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14.『新刀』は重い

刀の鑑定会に参加し始めた頃、初心者同士が寄り集まって雑談していると、その中でも先輩株が、

「出てきた刀が、新刀か古刀かも分からず、作者も想像が付かなかったら、取りあえず、手持ちの悪い重い刀の場合、新刀の大物作者の誰かに入札してみるのも手だよ」

と、物知り顔に言っていた。

刀の鑑定会とは皆さんご存じのように、刀の銘を隠して、刀身の姿や地金、刃紋等から刀工銘を当てる江戸時代から続く刀剣の勉強法の一つである。

上記の先輩の一言は、相当に粗っぽい話だが、一面の真理は突いているように感じる。


確かに、古刀の殆どは柄を持った際の手持ちが良く、軽い気がする。それに反して、新刀、新々刀では、刀身を持った瞬間、「重く感じるケースが多い」と多く刀剣愛好家の方がおっしゃる。

今回は、刀の柄を握った際の手持ちの感触について、僅かの知見の範囲から考察してみたい。


比較するために永正頃の末備前の長船の刀を一般的な古刀の代表として選出して、議論を始めたい。「備州長船祐定」銘のある末備前の数打ちの刀は、全体の姿に無理がなく優美で、刀身も2尺2寸(約67cm)と江戸時代の常寸の2尺3寸5分(約71cm)よりも短いせいか、手持ちも軽く、全体の印象もスマートで斬れそうな感じがする。

この刀の刃紋も湾互目のたれぐのめで変化に富み、結構見られる刃紋だと思っている。その他にも末備前の刃紋には、温和しい直刃あり、変化に富んだ皆焼ひたつらありで、バリエーションが豊富で、初心者もベテランの数寄者も飽きさせない多彩さがある。

また、祐定銘の場合、備州長船祐定から始まり、備前国住長船祐定、俗名入りの備前国住長船与三左衛門尉祐定等々まで、入門者から数寄者まで、満足させる広い守備範囲の多数の刀が存在する。

そんな中でも、特に、数打ちの備州長船刀は生産された本数も多く比較的安価で入手しやすい上、手持ちが極めて軽く、刀身各部の寸法もバランスが取れている。

強いて言えば、現代の長身の居合道愛好家の方々には、刀が短すぎて困るくらいが欠点ではないだろうか!


一方、天正を過ぎた関ヶ原以降に生産された新刀は、前述のように、柄を握った瞬間、

「何となく重い感じ」

がする。

新刀でも江戸時代の製作時期や流派の関係で、若干の違いはあるが、相対的に古刀に比較して重量があるように感じる。そこで、実際に、手元の古刀、新刀、新々刀を取り出して参考に十口ふりの重量を量ってみると、確かに、古刀と新刀間で100gから200gの重量差がある。


鎌倉末期頃と推定される茎に備前の銘の残る古刀など700g弱の重さで、研ぎ減りが激しく、健全な新刀好きの方々にしてみれば、好ましい刀身では無いが、常寸近くある割には手持ちに軽快感がある。

反対に、新刀関の在銘の刀は健全そのもので、長さも常寸あり、平肉も十分に付いて、焼刃もたっぷりと残っているせいか、900gを若干下回る重さがあり、厚みのある鍔が付いているせいもあって、持って感じる重量は、実際の重さよりも大きい。

相対に新刀は健全な上、在銘の刀が古刀よりも多く、安心して使用できる刀身が多く現存する。一説には、戦国時代が終って、差料の重さが死命を制するような事態が少なくなると武士も子孫を含めて何代にも渡って相伝可能な「ゴリット」した刀を好む風潮が広まった為、新刀鍛冶は、「しっかりとした刀身」を多く鍛えたと聞く。

但し、逆に見ると研ぎ減りが激しく、傷の多い刀が意外に多く存在する古刀と違い、新刀、新々刀の場合、健全で無傷な刀が多く残っている。

美術刀では無い、反対側の試斬刀から見ると、我々が安易に試斬で使用できそうな傷、欠点の大きな刀は少ない物である。更に、余分なことを付け加えると、新刀でも大銘物の真っ赤な偽銘刀には時々、大いに助けられている。見た瞬間に初心者が即断出来るような偽銘刀は、比較的安価でもあり、気楽に試斬できるケースも希にある。


以前、外装の完備したやや研ぎ減りの激しい古刀と健全な新刀を二振用意して、居合を初めて、一、二年の初心者に素振りをさせてみたことがあった。

面白いことに、例えば、上段からの横面打ちをやらせてみると、古刀では、切っ先が肩の高さで綺麗に止まるのに、新刀では、胴の位置近くまで下がる傾向にあった。素振りでもそうだが、特に、巻き藁を斬らせてみると、切っ先の止まる位置が新刀の場合大きく下がるのだった。

