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22.大傷の刀で斬る㈠

『大傷の刀』というと、余り好ましいテーマでは無いし、これから先も、誰も書きそうも無い表題ながら、個人的に以前から一度、採り上げて見たいと密かに思っていた。(笑い)

人間誰しも大きな欠点の有る美術品を購入しようとは思わないのが順当な一般人の考え方であろう。もちろん、刀の世界でも同様で、高価な美術刀を求める人ほど傷欠点を購入前に慎重、入念に調べられるケースが多い為、大傷の刀剣類をお持ちの可能性は低い。

ところが、居合、抜刀を長年やっている方々の場合、面白いことに愛用の健全な現代刀2~5口の他に、欠点のある試し斬り用の刀を1~2口所持されているケースが少なく無い。所持されている欠点のある刀の製作年代も古刀期から、新刀、新々刀、明治以降の刀まで広範囲に及ぶ。

その様な訳で、今回は旧友や知り合いには申し訳無いが、この30数年で拝見した欠点や傷身の刀とその斬れ味に関して、記憶している範囲で概略を触れてみたいと思っている。

また、表題を「大傷の刀で斬る」と書いたが、最初は目立たないような小欠点から始めて、後半、代表的な欠点の「刃切れ」に関して検討してみたいと考えている。

知友にご迷惑をお掛けしても申し訳無いし、将来的な問題回避の為にも、刀銘、長さ等は正確には記さないので、ご了承頂きたい。


(しなえ、ふくれ)

刀の初心者が意外と気が付かない欠点に、「しなえ」と「ふくれ」がある。しなえは、刀を大きく曲げたり、何度も同じ箇所を曲げていると生じる欠陥で、刀の地や鎬地、棟等に刀身と直角に皺のような筋が発生することがある。中には地で止まらずに刃先まで通っている刃しなえまである場合もある。

刀の鍛錬過程で出来るしなえもあると聞くが、多くのしなえは刀に対して過酷な使用によって生じた現象のように観察結果からは感じられる。科学が進んだ現代なので、走査型電子顕微鏡(SEM)等で観察すれば、ある程度、先天的な製作時に生じた欠陥か後天的な極端な曲げ等の衝撃が発生原因となったのか解明できそうだが、未だかって、しなえの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を拝見したことは無い。

多分、分析費用が掛る割りに、何の実質的な見返りが無い探求の為、実行しようとする方が皆無の為であろう。(笑い)


経験としては、部分的に「しなえ」の出た刀3口で斬った記憶がある。時代は、無銘の南北朝期と思われる刀と末古刀の北国物の在銘の刀、新刀期の関系の江戸新刀の刀であった。古刀2口は、やや疲れており、新刀は、それ以上に研ぎ減っていて、古刀2口よりも保存状態は好ましく無かった。唯、3口共も幸いなことにしなえの発生箇所は鎬地で地や刃に及んでいなかった。

どの刀も通常の試斬では、全く問題無い斬れ味で気持ちよく巻藁を斬ることが出来た。また、末古刀では、細めの真竹も斬ってみたが、竹に対する斬れ味も充分なものがあった。

しかし、無銘の古刀と江戸新刀は、何となく曲がりに対して不安があったので、竹で使用しなかったし、所有者の方にも試斬で刀を曲げ易い初心者の方には使用させない方が好ましい旨の参考意見をお話させて頂いた。


(埋金のある脇差)

そう言えば、刀ではないが、地に埋金のある新刀の脇差で斬ったことがあった。刀身は極めて健全で、重ねも厚く、研ぎ減りも全く無いといっても良いほどの健全な脇差だったが、鎺上4寸程(約12cm)の地に長さ10mm、幅3mm弱の細長い長方形の埋金があった。

所有者も斬る為の脇差と考えていたし、実用上全く問題が無かったので、気兼ねなく使用しているとの話だった。それに、使い手の練度が高く、手の内の絞まりも良く、更に、試斬の際の刃筋が真っ直ぐに良く通っているので、何の問題点も無く本人は愛用していたし、廻りから見ても危なげなかった。 

しかし、埋金のあるこの刀身の場合、埋金位置が区寄りの刀身下半部だった為良かったが、これが仮標との接触頻度の高い物打ち近辺の場合、そうは行かなかったと推測される。多分、試斬での曲がりや仮標との度重なる接触その他によって、埋金が脱落して大きな傷が生じる可能性はあると思う。将来的に初心者に渡った場合どうなるのか少し心配している脇差である。


(鍛え割れのある刀)

現存する刀で鍛え割れのある刀、脇差は思いの外多い。古刀、新刀はもちろん昭和刀や現代刀にも多くは無いが存在する。

4、5年前に作者銘はもちろん、所持者銘、裏年紀もある註文打ちの長寸の新々刀で、小さくはあるが鍛え割れが3カ所ある刀を拝見したことがある。その他、特に、柾目肌の目立つ刀の場合、古刀、新刀だけでなく、現代刀でも、時として細かい鍛え割れのある刀を実見した経験がある。

実際に、現代刀も含めて鍛え割れのある刀が、どの時代の刀に多いのかは良く解らないが、拝見した刀では、末古刀の大和系の脇物の脇差に多かった記憶がある。

末備前はそうでも無かったし、美濃物の刀、脇差にも少なかったように記憶している。

実際に、友人の鍛え割れの出ている北国の二流刀工在銘の2尺4寸(約73cm)の研ぎ減った刀で斬ったことがあるが、実用上全く問題はなかった。減っている分、若干、先重ねが健全な刀に比較して薄くなっているせいか、斬った際の刀の抜けは抜群で、使い心地の良い一刀だった。

