16.刀の反りと斬れ味
海外の人と日本刀について議論した折りに出る話題の一つが、「トルコやヨーロッパ騎兵のサーベルの反りと日本刀の反りは、相当違う!」との印象についてだった。確かに、ヨーロッパ人の知るトルコの湾刀の反りは、相当に強く、ナポレオン戦争当時のフランス騎兵のサーベルの反りも日本刀とは比較にならない位深い。
ヨーロッパの刀剣は、古代ローマ帝国の有名な「グラディウス」や北欧のバイキング系列の「バイキングスオード」始め、真っ直ぐな反りの無い剣が長い間主流となって発達している。その結果、中世からルネッサンス期の剣も同様に真っ直ぐであった。
日本刀に近い反りのある形状の騎兵用の片刃の刀剣が普及し始めたのは、1700年代からで、彎曲した刀身が馬上からの斬り付けに効果的なこともあって、ヨーロッパ各国に急速に普及している。
逆に反りのある刀剣が広く普及したのが、中東を中心とした湾刀で、トルコのサーベル、「キリジ」やインドの「タワール」がある。その他では、モンゴル軍の湾刀使用は有名で、ユーラシア大陸を席巻したモンゴル軍の原動力を支えた重要な武器の一つと考えたい。
日本では少なくとも千百年以上に渡って反りを持った日本刀が愛好されて来たし、明治以降、世界の人々に日本刀の美しさや鍛錬技術の優秀性が認識され始めている。
最近出版された欧米の刀剣や武器の本を見ても、「日本刀」に関しては、特に項目を設けて記述しているケースが目立つ。
また、最近の居合や名刀ブームによって博物館の名刀展示コーナーが人気だとも聞く。反りのある刀の優美さを堪能頂けるのは、同好の士として好ましい限りである。
また、現代の居合や抜刀を嗜む人達と刀の反りに関して最近、会話して、幾つかの興味ある議論が出来たので、今回は、日本刀の反りについて考えてみたい。
日本刀に詳しい人達にとっては、鎌倉時代を中心にした古刀の太刀の反りは深く、江戸時代の新刀、新々刀の反りは浅いことは常識の範囲である。
鎌倉時代のうぶ茎(摺り揚げていない健全な形状)の太刀の反りの平均データが無いので、正確には不明だが、数人で会話した結果から判断すると7分から1寸(約21mm~30mm)の間が中心では無かろうかとの意見であった。
新刀の場合では、常寸の長さ(2尺3寸5分)の刀で、5分から6分(15mm~18mm)位の反りが平均的なところでは無いかとの結論だった。
(日本刀の簡単な反りの歴史:古刀)
日本刀の反りの発生に関しては諸説があってはっきりしないが、一説には東北から東日本を中心にして古代に流行した「蕨手刀」の影響との説がある。
確かに、蕨手刀にはそれまでの大陸伝来の様式の上古刀の大刀とは異なり刀身の反りと茎の反りの両方が存在する出土刀も多い。
また、10世紀頃と思われる出土刀や伝来刀に反りの深い、原型日本刀と思われる刀の存在が僅かではあるが確認されている。
その頃には、関東を中心とした武士の間で騎射戦の発達が見られ、日本刀のみ成らず、甲も従来の裲襠式挂甲から初期の大鎧に移行している時期なので、甲冑と共に太刀も和様化が進み、現代日本人が考える日本刀に近い姿の太刀が出現したと考えられる。
それでは、当時の太刀の使用法はというと、平治物語絵巻や後三年合戦絵巻に部分的に登場するので、ご存じの方も多いと思うが、馬上では片手使い、徒歩戦では両手使いが一般的である。
当然ながら、武将級は馬上が主だったので、近接戦の太刀打ちも片手使いが多かったと想像される。現在残っている平安末期に武将間で流行した毛抜形太刀(衛府太刀)拵を見ても、柄は後世の太刀に比較して短く、片手使いを主目的として造られた武器の特徴が容易に推測出来る形状になっている。
さて、本題の太刀の反りが、後世江戸時代の新刀、新々刀に比較して深い点に関しては一般的に、馬上同士の斬り合いの場合、徒歩戦と異なり、切っ先が早く抜ける必要があって、腰反りが強く付いたとの説がある。確かに、高速ですれ違う二頭の馬のスピードを考えると、寛文新刀のような竹刀に近い棒状の刀では、万一、十分に敵を斬れずに刀が相手の身体付近に刀が留まった場合、反動で自分が落馬するか、太刀を手から放して武器の無い状態で後方に駆け抜けるかしなければならない可能性も出て来る訳である。
相手を斬っても、斬れ無くても、自身が安全に前方に切り抜けるためには、軽騎兵戦を得意としたトルコやモンゴルの刀に近い、平安・鎌倉期の反りの強い太刀は有効だったと思われる。
時代は変わって、元寇、南北朝と続く戦乱の時代は、古来の個人戦から集団戦へと戦場の様相も変化し、3尺以上の大太刀が登場するなど日本刀の形状も大きく変化している。
更に、室町時代の応仁の乱になると足軽と呼ばれるあぶれ者の腹巻きを着た軽装歩兵が戦場の主役として登場してくる。その結果、太刀よりも製造が容易で大量に供給可能な「打刀」の登場となる。
「打刀」こそ、江戸時代の新刀、新々刀の元祖的な刀で、登場した応仁、文明、明応頃の特徴を挙げると次の三つの点がある。
1)片手で振り易いように、刀身が2尺から2尺2寸前後(約61cm~67cm)と
日本刀の歴史の中で、最も刀身が短い。
