33.日本刀「竹目釘」の不思議さ
どうも、日本人には不思議なところがあって、外人から見ると一見、至極単純な構造物や物事、所作等でも深く探求する心理が内在する場合があるようだ。
日本を代表する芸術の一つである華道や茶道でも、一本の花の生け方や茶杓の置き方に良い意味で拘っている日本人の所作や感情移入に、日本的な探求心の一端を垣間見るケースがままある。
我田引水になりそうだが、確かに、あの単純な木刀の素振りを拝見していても剣道や居合、抜刀それぞれの高段者の方の素振りには、長年の修練を感じさせる何かが潜んでいるように感じられる。特に、古い流派の形稽古を積み重ねて来た先輩達の素振りには、相手の打ち込みの間隙を見逃さない目付と、静かな動作の中に、瞬速で変転可能な躍動感が潜んでいるように感じる瞬間さえある。
前稿で、「目釘穴」と「目釘竹」について若干触れてみた。今回は、日本刀の一番不思議に感ずる部分の一つ、日本刀の「斬撃時の竹目釘の不思議さ」について考えてみたいと思っている。
(「竹目釘」を使う日本刀と諸外国の刀剣との大きな違い)
ヨーロッパ中世の「騎士の剣」や中国の清朝時代の「青竜刀」等を見ると実に柄が堅牢に出来ている。大量生産されたと思える青竜刀の量産品では、刀身と一体の鉄の柄部分を二枚の木片で挟み、鉄釘でがっしりとカシメられた状態の堅牢な柄を見たことがある。あのような柄の構造ならば、漠北の砂塵の中でも、江南の湿気と泥濘の中の長期の行軍でも、成瀬関次氏が中国戦線で見た軍刀の柄のような脆弱な欠陥を露呈することは殆ど生じなかっただろうと感じた。
青竜刀の中には、柄の握りの部分に上から皮や金属線で巻いた物もあったようで、安心できる構造だと思った。但し、物体を切った時の反動は気のせいか、日本刀と大きく違いズンと手元に来る印象だった。
その点、日本刀の刀身と柄を繋いでいるのが、直径6.5mm前後で、長さ20mm位の植物繊維の塊のような真竹の目釘であり、しかも、この脆弱な「竹目釘」を何世紀にも渡って使用してきた民族が日本人である点に興味を惹かれる方は多いのでは無いだろうか。
そんなことを考えている折りに、懇意なOさんから次のご感想を頂いたので、ご参考にご紹介してみたい。
『竹目釘に、脂がしみ込んだものが強いのは、体験的に私も同感です。 植物繊維は丈夫で、特に竹の繊維はしなやかです。 日本刀の目釘部分にかかる加重は、モーメントを加えれば非常に大きいはずです。真鍮のような柔らかな金属でも受け止められますが塑性変形してガタの要因になります。 その点、植物繊維は力を受け止めて弾性変形できますし、さらに加工も容易で価格も安い? これほど優れた素材はないと思います』
Oさんのご指摘のように、
竹目釘の場合、斬った際の衝撃による塑性変形が少なく、軟らかい金属や堅い木よりも形状復元力も高い理想的な材料だと思います。
そして、竹の軟らかい裏側を包んでいる柄の目釘穴はというと、多くが木の中でも軟質の朴の木を素材としている関係で、衝撃をソフトにやんわりと受け止めることによって、日本刀を握る武士の手の内を保護しながらも、武道の手の内の完成に貢献しているように感じます。
それでは、もう少し、試斬時に「竹目釘」に掛かる負担を中心に考えてみましょう。
(日本刀の「衝撃吸収位置」)
さて、ここまで述べてきた日本刀での試斬時の衝撃吸収のシステムを工学的に記述している資料が無いかと探して見たところ、「日本刀の衝撃工学的考察(日本機械学会論文集、77巻、776号、2011年)」のPDFをネットで見つけたので、引用させて頂くことにした。
著者は、臺丸谷政志室蘭工業大学名誉教授と小林秀敏大阪大学教授の両先生で、論文の要旨を私なりに簡略化すると次のようになる。もし、記述内容に問題点が請じるようならば筆者の理解不足による責任なのでご容赦頂きたい。
1)拵の場合はまさに目釘穴位置で変位振幅が最小になっていることがわかる。
2)目釘穴位置においては、目釘竹の変形強度を超えるような大きな負荷は作用しない可能性がある。
3)物打ちの部位は、刃先から下部20cm前後の位置(横手筋から5~6寸)であるという結果が得られた。
また、柄の中央部に大きく目釘穴が通っている点が重要とも述べられている。以上の複合結果から、試し斬りの際、完璧に刃筋が合い、日本刀独特の曲線と両腕の振りが一体化し、手の内が完璧に整ったケースでは、殆ど試斬する物体の衝撃を感じないで斬る事が可能になる背景がおぼろげながら理解できるような気がするが、皆さんは如何であろうか!
