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43.日本刀近代化への努力と「昭和軍刀」

 我々一般の愛刀家が日本刀に関して理解している知識は、想像以上に新しいという。古刀復興を目指す現代刀作家が使用している『玉鋼』の表現にしても江戸時代以来の「鉧押けらおし」によって直接精錬された和鋼の内良質な鋼に対して名付けられた明治以降の呼称だと聞く。

 加えて基本的な鍛刀方法としての「まくり鍛え」や「本三枚」、「四方詰」も新々刀期以降に多用されだした呼称であり、古刀期の作刀内容を正確に示す表現では無いらしい。

日本刀の時代区分である新々刀期は一般論として明治時代初期には実質的に終了して、日本刀は長い不遇の時代を迎えることになる。

そんな中、「近代刀」とでも呼べる明治以降の現代刀をリードしたのが軍用の刀剣であった。近代軍刀に求められた特性は日本刀本来の優秀な特長を維持すると同時に、徴兵された大量の兵や士官に対し十分な供給量を維持する為の工業生産的な供給システムの構築だった。

しかし、太平洋戦争の敗戦によりGHQが実施した「刀狩り」を回避すべく本間薫山、佐藤寒山両先生に依って「美術日本刀」が提案された流れもあって、現代刀製作の基本条件として「玉鋼」を出発材料とする作刀方針が徹底されることとなった。

その結果、明治以降の近代日本刀、特に「軍刀」分野で追求された日本刀素材の選択の自由度や機械加工による成形、木炭以外の熱処置技術の検討等がタブーとなってしまったのである。

 そこで今回は、原点に戻って明治以降の『日本刀近代化への努力:軍刀』の軌跡を辿ってみたいと思っている。


(日本刀近代化の辿った軍刀量産化の軌跡)

 廃刀令によって一時は国民の前から半ば廃棄されたに等しい日本刀だったが、日清日露の両戦争を通じて奇跡の復活を遂げている。

その根底には10世紀後半に古代日本で創成された反りのある日本刀の姿が、ヨーロッパ近代の軍刀である「サーベル」と形状が極めて似ており、サーベル刀身の代替えとして日本古来の刀を使用した結果、実戦で極めて有効な性能を示した点に負うところが大きかった。

ヨーロッパでたかだか数百年の短い歴史しか記録されていないサーベルと約一千年の歴史がある日本民族の持つ『日本刀』の形状が極めて近似していた点も不思議だが、それ以上に世界の戦闘用刀剣完成形ともみられる「サーベル形状の片刃の湾刀」が、古代日本の太刀の形状に良く似ている事実には驚かざるを得なかった。


 一方、陸軍サイドから見ると一定程度の優秀な性能を保持する軍刀の安定供給は戦力の維持と向上からも極めて重要な課題だったのである。

そして、当時の西欧最優先の舶来崇拝の時流から考えても、旧態依然とした不安定な「玉鋼」を使用した新々刀よりも輸入洋鋼を原材料とする軍刀の安定的な製造を考える方が近代陸軍としては自然な成り行きだったのである。

そうなると近代軍刀検討の要素として、次の幾つかの重要な因子が浮かび上がってくる。


1)大量生産可能な安定的な性能を持つ原材料の確保

2)少数の刀鍛冶では無く工場生産による安定的供給量の確保

3)本鍛練刀と丸鍛えによる量産性優先品のどちらが好ましいかの判断


 等々が挙げられるが、各々の項目で最終的な結論を得ない段階で終戦となってしまったのである。しかし、戦前とはいえ当時最新の近代的研究成果を盛り込んだ作刀結果から幾つかの方向性のある実刀が完成していることも確かだった。

 そのようなことを考えている折、親しくご指導頂いている五反田のO氏から、半ばタブー視されている「丸鍛え」の近代刀に関して詳述した勇気ある書籍があるとのご教示を頂き、同書の通読を進められたので下記の同書を底本として著者である大村氏の論旨を勉強させて頂きながら、自分なりに近代に於ける「軍刀」の辿った道を振り返ってみたい。


  『真説 戦う日本刀』  大村紀征   BABジャパン  2019年12月


(最も優れた日本刀の原材料とは?)

