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セレクト・ファイター  作者: Aica
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赤羽先輩の死から、一ヶ月―。


あれから私たちは狂ったように修行を重ねた。そして、個人差はあるが、四人は基本的なスキルは全て身に付けた。

もう私も一人前にアース・イーターと戦えるセレクト・ファイターである。

そんなこともあり、ついに明日はセレクト・ファイターの継承式だが…それは名ばかりで、メインは先輩方の卒業だ。




夜、22時。

私は自室で、パソコンで通信教育を受けていた。

セレクト・ワールドの世界に居ても、勉強をしなくてはならない。やれやれだ。

内容は、本部の方から決められたノルマがあり、パソコンで授業を受けるのである。

この授業は、自分の好きな時間にいつでも受けることができる。そこが便利な良い点だ。

ただ、ノルマには期限があるから、それまでには受けないといけない。

毎日のハードな修行もあり大変かと思いきや、いざ生活してみるとそうでもなかった。

よく考えてみれば、地球で学ぶ単元と同じ量を、7倍の時間をかけてこなすことになるのだ。

自分で言うのもなんだが元々成績優秀なため、楽勝だ。

成績優秀者がセレクト・ファイターに選ばれるのはこういう場面のためなのだろう。


「お疲れ様でした。以上で授業は終了です。」

数学の公式が映し出された画面のまま、中にいる先生が律儀に告げた。

「はぁ…疲れた……。」

ずっと画面を見続けていたので頭痛が酷い。机に額を付け、いっそのことこのまま寝てしまおうかと考えるが、今日の訓練での汗の量を思いだし、やはりお風呂に入ろうと決意した。