「どうして、刀が変わると切っ先の止まる位置が変化するのか?」

と聞いてみた。すると、

「こっちの刀(新刀)は重いので」

との回答だった。ニヤニヤしながら、脇に居た上級者の友人が同様の事をやって見せたが、両刀共に切っ先の止まる位置は(当然ながら)肩の同じ位置だった。


最近、ネットで試斬の映像が相当数見られて、以前とは違い誠に幸せだと感じるが、強いて所見を述べさせて貰えば、玉石混交の映像が多い。

中級レベルから上位の方の試斬の姿勢や切っ先の止まる位置は置くとして、本当に下手な剣士の試し斬り映像は斬った後の切っ先の止まる位置を見ただけでも即座に良否を判断できる。

上段からの横面打ちの試斬で、切っ先が中断(腰の位置)や下段(膝の位置)や左後方位置まで流れるような術者は、残念ながら、技術的に論外のレベルか、古流の居合を全く経験したことの無い、「ぶった斬り」だけの術者の印象を受けるが、如何であろうか?

古流の抜き打ちの横面打ちでも、切っ先が帯の位置まで下がることは基本的に無いのが普通で、それは、重い新刀を使用した場合でも、もちろんである。


もう一つ、鎺から上の刀身の重量や形状以外で、意外に持った場合の感覚的な「刀の重さ」に関係するのが、なかごの長さである。末古刀の備前物のケースでは、刀の茎は相当に短い。本当に拳一握り程度なので、江戸期の両手使いの柄に納まっていても、何か不安な気がする短さである。江戸時代の記録を見ても、斬り合いで茎が短い為、柄折れして、最初優勢だった末備前所持の侍が斬られた例が出ている。

ご参考に、友人の刀の押し型を採らして貰った中から、古刀、新刀、新々刀の刀身の長さと茎の長さを上げてみたい。時代に関わらず、長い刀身の茎は当然ながら長い傾向にあるので、その点も考慮してご覧になると直、好ましいかと思う。


古 刀:備前清光(永禄)  長さ 約69cm、茎 約17.5cm

    末関、勝道(天文) 長さ 約73cm、茎 約17.5cm

新 刀:二代忠廣(寛永)  長さ 約76cm、茎 約22cm

新々刀:青龍軒盛俊(文久) 長さ 約69cm、茎 約23cm


新々刀の系譜を引く現代刀の居合刀の場合も長い茎が多い印象を受ける。以前、夢想神伝流の高名な先生の居合刀の茎を拝見する折があったが、外装の柄の長さ約26cmに近い約24cmの長い茎に驚いた記憶がある。刀身は約76cmだったが、柄を持った感触は非常に良い感じで、バランスが良く身幅の広い刀身の重量を全く感じさせなかった。


さて、本題に戻って、全般に、「新刀は重い」感じがするが、手持ちの感じが好ましい新刀も長い江戸時代250年間に造られた刀の中には相当数存在する。流派的には肥前刀や江戸新刀、時代的には、特に新刀後半の元禄期の刀に、その様な印象を受ける刀身が多かった記憶がある。

反りの浅い寛文新刀にもバランスの良い刀が多く有るが、個人的な印象としては寛文新刀の後半期の作刀に手持ちの軽い刀が多く、寛永に近い年紀の前半の作には、逆に、新刀の中でも手持ちが特に重い打ち刀が多いような印象を持っている。


新々刀の場合でも、初期の安永、寛政頃の刀を持った感触は、新刀期と殆ど変わらず、時代が天保、安政と進むに連れて長さと重量が増えて、「重い」感じの刀が増える傾向を示すと感じるが如何であろうか!

特に、勤王刀と称する反りが極端に浅く、長い刀にバランスの悪い幕末刀に、その様な刀が多い。但し、水戸の徳勝や川越の藤枝太郎英義等の武用刀でも、作刀時に2尺5寸を越える長寸であった物が、後日、所有者の手持ちに合うように摺り揚げて、手持ちを改善していると思われる物が意外に多い。

それらは摺り揚げ後の現在の長さが2尺2寸から3寸で、茎も長く、幕末の外装が保存されている好ましいケースも多く、失礼ながら、素振りをしてみても心地よい振り心地の適度な重量感を感じる。

昔、武用刀を注文した武芸達者の武士も、始めに長い刀に憧れて注文してみたが、実際に出来上がった重い刀を前にした時、「手持ちの良い刀が好ましく思って」惜しくはあったが、摺り揚げて貰って差料としたと、想像したい。


古刀期の刀に天正拵の写し物の外装を付けた刀と新々刀期に内外共に作成した当時のままの外装の刀を素振りしてみると、やはり、天正拵え写しの古刀の方が抜きやすく、振り心地も好ましかった思い出がある。

最後に、新刀、新々刀の弁護をすると、「大傷の新刀」は、文化財を傷付ける心配をすること無く、安心して斬ることができる刀ですし、柄や鍔、鎺等の拵え周辺を工夫すると更に好ましい差料になる場合が多い。

大分以前だが、新々刀の刀を入手して素振りしてみたが、思わしい振り心地にならなかったので、鎺の飲み込みを5mm深くして、鍔を100g程軽い、尾張鍔に変更した所、驚くほどバランスの良い(手持ちの軽く感じる)刀に変身した記憶がある。


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