表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/52

38.『実用刀』の視点から「鎌倉時代」の太刀を考える

 前稿で、近世から順次、時代を遡って「南北朝時代の大太刀」まで、『実用刀』の視点から日本刀を考察してきた。

本稿では、更に古い鎌倉時代の太刀を中心に乏しい知識の範囲内ながら出来る限り勉強させて頂きたいと思っている。

鎌倉時代と聞くと反りのある「太刀」の出現した平安時代中期に続く「騎射戦」の時代だった印象が強い。当時の兵数の数え方に「何騎」という数え方があるのは、良く知られている。

これは、徒歩兵の数を除いて実戦力の中核である弓騎兵の人数だけを何騎としてカウントするやり方であり、当時の人々が戦いの形態をどう見ていたかが解る表現方法である。

当然のことに「太刀打ち」も馬上が主であり、使用する太刀も騎馬で相互が駆け違う瞬間に使用するため、後世の「打刀」と違い、長めで反りも深い形状の太刀を片手使いで用いていたと当時の遺物から推測出来る。


一方、皆さんよくご存知のように、現存する平安鎌倉時代の太刀となると健全な名品は国宝や重要文化財に指定されている上、所蔵先の多くは、国立博物館を始めとする各地の博物館や美術館であり、それ以外では、有名武将の尊崇を集めて多くの奉納品を収蔵している寺社や名家の伝来品が多い。

それに、一般に流通している有銘無銘の鎌倉期の太刀の大半は製作してから700年以上の歳月が経過している品物が大半であり、江戸時代に造られた新刀等に比較して、研磨された回数も多く、「研ぎ減っている刀身」が大半の可能性が高い。

その様な貴重品の鎌倉時代の太刀を『実用刀』の見地から試し斬りでもしようものなら、多方面から叱責を受ける可能性は極めて高いし、我々愛刀家の一人としても、とても出来る相談では無い。


そこで、今回は優美で腰反りが強く、地刃共に多くの特徴がある鎌倉時代の太刀の際だった特徴の中から次の二つの点に着目して勉強してみたいと思っている。


1)鎌倉時代の太刀は室町時代以降の打刀と違い「反りの深い」太刀が多い。

2)製作当時から先身幅が狭い傾向がある上、研ぎ減りして細くなった太刀が多い。


この「反りの深さ」と「先身幅の細さ」に注目して、やや時代は下がるが(無銘なので時代は正確には不明ながら南北朝期との鑑定)の大傷のある磨上無銘の刀を入手出来たので、上記の二点に重点を置いて斬ってみることにした。

それでは、本題に入る前に日本刀に於ける「太刀の時代」の始まりに簡単に触れてみたい。


(「横刀たち」から「湾刀」へ)

古代日本では、大陸式の片刃、直刀の横刀あるいは大刀と書く「たち」が長く貴族や官吏、兵士を中心に権威の象徴として使われてきたし、正倉院に伝わる武器の中でも、唐様の大刀は一際光彩を放っている。使用法から観察すると、これらの大刀たちは大陸から伝来した「片手使い」の様式で柄は後世の日本刀に比較して短かった。

桓武天皇による平安遷都と東北の蝦夷に対する征討事業の時代になっても大刀の様式は大きく変わらなかったようだ。征夷大将軍として大活躍した坂上田村麻呂の佩刀と伝えられている清水寺伝来の大刀も唐様大刀の系譜を引く直刀であった。

そして、平安時代中期の10世紀頃、反りのある「湾刀形式」の日本刀が初めて歴史に登場して来る。初期日本刀の現存する名品の太刀というと、「三条宗近」や「童子斬り安綱」、「大包平」を思い起こす方も多いのでは無いだろうか?

三条宗近の優美な曲線は、刀好きが一度見ると忘れられない如何にも平安貴族の帯びるに相応しい優雅な姿をしている。

しかし、残念ながら平安時代後期から鎌倉時代に続く古い時代の太刀を立体的に考える機会は意外に少なく、どの様に勉強していった方が良いのか迷っていた。


そんな折り、有り難いことに、國學院大學博物館で、


 特別展 『神に捧げた刀 ― 神と刀の2000年 ― 』


が、開催されていて、直刀から湾刀に変化する時代の太刀の実物と同大学らしい「古典籍」が交互に並んでいる、大変良い学習が出来そうな展示会の情報を得たので早速お邪魔させて頂くことにした。

上野の東京国立博物館や両国の刀剣博物館でも多くの名品の展示があるが、同大学での平家物語や吾妻鏡の太刀に関する記述やその他の古文書を引用しながらの展示は、大きな魅力を感じさせた。