重い体を起こし今にも倒れそうな体を壁やソファーに手をついて支えながら風呂場に向かう。




「明日の継承式……真波、大丈夫かなぁ。」

浴槽に浸かりながら、私は一人呟く。

真波には、赤羽先輩の代わりとして過去にセレクト・ファイターだったという川瀬さんという女性がついていた。

綺麗な髪が印象的な、薔薇のように美しい女性だ。

もちろん、明日の継承式に川瀬さんは来ないだろう。川瀬さんは本部の方で働いているので、現役ではないからだ。


真波は、赤羽先輩を亡くした日から、まるで生気がなくなった。

目に光がなくなり、どこか遠い場所を常に見つめている。

私が話しかけても、「ああ、うん…」などと生半可な返事しか返ってこない。

真波はセレクト・ファイターとしては格段に強くなったが、心はずっとあの日のままだ。


「私たちはちゃんと継承できるけど、真波は継承できない…。」

自分で言って、とても不安になってきた。

明日、真波は精神的に保っていることができるのだろうか。

きちんと先輩から継承する私たちを見て、更に現実という絶望を感じさせてしまうかもしれない。


お風呂から出て、用意しておいたピンク色のネグリジェを着る。

なんだかすごく明日のことが心配になってきてしまった。

私は心配事があると、どうにも落ち着かなくなってしまう。

今夜はきっと眠れないだろう。どうしよう……。


ふと、一人の顔が思い浮かぶ。

こんなとき、いつも電話をかける相手。この世界ではいつでも会える距離にいる相手。

優斗……。

私は、反射的に寝巻きのまま部屋を出た。

廊下のひんやりとした空気や乾いた匂いが包み込む。

私は足早に歩き、隣の優斗の部屋のチャイムを鳴らした。


「はーい。」

ガチャッ、と優斗がタオルで髪を無造作に拭きながら出てきた。

優斗もお風呂に入ったあとのようで、上は白Tシャツに、下は長いジャージを履いていた。

タオルで髪を拭く手を止め、「華音!寒いだろ、入って。」と、すんなり私を入れてくれた。

何も言わなくても、私の顔を見るだけで察してくれる。優斗はいつもそうだ。


部屋に入ると、優斗のパソコンに一人の女の子の顔が映し出されていた。優斗の妹だ。確か、中学二年生。

「あ、ごめん。テレビ電話中だったんだね。邪魔しちゃったね……。」

私は優斗に謝る。

「大丈夫。ほら亜芽、挨拶。」

「あ……華音ちゃん……こんばんは……。」

「こんばんは、亜芽ちゃん。」

私は笑顔で挨拶を返した。

「お兄ちゃん、じゃあ、もう夜遅いしまたね……。」

「え、亜芽…」

ブチッ、と接続が切れる。


「……。」

「……。」


亜芽ちゃんが恋人同士の私たちに気を遣ったように思えるかもしれない。

でもそれは違う。何度も、何度も同じことを経験しているからだ。


亜芽ちゃんは、怯えている、私を。


優斗の家に行って会ったときも、いつも目を逸らされ、逃げられる。

元々、そういう性格なら分かるが、優斗によると亜芽ちゃんは、友達の多い外向的な性格の子だそうだ。

私が亜芽ちゃんに何かしてしまったのかと思ったが、全く心当たりが見つからない。

だって、初めて出逢ったときから、亜芽ちゃんは怯えていた。


「ごめんな、華音。」

「大丈夫。」


心を強く持たなきゃ、とは思ったが、真波のこともあり心はボロボロだった。

そんな自分の状態を自覚し、情けなさで悲しくなる。涙が出そうになる。

私は静かにベッドの上に腰掛けた。

優斗はそんな私を見たあと、キッチンへ向かった。


どうして、私はこうなんだろう。

真波のこと、亜芽ちゃんのこと。

必要以上に気にしすぎて、勝手に心が折れそうになって。そして衝動的に優斗にすがりつく。


なんて…弱いんだろう。


優斗がマグカップを持ってきて机の上に置いた。

私の大好きなレモネード……。


「飲んで。」


優斗が優しく声をかけてくる。

私…甘えてばかりじゃ、強くなれない。

グッと顔の筋肉を働かせ、笑顔を造る。

「ありがと優斗!やっぱり優斗は私の好きなもの分かって…」


ベッドの上の私の手に優斗の手が重なった。ドキ、と心臓が跳ねる。

優斗は私に目線を合わせて、言った。


「その笑顔、俺の前でしないって、約束したよな。」


私は優斗に抱き付いて、そのまま泣いてしまった。

泣きながら、約束をしたあの頃を思い出していた。





















時は遡って、二年前。


「雨澤さんって、何かあるよな。」

「いや、普通に可愛い。良い奴だ。お前どういう意味だよ?」

「なんか怖い?っていうか、表情固定っていうか…。」

「いつも笑ってて良いじゃん。」

「違う、なんかあれは笑ってない気がするんだ。」


教室に忘れ物をして取りにきた放課後。

私は衝撃的な会話を立ち聞きしていた。


「笑ってない?」

「おう。なんか壁を感じる笑い方ってゆーか。」

「優斗は本当、雨澤さんをよく見てるよな。お前にしちゃ珍しいよ。女の子にそんなに興味持つなんてさ。」

「え、ちげーよ春真。誰でも分かるって。」

「ばっか、わかんねーよ。ただ可愛いとしか思えん。」


クラスメイトの、緑川優斗と後藤春真。

二人はとても仲良く、いつも一緒にいる。


「雨澤さん何かあると思う。俺的、スペサルな勘!」

「いや、俺にはよく分からんけど。好きなんだろ、告っちゃえよ優斗。」

「すぐそういうこと言う春真は女の子に飢えてる!」

「お前…モテるからって…!」

「昨日二人から告白された!」

「ふざけんなよおおお!優斗、俺に拷問でもさせたいのか!?恨みがあるなら受けてたつぞ!?」



……バレていないと思ってた。

人に対して一枚の壁を隔てていること。

そして、それは取り払うことができない。

だって私は―。



「ちょ、優斗……。もしかしてアレ。」

「…!?雨澤さんだ。」

「聞かれてたよ〜どうすんだよ〜!」

「……春真、悪いが後ろのドアから先に帰ってくれ。」

「え?」

「俺は彼女と話がしたい。」

「……ついに告白か、頑張れよ。」

「告白かは知らん。」

「じゃあな。健闘を祈る。」