2)刀の茎も片手で握れる程度に短く、拳一束に指を1,2本加える程度の
極単に短い茎が出現する。
3)帯び取りを用いて腰から下げる太刀に変わり、栗型が付いた鞘で帯に直接差す方式に替わる。
4)帯刀形状が大きく変化したため、何時でも抜打ちが出来る日本刀独特の緊急即応体勢が完成(居合の発生である)する。
室町時代の「打刀」を含めて、古刀の反りを総括すると次のようになる。平安・鎌倉時代の太刀の反りは深く、腰反りの優美な姿をしていて、如何にも古名刀然たる形状を保持している。
南北朝時代からやや反りは浅くなり、室町時代の打刀の登場と共に日本刀は大きく変化する。それでも、戦国期の打刀の反りは、江戸期の新刀に比較して深く、太刀の反りと新刀の反りの中間くらいの反りとなる。
(日本刀の簡単な反りの歴史:新刀)
戦国時代が終った慶長頃から、新しい時代の新感覚の刀が登場、「慶長新刀」である。姿は南北朝時代の大太刀を短くしたようながっしりとした姿で、反りは比較的浅く、持ってみてもバランスが良い。
しかし、大平の世の道場剣術の発達と共に「竹刀剣術」が流行、寛文時代の到来と共に「寛文新刀」と称せられる反りの極単に浅い新刀が登場してくる。
寛文新刀の反りは、4分から3分(約12mm~9mm)前後だと聞く。当時、武士達が道場で鍛錬に常用した木刀や竹刀に近い反りの浅い刀は、実際に差料として使用する武士達にとっても古刀よりも好ましい反りだったのだろう。
新刀期後半から新々刀期前半までは、逆に古刀を写したような優しい反りの刀が増えてくるが、幕末の動乱期の到来と共に、丈夫で如何にも切れそうな「武用刀」が登場してくる。武用刀の反りは、使い易い5分~6分(約15mm~18mm)前後の反りである。
当時流行の道場での竹刀の長大化と両手使いの流行と共に新々刀の茎も長くなり、当然のことながら使用する柄も長くなってくる。
中には、勤王刀と称して、2尺5寸から3尺(約76cm~91cm)以上に及ぶ長大で反りの極単に浅い実用を無視した日本刀も登場している。曰く、「巨大な異人を一刀で両断するためには、この程度の長さがは無いと難しい唯々」と、(笑い)
(現代人が斬り易い刀の反り)
このように日本刀には長い歴史と時代による反りの変化があるので、どの位の反りが斬り易いのか、判断に苦しむ。
但し、現在遺っている各時代の日本刀から、その時代の人達の求めた刀姿と反りの変化は上記に述べたとおりである。
戦国期以前の武士は、比較的反りの深い刀を好んだ。例えば、「武功雑器」に、「刀のそりの事」という項目がある。その中で、加藤肥後守清正の言葉として、
「かの直ぐなるにてはあたりよわくして敵たおれず。そりたるにてはきれず、
といえどもたおれぬはなし」
と述べている。
即ち、戦場では、真っ直ぐな刀よりは反りのある刀の方が、効果があり、反りがあれば、敵を刀で斬れなくても、敵を倒す事が出来ると推奨している。
戦国時代の戦場では馬上、徒歩を限定せず、反りの深い刀が好まれたようだ。
逆に大平の江戸の世となると古刀の問題点も露骨に現れてくる。先にも述べたが、末古刀好きが好む「備前国住長船祐定」の銘刀などは、茎は新刀に比べて極単に短い。
江戸時代の喧嘩の記録にも、抜刀して両者斬り合って、長船を使っている方が優勢だったにも拘わらず、刀の茎が短いために柄折れして、負けてしまった記載がある。
道場剣術の発達と共に竹刀の柄も刀身も徐々に長くなり、新々刀の茎も同様に長くなっていった件は、述べた通りである。確かに、太い巻き藁などを斬る場合、茎のがっしりした新々刀は安心して使用できる刀である。
さて本題の「現代人が使いやすい刀の反り」に付いてだが、皆さんが日頃お使いになっている刀を見ると、大体5分から6分(約15mm~18mm)の反りに感じられる。たまには寛文新刀らしい、4分(12mm)以下の浅い反りの刀も、古刀らしい深い反りの刀を拝見する折が無いでは無いが、反りの平均値は大体5分から6分と見て大きな差異は無いように感じる。
この結果から、現代人にとっての斬り易い日本刀の反りは、大体5分から6分(約15mm~18mm)の範囲とみて大きな間違いは無いように感じるが、皆さんのご意見は如何であろうか?
後日、何人かの友人に刀の反りに関する質問をしてみた。
面白いことに、上記の5分から6分(約15mm~18mm)の反りの中でも、好みがはっきりと二派に分かれる現象があって興味を引いた。
多数派は、5分反りの方で、6分反りは三分の一程度だったので、これが全国平均とは思わないが、現代人の美しいと思う日本刀の形状は、常寸の長さで、反り5分というところでは無いかと思う。
反り6分に近い方を好まれた方は、片手抜打ちがお上手だった記憶がある。念の為!
余談だが、現在、時々素振りに使用していて、そろそろ試し斬りをしようかと思っている備前在銘の太刀は、長さ2尺3寸3分余(約71cm弱)、反り8分(24mm)で、摺り揚げながら、まだ、反りが深く残り、古刀期の時代の感触を堪能させてくれそうな反りの刀なので、使用するのを楽しみにしている。