い頃教わった「平肉たっぷり」の刀身に出会うケースも極希には存在する。そのような刀はガッシリしていて、通常の使用では折れたり曲がったりしそうな感じが全くしないし、敵の頑丈な冑に斬り付けても十分斬り込み傷を与えそうな感覚が伝わってくる刀が多い。
少ない経験なので断定は出来ないが保存の良い「健全な刀ほど」不思議なことに斬れ無い刀に出会うことがある一方、「末古刀」の場合、相当研ぎ減りしている刀身でも、刃筋さえ誤らなければ「斬れる刀」が多い。
また、研ぎ減りして重ねが薄くなった刀でも地金が大きく変わらない傾向にあるのが「美濃伝」の刀である。
それから、これは全くの余分な個人願望だが、末古刀期の刃物で斬ってみたい一つに「陣鎌」があるが、ご縁が無いようで未だに入手できず、従って斬る機会に恵まれていない。
(「新刀」の場合)
次に経験上から「新刀」の場合の斬れ味を考えてみたい。
新刀の場合、先師の教えもあって、大乱れの「濤乱刃」や「大互の目」や丁字でも焼が高く鎬に近い刀は購入しないようにしているし、友人の刀でも、そのような刀身の刀での試斬は遠慮申し上げてきた関係で、本稿では除外している点をご了承頂きたい。
加えて、水田国重のような荒沸の強い新刀期の相州伝の刀も試さないようにしているので、最初にお断りしておきたい。
さて、新刀の斬れ味を全般的に概観した場合、関ヶ原合戦に近い新刀初期の刀身は安心して試せる優刀が多い感触を持っている。特に、江戸・大坂を初めとする初期新刀鍛冶の作は優秀だと感じる。
江戸時代に書かれた「業物序列」を見ても大坂新刀の場合、有名な二代よりも評価の低い初代の方が、斬れ味では上位に位置付けられている場合が多いし、武用刀では大坂よりも江戸の刀鍛冶の評価が一般的に高い気がする。
地方鍛冶でも会津の三善長道のように斬れ味で高名な鍛冶も多く、寛永から寛文頃の無銘の鍛冶の刀や脇差の斬れ味の優秀さに驚いたこともある。
このように、実際、我々庶民が助広や真改はもとより長曽祢虎徹等の大名刀を試す機会は全くといってよいほど無いので、上記のように二流工、三流工での経験をお話しさせて頂くしかないのだが、更に余分なことを付け加えると、「冴え冴えとして明るい」美術愛刀家が喜びそうな刃紋や地金の刀も斬る刀として敬遠したい刀に個人的には入る。
もちろん、このような名刀の方で貧乏人のこちらを嫌って寄りつく可能性は少ないので、実際に斬る機会は絶無に近い状況であることは諸兄のご想像の通りである。
逆に、「刃が眠く、冴えない」刀の場合、安心して斬れる刀身が多いのは不思議なくらいで、特に、末古刀同様、「初期新刀」に多い気がします。
その反対にお勧めできないのが新刀後期の刀身で斬れ味にバラツキがある気がするし、数打の大量生産品、中でも無銘の脇差には安価でも手を出さないようにしている。逆に初期新刀と思われる擦り上げ無銘の脇差は試斬ようとして好ましい刀身が多い。
(「新々刀」の場合)
新々刀の場合は平肉の少ない健全な刀身が多い割には、刀鍛冶個々人の差が大きく、斬れる刀と斬れない刀が混在している印象です。
源清麿や固山宗次等の有名刀工は知りませんが、銘鑑にぎりぎり名前が載っている程度の作者の健全な刀身も試せるのも「新々刀」ならではの経験だと思います。但し、それも錆身の刀身を研磨に出す前の体験が殆どで、試す際も傷を付けないように慎重に行っていることはもちろんである。
どうも、新刀、新々刀を通じていえることですが、古刀期から時間が経つほど、斬れる、斬れ無い、の刀工間の斬れ味のバラツキが大きくなるような気がしています。一説には長曽祢虎徹の刀でも斬れ味のバラツキが大きいとの話がありますし、幕末に掛けての新々刀後期には、その差は特に大きいようです。
これは、一部経験を含めての印象ですが、ただの中直刃で足も全く入っていない新々刀の場合、新刀の中直刃の刀よりも斬れない刀が多いと思います。これは、多分地金の鍛え過ぎによるものかもしれません。
元の鋼材が優れていればいるほど、折り返し鍛錬を何回も繰り返す必要が無いと現代刀工の方々からもお聞きしていますし、無地になるほどの入念な鍛錬を何回も繰り返した刀身は斬れ味上、実害あって一利無しの感じがします。
また、全てでは無いと思いますが、幕末刀の荒沸出来の刀の刃は硬すぎるケースが多い気がしますし、寝刃を合わせていても硬い感じが強く、好ましくない印象です。
さて、本題のテーマから遠くなってしまいましたので、メインの課題に戻りたいと思います。
(保存の良い「健全な刀ほど」斬れ無い?)
以前、それも十年ほど前になるだろうか!
平肉のたっぷり残った大擦り上げ無銘の錆身の刀二口が偶然手に入ったことがあった。付属する白鞘を見ても結構古く、歳月を感じさせる風貌で、もしかしたら一つは江戸時代後期の鞘かも知れないと勝手に想像を逞しくして大事にしていた。
機会があって先生に見て頂くと、どれも鎌倉最末期から南北朝期の太刀の擦り上げの可能性が高いので、研磨を勧められた。
日頃から健全な古刀で試し斬りをやってみたくて仕方が無かったので、研磨に出す前に躍る心を抑えて巻藁を用意、「寝刃」を合わせて早速試斬したところ、切断時の音が大きいだけでなく斬れ味も中程度の内容で、「予想以上に斬れ味の悪い結果」に残念な思いだけが残った記憶がある。
その後、日刀保の審査に出したところ、「保存の鑑定書」が付き、時代も先生の鑑定通り、南北朝期の極めだった。
その後も、専門家が満足するような保存状態の良い「平肉たっぷり」の古刀に出会っているが、柄を軽く握って力を入れずに巻藁を試すと、袈裟も半分ほどしか斬れなかったし、両断するためには十分な手の内と勢いを必要とした記憶がある。
どうも、個人的な狭い範囲での経験かもしれないが、「保存状態の良い古刀」の斬れ味は研ぎ減った末古刀よりも格段に悪く、健全な新刀でも古い古刀ほどではなかったものの末古刀よりも斬れ味が劣るように感じた次第です。
このような経験から、斬れ味を決定する要素の第一は、「刀身の断面形状」にあって、平肉の少ない末古刀に近い刀身の方が、平肉のたっぷり付いた保存の良い「健全な刀」よりも素晴らしい斬れ味を示すのだろうと推測している。
斬れるためには、断面形状の良さに加えて刀身全体の形状の適合性と刀鍛冶の持つ力量が重要な要素になることはもちろんであり、個人的には研ぎ減った大傷のある「眠い刃紋」の刀身を好んで用いている。