行ってみると、特に、第Ⅲ章の「中世東国武士の神社信仰と刀剣」を中心に興味深い三口ふりの太刀の展示があり誠に有り難かった。


・毛抜形太刀       平安時代・10世紀  長野県塩尻市野辺沢遺跡出土

・景安太刀(古備前)    平安時代末期    鹿島神宮蔵

・薄緑丸            鎌倉時代       箱根神社(源義経奉納)


中々、10世紀から12・3世紀の太刀を比較して拝見する機会は少なく、景安の太刀も薄緑丸の太刀も騎射戦が主流だった時代の太刀らしく腰反りも深く、刀身も想像していた以上に健全で、先身幅も相当残っていたが、全体に古風な印象の強い好ましい太刀姿だった。

それでは、最初に「反りの深い」刀を使用した場合の検討から始めたい。


(「反り深い」刀での試斬)

「反り」が7分~1寸(約2.1~3.0cm)以上の深い反りの刀は、現代居合の熟達者には、相当扱いにくい代物に感じるようだ!

特に、試斬を好む抜刀道の上段者の所持刀を拝見してみると、「反り」4分~5分(約1.2~1.5cm)前後の新刀姿が多いように感じる。

反りが浅いと試し斬りの際、刃筋を間違えても大きく曲がる危険性は少ないが、反りが深い場合、想像以上に大きく曲がるケースを見かける。

そん折り、常々お教えを頂いている「John Doeさん」から、刀剣の「反り」に関する興味ある実体験のメールを頂いたので、同氏のコメントを勝手に要約させて頂いてご参考に挙げしてみた。


同氏は遊びで「極端に反りの深い居合刀と木刀」を作ってもらい実際に使ってみた上での感想を記述されている。実験に用いた居合刀と木刀の形状は、

       刀身は二尺三寸八分(約72.5cm/28.5 インチ)

       刀身反りは一寸五分二厘 (約4.6cm/1.8インチ)

       総反り(全体的な反り)は二寸八分九厘 (約8.7cm/3.5インチ)

        木刀のほうは腰反り気味で居合刀は京反りです。

 との事。


・打ち合いでは同時に打っても反りが深い方が刀身は遅れるのですが、相手の

 刀を峰から制して中に入るのが楽でしたし、反りを利用した技で相手を崩し

 やすかった。

・突き技に関しては対応が難しく、反りの浅い標準的な木刀や反りの無い直刀

 の方が個人的には楽だった。

・「反りの深い」居合刀を使用しての袈裟や横一文字はものすごく抜きやすく

 楽でした。しかし、逆袈裟からの切り付けは難しく感じました。

・「深い反り」の居合刀と木刀を使用した結論として、同氏は現在の日本刀の

 反りが、『それなりに色々な妥協点が長い年月を経て収束した結果なのかな

 あ』とお考えになっているようでした。


 長い同氏の文章を要約した結果が以上ですが、もし間違いがあれば小生の責任です。

確かに、同氏もおっしゃっているように、10世紀から始まった日本刀の長い歴史の流れの中で、収束した結果が、幕末の日本刀の反りと身幅なのかも知れません。

新々刀の反りの平均の数値を正確に理解している訳ではないが、反り5分(約1.5cm)前後の刀が抜きやすく、斬り易いと多くの方々から伺っているし、実際に使用してみても当たり外れの無い処であろう。


さて、実際に試し斬りを行った反りの深い刀だが、両方共に磨上無銘のため、若干2尺3寸(約70cm)を割り込む長さだった。反りの方は、約7分(2.1cm)と8分(2.4cm)で、実際抜いてみると新刀と違い鞘に刀身の棟を滑らすように抜く居合の原則を遵守しないとスムースに抜けない感じがした。

もう一口、反り、1寸1分(約3.3cm)の反りの刀も用意したが、これは相当細身のため、試斬は行わなかった。

実際に抜いたり斬り付けたりした印象では、袈裟斬りや逆袈裟で反りの浅い新刀よりも巻藁を通り抜ける折に少し遅れる印象を受けた。逆に、数本の巻藁を立てての連続斬りでは、反りを十分に生かして斬ると斬り易い雰囲気だった。

また、前述のご指摘のように、「突き」に関しては、寛文新刀姿の刀よりも難しい感じが強く、「突き技」が得意な人は棒反りの刀が向いていると昔からの言い伝えは生きているように感じた。

加えて、走りながら切り下ろしてみたが、反りの強い刀身では、問題なく巻藁の間を抜けることが出来たので、騎馬民族が「湾刀」を好む嗜好がうっすらと理解出来たように思う。


(細身の刀で斬る)

 さて、次の問題点である古い太刀の特徴的な形状である元身幅と先身幅の差の大きい、所謂、「踏ん張りの大きい太刀姿」について、考えてみたい。

手元に控えのある新刀と末古刀の先身幅を見ると2.0~2.3cmが多い。それに反して、鎌倉末期から応永頃の太刀では大切先の延文姿の太刀を除いて、研ぎ減りの関係で、1.5~2.0cmの細身の物が主流の印象を受ける。