古来、理想的な日本刀の斬撃部位を『切っ先三寸、物打ちで斬れ』と伝えているように、刀の切っ先から約10cm程度の位置で斬った場合に、上記の現象を体験しやすいのも確かである。
両先生の論文でも、『変位振幅が最小になるのは、切っ先から100mmで切った場合』との記述もあるので、ベストの斬る位置が切っ先から100mmであり、その部位をやや広めに解釈すると約200mmの範囲と理解したい。
実際、複数本の巻き藁等を一度に斬る場合、刀身の長さを最大限に活用して斬る方が有利な場合が多く、そうなると200mmを超える広い範囲の刃先を利用した経験をお持ちの練達者の方々も多いと思う。
(試斬時に「竹目釘」周辺に掛かる負担)
物体を日本刀で斬る際、最も負担が掛かるのが、この竹目釘であり、試斬時の衝撃吸収と反発の大半は、竹目釘の表面とその反対側で起きている。
即ち、刀の物打ちが斬る物体に衝突した瞬間、刀の茎の目釘穴の刃側の内壁面と目釘竹表面が激突する。この衝撃が斬撃時で最も衝撃が大きい瞬間と部位だと考えられる。
それでは、二番目に大きい衝撃点は、何処かと考えると、それは棟側に向いた「目釘竹」表面と柄木の朴木の目釘穴内面になると想像する。
日本刀の刃側では茎穴内部で鉄と真竹表面の激突が、棟側では真竹の裏面と柄木の朴との衝突が同時に起きていると考えられる。
日本刀で物体を斬る場合、この二箇所と柄を握る試斬者の手の内で、殆どの衝撃を吸収できている訳で、鉄や堅い物体を斬った際の大きな反動を考えると、善くぞ術者が怪我もせずに斬っている不思議さを思わずにはいられない。
その他の刀の衝撃吸収部位としては、柄に巻いた柄糸等がある。竹目釘や柄の主材である木材に比較すると斬撃時の衝撃吸収の分担比率は若干小さいような気もするが、日本刀使用者自身の衝撃吸収材部位としては、予想以上に重要な気がしている。
その詳細に関しては別の機会に譲りたい。
もちろん、最大の吸収体は、日本刀を使用する人体、特に使用者の手の平と身体の筋肉と骨格になる訳である。もちろん、衝撃吸収の最終的な成果は、試斬練達者の日頃の鍛錬成果によると考えられるのが妥当であろう。明治天皇の御前で兜割を成功させた名剣士榊原鍵吉を初めとする多くの試斬成功者の背景には、日本刀独特の一見、脆弱な柄構造と小さな「目釘竹」によって結合された斬る為の秘密があったと考えたい。
日本刀の標準的拵の斬る為の柄の構造と斬撃時の衝撃を逃がす構造的な完成度は世界の刀剣の中でも特異であり、優れたレベルにあると日本人は自負しても良い気がする。
その分、日本刀の柄は、「実戦日本刀」の著者成瀬関次氏も指摘されているように、日本刀から斬撃時の優れた斬れ味という高性能を引き出した結果、想像以上に脆弱で、少しでも刀の茎と柄の搔き入れの間に大きな差異があったり、目釘がゆるかったりすると直ぐにガタガタになってしまい実戦で使用出来ない状態になる恐れがある。
呉々も試し斬りをされる方々には、柄内部の茎とのガタ付きや目釘の弛みには細心の注意を払って頂きたいと思う次第である。
江戸時代の記録を拾っても、斬合いの最中に目釘が折れたり、柄が折れて不利になったり、勝負に負けた事例が多い。
これは出典が記憶に無くて申し訳ないが、心得のある武士は懐中の財布や小物入れに「予備の目釘」を密かに忍ばせていたという。
これも余談だが、気のせいかも知れないが、実戦に使われた時代に属する刀の目釘穴の多くが、寸法的には、ほんの少しながら平和な時代の目釘穴よりもやや大きい傾向があると漠然と感じている昨今である。