 古来、国産の砂鉄を原料とした玉鋼を出発材料としてほとんどの日本刀は造られてきたと一般に語られている。それでも、桃山期以降、新刀及び新々刀のなかごに「以南蛮鉄造」等の文字を誇らしげに彫り込んだ越前康継等の刀鍛冶の作は多い。

 「鉧押けらおし」によって作成された玉鋼の場合、夾雑物も多く複数回の折り返し鍛錬によって始めて純度の高い日本刀の素材が形成されるという。しかし、ある程度の適度な炭素量が均質に内蔵されている海外からの輸入鋼の場合、少ない鍛錬回数、あるいは無鍛錬で整形して焼き入れが可能となる。

 その点を考慮して明治以降、多くの研究者が玉鋼以外の優秀な日本刀の原材料を模索している。その中で代表的な鋼材を挙げると下記のようになる。


1)村田刀:スウェーデン鋼と和鋼を混合溶解した材料を使用

2)「東郷鋼」:輸入鋼材を使用した無鍛錬刀

3)満鉄刀:パイプ状の鋼材に鉄の丸棒を通して機械鍛造した構造刀


 等がある。もちろん古来の「たたら鋼材」を使用した


4)靖国刀:復活した靖国たたらの鋼材を使用した古式鍛錬刀

5)古式鍛錬刀:古伝を伝える全国各地の刀鍛冶が作刀


 も、多く存在したのである。


(量産工場製は、どこまで可能か?)

 その一方で、本式の刀鍛冶による作刀は陸海軍が要求する十分な数量を供給出来なかったといわれている。

その為、近代的な工業機械を活用した製造工程の改善と熱処理技術の応用による製品の均質化も探求されている。その代表的な近代軍刀を挙げると上記と若干重複するが次のようになる。


1)村田刀:油焼きの為、刃紋は無かった。

2)下士官刀:洋鋼ベースの刀剣鋼の油焼き入れで、刃紋無

3)造兵刀:概ね鍛錬刀に準じた形状の刀身を油焼き入れした物

4)ステンレス刀:海軍その他で要望が強かった「不銹刀」

5)満鉄刀: パイプ状の鋼材に鉄の丸棒を通して機械鍛造した刀身

6)群水刀:電気製鋼材を用いた丸鍛え軍刀


 電気炉や研削工具等の近代設備を多用した場合、材料の品質保持や加工形状の均一化に大きく貢献するものがある。その点帝国陸軍も士官用の軍刀はともかくとして、下士官用の軍刀は早い時期に丸鍛えの油焼き入れ品を認めている。

 その経験もあって造られたのが「造兵刀」であり、「ステンレス刀」に関してはどうも関の藤原兼永の刀を始め色々とあるようで無銘で刃紋も無い刀を相当昔に拝見した記憶がある。


 いずれにしても、本鍛練刀に形状の模範をとった陸軍造兵廠を初めとする工場生産による軍刀は多岐に渡り、その品質や斬れ味も広範囲に分散している。その結果、実戦向きの優秀な斬れ味と耐久性を評価して賞賛する人々が多い反面、陸軍造兵廠や関の刻印を見ただけで、刀身をろくに見ようともしない愛刀家も多い。

 しかし、工業化の推進による戦争後期の軍刀の大量生産は、開戦前の真摯な作品群と大きく異なり、おざなりな製品を急増させてしまった印象を受けている。特に、戦争後期の「三式軍刀」の刀身にそれは多いような気がするが、何方かご教示頂ければ幸いである。

 

(「本鍛錬刀」か「丸鍛え」か?)