「おう。」



前のドアに緑川優斗が歩みよってくる音がする。

ガラガラ、と音がしてすぐそばにあるドアが開いた。

彼と、目が合う。


「あの〜、雨澤さん。」

「ごめんなさい。」

「いや、いいんですけど…」

私は無理矢理にでも笑顔を作る。

「本当にごめんなさい。」

「その笑顔だよ。」

「え?」

「その笑顔が、なんか、引っ掛かる。」

「……。」

私はもう、この人と目を合わせることができなかった。


「忘れ物をしたの。」

「ああ、そうだったのか。」

私は教室の中に入る。彼もついてくる。

怖かった。彼は、私の全てを知っているみたいで。

でもそれと同時に、嬉しかった。

演技をしてること、誰も気付いてくれなかったから…。

私は忘れ物のノートをスクバに突っ込んだ。


「雨澤さんは昔の俺みたいだ。」

窓際に立つ彼は、遠い目をしながら夕日を見つめていた。

「アース・イーター襲撃事件って覚えてる?」

「覚えてる。」


アース・イーター襲撃事件。六年前だ。三匹のアース・イーターが、みんなが寝ている深夜に地球に侵入し、沢山の被害者が出た事件。

あの事件から、従来から議論されていたセレクト・ファイターというシステムは決定したのだ。


「あの事件で、俺の母親はアース・イーターに殺された。」

「……え?」


「それから俺は、全てのものや人を、全部否定的に見るようになった。どうせ、この世界には希望なんてない。だから全部、偽りにしてしまおう、と。」

「……。」

「笑顔なんて、簡単に作れるんだよな。だけど、父親に言われたんだよ。」

「なんて……?」


「自分のやりたいことに、素直になって生きろ、って。」


「やりたい、こと…。」

「そっから俺は変わったよ。やりたいことなんて一つしかなかったから。それに忠実になって生きてたら、いつしか笑えるようになってたんだ。」

彼は、いつの間にか私の前に立っていた。


「俺の話は終わり。」

彼は笑った。


私の過去を、彼に聞いてもらいたいと思った。

誰にも言えなかった過去。

でも、口を開こうとすると、本能的な恐怖が全身を襲ってくる。


「私は、言えない…。でも、緑川くんと少し似てる。でも、私は直せない。もう無理だから。」

「じゃあ俺の前では作らないで。」

「は?」


「笑顔、俺の前では作らないで。」

彼は、真剣な眼差しで私を見つめた。

辛い経験をした彼だから、私と少し似てるから、他の友達とは違うから。

できると思った。


「うん。」

私は頷く。彼は、満面の笑みになった。


「私もいつか、過去を話せるときがきたら話すよ。聞きっぱなしは悪いから。」

「お前って律儀なのな。」

「まあね。」

フハっ、と彼が笑った。

「何がおかしいの?」

「別に?さ、帰ろうか〜。」

「……。」



そしてしばらく経って私たちが付き合うことになるとは、ちょっと考えてなかった。

優斗は考えてたみたいだけど。

でも私も優斗のことが好きになってた。


しかし、まだあの話はしていない。

できない。

まだ、怖いのだ。















目が覚めたら、天井が見えた。

どうやら、あのまま寝てしまったようだ。

どれだけ優斗に迷惑かければ気が済むんだろう、私。

体を起こすと、優斗は机に向かって勉強していた。


「ゆーと…。今何時」

眠い目を擦ってなんとか声を出す。

「まだ11時半だよ。起きるの早かったな。寝てたの15分くらい。」

「う〜ん、……。」

ちょっと安心して私はベッドに寝転んだ。

なんか眠気が酷い。


「ゆーと。」

「その気が抜けるような呼び方やめなさい。」

「ゆーとは強いね。かのんは弱いね。」

「んー?」

「ゆーとはちゃんと立ち直ったけどかのんは未だにゆーとがいないと駄目ですー。」

「……。」

「すぐ心が弱くなってゆーとのとこに来ちゃうんですー。駄目な子だねー。」

「お前、自分のこと嫌いか?」

「大っ嫌いー。すぐ寝るしー。」

「俺がいないと駄目な自分が嫌い?」

「んー。ゆーとは好き、でもゆーとに迷惑かけるかのんは嫌い…。」

「迷惑だなんて思ってないけど。」

「んー。」

「華音、まだ過去のこと俺に話せない?」


ちょっとだけ眠気が飛んだ。

話すべきだ。話べきだろう。

でも話そうとすると心がズキッと痛む。

自分が嫌いな一番の理由は、その話の中にある。


「……。」

「話さなきゃ襲うぞ。」

「ほんとに?」

「そんな無防備な格好されて、こっちはもう色々限界だよ。」

自分の姿を見ると、柔らかいネグリジェの裾は捲れて、脚がふんだんに露出されていた。


優斗に触れてほしい。受け入れてほしい。

それが弱い私の逃げ場だ。

きっと明日は、明後日は、話すよ。

だから今日は、

「優斗、きて。」

愛してもらおう。


優斗は私に添い寝するように抱き締めてくる。

名前の通り優しく。


「ごめんね、優斗。」

「……。」

「明日はきっと話すよ。」

「嘘っぽいなぁ…。」

「嘘じゃない…多分…。」


優斗は小さく、馬鹿、と言って私の頬にキスをした。


「優斗は強いね。」

「華音は弱いのか。」

「弱いよ。」

私は自嘲気味に笑ってみせた。

「でも華音には、俺がいるから大丈夫。」

「うん。」

「優斗くんがいれば何だってできる!」

優斗がおどけてみせる。

あはは、と私が笑う。


「それに華音は弱くない。きっと、傷が深いだけだ。」

「そうなのかな。」


優斗は私の頭を撫でていた手を止めて、添い寝の状態から馬乗りの状態に動いた。


「俺、健全な男子高校生だから。」

「うん。」

「さすがにもう理性飛ぶ。」

「……ふ、あはは。どうぞ、お好きなように。」


私が目を閉じると、優斗は深いキスをしてくる。私はそれに応えながら、とてつもない幸せを感じていた。




明日のことを忘れて今日は優斗に溺れたい。

その一心で私は、優斗がくれる快感に、ただ身を委ねていた。


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