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10.脇差の斬れ味(二)

前回、脇差の片手打ちの場合でも刀身が長い方が有利と述べたが、当然ながら、長さは異なっても刀身の斬れ味や平肉を含む断面形状、柄その他の外装が同じような条件下で用意された脇差での話とご理解頂きたい。

もちろん、斬り手も同一人物、或いは同等の技を持った斬り手という条件下でのことになる。なぜ、その様なわかりきった設定条件を示したかというと、世の中は広いもので、前にも述べたように、4尺(約121cm)の長刀を常寸の大刀同様に扱う練達の士も居れば、9寸(約27cm)の短刀を用いて、抜き打ちで巻き藁を両断する技前の方も存在するからである。当に、世の中は広いものである。


居合・抜刀に熟練している現代の侍達の多くは、『良く斬れて、しかも、常用できる愛刀』を所持されている方も多い。当然の事ながら、使用者に最適の長さと重量、拵えで構成されており、その高度な錬成の結果と相まって、ユーチューブでの華麗な映像となっていることは、前回述べた通りである。

しかし、愛用の刀をお持ちの居合・抜刀の諸氏が多い中で、同様に愛用の試斬用脇差を持っている方は意外に少ないように感じる。もちろん、中には、同じ現代刀工に特注した大小揃いの愛用の脇差をお持ちの方も少数ではあるがいらっしゃる。

前回、時代毎の脇差の長さを中心に考察してみたので、今回は、本題の斬れ味に関して、時代別の個人的な脇差全般の印象を述べてみたい。


それでは、まず、現代刀工製作の脇差の斬れ味から、話を始めたい。

『昭和刀の斬れ味』で概述したが、現代刀工或いは、昭和刀の作家の中にも優秀な斬れ味を示す方々は多い。但し、新刀期、新々刀期に比較して、現代及び昭和・大正・明治期の刀工による脇差の製作は予想以上に少ない。

それは、明治維新以降、戦前までの主な需要の殆どが軍刀身やサーベルの刀身等だった関係もあるし、戦後の主流が愛好家向けの美術刀剣で、それ以外では、近年の居合隆盛に伴う、2尺3寸5分(約71cm)から2尺6寸(約79cm)の長寸の居合刀が主要な需要先だった関係も多分に影響していると思う。いずれにしても、明治維新以降に於ける刀剣の製作総数に対する、脇差の絶対数は、江戸期に比較して極端に少ないが、新刀以後の時代毎の脇差の生産数は、どの様だったか、大雑把に推論してみたい。


関ヶ原から現代までの四百数十年間を三つの時期に分けて考えてみよう。今日まで、友人と共に試した脇差数を古刀も含めて、多い順から時代毎に記憶を辿って整理してみると次の順番になる。


     末古刀 > 新刀 > 新々刀 > 明治~現代


残念ながら、古刀と新刀の脇差の数量がどちらの方が多いか、私には判断する材料が無い。しかしながら、新刀以降の脇差の時代毎の比率は、大凡こんなもんだろう。


このように、明治以降の脇差に関して、試し斬りを体験できた本数は各時代を通じて最も少なかった。

それでも、やはり、現代刀、昭和刀を通じて、刀が斬れる同一刀工製作の脇差は、当然なことながら確実な斬れ味を示した。(笑い)

但し、この時期製作の脇差で少し気になった点が二つある。

一点目は、(個人的な所見ですが?)試斬専用に身幅広く、重ね薄く、藁や畳表が良く斬れるように製作された現代刀脇差を見ていると、江戸時代の通常の脇差との形状の差異が大きく、個人的には、少々抵抗がある。因みに、現在、私が常用している脇差は、江戸時代中期の1尺6寸5分(約50cm)の普通の身幅の大坂新刀の脇差である。


二点目は、軍刀鍛冶が製作した少数の脇差の場合、陸軍の軍刀打撃試験などを考慮した大刀の影響で、どうしても、軍刀形状の縮小版になってしまい、平肉が付き、横手の重ねが必要以上に厚く、片手斬りでは、斬りにくい構造が多かった。

以前、江戸時代の脇差五振と軍刀鍛冶製作の昭和の脇差を並べて観察す機会があったが、率直にいって、

「昭和脇差は鈍重な印象で、一見、斬れ味の悪そうな印象だった」

実際の試斬でも、斬れ味は好ましくなかった。(この期の刀の斬れ味に関しては、『昭和刀の斬れ味』をご参照下さい)

現代刀の脇差はどうかというと、物斬れに定評のある刀匠の刀身はいずれも良く斬れて、打ち下ろしの健全さもあって、安心して使用できた。強いて言えば、新規打ち卸しの研磨後、藁、竹、堅物等を順番に試して、金属等の試しで僅かな刃こぼれが生じ、再度研磨し直した状態が、その刀の持つ最高の斬れ味のような気がした。