さて、先身幅、1.5 、1.8 、2.0 、2.2cmの刀四口ふりを用意して試斬をおこなってみた。

最初に斬り始めて約半年の初心者に挑戦して貰ったが、身幅の広い2.0cmと2.2cmの両刀は喜んで斬っていたのに、1.8cmの刀に対しては、「本当にこの細さで斬れるのですか?」と心配そうにしていたし、1.5cmの細い刀に至っては、斬るのを婉曲に断られている。

この傾向は中級者でも同様で、斬る刀としては、試斬用現代刀に多い先幅2.4cm以上の身幅の広い刀身が好まれるようである。

確かに、太刀姿の美しい踏ん張りがある先幅5分(約1.5cm)の太刀を使用すると巻藁の一枚巻き容易に斬ることは出来るが、太めの真竹を真ん中に入れた場合、難しいような気もしてくるから不思議である。

先身幅が2.0cm以上ある刀身では、全く感じない、この感覚は小生だけかも知れないが、日本刀の強度に対する自信も、もしかしたら、形状の豪壮さに比例する感覚が含まれているかも知れないと思った。


(「反り」から世界の騎兵用刀剣を考える)

ヨーロッパの騎士の剣を考える前に、ヨーロッパと日本の中世の武士では戦闘方法が大きく異なっている点を留意する必要がある。ヨーロッパの場合、十字軍の戦闘経過をみても重武装であり盾で防御を強化して、長い槍を持って突撃する槍騎兵的な伝統があり、この流れは第一次世界大戦初期まで遺っている。

一方、日本の武士が登場した頃の戦闘形態は、準重武装の弓騎兵であり、弓以外には武器として腰に帯びた太刀しか所持していない貧弱な騎兵であった。

その点はヨーロッパの騎士も同様で、真っ直ぐな諸刃の刀身に短い柄と十字形の鍔に特徴がある剣が最大の補助兵器だった。

騎士の剣は日本刀と違い、斬るというよりは打撃により敵の騎士の鎧や盾を破壊し、鎧の隙間を突いて戦闘を有利に展開する武器のように感じる。


一方、十字軍で騎士達と戦ったイスラム教徒の戦士達は、軽武装の弓騎兵が多く、最初は古代ローマ軍譲りの真っ直ぐな剣を用いていたが、後に馬上から斬り易い「湾刀」に形状が変化している。

確かに、ヨーロッパのサーベルに大きな影響を与えたペルシャの「シャムシール」やトルコの「ヤタガン」は先が細になっていて尖っているし、英国騎兵やロシア騎兵の剣も先端は鋭利に尖っているので、先端部の斬撃効果は薄いのかも知れない。

逆に考えると青竜刀のように先の身幅が広すぎると斬り付けた敵から刀身を抜く事が出来ず、自身が落馬する危険性が増加するらしい。馬上の斬合いでは、すれ違った際の刀の抜け具合が一命に拘わるケースも少なく無いようだ。


特に、鉄砲の普及と共に従来型の頑丈な重武装の鎧が廃れ、軽武装の歩兵や軽騎兵の発達と共に上記の「サーベル」が列強の軍隊で常用されるようになる。

不思議なことにヨーロッパで流行したサーベルと日本刀の打刀の形状が、比較的近似していた関係で、明治以降、日本刀をサーベル外装にして戦地に赴くことが流行している。

しかし、その反面、サーベルの「片手使い」に対し、日本刀が「両手使い」を得意としたために、不便を感じた明治・大正の軍人が多かったといわれている。

その結果が、昭和軍刀制定時の半太刀外装の柄の長い両手使いへの改装であった。


このように日本刀の「反り」は時代の流行と使用法の変遷によって大きく変化している。特に、現在流行している「古流居合」の多くは、江戸時代中期から後期に掛けて完成した流派が多いと聞く。(もちろん、戦国時代から江戸初期の創建の流派も多数存在する!)

そんな訳で、着物袴での帯刀と両手使いの使用が居合抜刀の基本である今日、馬上で太刀を佩くような刀法が遺っていても、極一部に過ぎないと考えざるを得ないし、John Doeさんのおっしゃるように、現在居合愛好家の多くの方が使用されている日本刀の姿が『それなりに色々な妥協点が長い年月を経て収束した結果なのかな』

と感じずには居られない。

即ち、「鎌倉時代の太刀姿」の反りが深く、腰反りで踏ん張りがあって先身幅の狭い刀身の刀の使用には、それなりの覚悟が必要だということであろう。

この他にも「鎌倉時代」の太刀には幾つかの特徴があるが、今回は省略して記述しなかった。

また、別の機会に勉強してみたいと思っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