される人
とある週末。
僕は恋人の冬美と僕の部屋で昼食を食べた後、のんびりと過ごしていた。
先日録画した映画でも見ようか、それとも……と思っていると、昼食で使った食器を片づけ終わった冬美がついと僕の袖を引いた。
「あのね、お願いがあるんだけど……」
冬美は上目づかいでちろりと僕を見ながら言った。
うん、その目は反則だ。今日もかわいいなぁ。
お願いってなんだろう?
「耳かきさせてほしいんだ」
「耳かき?」
「そう、耳かき!」
耳かきというとあれか、綿棒なんかを使って耳掃除をする事か。
「冬美が僕の耳を掃除するの?」
「うん、そう。ねえ、いいでしょ?」
「いいけれど……」
なんで急に耳かきを?
と、言葉にする前に冬美が本当にうれしそうに微笑んだので、僕は言葉を飲み込んだ。
今更ながら気が付いたのだが、冬美の両手にはなぜが数本ずつ耳かきが握られていた。
僕の耳の穴は二つしかないんだけど……。
「これは竹の耳かきで、匙の反対側にぼんてんがついてるやつで、こっちは銀製。この黒いのがシリコン製、そんで、こっちのが匙じゃなくてコイル状になっているやつで、それから……」
冬美が何やら楽しそうに説明してくれているが正直よくわからない。
「それ、全部使うの?」
「うーんっと。今日はとりあえずこれ」
そう言って冬美が手に取ったのはよくある竹の耳かきだった。
匙になっている反対側には白くてぽわぽわした綿毛のようなものも付いている。
冬美に促され、彼女に背を向け膝枕にごろんと横になる。
よく考えたらこれって初膝枕じゃないか。
付き合っていてもなかなか膝枕してもらう機会なんてないからね。
こっそり頬をすり寄せる。
暖かくやわらかな膝枕はそれだけで至福のひと時だ。
耳かきはどうでもいいから、しばらくこのままでいたい。
僕がそんなことを考えていると、冬美は僕の耳をそっと撫で、そのまま耳の縁をまるで形を確かめるかのように撫で続けた。
柔らかな指先に滑るように撫でられるのは少しくすぐったく、それでいてほわほわとした暖かな感覚に包まれて、悪くはなかった。
しかし、なかなか耳かきが始まらない。
「……冬美?」
「ん?ああ、ごめん。家族以外の耳を触るの初めてで……耳かき始めるね」
冬美の声と共に、耳かきの匙の部分が僕の耳に触れた。
そのまま耳の穴に入ってくるかと思ったのだが、耳かきは先ほどまで冬美が触っていた耳の外側の溝をすっと撫でた。
そうして、耳の縁を優しくカリカリと掻いていく。
弱すぎず強すぎつちょうどいい力加減で小刻みに動く耳かきの匙が気持ちよく、僕はうっとりと目を閉じた。
耳の外側の溝を隅々まで耳かきは移動していく。
しかし、なかなか耳の穴の中には入ってこない。
外側を掻かれるのも気持ちいいんだけれど、そろそろ耳の中も……と、思っていると、耳かきがそっと穴の中に入ってきた。
耳穴の壁には触れず、ゆっくりと入ってくる耳かき。
耳の中の毛がザワザワと音を鳴らし、くすぐったいような、むず痒いような、どうしようもない感覚が耳から背中にゾクゾクと走った。
「ふゆ……み」
ついつい漏れた僕の声に答えるかのように、耳かきは壁を掻きだす。
いつの間にか入っていた肩の力がふっと抜けた。
カリカリという音とともに、耳の穴から気持ち良さが広がっていく。
耳かきってこんなにいいものだったんだなぁ。
しみじみと思いながら、僕は耳かきを堪能した。
「あっ」
と、冬美のつぶやきが聞こえた。
「え?何?」
「おっきな耳垢見つけた」
冬美がそういうと、カリカリという音が耳いっぱいに広がった。
カリカリという音は聞こえるが、耳自体に耳かきが当たっている感触はなく、厚着した服の上から背中を掻くような、もどかしい感覚がする。
「今、耳垢を掻いてるんだけどわかる?」
「うん、なんとなく」
「これから、これ取るから、痛かったら言ってね」
カリカリという音とともに、耳の壁をググッと引っ張られるような感じがした。
きっと、耳垢がへばり付いていて、なかなか取れないのだろう。
冬美は小刻みに耳かきを動かしている。
ちょっとづつ、耳垢がはがれていくのがわかった。
なんだか、かゆいところに手が届く感じがして、気持ちいい。
バリリと一際大きな音がした。
どうやら、耳垢が取れたようだ。
冬美は、先ほどまで大きな耳垢があった場所を優しく掻いた。
う~ん。きもちいい。
「んー、大体きれいになったかな」
冬美がそういうと、耳の外側をつーっと、ふわふわとした感触が走った。
どうやら、耳かきの匙の反対側についていた白いぽわぽわで耳を撫でたようだ。
ぽわぽわは耳の中にも入ってくる。
やわらかな感触は、匙と違ってこれはこれでなかなかいい。
ぽわぽわが出てくと、冬美はこれで仕上げとばかりに、耳にふぅっと息を吹きかけた。
不意打ちのその行為に予想をしていなかった快感が僕を突き抜けた。
「んんっ!」
しまった、変な声がでてしまった。
冬美がくすくすと笑っている。
「はい、次は反対側~。ごろんして」
僕は冬美に促され、顔が彼女の方へ向くようへ体の位置を変えた。
冬美が着ている厚手のセーターが目の前いっぱいに広がる。
そっと鼻をうずめると、いい香りがした。
彼女の香りに包まれながら耳かきをされ、僕はいつの間にか、うとうとと眠ってしまったのだった。