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私には、誰にも気付かれまいとしながら、ずっと携えている想いがあった。
小学校での生活にも少しずつ慣れてきた、六歳の6月。
それが全ての始まりだった。
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「お父さん、ねぇ、お父さんってば!」
「なんだ真波、もうこんな時間だ。早く寝なさい。」
「お母さん、いつになったら帰ってくるの?もう、一週間も帰ってこないよ。捜しに行こうよ!」
「お母さんは出かけた。だから早く寝なさい。」
「出かけたってどこへ?なんで私も連れてってくれないの?私、お母さんに会いたい…」
「いいから、早く寝なさい!!」
お父さんは最近、お母さんの話をすると、すぐこうやって私を怒鳴り付ける。
お父さんはもともと、不機嫌なときが多かった。どうしてあんなに不機嫌なのかとお母さんに聞くと、お父さんはお仕事が大変なのよ、と言って、大きなため息ばかりついていた。
たまに食事中にお母さんがため息をつくと、お父さんはお母さんを睨み、
「こっちは仕事終わりで疲れてるのに、ため息つきたいのは俺の方なんだぞ。お前は何もしてないだろ。」
と、イラつきながら言っていた。
お母さんはずっとうつむいていた。
私には、それが日常で普通だったから、ハヤシライスを夢中で頬張った。
お父さんに言われた通りにベッドに潜り込む。寝ようと目をつむったが、どうにも眠れない。
しばらくして寝ているのが苦痛になり、とりあえずトイレに行こうと立ち上がった。
トイレに行く途中、お父さんの部屋から何か物音がした気がした。
それがどうにも気になってしまって、お父さんの部屋の前に立つ。お父さんの部屋には近付くなとは言われていたけど、なんだか不思議に引き返せなかった。
私は悪い子だなぁ。お父さんの言い付けを破っちゃった。
私は、お父さんの部屋のドアに、耳をぴたっと押し付けてみた。
「……!?」
女の人の声と、ギシギシというベッドの軋む音が聞こえてきた。
女の人の声は、お母さんではない。
お父さん、ごめんなさい。
私は耐えられなくなって、ドアを数センチ開け、中を覗いた。
仄かな明かりの中、裸の知らない女の人と、裸のお父さんが居た。
私には、二人が何をしているか分からなかった。
私は吐き気を催した。ドアを閉めて、トイレに駆け込み、嘔吐する。
頭の中に浮かんでは消える、想い。
気持ち悪い。
私はそれから、お父さんが怖くなった。
私は口をきかなくなった。それでもお父さんは、特に私を気にした様子もなく過ごしていた。私の変化を見ても、何も言ってこないお父さんが、更に怖くなった。
それからというもの、男の人に恐怖を覚えるようになった。
同級生の男子や、男の先生さえも、なるべく交流しないように行動した。
逆に、女の子が好きだった。お父さんとは違くて、みんな優しかったから。
その気持ちは変わることなく、そして、だんだん歪んでいった。
中学生のときに、クラスの男子に言われたのだ。
「お前、男に興味ないとか、レズだろ?」
そう、私はいつしか、女しか愛せなくなっていた。
男は怖い。男を愛すなど、考えられない。
でもこれは普通じゃない。
友達はみんな、好きなアイドルや俳優は男だし、恋バナにでてくる好きな人の名前も、当然男。
自分がおかしいことは分かっていた。でも、考えを変えることはできなかった。
男が怖い。女が大好き。
これが、私のずっと携えている想いだった。
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「いらっしゃい。」
「ええ。相変わらずここは、ホコリ臭いわ。ちゃんと掃除してるの?」
「そう貶すわりには、よくここに来るね。」
「あなたを利用しにきてるだけよ。」
「ははっ、分かってるよ。」
「あなたも、でしょう?」
「うん、そうだね……クスッ」
「なぜ笑うの?」
「別に?」
「まったく。本当にそういうところが…」
死んでしまったあの人に似てるのよ。
「何?」
「何でもない。」
「そうだ、君に聞きたいことがあったんだ。」
「何よ?」
「どうして、赤羽凛を殺したんだい?」
「私じゃないわ。アース・イーターに勝手に食われたのよ。」
「でも、君が仕向けたんだろう?」
「……そうね。」
「どうしてだい?」
「冷たい炎のフリッカー。残っていたの。」
「それは危なかったな。想定外?」
「想定内よ。」
「またまた、強がっちゃって。」
「うるさいわね。もう帰るわよ。」
「馬鹿言うなよ。ほら、今日もいつもみたいに…」
愛し合おう。体と体を絡ませて、心ゆくまで。