表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/52

44.刃物の長短と『間合』

 このところ長さの異なる各種の『脇差』で試斬を色々と試みている関係で、『間合』の調整と体得にいつものことながら苦しんでいる現状です。

 間合に関しては多くの方の所見が古からあり、傾聴すべき先輩達のお話しにも事欠きませんが、ここでは巻藁を試斬する場合の間合に限定して考えてみたいと思います。

 しかし、それだけでは面白くありませんので使用する刃物(刀から脇差、短刀)の長さを色々と変えて試してみました。加えて、日本刀以外でもナイフや包丁、鎌等を使用してみました。

 

 そんな折、以前からご個性的な教示を頂く機会の多い『John Doeさん』より、二回に渡ってメールと画像を頂きましたので、まず、最初に彼の経験談をご紹介したいと思います。


『コールドスチール製のブッシュマンという安いナイフに柄を付けて槍にして茣蓙巻を切ってみました.

刃渡りが17cmと短いので合わせるのに苦労しましたが,ただ切るだけならこの程度でも出来ますね.(茣蓙二枚重で畳表よりは切るのが楽なので比較にはなりませんが).

刃は購入したものをそのまま使ってみました.手を加えていません.

楽しんでいただければ幸いです』

⇒ 映像でも長い柄の先のナイフで同氏が間合を誤ることなく左右に

切り分けている見事な動作が映っていました。


⇒ そして、以前、包丁で斬った経験を返信したところーーー

『返信ありがとうございます.

>包丁で斬ったこと

盲点でした.返信を頂いてその部分で,”おぉ〜”と感動.

したので普段使っている包丁で早速やってみました.

面白いですね,コレ!

>間合いの関係で相当ご苦労されたことと思います。 

一回目は近すぎて弾き飛ばしました.ちょっとでもズレると駄目です.

長物の利点ってホント軽く振るだけで刃先の速度が出る事かと.対峙してて思うのですが遅く見えるのにいきなり来るから怖いです.


巻藁/茣蓙を斬るだけなら刃の薄いものならなんでも出来てしまいそうです.

だからこそ,実戦内での刀...打ち合いに勝てる刀/刃が大切になるんでしょうね.

もうお亡くなりになってしまった刀鍛冶さん(こちらの方です)に話を聞いた時,鋼材の硬さというのは殆ど関係ないんだ,実戦を考えたら折れない,むしろ曲がっても即直せる柔らかい鉄のほうが良い』(後略)


 ⇒ 彼の試斬映像及びメールを見てお教え頂いた点を三つ挙げてみたいと思

います。


一)柄の部分を含めた刃物の長短の変化に対応するのは想像以上に難しい。

二)確実な間合さえとれれば20cmより短い刃物でも巻藁を両断できる。

三)短い刃物の場合、断面形状と柔らかい鉄素材が重要。


 この三つのご指摘事項を考えて私なりに最近の経験も含めて下記に整理してみたいと思います。


(『間合』を考える)

 特に、相手が刃物を持ち、こちらが素手の場合、柔道や空手では間合が近すぎて適度で安全な間合を確保するのが難しいように個人的には感じている関係もあって、日本の武道の中で最高の間合の勉強が出来るのは「剣道」のような気がしています。

しかし、両者の間合を考えるとき相手との間隔以上に両者の持つ武器の長さが重要になるような気がします。

中世のヨーロッパや中国に於いても武技の修練の場合、両者が対等(長さ?)の武器を持って修練するケースが多く、中でも江戸時代の剣術の練習では、同等の長さの竹刀あるいは木刀を使用するのがルール化していました。その流れからか、「果たし合い」といえば武士が常時帯刀していた関係で「刀同士の斬り合い」を意味するくらい多かったようです。

しかし、戦国時代の戦闘や幕末混乱時の暗殺では、襲われた側が脇差や短刀だけだったり、最悪の場合、無手に近い条件下も存在したようです。

それに近い武道各派の練習方法に「小太刀型」が残っています。大刀の相手と立ち会うのですから、拝見していても、相当不利な状態からの相手との間合の短縮と接近戦での敵の剣先を圧倒して勝つだけの胆力が必要な技が多い気がします。

即ち、ボクシングの接近戦での殴り合いの応酬のように、巻藁を斬る際には、こちらが斬られる位の緊迫感が必要ですし、30cm以下の短刀で相手の急所に迫る気迫が必要だと短い刃物での試斬の場合常に思うようにしております。


 大刀での巻藁の試斬は経験豊富な方が多い反面、長短の異なる長さの脇差での試斬には当初、間合がとれずに困惑する方も居ますが、少し時間が経過すると間合に慣れられて上手に斬られています。