このような欠点のある日本刀は通常の良品に比べて安価なため、鍛え割れを気にしない剛腹な心情の方には向いているのかもしれない。(笑い)


(芯金の出た刀)

鍛え割れのある刀と同様、芯金の出た刀も古刀には意外に多い。末関や脇物の肌だった鍛え目の刀身では、芯金が部分的に出ていても慌てて見ると見過ごすケースも多い。

特に、北国物の白気映り(しらけうつり)の多く出た刀身では、映りと誤認してしまうこともある。

相当以前、拝見しただけで斬ったことが無い刀だが、豪壮で如何にも斬れそうな島田広助の一見健全な刀を見たことがある。元幅も広く、切っ先近くの身幅もそれ程落ちていない、重ねのやや薄い刀で、抜刀専門の人達が見たら間違いなく斬りたくなるような刀だった。差し裏は健全その物ながら、表の真ん中から下半分に掛けて芯金が出ていて、所有者が芯金を指さしながら、恨めしそうに悔しがっていた姿が記憶に残っている。

広助ほどでは無いが、古刀には、芯金が出てしまった刀、脇差は意外に多い。前に、末関の兼某作の2尺3寸余(約70cm)の研ぎ減った芯金の出た刀で斬っていたことがあったが、使用上、まったく問題は無かった。

その刀は、刀身の表側の所々に芯金が3ヶ所出ていて、少し気にはなったが、特に試斬の際、曲がることも無く使用できた。不思議と芯金が出る場合、両面に出るケースは少なく、表裏どちらかの片面に出ることが多い。これは、備前長船の数打ち等でも同様で、片面が健全なのに対し、逆面に芯金が出たり、膨れ等の欠点が現れる場合が多い。


山城の「来」もそうだが、刀鍛冶が精魂込めて作刀しているにも関わらず、芯金が均等に入らずに左右どちらかに寄る傾向があるようで、特に皮金の薄い流派では、時間の経過に従って、芯金が研ぎ減りによりどちらかの面に出る危険性が高いと思われる。

しかし、美術刀では無く、試斬用として検討した場合、「芯金」の出た刀、脇差は健全な品物に比較して大幅に安価であり、懐の苦しい方で、在銘の刀を使用したい向きには好適な所持刀かも知れない。


(帽子の無い刀)

切っ先の一部あるいは全部の焼き刃の無い刀は意外に多い。知り合いの大切っ先の居合刀も誠に残念ながら帽子の刃が一部無くなっている。末古刀と思われるその刀の斬れ味は優秀で、造られた頃には戦場で大活躍したと推測される。若しかしたら、持ち主の大奮戦によって、その結果、帽子の一部に欠損が生じたのかも知れない。

一度、拝借して巻藁を斬ってみたが、手持ちも良く、斬れ味も平均以上で優秀だったし、所有者も違和感無く長年使い続けているとのことだった。このように現代の居合では、帽子に欠陥があっても使用上大きな問題とならない場合が多いようなので、欠陥がある分、きっとお求め易い刀だったろうと勝手に推測している。

どうしても帽子の焼き刃が一部あるいは全部失われている刀は、古刀に多い。別の友人の備前長船銘が茎尻に残る太刀の場合も帽子の先端部の小丸に返る部分が失われていた。しかし、仮標に対して突き技をやらない限り、通常の居合の型や試斬で問題を感じたことは無かったと聞く。

現代刀が飽きてきて、そろそろ古刀での居合や試斬を考えていらっしゃる先生方にとっては、若干欠点の有る刀でも、小さな問題点をご承知で購入を検討されるならば、リーズナブルな価格で購入可能な実用刀の一つかも知れない。


(焼身、再刃の刀で斬る)

刀に関心のある多くの皆さんは高価な刀の購入に当たって慎重に検討されるので、焼身、再刃の刀をお持ちのケースは少なかった。唯、それでも長年の間に焼身、再刃の刀を各1口拝見している。

購入時、両方とも地刃が不明なほどの錆身で、安価な為、購入、研ぎ上げて刀屋さんに見て貰ったら、焼身、再刃のご託宣を聞かされた由で、所有者の方は少なからずショックを受けておられた。

さて、斬れ味であるが、焼身の方は、沸、匂い口は飛んでいて刃紋も不明瞭だったが、低温度の焼身だったらしく、巻藁程度の試斬では問題無かった。但し、焼身は焼身で、寝刃の持続力が無く、一定期間の使用後には寝刃を再度調整する必要があるようで、手間は掛っていたようだ。

それ以上に、全く使い物に成らなかったのは、室町期の古刀を直刃で再刃した刀で、借用して斬ってみたが、刃は異常に硬く、斬れ味も悪く、腕力を必要以上に使わないと逆袈裟さえ満足に斬れ無い刀であった。斬ると言うよりは巻藁に叩き付ける感じで、何時もは感じる斬った後の爽快感も乏しく悪い印象のみが残っている。

残念ながら焼身、再刃の刀は、如何に安価であっても「全く使用に不適当である」と断じたい。


刀の持つ小欠点の「しなえ」や「ふくれ」から始まって、「鍛え割れ」、「芯金の出た刀」、「埋金」、「帽子の無い刀」、「焼身」、「再刃」と欠点や傷の有る日本刀を用いて斬った経験を書いてみた。 

今回上げた傷欠点は、焼身や再刃を除くと試斬用の刀として致命的な欠点とはならないケースが多いのではと個人的に感じている。

美術刀として大欠点の場合でも試斬用として考えた場合、所持者の方が問題点を充分承知で手元に置かれて愛用されていらっしゃるのであれば、大きな問題とはならないと考えられる。


次回は、刀の欠点の中でも古来忌み嫌われてきた大欠陥である「大傷の刃切れ」について採り上げて見たい。


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