この点を懇意の現代刀匠数人にお聞きしたが、どの刀工の方からも、

「それで良いのです」

とのお答えを頂いた思い出がある。どうも、現代刀の場合、打ち卸し状態の刃先は、若干硬めで、刃先が一皮剥けて二層目が出てきた段階が、本当の斬れ味、それもその刀の持つ最高の斬れ味だと私は信じている。


さて、本題に戻って、新々刀期の脇差の斬れ味に移ろう。

残念ながら、斬れ味で有名な固山宗次や池田一秀を始めとする高名な刀工の脇差は、一振も試していないので、何とも書きようが無い。しかしながら、試した二流、三流刀工の脇差でも、偽銘は別だが、銘を切る程の作者の脇差の斬れ味は、新刀期と大きく変わる印象は無かった。

しかし、幕末期の流行した無銘で大量生産された寸延び短刀や小脇差しの殆どは、斬れ味的に好ましくない物が大半だった。その様な小脇差の外装は、一見、整っているように見えるが、良く見ると工房での大量生産品が殆どで、美術愛好家の収集品に向かない脇差が殆どであった。

時代が新しいせいで、刀身も健全な物が多く、研磨した回数も古刀や新刀に比較して少ない割に、新々刀の無銘脇差の斬れ味は好ましくないものが多かった。

また、脇差の形状的には、平造りや鎬造りはともかく、菖蒲造り等では、身幅と鎬の高さの比率が、古刀や新刀初期の脇差と違って、何処か形状的に不慣れで、手持ちの修まりも悪いような感じだった。

特に、まだ、手の内がしっかりしていない初心者等の試斬では袈裟の途中で刃筋が曲がるケースが多く、竹斬りでは、それが更に顕著であった。


脇差が大量に生産された新刀期(江戸時代前期)の脇差の中でも、戦国時代(古刀末期)に近い脇差の方が斬れ味が優れているような気がした。年代的には、元和、寛永から寛文位までであろうか。

江戸時代から、大坂新刀などの業物の評価でも初代及び二代目の前半までの実用本位の時代に近い作の斬れ味の評価は高く、同一の作者でも刃紋が華美になる『見せる刀』の最盛期を迎えた延宝頃の二代目の後半位の時期の作刀に関しては、前期作よりも若干低い評価であった。

この点は、江戸時代の業物位列書、『懐宝剣尺』や『古今鍛冶備考』が、既に指摘している所である。井上真改と並ぶ大坂新刀の横綱津田助広のケースでは、前期作の角津田(楷書銘)の場合、大業物だが、後期作の丸津田(草書銘)の評価は、業物になって2ランク下になっている。


経験した内では、脇差では無いが同じ神田住兼常の刀でも、友人所蔵の、兼常が美濃から江戸に移り住んで直ぐの「於武州江戸神田兼常」銘の刀の方が、小生旧蔵の神田に定住した後年の「神田住兼常」銘の刀より、優れた斬れ味だったと明確に記憶している。


新刀期の脇差全体の印象からすると、二流、三流の地方鍛冶でもまじめに作刀しており、匂い出来の作刀の斬れ味は好ましい物が多かった。

その一方、斬れ味の悪かった例を三つほど挙げて見たい。

地金がきれいで良く詰んで、刀身全体に沸の付いた大乱れの刃紋の硬い感じがする脇差の場合、単純な袈裟斬りでも斬り込みの深度が浅く、抜けが悪い脇差があった。

また、いかにも新刀地金で、鍛え肌が新々刀の無地金に見えるくらい良く詰んでいて、中直刃を焼いた反りの深い刀身で、斬れ味の好ましくない脇差に遭遇したことがある。時代は無銘なので判然としないが元禄頃であろうか。いわゆる鈍刀の代表例に近い脇差だった。今思うと、鍛え過ぎの鈍刀とは、あの脇差のことをいっているのかと思う。

更に、酷い斬れ味の脇差三振に遭遇したことがあった。三振共に同一工房で製作したように姿、刃紋共に近似した無銘の数打ちと思われる脇差で、長さが1尺8寸弱(約54cm)の江戸石堂を思わせる丁字刃の刀だった。

 これが、全く見かけ倒しの鈍刀で、三振共に新聞紙を数枚巻いた物でさえ、完全に両断出来ない代物であった。


個人的な結論から言うと、江戸期の数打ちは古刀期の数打ちと異なり、使用に耐えない脇差が多い感じがする。また、江戸時代が平和になるに従って、地金を鍛え過ぎた結果、刀が本来持って居なければならない適度な鍛えの粗さや粘りが失われてしまい、鉄本来の性が失われて、斬れ味が鈍化している新刀脇差も少なく無かった。


結論としては、関ヶ原以降の脇差では、新刀の前半、寛文頃までの脇差が、狭い私見の範囲では最も斬れ味が優れている脇差が多かった印象がある。


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