 脇差以上に厄介なのが30cm以下の短刀やナイフ、包丁での試し切りで、面白くもありますが間合の調整に若干の時間が必要になります。John Doeさんの映像を拝見していると長い柄の先のナイフでも普段お使いの包丁でも、自在にチャレンジされて難なく斬られている様子が伝わってきて爽快な印象を受けました。


(確実な間合さえとれれば短い刃物でも巻藁が両断できる)

 さて、第二点の「確実な間合さえとれれば短い刃物でも巻藁が両断できる」点ですが、前提条件として、ナイフなり短刀なり、包丁なりの短いえもので敵の内懐まで間合を詰めることが出来たかで、勝負の大半は終わっている気がします。

 相手の弱点に肉薄して、短い刃物で斬付たり、刺突出来る位置に身を置くことが出来る修練が積めれば、短刀等の武器で死闘に勝てると昔の武道家は考えていたのかもしれません。

 次に重要なのは、刀でも同様ですが、「刃筋」の整合です。特に刀身が短くなればなるほど、刃筋が少しでも狂うと巻藁を両断出来ないケースが増える気がします。

 その点、重ねのある江戸時代の短刀よりも現代製の薄いナイフや包丁の場合巻藁を斬るのが若干有利な感じを覚えますが、皆さんのご意見は如何でしょうか?

 余談ですが、今まで試した短い刃物の中で、最もタイミング合わせが難しかったのが「鎌」でした。その最大の問題点が刃の部分と柄の部分が直角に結合している点で、どうしても間合いが短刀よりも短くなってしまいタイミングがズレ易い為でした。


(『短い刃物の場合、断面形状と柔らかい鉄素材が重要』)

短い刃物の場合、断面形状と柔らかい鉄素材が重要との同氏の第三のご指摘ですが、全く同感です。

特に包丁の場合、身幅の割に重ねが刀剣に比較して非常に薄く出来ている上、切断の邪魔になる「鎬」が日本の切り刃作りの出刃包丁系を除くと存在しないため、平造が一般的となり、巻藁等の柔らかい物体の切断にはより効率的な印象が強い。

更に付言すると同氏が試斬に使用した「一般に中国で使用される料理包丁」は刃長の割には身幅が世界でも最も広く重量もあり、切断効率は青竜刀を思わせるものが感じられた。


さて、短い刃物の断面形状と柔らかい鉄素材が斬味の要素として極めて重要な点は、同氏のご指摘の通りで、全く同感です。

特に、現代の量産された鋼材の場合、職人が介入できる工程を考える時、刃物の断面形状と焼入温度や焼入後の熱処理作業が斬味に及ぼす大きな部分を占める気がします。

中でも複雑な多くの作業工程を必要とする日本刀の場合、良く斬れる「柔らかい刃味」を実現するためには、刀工ならではの絶え間ない努力が必要だと思っています。

「焼刃渡し」を終わったばかりの打ち下ろし状態の現代刀は、硬い上、刀身全体に歪みが多くとても良好な斬れ味を実現できる刀身が少ないように個人的には感じています。

斬味で有名な刀工の方々の多くは、この工程をしっかりと行っておられるともお聞きしたことがありますし、有名な小林康宏刀匠の刀なども、その点に十分な配慮をされた優秀刀だと感じましたし、これは未経験なので断言は難しいですが、戦中に評価の高かった秋田県の政治家で刀工だった柴田果刀匠の場合、作刀時に十分な注意を払って刀身全体の「歪み取り」を行っていたといいます。

このように、近代及び現代刀の中にも心ある人々は自作の刀を完成した姿に一歩でも近づけるべく弛まぬ努力を続けてきたことがよく解るのである。

しかし、それでも、試斬前の最終的な「寝刃」を自分で合わせて斬ってみると時々どこか物足りなく刃が硬過ぎるケースや刀身全体に歪みの蓄積をほのかに感じることがあります。

その折りには刀匠にお願いして再度、低温での熱処理の追加を希望すると、不思議なことに柔らかい斬味に進化したように感じることがあります。

それでも、古刀の持つ刃味の柔らかさとは一線を画していて、どこか手の内に堅さの余韻が伝わってくる印象があります。


さて、今回は John Doe 氏との往復メールを私なりに整理させて頂いた上で記述させて頂きましたが、誤解した点がありましたらお詫び申し上げます。

そして、何よりも驚嘆すべきなのが、「刃渡り17cmの短いナイフに長い柄を付けて」自在に巻藁を切り分ける同氏の優れた技量とその「間合」を再認識した次第です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