  そして、最後の問題が日本古来の「本鍛練刀」が優れているか、近代的な鋼材を採用した「丸鍛え」が優れているかの判断である。

 現代でも「靖国刀」を初めとするこの時期に製作された優秀な本鍛練刀を再評価される有識者の方々は多い。

確かに靖光を初めとする多くの靖国刀匠の良く出来た刀身を拝見していると新々刀に肉薄する完成度が感じられ、日本刀本来の魅力を内蔵していると見ても過ちではないと思う。また、全国各地で新々刀期の古作を探求して軍刀の製作に挑んだ刀匠の数も多い。

一方、関では鍛錬刀の量産化が進み、相当数の鍛錬刀と半鍛錬刀が生産されている。ここで注意しておきたいのが「半鍛錬刀」の存在で、古式鍛錬の鍛造部分をエアーハンマーによる近代的な機械化によって量産化に成功した技法であり、一部の刀剣家が指摘しているような、丸鍛えと本鍛練の中間の鍛刀方式では無い。

 もし、エアーハンマーによる鍛錬に問題があるとするならば、エアーハンマーを多用している現代刀作家の作品の殆どは伝統ある日本刀から除外される可能性を含んでいるが、そんな野暮な指摘を事新しく云々する方も少ないと思う。


 話が横道にそれてしまったが、上述した近代軍刀を「本鍛錬刀」か「丸鍛え」と、その中間の独自の構造を持つ「構造刀」に分けると次のようになる。


1)本鍛錬刀:靖国刀、古伝の鍛錬刀他

2)構造刀:満鉄刀

3)丸鍛え:村田刀、下士官刀、造兵刀、群水刀


 結論から先に述べると「丸鍛え」の軍刀でも構造上大きな問題が生じていないし、逆に源良近刀匠の製作した東郷鋼を使用した素延刀は試斬をした斬り手の高評価を得ている。

 加えて、冒頭に掲げた大村紀征著の「 『真説 戦う日本刀』 の第5章四の群水刀~群馬水電が起こした“電気製鋼”革命によると『丸鍛え』の群水刀の試験結果は極めて優秀(詳しくは同著をお読み下さい)だったという。

 また、文章の後半で、成瀬関次氏の著書にある「無垢鍛えのスプリング刀」の切れ味や前述の源良近刀匠の丸鍛えの軍刀に関しても触れておられ、

『実用刀として「本鍛錬刀」よりも優秀な鋼材を使用した「丸鍛え」の刀の再評価を世に問いたい』と結んでおられる。

 

 確かに、ステンレス刀でも好適な素材を生かした「丸鍛え」の場合、驚異的な切れ味の軍刀に遭遇したケースがあったし、以前、複数の現代刀匠にお聞きした際にも、「素材の鋼さえ優秀ならば、丸鍛え」で、形状だけ整えて焼きを入れた刀身で、優れた斬れ味と充分な強度を維持する日本刀が製作可能とのお答えを頂いた記憶がある。

 大村氏の著書をご紹介頂いたO氏もメールの中で、

『今後の日本刀は、美術品としての縛りが無い海外で発展するか、従来の美術品としての日本刀という中で古刀の再現を目指すという制限的な方向になります。

(鉄砲刀剣類所持等取締法の日本刀としての昭和刀制限、製作工程制限と海外製除外は、もう改正しても良いと思うのですが、なぜか駄目で、これからも駄目なのでしょうね)』

と、述べておられることが印象に残ったので附言します。


 以下、飽くまで個人的な感想だが、今まで多くの友人の協力を得て所持刀を含めて、古刀、新刀、新々刀、軍刀、現代刀で斬らせて頂いた総合的な感想を述べて終わりにしたい。

『丸鍛えに焼き入れした近代刀の中にも優れた斬れ味を持つ刀は多かった。しかし、個人的には斬った後の手の内に残るスッキリした爽快感に関しては古刀や初期新刀勝るものは無かったように感じる。

それも、無地風に良く詰んだ新々刀地金の刀には少なく、強いて申し上げれば応永以前の古刀に多かったように感じるが、同時に古い時代の刀、特に相州伝の刀は斬れ味の爽やかさは好印象ながら個人的には曲がりやすい欠点を内蔵しているように感じた。

古い時代の古刀に次ぐ刃味を持つ刀として印象的なのが、やや鍛錬不足を感じる末古刀から新刀初期の刀で、現在、連続斬りにはこの手の刀を愛用している。


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[良い点]  『真説 戦う日本刀』  大村紀征   BABジャパン  2019年12月  先生も読まれましたか。図解豊富で果断な説をズッパズッパ描いた良書でした。 [気になる点]  アメリカのKAT…
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